企業亡命//成田国際航空宇宙港

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 ──企業亡命//成田国際航空宇宙港



 ハイチは事前の情報通り荒れ果てていた。


 犯罪組織が支配し、スラムが広がり、自然災害の痕跡が刻まれている。


 もはや六大多国籍企業ヘックスですらハイチから利益を得ようとは思わず、辛うじて展開している国連UNハイチ活動HAIに雇われた民間軍事会社PMSCのコントラクターが展開しているだけだ。


 その点においては逃走ルートとして持ってこいだった。


 東雲たちは碌な審査も受けずにハイチに入国し、碌な手続きもなくハイチから日本に向かう国際線に乗れたのだから。


 東雲たちはハイチからハワイを経由して日本に戻った。


「あー。やっと終わった。クソ忙しい仕事ビズも終わり。後はジェーン・ドウにルーカスを引き渡してさようならだ」


「そうだな。一段落だ」


 東雲が飛行機の客席でそう言うのに呉が頷く。


「どうした、八重野? 落ち込んでるのか?」


 そこで東雲が俯いている八重野に声をかける。


「私はルナ・ラーウィルなど聞いたことがない。もしかすると、ジョン・ドウを殺しても呪いは解けないかもしれない」


「そういうなよ。一歩前進だろ。相手は正体不明ではなくなった。名前と立場が分かった。どこを探せば見つけ出せるのかは分かっている。ジョン・ドウと違ってアトランティス・バイオテックを探ればいい」


「そうだが。六大多国籍企業の重役ともなれば殺すのは難しい」


「殺せないってことはないだろ。俺たちはメティス本社にまで乗り込んだんだぜ? 俺たちに不可能はないって」


「気軽に言ってくれるな」


「楽観的になろうや。悲観してもしょうがない」


 東雲はそう言って人工の白ワインを口に運んだ。


「おい。大井の。くよくよ悩むのはやめろ。みっともない。この仕事ビズを始めたときからあたしたちはその日暮らしなんだ。いつ死ぬのか、それを自分で決める贅沢はあたしたちにはない」


 セイレムが八重野にそういう。


「分かっている。私だってストリート育ちだ。運命は自分で決められるものではないと分かっているさ。だが、抗える限りは抗いたい」


「それは自由だ。だが、めそめそはするな。ダサい」


 八重野が言うのにセイレムがそう吐き捨てる。


「セイレムもそんなに言うなよ。八重野だって子供じゃない。仕事ビズの都合上、仲間とは言えないが気楽に仲良くやろうぜ。それがいいだろ?」


 東雲がのんびりとした様子でそう言って聞かせる。


「空気が悪いのは確かにごめんだな。俺は寝るよ。飛行機での長時間のフライトは苦手なんだ。飛行機は寝て過ごすに限る」


 呉はそう言ってシートを倒して眠った。


「飛行機でよく眠れるものだ。あたしは眠れんね。酒でも飲んで過ごすか」


「私は読書して過ごす」


 セイレムはそう言って機内サービスのウォッカを頼み呷った。八重野はワイヤレスサイバーデッキにダウンロードしていた本を読み始めた。


「じゃあ、俺は大事なルーカス博士の様子を見てくるか」


 東雲はそう言ってビジネスクラスの後部座席に移った。


「ルーカス博士。もっとよくあんたが抱えている問題について聞かせてほしい。あんたはマトリクスの幽霊から情報を得たことはあるだろう」


「そうだ。私が企業亡命を決めた要素のひとつでもある。彼女は言っていたよ。私の開発している技術は生と死の境をあいまいにし、この世の理を乱すことになると。私は同意したよ。危険な技術だとは分かっていた」


 ルーカスはスーツを着替え、落ち着いた様子でそう語る。


「だが、あんたは不老不死を実現できたわけではないだろう?」


「できたんだよ。マトリクス上のシミュレーションの結果でね。私たちがマトリクス上で吸血鬼の脳神経データのAI解析による情報を組み合わせてVaHe細胞を再び受精卵の状態にしたとき、生まれた細胞は不死性を持っていた」


「マジかよ。実際の実験では? シミュレーションじゃなくて」


「私は怖気づいた。できなかった。実験はできなかった。実験にもし成功すれば、本当に一部の人間だけが不老不死となり、その人間たちによって永遠に支配される。私は今になって六大多国籍企業を批判する気はないが」


 ルーカスがそう言ってワインを飲む。


「ああ。そこで雪風の警告が来た。だろ?」


「恐らく彼女は我々の研究の進展を知っていたのだろう。詳細に把握していた。もし、私がイン・ビトロの実験でVaHe細胞の不死性の再現に成功すれば、その技術は秘匿され、一部の人間にとって生と死の境界はあいまいになると」


「特権階級が神のような存在になるってわけだ」


「繰り返すが六大多国籍企業を批判するつもりはない。彼らは彼らの経済的価値観に基づいて動いている。だが、不老不死はダメだ。異常だ。人間は生まれ、どんなものだろうと人生を送り、そして死ぬ」


「不老不死の技術はその理を破壊する。けど、人間はずっと不老不死を求めて来たんじゃないのか? これまでそういう研究が全くなかったわけじゃないだろう?」


「どれも失敗に終わった。夢物語だった。私が理想とする人間の不老不死はマトリクス上でバックアップを取ることだ。決して生物医学的に不老不死を実現するわけではない」


「ふむ」


「全てはリソースの問題だ。人間が不老不死になり、生き続けるならば当然有機物を、食料を消費する。そして、リソースは限られている。地球の資源は無限というわけではないのだ。決して」


「人間は生きていれば排泄するし、新陳代謝もする」


「それだけでは不十分だ。メティスがどうやって人工食料を作っていると思う? 海洋汚染の原因である有害な毒素を生み出す微生物を分解して使っているんだ。それでも2080年にはこのまま人口が増えればリソース不足なるという」


「ナノマシンがあればいくらでも分解して有機物は生み出せるんじゃないか?」


「質量保存の法則だ。リソースを消費し続け、そしてそれが代謝されないならばリソースは枯渇する。それが科学における運命というものだ」


 ルーカスがそう言ってワインを傾ける。


「宇宙開発はどうなんだ? 宇宙の資源を採掘するってのは?」


「今のところ、コストとリターンが釣り合っていない。太陽系で資源を採取して、それを地球に持ち帰り、利用するのはコストが高すぎる」


 宇宙開発は六大多国籍企業によって進められている。だが、コストが高く先行き不明な火星開発の段階で停止しているのが現状だ。


「宇宙往還機が開発され、人類の宇宙への進出は容易になったというが、資源開発においてはそこまで期待できないのが現状だ。特に有機物の採掘については」


「じゃあ、不老不死の人間が増え続けるのは困りものだな」


「ああ。死人は死んで、リソースを還元してもらわなければならない。それが我々の世界の理だ」


 地球という星に暮らせる人間は限られているとルーカスが言う。


「それに不老不死の特権階級が生まれ、富を集約し続けるなど悪夢じゃないか」


「同意するよ。格差の拡大はもう十分だ」


 東雲がそう言ったとき機内アナウンスが流れ、航空機が間もなく成田国際航空宇宙港に着陸することを告げた。


「よし。到着だ。じゃあ、ジェーン・ドウとよろしくやってくれよ、ルーカス博士」


「ああ」


 東雲は座席に戻り、ベルトを締めて着陸に備えた。


 全日本航空宇宙輸送ANASの超大型旅客機が成田国際航空宇宙港の滑走路にゆっくりとその巨体を滑り込ませていった。


『ご搭乗ありがとうございました──』


 機内アナウンスが到着を知らせ、ベルトサインが消える。


「おうちに帰るまでが仕事ビズだぞ。ルーカスを守れ」


「了解」


 東雲たちはルーカスを守るように展開して、旅客機から降りる。


『東雲。成田国際航空宇宙港の無人警備システムに不正なアクセスがある。注意して。アトランティスの奪還部隊かも』


「マジかよ。勘弁してほしいぜ」


 ベリアから連絡が来るのに東雲が呻く。


「全員。アトランティスの奪還部隊が動いている可能性がある。注意しろ」


「了解。ここまで来て取り戻されたらかなわないぜ」


 東雲がいい、呉が頷く。


 医療チームが先に旅客機を降り、次に指揮通信チーム、次に輸送チーム、最後に警備突破チームとルーカスが降りる。


『チャーリー・ゼロ・ワンよりシエラ・ゼロ・ワン。異常なし。このまま離脱してくれ。目標パッケージのジェーン・ドウまでの護送は任せる』


「あいよ」


 東雲が空港の中を見渡す。


『不審者検出システムと無人警備システムがダウン。敵に高度な電子戦部隊がいる。大井統合安全保障のC4Iもハックされている。不味いよ』


「あーあ。空港で仕掛けてくるかね」


『可能性としては』


 ベリアがそう言い、東雲は油断なく周囲を見張った。


 そこで銃声が鳴り響く。サプレッサーが装着された銃火器の音だ。


 銃弾が東雲の腕を貫き、次の瞬間には元通りになる。


「来た! 八重野、ルーカスの保護を最優先! 呉、セイレム! 敵を薙ぎ倒せ!」


「了解!」


 襲撃者は複数名で全員が個人防衛火器PDWやカービンライフルで武装している。今のところそれ以上の火力は見当たらない。


「クソ。敵は身体をかなり機械化しているぞ。それに訓練されてる」


「どこの連中だ。ハンター・インターナショナルの連中か?」


「さあな」


 東雲たちは遮蔽物に隠れ、銃撃を加えてくる相手を見る。


『東雲。敵が判明。敵の電子戦部隊から検索した。グローバル・インテリジェンス・サービスだよ。そこの特殊作戦部隊である情報任務部隊ITFだ』


「八重野のジョン・ドウに関わっていた連中か」


『そ。かなり高度な電子戦部隊を抱えているし、用意周到で練度も高い。厄介な相手かもね。とりあえず不審者検出システムだけでも取り戻して、敵の数を把握するよ』


「任せた」


 東雲はそう言うと“月光”を高速回転させて銃弾を弾きながら、情報任務部隊のコントラクターたちに向けて突撃する。


「ぶった切ってやるよ!」


 東雲に向けて銃弾が集中し、サプレッサーで抑制された銃声が響いたと思えば、スタングレネードが炸裂する。


『セイレーン・ゼロ・ワンより全部隊。目標パッケージの確保が最優先だ。エスコートは無理に排除しなくていい』


『了解。エスコートを誘引する』


 情報任務部隊のコントラクターたちは巧みに動きながら、東雲たちを誘引し、そして別動隊が八重野が守るルーカスに近づく。


「慣れてやがる。相当訓練された生体機械化兵マシナリー・ソルジャーだ。それにこんな時間から仕掛けランをしやがるとは」


「いいからぶちのめそうぜ。ここでやらなきゃずっと追われるぞ」


「分かってるよ」


 呉がそう言って情報任務部隊のコントラクターに向けて突っ込む。


「しま──」


「いただき」


 東雲が情報任務部隊のコントラクターを切り捨てた。


『セイレーン・ゼロ・スリーよりセイレーン・ゼロ・ワン。敵は高度に機械化されたサイバーサムライ。目標パッケージの奪還は困難だと思われる。指示を求む』


『セイレーン・ゼロ・ワンより全部隊。目標パッケージの確保は放棄。プランBだ。目標パッケージの排除を命じる』


『了解。目標パッケージを排除する』


 情報任務部隊のコントラクターたちが機関銃を持ち出し、制圧射撃を行って東雲たちを釘付けにするのに別動隊がルーカスに向けて進む。


「八重野! 気を付けろ! そっちに敵が向かってるぞ!」


「分かっている! 任せてくれ!」


 八重野が向かって来る情報任務部隊のコントラクターに立ち向かう。


『セイレーン・ゼロ・ワンより全部隊。全力で目標パッケージを排除せよ』


 情報任務部隊のコントラクターたちの無線が飛び交い、情報任務部隊のコントラクターたちが遮蔽物を利用し銃撃しながら突入してくる。


 銃弾、グレネード弾、スタングレネード、スモークグレネード。あらゆるものが空港の中を包む。


「近寄らせはせん」


 八重野はその中で必死に戦い、接近する情報任務部隊のコントラクターたちを超電磁抜刀で斬り倒していく。


『セイレーン・ゼロ・ワンより全部隊。作戦中止、作戦中止。撤退せよ。ドローンが爆撃を実行する』


『了解。撤退する』


 最後に赤外線遮断のスモークグレネードを投擲し、情報任務部隊のコントラクターたちが訓練された戦術的な動きで撤退していった。


『東雲! 自爆ドローンが空港に突っ込むよ! 気を付けて!』


「伏せろ、伏せろ! 自爆ドローンが突っ込んでくるぞ!」


 東雲がそう叫んだ直後、情報任務部隊の無人機オペレーターが操作する自爆ドローンが成田国際航空宇宙港の建物に突っ込み爆発を引き起こした。


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