企業亡命//グッバイ・ニューヨーク
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──企業亡命//グッバイ・ニューヨーク
「AELSSが引き抜きに気づいた。全ての航空機に着陸命令が出るまで時間の問題だ」
『分かってる。後、数分でここからはさよならだ』
暁がそう言ってヘリはニューアーク・リバティ国際航空宇宙港に向けて急速に高度を下げていき、多少荒っぽく着陸した。
「ストレッチャーを。ルーカスを輸送する!」
「準備できてます」
医療チームが佐伯の指示でストレッチャーにルーカスを乗せて、待機している高速ティルトローター機に向けて東雲とともに向かっていく。
『タンゴ・ゼロ・ツーより全チーム、急げ、急げ。AELSSの通信が飛行禁止命令を出そうとしている。ハンター・インターナショナルの航空部隊も展開を始めている。このままだと空港を飛び立ったと同時に撃墜される』
「急いでいるよ、クソッタレ。走れ、走れ。輸送機に乗り込め!」
高速ティルトローター機は大型で小型ジェットを一回り大きくしたような大きさがある。テールランプは下ろされており、まずはルーカスを乗せたストレッチャーが医療チームによって運び込まれ、次に東雲たちが乗る。
「全員乗り込んだか!? 誰も残していないだろうな!?」
「人員チェック。全員乗り込んでる!」
「出発するぞ! ALESSがこっちの動きに気づくのは時間の問題だ」
高速ティルトローター機が滑走路で加速し、そのままニューアーク・リバティ国際航空宇宙港を出発する。他に飛行中の機体はない。
『離陸完了。これより輸送船スピカ・ライトとのランデブーを目指す』
「ALESSの追手は?」
『今のところ、レーダー照射の類は受けていない』
高速ティルトローター機はアダム・クリシュナンの手で操縦され、大西洋を目指して進み続ける。
『しまった。レーダー照射を受けている。地対空ミサイルだ』
『ヴァイスロイ・ゼロ・ワンより
アダムが悪態を吐き、ALESSからの無線情報が入る。
「おいおい。撃墜は勘弁だぜ」
「神様にお祈りしよう」
東雲が愚痴り、セイレムが肩をすくめる。
『地対空ミサイルが発射された! 回避行動を取る! 揺れるぞ!』
高速ティルトローター機がチャフ、フレアをばら撒き急旋回する。
機内が揺れまくり、医療チームがひとりが嘔吐した。
『
『アバランチ・ツー・ゼロ。不明機の追跡を開始する。撃墜許可は?』
『
『アバランチ・ツー・ゼロ、コピー』
無人戦闘機が東雲たちが乗った高速ティルトローター機に接近する。
「このままだとどうなる?」
「着陸命令に従えば降りた途端に蜂の巣。逆らえば空対空ミサイルでお陀仏」
「最低」
東雲がため息を吐く。
『アバランチ・ツー・ゼロよりフェニックス・ゼロ・ワン。不明機の機影が消失した。撃墜されたのか?』
『フェニックス・ゼロ・ワンよりアバランチ・ツー・ゼロ。確認できない。防空システムとリンクして確認する』
ここで無人戦闘機と早期警戒管制機の間で交信が行われる。
『東雲。ALESSとハンター・インターナショナルの防空システムをハックした。けど、持って1、2分。急いで逃げてね』
「サンキュー、ベリア」
東雲がベリアに向けてそう言った。
『もうすぐ防空識別圏を抜けるぞ。輸送船とのランデブーだ。ようやく逃げ切れる』
アダムがそう言い、高速ティルトローター機はAELSSとハンター・インターナショナルの管轄するアメリカ本土の防空識別圏を抜け、大西洋に出た。
『ご搭乗の皆様。本機は間もなく大西洋上の輸送船スピカ・ライトに到着いたします。ベルトサインが消えるまでベルトをお締めください。また本機は全席禁煙となっております。喫煙はご遠慮ください』
アダムが軽い調子でそう言い、高速ティルトローター機は大西洋上の予定地点を航行中だった輸送船スピカ・ライトに向けて着陸していった。
スピカ・ライトにはフォークランド紛争中にハリアー戦闘機を搭載したアトランティック・コンベアーのように高速ティルトローター機やヘリが離着陸できるように部分的に改装されていた。
その離発着スペースに高速ティルトローター機が着陸する。
「ふう。グッバイ、ニューヨーク。グッバイ、アメリカ。さあ、おうちに帰ろう。
「これからハイチに行くんだぞ、東雲。そこから日本だ。アトランティスは沿岸警備隊の仕事までは請け負ってないが、それでもまだ危険はある」
「危険があったとしても俺にはどうしようもできないからな」
八重野が苦言を呈するのに東雲が肩をすくめた。
「ハイチまではそこまで遠くない。だが、ハイチでは油断するな。あそこは見捨てられた地だ。何度ものハリケーンによる被害と地震による被害で荒廃しきっていて、今や人身売買と違法薬物取引の拠点だ」
「南国リゾートとはいかないか。まあ、期待はしていなかったよ」
暁がそう言い東雲が広がる大西洋を眺める。
もうすぐ大西洋からカリブ海に入る。
「ルーカスは無事か?」
「無事だと医療チームは言っている。バイオウェアは無事に撤去されたらしい。少なくとも致死的効果は発揮しないと言えるそうだ。術後の副作用などもないとさ」
「そいつは結構。少し話はできるか?」
「好きにしな。同じ船に乗った仲間だ。今はな」
呉がそう答え、東雲はルーカスと話しにスピカ・ライトの医務室に向かう。
「私もいいか」
「ああ。というか、あんたのために話すんだよ。アトランティスの人間ならばエイデン・コマツやジャスパー・アスカムについて知ってるかもしれないしな」
八重野が続くのに東雲がそう返す。
「ああ。それを期待している。ジョン・ドウでなくともマトリクスの魔導書に関すル呪いについて知っているかもしれない」
「呪いについてはヘレナに聞いただろ?」
「ヘレナは子供だ。アトランティスは彼女からもっと知識を引き出したかもしれない。脳神経データを手に入れているんだ。
「あまりその点は期待しない方がいいぞ」
東雲は軽くそう言って医務室に入った。
「よう。ルーカスと面会できるか?」
「今は安定している。術後の処置も上手くいった。バイオウェアも作用しない。精密検査を行う必要はあるが、命の危険はないだろう」
東雲が尋ねるのに医療チームの佐伯が答えた。
「じゃ、話していいか?」
「いいぞ」
東雲たちはベッドに横たわっているルーカスに向かう。
「ルーカス。なんて呼べばいい? ルーカス博士? ルーカス教授?」
「ルーカス博士。教授職は辞めた。元はマサチューセッツ工科大学で教鞭をとっていたが、私はアトランティスに引き抜かれたときに辞職した」
ルーカスが疲れ切った様子でそう言う。
「なあ、あんたはアトランティスで何を研究していたんだ?」
「生物情報学」
「それは知ってる。具体的にはどういうものだ?」
「君はジェーン・ドウから何も聞かされていないのか?」
東雲の問いにルーカスが尋ね返す。
「聞かされてない。教えてくれないか。俺たちがあんたを連れだしたんだぜ?」
「分かった。私の研究は採取された脳神経データから人間のバックアップを取る研究をしていた。プロジェクト“タナトス”について聞いたことは?」
「ある。人間のバックアップを取ろうって研究であんたがいたマサチューセッツ工科大学で行われていた」
「私はその後継プロジェクトであるプロジェクト“パラダイス”に関係したが、プロジェクト“タナトス”についても知識がある。実に野心的な研究だった」
ルーカスが横たわったままそう語る。
「知っているかね。
「だが、
「そうだ。認めよう。だが、私はその研究を行っていた。最初は絶滅危惧種と絶命種をデジタル環境で存続させること。そして、アトランティスに移ってからは人間。そして、吸血鬼だ。信じられないだろうがね」
「信じるさ。そいつには会ったよ」
「そうか。アトランティスから彼女を
「魔女?」
「魔女だ。魔女としか言いようがない。呪いで人を操り、永遠の生を得ようとする女を他にどう呼べばいい?」
東雲が怪訝そうな顔をするのにルーカスが肩をすくめる。
「呪いは分かるが、永遠の生だって?」
「そうだ。吸血鬼について我々は調べた。その結果、彼女の細胞代謝は全く細胞を劣化させず、何世代と時間を重ねても老化すらしないということが分かった。私が情報を調べた。遺伝子データやタンパク質のデータまで」
「不老不死か」
「そうだ。私たちは吸血鬼から採取した細胞をVaHe細胞として培養し、様々な分析と研究を行った遺伝子のデータから発現するタンパク質の種類、遺伝子の発現する条件、タンパク質の三次元構造」
ルーカスが淡々と語る。
「そして、分かったのはこれはただの生物医学的な問題だけではなかったということだ。現在の科学では不明な要素があった。そこで私たちはより具体的な情報を得るために、マトリクス上でシミュレーションを行った」
「できるのか? 生命のシミュレーションは上手くいかなかったんだろ?」
「できなかったのは脳神経データから人格を形成することだ。今の有機化学のほとんどは実験を必要としない。マトリクス上でシミュレーションできる。あらゆる有機的な化学反応を量子化学的にもシミュレーションできるんだ」
「そして、人体は有機化学の傑作」
「その通り。人間というものはどこまで行っても有機化学的視点から見れば神秘性などない物質でしかない。生命の神秘は化学式で表せる。ただ、脳神経データというのはかなり再現性が難しい。それだけだ」
ルーカスがそう語る。
「私たちはVaHe細胞から
「イン・ビトロの実験ということか?」
「イン・シリコだよ。コンピューターでの生物医学的シミュレーションというのは何も今に始まったことではない」
「ふうん。で、上手く行ったのか?」
「いいや。受精卵から成長した細胞に不死性はなかった。普通に劣化し、消滅した。そこで我々は生物医学的要素以外の問題が細胞に不死性を与えているものだと考えた」
「魔術。呪い。事象改変的現象」
「そう。それだ。我々はメティスから情報を盗んでいた。白鯨が通常の情報科学だけで説明できるものではないということは分かっている。白鯨には科学者としては認めがたいが、現在の科学では説明できないものがある」
「それはシミュレーションできない」
「できない。我々が吸血鬼の脳神経データを採取した時点から明らかになっていたが、これは既存のあらゆる科学の法則から外れている。我々の仕事はそこから新しい規則性と法則を導き出すことだった」
今現在の生物医学的な法則は吸血鬼というサンプルには通用しないと分かったとルーカスが述べる。
「研究は進んでいた。マトリクス上でのシミュレーション。アトランティス・サイバーソリューションズが開発した自律AI“バシレイア”によって解析が行われた。この自律AIは国連チューリング条約執行機関に認められていない」
「非合法AIか」
「そうだ。チューリング条約違反のAIだ。アトランティスは元々チューリング条約に反対していた。だから、自律AI開発に繋がる研究をしていた私をマサチューセッツ工科大学から引き抜いた」
アトランティスは様々な研究を隠れ蓑に自律AIの開発を進めているという。
「で、規則性は?」
「一定の解析は行えた。私たちはそのことを報告した。魔女に」
「魔女ってのは誰だ? 理事会の連中か?」
「不老不死と魔術を求めたのは理事会でもある。だが、私たちに直接求めたのはアトランティス・バイオテックの
ルーカスがため息を吐く。
「ルナ・ラーウィル。その女がマトリクスの魔導書の発生から今に至るまでの全ての問題に関する、魔女だ」
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