企業亡命//引き抜きチーム

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 ──企業亡命//引き抜きチーム



 引き抜き実行の2日前に引き抜きチームが集まった。


 場所は成田国際航空宇宙港に近いホテルの一室。


「東雲だ。こっちは八重野。そして、呉とセイレム。後、ハッカーふたりがTMCからマトリクス上で支援する。で、俺たちが警備突破チームだ」


「佐伯陽太だ。元日本陸軍軍医。ナノマシンが専門だ。医療チームを指揮する。大型ヘリに搭載可能な機動衛生ユニットを使う。目標パッケージをヘリに乗せたら、空港に到着するまでにバイオウェアを撤去する」


 そう名乗る佐伯はスキンヘッドにした軍人らしいガタイの人間だった。


「アダム・クリシュナンだ。パイロット。今回のニューアーク・リバティ国際航空宇宙港からの脱出は俺の操縦する高速ティルトローター機を使う。そのままパナマ船籍のスピカ・ライトに着陸してハイチに向かう」


 そういうのは東南アジア系の小柄な男だ。


「暁だ。現地の犯罪組織オデッサ・サークルの連絡員と輸送チームに参加する。ヴァンデンバーグ人工島から目標パッケージを輸送するのは俺の仕事ビズだ」


 暁が自己紹介する。


「俺が作戦を説明する」


「あんたは?」


「引き抜きチームの総指揮官。リアム・アイアンサイドだ。作戦の指揮を執る。ジェーン・ドウからは作戦を全面的に任されている」


 そういうのはアフリカ系の短く髪を整えた男だった。


「じゃあ、作戦について説明してくれ。どうする?」


「まず警備突破チームは可能な限り隠密を維持して動く。この日のためにALESSの社員IDを入手してある。ただし、レベル2のコントラクターだ。下手に重要施設に近づけば警戒される」


「どうすんだよ」


「陽動を起こす。アトランティスもメティス本社襲撃事件があって、重要施設の警備に力を入れている。ニューヨークでテロでも起きれば、標的のヴァンデンバーグ・アトランティス・インスティチュートの警備を固める」


 東雲が尋ねるのにリアムが答えた。


「なら、低いレベルのコンストラクターの社員IDでも研究所に近づける、と」


「そういうことだ。何かあればヴァンデンバーグ人工島は閉鎖される。防空システムが接近する航空機を片っ端から撃墜する」


「最悪だな」


「そう、最悪だ。ハッカーが保安システムを無力化してくれれば助かるが、ここは悲観的に考えよう。アトランティスに気づかれる前に研究所から技術者を連れ出す。殺しは可能な限り低く抑える」


「博愛主義ってわけじゃないよな。殺しをすればアトランティスの警戒態勢が上がる。騒ぎになれば脱出はそれだけ難しくなる」


「ああ。問題は最小限に。戦うにしてもこっそりやれ。隠密ステルスが肝心だ。あそこは繰り返し言うがアトランティスの庭だ」


「あいよ。ヴァンデンバーグ人工島の警備の程度はどの程度?」


「AELSSの精鋭部隊。それからハンター・インターナショナルの小部隊と強制介入部隊FIFだ。厄介なのはこの強制介入部隊で間違いない。メティスの特殊執行部隊SEUに匹敵する連中だ」


 重武装で即応性が高く、練度も優れているとリアムが言う。


「敵の装備は?」


「ALESSは低強度紛争における民間軍事会社PMSCだ。自動小銃、機関銃、狙撃銃、グレネードランチャーと言った武装。それから警備ドローンと警備ボット、戦闘用アンドロイド。軍用装甲車と放水車」


「ハンター・インターナショナルは?」


「軍隊そのもの。迫撃砲から無人戦車、無人攻撃ヘリまでなんでもござれ」


「はあ。憂鬱になって来たぜ」


 東雲が深くため息を吐く。


「警備突破チームは可能な限りハンター・インターナショナルとの交戦を避けてくれ。揉め事になると輸送チームにまで影響が出る。ハンター・インターナショナルは対テロマニュアルで定められた航空機の撃墜も担っている」


「怪しい航空機はビルに突っ込む前に撃ち落せってわけか。連中、地対空ミサイルや戦闘機も保有しているのか?」


「そうだ。地対空ミサイルはあちこちにある。それから無人戦闘機もあるし、無人戦闘機のレーダーや偵察衛星の情報を統合する早期警戒管制機AWACSもいる」


「逃げ場なし。嬉しくなってくるね」


「アメリカはまた飛行機が高層ビルや政府施設に突っ込むのを恐れているし、現に911の後に4回同じ企てがあった。そして六大多国籍企業ヘックスは過剰に脅威を煽り仕事ビズを得た」


「テロも企ても六大多国籍企業の非合法傭兵の仕業じゃねーの?」


「どうだかな」


 リアムが肩をすくめる。


「さて、作戦に当たるうえで段取りを整理しよう」


 リアムがニューヨーク市の地図を広げる。


 ニューヨークのアッパー・ニューヨーク湾にヴァンデンバーグ人工島があった。


「まず、実行2時間前にオデッサ・サークルの使い走りがニューヨーク市内でテロ予告を出し、無害な煙幕を数ヵ所で発生させる。テロの予告は化学テロだ」


「ALESSとハンター・インターナショナルはこれで警戒態勢だな」


「その通り。ニューヨーク市のALESSとハンター・インターナショナルは対テロマニュアルに従って、ニューヨーク市内に展開する。市民の外出規制と交通規制が行われる。だが、ALESSのIDを持っていれば問題はない」


 ヴァンデンバーグ人工島にそのまま向かうこともできるとリアムが言う。


「ヴァンデンバーグ人工島は警備レベルによって4つに区分される。一般の市民が生活するレベル4。アトランティスの下級社員が暮らすレベル3。アトランティスの幹部社員が暮らすレベル2。そして最後に研究施設のあるレベル1」


 ヴァンデンバーグ人工島がほぼ同心円状に分割される。


「レベルを上るごとにチェックポイントがある。ヴァンデンバーグ人工島のチェックポイントを管理しているのはテロ警報が出てもALESSだ。ALESSのIDが通用する。だから、強行突破はなしだ。ALESSのコントラクターとして行動する」


 侵入ルートをリアムが示していく。ニューヨーク市内からヴァンデンバーグ人工島に入り、レベル4からレベル1までチェックポイントを通過していく。


「レベル1までは準備したALESSのIDで侵入できる。問題となるのは研究所内への侵入だ。研究所に入るにはちょいと細工をしなければいけない。研究所の生体認証スキャナーをハックするんだ」


「誰がやる?」


「そっちのハッカーにやってもらってもいいが、こっちでも準備できる。そこまで複雑なハッキングじゃない。アイスブレイカーは準備済み。システムをハックする攻撃エージェントも準備してある」


「なら、楽勝だな」


 東雲は頷いた。


「研究所内に入ったら目標パッケージは保安部の監視を可能な限り避け、合流する。合流場所は研究所内のカフェ。生体認証情報はこれを使ってくれ」


「あいよ」


 東雲は改めてルーカス・J・バックマンの生体認証情報を入手した。


「生体認証スキャナーを制圧しておけば研究所から目標パッケージをを連れだすのも容易なはずだ。後は展開中のALESSに発見されないように目標パッケージを連れ出す。ヘリの離発着できる場所は限られる」


「ここだな。研究所外の広場。しかし、派手なことになるぞ。それこそALESSが大騒ぎして、ハンター・インターナショナルの無人戦闘機が飛んでこないか……」


「ヘリのIDもALESSの航空部隊のものとして登録してある。こちらから緊急即応部隊QRFの化学戦部隊が展開するという知らせを流す。それでヘリは怪しまれないはずだ。ニンジャのように飛び立ってくれ」


 そう言ってリアムが二ッと笑った。


「ニンジャって外国人好きだよな」


「全く」


 暁と東雲は呆れていた。


「ヘリは離陸したらニューアーク・リバティ国際航空宇宙港に向かう。フライトプランは偽装する。一応ALESSの化学戦部隊ということになっているので空港でも煙幕を撒く。普通のALESSのパトロールは防護装備を持ってない」


「つまり、連中はすぐに逃げるってわけだ」


「そういうことだ。ヘリの着陸と目標パッケージを高速ティルトローター機に移すのは妨害されないだろう。だが、流石に高速ティルトローター機のIDは偽装できない。空港の認証は厳しい。アトランティスが請け負っているからな」


 ここからが問題だとリアムが言う。


「ロングビーチ沖で輸送船スピカ・ライトに移乗する。チームと目標パッケージが輸送船に移ったら、高速ティルトローター機は無人操縦で大西洋に沈める。証拠はこれで消えてなくなる」


 リアムはそこで全員を見渡す。


「そして、スピカ・ライトはハイチに寄港し、ポルトープランス国際航空宇宙港から日本に帰国する。目標パッケージを引き渡せば仕事ビズは終了。で、何か質問はあるか?」


 リアムが尋ねる。


「準備するヘリの機種について教えてくれ」


「アトランティス・エアロスペース・システムズ製のAASR-105。機動衛生ユニットが搭載可能なタンデムローター機だ。操縦したことは?」


「ある。問題はなさそうだ。高速ティルトローター機は?」


「それが気になるのか? 操縦するのはアダムだぞ」


「定員オーバーで置いていかれそうになったことがあるんでね」


 暁がそう言ってリアムを見る。


「そういうことなら。アロー・ダイナミス・アヴィエイション製のADAH-360ハミングバード。定員は25名。目標パッケージ1名、警備突破チーム4名、医療チーム4名、輸送チーム3名、指揮通信チーム3名を収容しても余裕がある」


「燃料は余分に積むんだろう。当日の天候は分からない。輸送船とのランデブーに苦労する場合もある」


「余計に燃料を積んでも大丈夫だ。全員引き上げさせる。約束する」


 暁が質問を重ねるのにリアムが強くそう言った。


「分かった。信頼しよう。で、ついでに聞いておきたいんだが、目標パッケージは本当に本人だけなんだな?」


「ああ。家族は死んでる。事故だ。付き合っている女もいない。仮に女のひとりでも連れて来たとしてもどうにかなる」


 リアムが情報を改めて示す。


 家族構成は妻子は事故で死亡。両親も病気で死亡している。


 ルーカス・J・バックマンは天涯孤独の身だ。


「なあ、犯罪組織との接触は?」


「俺がやる。ニューヨークに到着してすぐに。ジェーン・ドウから連絡は行っているから、交渉はそう長引かないはずだ。だが、護衛がいるとありがたい。俺ひとりだと足元を見られる可能性がある」


「あいよ。だが、俺は東欧マフィアの言葉なんて喋れないぜ?」


「俺が分かるから大丈夫だ。オデッサ・サークルはロシア人とセルビア人の主にしたマフィアでほぼロシア語が通じる。英語だって喋れるはずだ。創設者はユダヤ系ロシア人の移民だからな」


「詳しいな」


「聞いてなかったか? 前に付き合いがある」


 暁は平然と言った。


「具体的にそのオデッサ・サークルって連中は何して稼いでるんだ?」


「人身売買。オールドドラッグ、電子ドラッグの売買。殺人。窃盗。違法賭博。臓器強盗。要はなんでもござれってことだ」


「碌でもねえ連中だな。そんな連中が当てになるのかよ」


「当てになるさ。ニューヨークでもかなりの規模も犯罪組織だ。金さえ出してやれば働くよ。連中にとっちゃ、荒廃したロシアから誘拐した女子供を売り払うのも、六大多国籍企業ヘックス仕事ビズを手伝うのも同じだ」


「確かに人様のものを盗んだり、殺したりするのも犯罪だろうけどさ」


 東雲がそう愚痴る。


「手順にもう不満や質問はないか? ニューヨークについたら話し合っている時間はないぞ。で、出発までは残り2時間だ」


 リアムがそう言って引き抜きチームの面子を見た。


「問題はない。ニューヨークで会おう」


 東雲はそう言って、リアムに手を振った。


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