企業亡命//ニューヨーク到着

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 ──企業亡命//ニューヨーク到着



 東雲たちを乗せたニューノースアメリカンエアの航空便はジョン・F・ケネディ国際航空宇宙港に到着した。


「ホテルはニュー・コンチネンタルってホテルだ。でも、その前にオデッサ・サークルって犯罪組織に会うんだろう?」


「ああ。先に連絡しよう」


 東雲がブランド物のスーツに身を包んで言うのに、暁がそう返した。


「連中の居場所は?」


「ロウアー・マンハッタンのロシア人街だ。オデッサ・サークルという犯罪組織の成り立ちは21世紀最大の愚行と言われたロシア軍のオデッサ上陸作戦に参加して、そのまま逃亡した連中がアメリカに移住して組織したものだ」


「脱走兵ってわけか」


「国にはもう帰れない。帰れば拘束される。で、アメリカという新天地で暮らし始めたというわけだ」


「随分とまあ苦労したことだろう。だが、やってることが犯罪だからあまり同情はできないけれどな」


「犯罪組織に同情だの共感だのしない方がいい」


 暁はそう言って東雲と一緒にタクシーに乗ってロウアー・マンハッタンのロシア人街に向かう。ジョン・F・ケネディ国際航空宇宙港からロシア人街まではあまり時間はかからなかった。


「言っておくがここのロシア人たちはアジア系に友好的じゃない。アメリカの人種差別は終わってるレベルだ。内戦が起きないのが不思議なくらいだ」


「やれやれ。ロシア人が喧嘩売って来たらどうする?」


「銃を抜かなければ殴って黙らせろ」


「銃を抜いたら?」


「殺せ」


 暁はそう言ってタクシーから降りる。


「ボルシチ食えるかな」


「お勧めはしない。ニューヨークの衛生事情はあまりよくない」


「残念」


 東雲はそう言って肩をすくめ、落書きのある通りを見た。盗みに入られたと分かる建物もあり、銃声が遠くから聞こえ、荒れているのが分かる。


「ひでえ治安」


「ALESSの姿もないだろ。治安維持を放棄してる。ここでは自衛が基本だ」


「TMCも酷いものだが。ジェーン・ドウが10倍は酷いって言っていた理由が分かるよ」


 東雲と暁はロシア人街を進んでいく。


「おい、イエロー野郎。どこの誰に断ってここを歩いてるんだ?」


「早速かよ。退いてろ」


「ああん? 舐めてんのか、イエロー」


 ガタイのいいプロレスラーのようなスラブ系の男が東雲と暁の前に立つ。


「うるせえ。黙ってろ」


 東雲の拳が大男の顎に叩き込まれ、男がノックアウトされる。


「見ろよ。ジャップがドミニクを殴り飛ばしたぞ」


「あーあ。あの馬鹿が」


 他のスラブ系の男たちが遠巻きにそれを見ていた。


 だが、厄介ごとと察したのか近づいては来ない。


「さっさと済ませようぜ。後ろから撃たれたらたまらねえ」


「ああ。こっちだ」


 ロシア人街を東雲と暁が進む。


 やがて古いビルが見えて来た。


「ここだ。俺が喋るからお前は大物のように後ろにいてくれ。強面の用心棒みたいな感じでな。下手に喋らないでくれ」


「あいよ。俺はそう言う役割は好きじゃないんだけどな」


 暁がビルの前にいるボディアーマーとタクティカルベストを身に着けたスーツ姿の警備に当たっているスラブ人のARデバイスにデータを送ると、警備の男は暁たちに行けと言うように親指でビルの入り口を指さした。


「ボスは上だ、暁。久しぶりだな」


「久しぶりだな、マクシム。奥さんとは上手くいってるのか?」


「まあな。あんたも結婚したらどうだ? 家庭を持つってのはいいものだぜ」


 ビルの元は受付のカウンターだっただろう機関銃陣地には40代ほどのスラブ人がいた。やはりボディアーマーとタクティカルベストを身に着け年代もののカラシニコフをスリングで下げていた。


「あいにくいい出会いがなくてね。じゃあ」


「またな」


 スラブ人はニッと笑って金歯を見せると暁と東雲を見送った。


「気のいい連中に見えるな」


「ロシア人でも、犯罪者でも人間ではあるからな。生きていて、家族がいる」


 暁は東雲にそういうとビルのエレベーターに乗る。


 そして、最上階に向かった。


「よう、暁。連絡は受けてる。ボスがお待ちだ」


「ありがとよ」


 警備の男がそう言って暁と東雲はビルの最上階にあるオフィスに通された。


「やあ、暁とその友人。久しぶりだな。そいつは用心棒か?」


「そんなものだ。こいつも今回の仕事ビズに関わる」


「ふうん」


 そういうのは白髪が目立つ初老のスラブ人だった。腰のロシア陸軍のホルスターにドイツ製の拳銃を突っ込んでいることと首に刻まれた入れ墨以外はブランド物のスーツ姿で取り繕っている。


「ニキータ、こいつは東雲という。東雲、こっちはニキータ・レノフ大佐。オデッサ・サークルのボスだ」


 暁がそう紹介するのに東雲はただ頷いて見せた。強面のボディガード役だ。


「ニキータ。ジェーン・ドウから仕事ビズについては聞いているよな?」


「ああ。まだジェーン・ドウと付き合っているのか? そろそろフリーにならないか? うちで雇うぞ。お前は腕がいい運び屋だ。職人だ。職務に忠実な職人は信頼できる。俺は職人は好きだ」


 ニキータが暁にそういう。


「どうだ? 報酬はジェーン・ドウの倍出すぞ。お前はスラブ系じゃないが、それは問題にならない。俺たちはもう戦友だ。そうだろう?」


「気持ちは嬉しいが、今はジェーン・ドウから離れられない。下手に六大多国籍企業ヘックスを裏切るとどうなるかは分かるだろう?」


「残念だよ。気が変わった知らせてくれ」


 ニキータはそう言って肩をすくめた。


「ジェーン・ドウの仕事ビズの方の準備は?」


「できてる。荷物も預かっているし、騒ぎを起こす準備も万端だ。うちの下っ端のギャングがALESSの連中をあたふたさせると思うと笑いが止まらないよ」


「オーケー。確認しよう。まず最初の標的はブロードウェイ、マディソン・スクエア、タイムズスクエア、ウォール街。これらを一斉に攻撃する。これでALESSがテロ警戒に入るはずだ」


「派手にやるな。催涙ガスじゃなくていいのか?」


「本物のテロをやりたいわけじゃない。あくまでテロの偽装だ」


「分かった、分かった。で、次の目標は?」


「こっちから通知が行ったら、ジョン・F・ケネディ国際航空宇宙港、ラガーディア空港、ニューアーク・リバティ国際航空宇宙港を攻撃してくれ」


「段階を踏むというわけだな。理解した。連絡用IDは?」


「こいつを使ってくれ。すぐに応じられる」


 暁が連絡用IDをニキータのARデバイスに送信する。


「他にご入用なものは?」


「武器の類とALESSの制服を」


「それなら準備できてる」


 ニキータがそう言って部下を呼び出す。


「ボス。例の荷物ならばバンに積んであります」


「カギを渡してやれ。受取人が来た」


「了解」


 大柄なスラブ人が東雲に車のキーを渡した。


「じゃあ、予定通りよろしく頼むぜ」


「ああ。仕事ビズに困ったら来るといい。いつでも仕事ビズを斡旋してやるからな」


「ありがとよ、ニキータ」


 暁はそう言って東雲とともに最上階のオフィスを出て、ビルを出た。


「バンは?」


「こっちだ。位置情報がIDでタグ付けされている」


 暁の先導でロシア人街を進む。


「あんたらが連絡にあった受取人か? 念のためにカギを」


「こいつだ」


 東雲が車のキーを示す。


「オーケー。持っていけ。中は弾薬庫だぜ」


 やはりスラブ系の男がそう言って暁と東雲に車を引き渡した。


「中身を確認しておけ」


「あいよ」


 東雲がバンの扉を開ける。


「刀。電磁パルスグレネード。電磁パルスガン。自動小銃。ALESSの軍服とボディアーマー、タクティカルベスト。ん、これは除染用装備か?」


「作戦を忘れたか。俺たちはAELSSの緊急即応部隊QRFの化学戦部隊として行動することになっているんだぜ」


「そうだったな。ガスマスクもついてる」


「確認できたか?」


「オーケー。確認できた。バンはこのままホテルに持っていくか?」


「ああ。俺が運転する」


 暁が運転席に乗り込み、東雲が助手席に乗り込む。


「ロシア人と随分と仲がいいんだな」


「気になるか?」


「あんたが裏切らなきゃそれでいいけど」


「前々からの付き合いだ。あいつらはジェーン・ドウのために働き、俺もジェーン・ドウのために働く。同じご主人様に使える番犬ってことだ」


「本当にそれだけか?」


「随分と疑うな。まあ、俺も命が大事だ。裏切られたくはない。そんなわけだから親しくしておくに限る。親しくしても裏切られる可能性はあるが、親しくしない方が裏切られる可能性は高い」


「仁義って奴か……」


「連中にそんな大層なものはない。俺が付き合った犯罪組織がどうしてどいつこもこいつもファミリーと名乗るか分かるか?」


「さてね。親分がいて子分がいるからか?」


「疑似家族を構成することで権力のバランスを保つんだよ。普通、子供は親に従い、親は子供を育てる。そういう枠組みを作ってしまうことで、子分が反乱を起こさないようにするのさ」


「そんなの上手くいくのかよ」


「上手くいっているからニキータはずっとボスなのさ。奴のファミリーは奴のものだ。ニキータはウクライナから逃げて、アメリカでこの仕事ビズを始めてからずっとボスだ」


「なんだか分からん世界だ。必要があればボスだって機関銃から鉛玉を食らいそうなものだけどな」


「そりゃ抗争が起きればな。だが、あのロシア人街で一番力を持っているのはニキータだ。ALESSでもハンター・インターナショナルでもない。だから、ジェーン・ドウが気に入っている。ロシア版のドン・コルレオーネがな」


「見たことあるぜ、映画。面白かったよな」


「お前、BCI手術受けてないのに映画が見れるのか?」


「見れるに決まってんだろ。昔から映画はスクリーンかテレビで見るものだ」


「なんともクラシックなことで」


 暁が呆れたようにそう言った。


「うるせえな。どいつもこいつも。BCI手術しなけりゃ人権がねーのかよ!」


「そんなことぐらい分かってて手術を受けてないんだろ。なあ、宗教の勧誘は止めてくれよ。俺は宗教に興味はないんだ」


「俺だってねーよ。宗教じゃないの。単なるテクノフォビア」


「テクノフォビアってハートショックデバイスとか信じてる連中の仲間か? ジェーン・ドウが選んだにしては胡散臭いな」


「信じてない。俺が使っている造血剤にだってナノマシンが入っているし、今はそれを受け入れている。ただ、脳みそを弄るってシンプルに怖くねえか?」


「別に。情報収集にしくじって脳みそにナノマシンじゃなくて鉛玉を叩き込まれる方が怖いね。脳みそぶちまけるよりマシだろ?」


「そりゃそうだがね。俺はハッキングはハッカーに任せるよ。ナノマシンも鉛玉も遠慮申し上げたいね」


「そうですかい」


 そうこう言っている間にバンはホテルに到着し、ホテルの立体駐車場に入る。


「待ってたぞ」


「お待たせ」


 リアムと八重野、呉、セイレムを含めた引き抜きチームが地下駐車場に集まっていた。医療チームは佐伯だけが来ていた。警備突破チームと輸送チームの面子、そして指揮通信チームは全員着ている


「それぞれ装備を確認しろ。警備突破チームからだ」


「了解」


 八重野、呉、セイレムたちが装備を確認する。


「八重野。制服のサイズ、大丈夫か……」


「合っている。私には大きいとでも思ったか?」


「いいや」


 東雲が肩をすくめた。


「よし。次は輸送チームだ」


「俺たちはサイバーサムライじゃないから銃を使うぜ」


 アダムたちがALESSの装備と銃火器で武装する。


「医療チーム。先生、頼むぞ」


「ああ。俺たちも怪しまれないようにしないよな」


 医療チームは佐伯だけが武装するようだ。


「最後、指揮通信チーム。俺たちだ」


 リアムたちが装備を取って武装する。


「TMCとの連絡は取れるのか?」


「ああ。あんたのハッカーと連絡は取れるぞ。試してみるか?」


「あいよ」


 東雲がARからベリアに連絡を取る。


「よう、ベリア。ウェルカム・トゥ・ニューヨーク」


『浮かれちゃって。こっちは仕事ビズの準備はオーケーだよ』


「あいよ。抜からずやろうぜ」


 東雲はベリアにそう言って通信を切った。


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