企業亡命//アナウンス
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──企業亡命//アナウンス
ジェーン・ドウから次の
「遅いぞ」
ジェーン・ドウは本物の酒を出すセクター6/2のカクテルバーの個室に東雲とベリアを招き入れた。いつものように技術者のスキャン後に。
「お前の家に預けていた吸血鬼を回収する。運び屋には連絡済みだ。回収班を送ってある。よかったな。面倒ごとがひとつ減ったぞ」
「嬉しいね」
ジェーン・ドウが皮肉気にいうのに東雲がぶっきらぼうにそう返した。
「次の
「トロントの仕事も大がかりだったぜ」
「もっとデカい。参加する人数が違う」
「引き抜きだよな?」
「そうだ。引き抜きだ。お前は引き抜きは初参加だろう。引き抜いた人間の護衛をしたことはあるだろうが」
ジェーン・ドウがそう言う。
「引き抜きって企業亡命だろ。どういう手順でやるんだ?」
「大抵の技術者や研究者は囲い込まれいる。厳重な警備態勢下にある研究所やアーコロジーにな。だから、本人がいくら企業亡命を希望しても
「保安部を制圧しろってことか。
「その通り。魔女の城にいるお姫様を助け出すって訳だ」
「魔女は機関銃や対戦車ミサイルで攻撃してこないけどな」
ジェーン・ドウがからかうのに東雲がうんざりした様子でそう返した。
「そして、魔女からお姫様を攫ったら呪いを解かなければいけない。生物医学的処置が施されている技術者や研究者は大勢いる。メティスじゃなくてもバイオウェアを植え付けているってわけだ」
「そいつは俺たちにはお手上げだな」
「だから引き抜きチームは規模がデカくなるんだ。警備突破チームと医療チームが必要になる。それから輸送チーム。チームワークが重要なんだよ。分かってるか、
「分かりましたよ」
東雲が降参というように両手を上げた。
「警備突破チームはお前とちびのサイバーサムライ、それからHOWTechのふたり。医療チームは佐伯陽太って男が指揮する。元軍医でナノマシンにも詳しい人間だ。輸送チームにはアダム・クリシュナンと運び屋」
「アダム・クリシュナンってのも軍の人間か?」
「元マレーシア空軍のパイロットだ。運び屋はああ見えて軍用ヘリの操縦ができる。輸送チームは魔女の城からお姫様をまずはヘリの中の医療チームに渡し、バイオウェアを除去したら高速輸送機でとんずらする」
「なるほどね。だが、上手くいくのかね……。そもそもどこから技術者を引き抜くつもりだ? メティス? アトランティス?」
「アトランティス・バイオテック」
「アトランティスか」
さもありなんという顔を東雲がする。
「かなり厄介な場所に
「わお。ニューヨーク? ドラマや映画でしか見たことないよ。実際のニューヨークはドラマや映画と違ってスラム街のギャングとイタリアンマフィア、ロシアンマフィアが跋扈している危険地帯。それでいて世界で有数の金融都市」
「そうだよ。ニューヨークは警察権をALESSとハンター・インターナショナルに委託している。そして犯罪組織はその使い走りだ。民間軍事会社が介入できない汚れ仕事をやらされ、民間軍事会社の実績作りに利用される」
「TMCとおんなじだね」
「黙れ」
ベリアが小さく笑うのにジェーン・ドウがベリアを睨んだ。
「さらに厄介なのはニューヨークはニューヨークでもアトランティス・バイオテックの研究所はヴァンデンバーグ人工島に存在する。ニューヨークの人口過密化から作られたアトランティスが作った人工島だ」
「アッパー・ニューヨーク湾にあるかなり野心的な人工島。ニューヨーク同様にアトランティスが全てを仕切ってる。インフラ、治安維持、財政、政治」
ジェーン・ドウが語ったようにヴァンデンバーグ人工島はニューヨークに位置するアトランティスの所有物というべき場所だった。
「このヴァンデンバーグ人工島はある種のアーコロジーでもある。いくつものアトランティスの研究所があり、実験施設がある。そして、ヴァンデンバーグ人工島は何かあればすぐさまALESSによって封鎖される」
「揉め事が起きる前にずらかれってわけじゃないだろう?」
「警備を制圧した時点でアラートが鳴り響く。脱出するにはヘリを使うしかない。研究者を
「それからは?」
「輸送チームが大西洋に停泊中の貨物船にチームと
ジェーン・ドウが軽い調子でそう言う。
「気軽に言ってくれるぜ。ニューヨークはアトランティスの兵隊でいっぱい。今度はアメリカにも入国できなくなるかもしれない」
「どうせお前らが
「ひでえ状況だな」
「クソみたいな国だよ。アメリカは分裂しかかってる。前々から右派と左派、連邦主義者と反連邦主義者、金持ちと貧乏人、白人と黒人、そんな感じで揉めていた。そして、それを企業が利用し、分裂を加速させた」
「ニューヨークはどうなんだ……」
「アメリカの富と腐敗の象徴。街はアトランティスが仕切ってる。物価と住宅費はうなぎ上りでストリートの住民だらけかと思えばアトランティスに厳重に守られた区画にビリオネアが豪華な住居で暮らしている」
「TMCと一緒じゃねえか」
ジェーン・ドウが語るのに東雲がそう言う。
「TMCの十倍は酷い場所だよ。とは言え、ニューヨークの犯罪組織にコネがないわけじゃない。オデッサ・サークルって東欧マフィアが支援する。武器の調達、輸送手段の確保、陽動。金を払ってやったから
「東欧マフィアね。俺は英語もぼちぼちにしか喋れないけど大丈夫か?」
「何のために運び屋をつけてやると思う。奴は連絡係でもある。オデッサ・サークルは運び屋も利用していた犯罪組織であり、俺様たちとは長い付き合いだ。犯罪組織に忠誠心は期待できないが、金を払っているうちは裏切らない」
「だといいけどな。犯罪組織って時点で信用ならねえよ。裏切らないことを祈るばかりだ。大抵は金払いのいい方に傾くもんだからな」
「大金を払ってあるし、裏切ればそれ相応の報復があることを連中も理解してる」
東雲が懸念を示すのにジェーン・ドウがどうでも良さそうにそう言った。
「じゃあ、当てにさせてもらおう。実行は?」
「6日後にヴァンデンバーグ人工島に突っ込み。2日前にニューヨークに入れ。航空便は予約してある。ホテルもセットでな。ビジネスクラスの客席で、ホテルはスイートルームだ。喜べ」
「はいはい。ありがとうございます。で、チームの顔合わせは?」
「出発前に一度だけだ。今回のチームと組み続けることはない。引き抜きチームの裏切りや情報漏洩防止のためにチームはシャッフルする。こいつは酷く繊細な仕事なんだ。分かるか……」
「分かったよ。でも、今回は顔を合わさせてもらうぞ。どいつに
東雲が渋い顔でそう言う。
「作戦を確認する必要があるからな。もっとも作戦そのものはこっちで立てるが」
「お好きにどうぞ。俺たちも引き抜きをやったことはなかったから」
「そう、お前は大人しく従えばいい」
ジェーン・ドウがカクテルを飲みながら手を振る。
「それまでの準備もそっちでしてくれるのかい」
「ああ。してやるよ。装備を運ぶのは請け負ってやる。とは言え、ニューヨークはアトランティスの縄張りだ。ロケットランチャーなんてものは持ち込めないぞ」
「電磁パルスガンと電磁パルスグレネードをいくつか運んでほしい」
「ふん。自慢の剣術は使わないのか……」
「使う時は使うよ。だが剣でいちいちやるより、電磁パルス兵器で纏めてやった方がスムーズだし、楽だろ?」
「分かった。運ばせておいてやる」
ジェーン・ドウが了解する。
「
「そうだ。運び屋とちびのサイバーサムライには伝えておけ。特に運び屋にはな。このデータを奴に渡せ。すぐに理解できるはずだ」
東雲のARデバイスにジェーン・ドウがデータを渡した。
「引き抜きの目標はルーカス・J・バックマン?」
「アトランティスの研究者だ。生物情報学者。脳神経学者でもある」
東雲はジェーン・ドウからの情報を見てそう言い、ジェーン・ドウが付け加える。
「了解。じゃあ、
「そうしろ」
ジェーン・ドウはそう言って出て行けと言うように個室の扉を指さした。
「また随分な
「旅行するのが楽しみなんじゃなかった?」
「これは
ベリアが呆れたように言うのに東雲が憤慨した。
「アメリカにも出禁になったら、いよいよ旅行先も限られてくるね」
「どうでもいい。アメリカは地獄みたいだし。ハワイについても碌でもない土地になっているみたいだしな」
「地獄じゃない場所なんて今のご時世ないよ。大抵の国が治安悪化と経済格差の両方の問題を抱えている。大都市にはスラムがつきもので、犯罪は常態化。で、大都市以外は機能不全」
「嫌な時代だぜ」
ベリアが語るのに東雲が肩をすくめる。
「セクター13/6に暮らしてるんだから慣れてるでしょ?」
「好きで住んでいるわけじゃない。引っ越せるなら引っ越すさ。もっと清潔で、治安が良くて、飯の美味い場所にな」
「夢もまた夢だね」
ベリアがそう言った。
「今回の
「別にハッカーが現地に行く必要はないでしょ? TMCから援護する。もう北米情報保全協定は突破できるから安心して」
「あいよ。頼りにしてるぜ」
東雲は手を振ってそう言った。
「で、プランは?」
「ジェーン・ドウに任せる。今回は俺たち以外にも医療チームや輸送チームが関わるし、それに加えて犯罪組織も関わる。どう考えたって俺たちだけで計画が立てられるものじゃないよ」
「それもそうだ。だけど、ジェーン・ドウ任せってのはぞっとしない?」
「
「大丈夫?」
「
東雲がため息交じりに推測を述べる。
「じゃあ、
「はいはい。大事にしておきますよ」
「本気で言ってるんだよ? 君が
「そこは俺を本当に心配してるからって言ってくれよ」
東雲ががっかりした様子でそう言う。
「君が大事に思ってほしいのは猫耳先生でしょ?」」
「それはそうだけどさ。人に思われるってのはいいものだろ」
「じゃあ、心配してあげる。お使い済ませて無事に帰ってきてね」
「棒読みだなあ」
ベリアが感情もなくそう言うのに、東雲は肩を落としたのだった。
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