調査結果報告
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──調査結果報告
東雲が暁とヘレナに部屋を貸し、彼らと自分たちのために中華のテイクアウトを買って帰ったときであった。ベリアたちがマトリクスからログアウトしてきたのは。
「ベリア、ロスヴィータ。飯だぞ。俺は食ってきたから好きに食ってくれ」
「東雲。ジャスパー・アスカム、グレイ・ロジカル・アナリティクス、グローバル・インテリジェンス・サービス、アトランティスの繋がりが分かったよ。はい」
ベリアは東雲のARデバイスにデータを送った。
「こいつがジャスパー・アスカムか。アトランティスとの関係は確実か?」
「確実。グローバル・インテリジェンス・サービスと取引してた。ジョン・ドウは企業亡命でもしない限り、ひとりの
「なるほどね。で、これを八重野に伝えなきゃならんわけだ」
「君がやってよ。私は嫌だよ。八重野君、絶対アトランティスを襲おうって思うだろうし。それを止めるのは君の
「はあ。確かに八重野はアトランティスに乗り込もうと言い出すだろうな。俺が何とか止めておくよ。他に伝えるべき情報は?」
「ないよ。ジャスパー・アスカムが本当に八重野君のジョン・ドウかだけ確かめておいて。ジェーン・ドウの情報が必ずしも正しいとは限らないから」
「あいよ。さて、憂鬱な仕事だ」
東雲はそう言ってぼやくと部屋を出て八重野の部屋に向かった。
「八重野。情報だ。あんたのジョン・ドウについての情報」
「本当かっ!?」
八重野はすぐに部屋から出て来た。
「立ち話もなんだ。上がっていいか……」
「ああ。上がってくれ」
東雲が八重野の部屋に上がる。
「殺風景だな。家具がほとんどない」
「金は節約している。返さなければならないからな」
「そうかい。好きにしてくれ」
東雲は家具のほとんどない八重野の部屋を見渡してそう言った。
「で、だ。あんたのジョン・ドウってのこのジャスパー・アスカムという男だってことで間違いないか?」
「画像を見せてくれ。確認する」
「こいつだ」
東雲が八重野のARデバイスにジャスパー・アスカムのデータを送る。
「……間違いない。こいつだ。こいつが私のジョン・ドウだ。どこの所属なんだ?」
「グレイ・ロジカル・アナリティクス。で、そのグレイ・ロジカル・アナリティクスはグローバル・インテリジェンス・サービスって会社と取引してる」
「グローバル・インテリジェンス・サービス。アトランティスか。クソ」
八重野が露骨に悪態を吐く。
「アトランティスに乗り込むとか言うなよ。言っても全力で止めるからな。馬鹿げたことはなしだ。アトランティスの本社はロンドンで、グローバル・インテリジェンス・サービスの本社はニューヨークだ」
殴り込める場所じゃないと東雲が言う。
「だが、何もするなというのか? 私は残り2年で死ぬだぞ。一刻も早くジョン・ドウを捕まえて呪いの解き方について知りたい」
「2年もある。そして、今回の
「しかし」
「しかしもだってもなしだ。今は状況が少し変わっただろ? マトリクスの魔導書があんたの呪いと関わっているのならば、今俺たちの手元には何がある?」
「……ヘレナ」
「そうだ。あの子に呪いの解呪方法について聞いてみようぜ。何かしらの情報は持ってるかもしれないだろ」
「期待できるだろうか……。それはそれとして呪いを解く以外にもジョン・ドウに報復することが必要だ。そうしなければならない」
「生きてりゃ復讐する機会はあるよ」
八重野が言うのに東雲が片手を振った。
「とりあえず、ヘレナに会いに行こう。話を聞いてみようじゃないか」
「ああ」
東雲と八重野は部屋を出て暁とヘレナの部屋に向かう。
「暁。いいか?」
「どうした、東雲?」
「ちょっとヘレナと話がしたい。飯は食い終わったか?」
「ああ。食い終わった。入ってくれ」
暁が東雲たちを部屋に招き入れる。
「ヘレナ。客だ。東雲たちだ」
「……ん」
ヘレナはリビングのテレビの前で合成品のポテチを食べながら過去の番組を焼き直ししたバラエティを見ていた。つまらないだろうに。
「なあ、ヘレナ。あんた、魔術が使えるんだろう? この魔法陣を見てくれないか?」
「……いいぞ」
ヘレナはリビングのテレビから離れると東雲たちの方に来た。
「これだ」
八重野が服を脱いで背中の魔法陣を見せる。
「……ふむ。呪いだな。2年後に死ぬぞ、お前」
「どうしてば呪いを解ける?」
「……呪いをかけた人間を殺すしかない」
「ジョン・ドウを殺すというわけか」
ヘレナが小さな声で伝えるのに八重野が額を押さえた。
「他に方法はないのか? 呪いなら別に術者を殺さなくなって解呪できるだろ? 呪いの仕組みが分かれば何とでもなるはずだ。違うのか?」
「……この呪いは特別だ。運命に死を刻む。時間と空間を歪めて未来に死を書き込む。運命が改変される。その運命を再び変更するには運命を書き換えた人間を殺し、運命の書き換えを無効にしなければならない」
「マジかよ。本当に他に方法はない?」
「……しつこいぞ」
ヘレナがじろりと東雲を見る。
「だが、呪いは2年後までは全く効果がないということか?」
「……そういうことだ。2年後に死ぬという運命が書き込まれたが、その前に死ぬことはない。そう、逆に言えば2年後までは何をしようが死ぬはしない。死は運命的に回避されることになる」
「なるほど。そういうわけで八重野は無茶が出来たわけだ」
ヘレナの説明に東雲が今までのことを思い出して頷いた。
「2年後には死ぬ。2年後までは絶対死なない。そういうことか。残酷なものだ」
「気を落とすなよ。逆転するチャンスはある。ジェーン・ドウがどうしてアトランティスにあんたのジョン・ドウが所属していると教えた? 恐らくはこれからアトランティス相手に
「アトランティスと? しかし、大井はアトランティスと利害の対立はないだろう?」
「
大井から手を出してると東雲が指摘した。
「それはそうだが。だが、2年以内にアトランティスに、ジョン・ドウに
「ねえよ、そんなもん。だが、諦めるのは早いし、自棄になるのも早い。希望があった方がいいだろ。何もかも諦めるよりも」
「確かに。諦めるには早いな。アトランティスが報復に動く可能性もあるし、ジェーン・ドウがさらなるアトランティスへの攻撃を企画している可能性もある」
東雲が言うのに、八重野が頷いた。
「そうそう。気楽にいこうぜ。
「ああ」
八重野は納得したように頷いて、暁の部屋を出ていった。
「で、どうだい……。ここでの生活は? 俺からしても暮らしやすいとは言えないが、慣れてはきたか?」
「まあな。これまでいい暮らしをしていたとは言えないが、セクター13/6ってのは本当に朝から銃声がするんだな」
「よくあることだ。拳銃の音なら1日に6回から7回。機関銃なら1日に2回から3回。電子ドラッグジャンキーが金目当てに店を襲うこともあるし、逆に店が金を守るためにぶっぱなつこともある」
「銃規制が売りだった日本がこのざまとは。世も末だな」
「治安が悪いのは大井統合安全保障が仕事しないセクター二桁代だけだ。他はしっかりやってるよ。お上品なセクター一桁代で銃を持ってれば大井統合安全保障に質問抜きに射殺されてもおかしくない」
暁が呆れたように言うのに、東雲がそう返した。
「飯はそこそこ美味いんだがな。他のスラムよりも飯の質はずば抜けていい」
「飯が不味いと日本人は腹を立てるからな。いや、どこでも一緒か? 不味い飯ってのは人間を苛立たせる」
「中国では温かい食事がいいっていうけどな」
「文化はいろいろだな。俺も世界を旅してみたいぜ」
「俺はいろいろと行ったよ。中国、ロシア、インド、南アフリカ、エジプト、ハンガリー、エトセトラ、エトセトラ」
「ほう。運び屋ってのもいいものだな。いろいろ旅行できるんだから。それも
「観光はできないぞ。滞在しているだけでリスクがあるし、犯罪組織の連中と関わることもある。そして官憲やその業務を引き受けてる
「そうなると嫌だな。俺もカナダに行ったが散々だった」
暁が語り、東雲が肩をすくめた。
『東雲』
そこでベリアからARに連絡が入った。
「どうした?」
『八重野君が出て行こうとしてるよ。刀持って。アトランティスに殴り込もうってわけじゃないよね?』
「あいつ、また。分かった。確認してくる」
『頑張って』
ベリアはそっけなく通信を切った。
「悪い。じゃあ、またな」
東雲はそう言って暁とヘレナの部屋を出る。
「おい! 八重野! どこ行くつもりだ!」
東雲がアパートを出ようとしてる八重野を呼び止める。
「2年間は死なないのだろう。じゃあ、TMCのアトランティス支社に殴り込んでも死なないはずだ。あるいはロンドンのアトランティス本社に殴り込んでも」
「馬鹿言うな。それこそ見込みがなくなるぞ。ジョン・ドウの正確な居場所は分からないんだ。TMCの支社やロンドンの本社にいるとは限らない。奴はグレイ・ロジカル・アナリティクスっていう偽装会社にいるんだ」
「だが」
「我がままを言うな。子供じゃないんだろ。ジェーン・ドウから斡旋されるまで勝手にアトランティスに仕掛けたら、ただの犯罪でアトランティスどころか大井まで敵に回る羽目になる。分かるだろ、それぐらい」
東雲がきつくそう言う。
「……すまない。何かしなければと焦ってしまった。確かに無謀な行動だ。理解した。だが、早くこの呪いをどうにかしたいという気持ちはある」
「分かる。気持ちが悪いだろう。2年間は何もないとはいえど。しかし、必ずチャンスは訪れる。今は待て。焦ってもしょうがない。そうだ。今日は晩飯を一緒に食いに行こう。な?」
「ああ。待つよ」
八重野はそう言って部屋に戻っていった。
それから東雲は深いため息を吐くと、自分の部屋に戻る。
「困ったもんだぜ、全く」
「ご苦労様。ジェーン・ドウからベビーシッター代でも貰ったら?」
東雲が部屋に戻ってくるのにマトリクスからログアウトしてきたベリアが呆れたようにそう言った。
「言うなよ。あいつだって別に元から問題があるわけじゃない。今回のことで呪いが確実なものになったから焦ってるんだ。俺だって寿命がいつまでですって言われたら、混乱ぐらいするさ」
「君は八重野君にダダ甘だね。それって君の家族のことと関係ある?」
「ないわけじゃない。お前が調べてくれたことは結構ショックだったぜ」
「第三次世界大戦で家族がみんな死んでた。なんてね」
「……ああ。みんな死んでた。巡航ミサイルによる爆撃で。まあ、どうせ第三次世界大戦を生き残っても、
東雲の家族は第三次世界大戦で全員が死んでいた。母も、父も、妹も。
「だから、八重野君を妹代わり? あまり健全だとは思えないけれど」
「別に妹だとは思ってねーよ。全然似てないし。ただ、あいつも孤独なんだと思うと突き放したり、見放したりはできないなと思うだけだ」
「君の好きにするといいよ。別に何も文句は言わない。呆れはするけどね」
ベリアはそう言って人工コーヒーを啜った。
「はあ。俺だってトラブルはごめんだよ。だけどさ。今さら見捨てられるか?」
「分かってるよ。君にとっては
「俺の一番の相棒は“月光”だよ」
問題は起こさないしと東雲が愚痴ったのだった。
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