運び屋//荷物
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──運び屋//荷物
東雲たちはTMCセクター12/8に到達した。
そして、セクター二桁代によくある廃墟に向かった。
セクター二桁代にはまともに商売をしようとして店を開いたものの、犯罪行為に巻き込まれたり、犯罪組織との関係を強要されたりして廃業するものたちが後を絶たない。
このスーパーもその手の廃墟だ。
「はい。到着っと」
東雲たちが装甲車から降りる。
「運び屋。俺たちの
「ああ。来てくれ。何があるか分からん」
暁はそう言って、東雲たちとスーパーに入った。
「遅いぞ」
スーパーの廃墟の中ではジェーン・ドウと技術者たちが待機していた。
「運び屋。荷物は?」
「これだ。メティスからの荷物だからバイオウェアの類はこっちでもチェックしたが、そっちでもチェックしてくれ」
「ご苦労。バイオウェアを重点的にチェックしろ」
ジェーン・ドウがそう言って、技術者が荷物を受け取ると電子キーを外し、荷物の中身を手に出した。
「なっ」
スーツケースの中にあったのはホルマリン漬けの組織サンプルでもなく、ましてデータが収まった記憶デバイスでもなかった。
スーツケースの中にいたのは少女だ。
ショートボブの銀髪。青白い肌。青い手術衣。
「おいおい。これを運んでたのか? スーツケースに入れて?」
「そうだよ、ローテク野郎。これが俺様の求めていた荷物だ。言っただろう。生物医学的サンプルを運ばせていると」
「冗談だろう。この子が生物医学的サンプル? メティスから分捕った?」
「今は詳細を知る必要はない。お前には関係のない話だ」
ジェーン・ドウがそう言う中、技術者が少女をスキャナーで走査し、バイオウェアなどの機器をチェックしていく。
「不審な機器はありません」
「結構だ。運べ。運び屋、お前は一緒に来い。報酬の話もある」
技術者がそう言い、ジェーン・ドウが暁にそういう。
「じゃあ、俺たちの
「ああ。帰っていいぞ。報酬だ。10万新円」
「あいよ。それじゃあな」
東雲たちは終わりだとばかりにスーパーの廃墟から出ていく。
「終わった、終わった。平穏無事に
「おい。ひとり右腕がなくなってるんだぞ。飯どころじゃないだろ」
「そうだった。八重野、どうする?」
セイレムが指摘するのに東雲が八重野に尋ねる。
「動けるようにはしておきたい。荷物にはなりたくない」
「今回はジェーン・ドウが手配しているかどうか分からないが、王蘭玲先生のところに行ってみよう。打ち上げはまた今度な、呉、セイレム」
東雲はそう言って、八重野を連れて駅に向かう。
装甲車は派手な暴走に使われたのでここに廃棄していく。大井統合安全保障も、その下請けもまともに捜査はしないのでこれで大丈夫。
「ひでえ1日だったぜ。俺も王蘭玲先生に造血剤を貰わなきゃな」
「全くだな。私はまた勝てなかった」
「いいや。勝ったさ。俺たちの
「それはそうだが」
「勝ったんだ。勝った。決まり。早くクリニックに行こうぜ。腕がないから弱ってるんだよ。腕を引っ付ければ気持ちも良くなるさ」
東雲はそう言い切って、セクター13/6に戻った。
それから王蘭玲のクリニックに向かう。
「ようこそ、東雲様、八重野様。貧血でお困りですが?」
「ああ。それから八重野の右腕を」
「畏まりました」
ナイチンゲールにいつものように用事を伝えてから東雲と八重野は待合室の椅子に座った。
「あんたの人工筋肉って第六世代のものだろう? 大丈夫だと思うか?」
「分からない。ジェーン・ドウが準備しているかもしれないが」
「ふうむ。難しいな」
ジェーン・ドウが次に
「八重野様どうぞ」
「行って来る」
八重野が席を立って、診察室に向かう。
「事情はジェーン・ドウから聞いているよ。人工筋肉も届いている。これは
「聞いてないが、ジェーン・ドウが手配したならそういうことなのだろう。他の人工筋肉との競合などは?」
「ないよ。しかし、かなり出力が高い。馴らすのに苦労するかもしれないね」
「大丈夫だ。バランスは自分でどうにかする。生物医学的に問題がなければそれでいい。やってくれるか」
「患者が望むならばやるよ。闇医者だからね」
王蘭玲はそう言って、処置室に八重野を連れて行った。
「BCIポートをいいかね? セットアップも済ませる」
「ああ。今、
八重野が
「神経系ナノマシンを調整するよ。第七世代の人工筋肉だが、神経系ナノマシンは他のものと同じものだ。セットアップは通常の手順で完了する」
「分かった。任せる」
八重野が横たわっている中、王蘭玲が右腕の人工筋肉を装着し、ソフトウェアをセットアップした。全ての処置が終わるのにそこまで時間はかからなかった。
「終わったよ。これでもう右腕は君のものだ。馴らすのは自分でやってくれ」
「助かった」
八重野は起き上がって、処置室を出た。
「終わった」
「おお。スーツは買い直さなきゃいけないけど元通りだな。ちょっとは元気が出て来たんじゃないか?」
「そうでもない」
「そうかい」
次は東雲が診察室に呼ばれて中に入る。
「やあ、先生。いつものように貧血だ」
「見ればわかるよ。随分とまた大変な
「運び屋の護衛さ。生物医学的サンプルを運ぶって奴でね。それで人身売買の片棒を担がされたよ」
「人身売買とは穏やかじゃないね」
「全くだよ。運び屋は中身を知っていたらしいが、ずっと黙ってた。開けてびっくりってわけさ。まあ、ジェーン・ドウが手配したからどうにかなるだろうけど」
「そうだといいのだがね。いつジェーン・ドウが君たちを売り飛ばすか分からないよ」
それこそ会社の重役の誘拐などに関わればと。
「ありゃあ、会社の重役には見えなかったな。手術衣みたいなのを着てた。どこかの病院から誘拐してきたって感じだな。何かの病気だったのかもしれない。それで生物医学的サンプルってわけだ」
「感染症じゃないだろうね? 正直、今の感染症は酷く危険なものもある。それに加えて君はナノマシンを健康管理のために導入していないしね」
「感染症もナノマシンで防げるのかい?」
「ある程度は。免疫系を強化するナノマシンもあるし、感染を早期に探知して報告してくれるナノマシンもある」
「便利なもんだね。だが、俺は嫌だよ」
「無理には勧めないよ。それで造血剤だね?」
「ああ。よろしく頼むよ、先生」
「分かった」
王蘭玲がナイチンゲールに造血剤をオーダーする。
「それで、この後食事でもどうだい……」
「あいにくだけど今日は仕事が忙しくてね。この後も患者が来る。また今度だね」
「残念」
東雲は肩をすくめると、造血剤を受け取って王蘭玲のクリニックを出た。
「八重野。何食いたい?」
「それよりもこれを」
「ん。金か?」
八重野がチップを差し出すのに東雲が怪訝そうな顔をする。
「この“鯱食い”の代金だ。ワイヤレスサイバーデッキはまた今度払う」
「お前も義理堅いよな。じゃあ、今日はいいもの食おうぜ。とはいっても、どうせ合成品だけどな」
東雲はそう言ってセクター13/6の繁華街をARで看板を見ながらいい店を探す。
「よし。決めた。今日は蕎麦だ。蕎麦はアレルギーはないよな?」
「ない。そもそも合成品の蕎麦に蕎麦アレルギーを引き起こす物質は含まれていないはずだ」
「世知辛い」
東雲はそう言って蕎麦屋に入った。
「トッピングが選べる店だ。何がいい?」
「私はあまり蕎麦は食べたことがない。何が美味いんだ?」
「基本はエビ天だな。美味いぞ。後は卵とか、とろろとか」
「じゃあ、エビ天にしよう」
「俺もそれにしよう。エビ天はふたつつけてもらおう」
東雲が注文すると案内ボットがオーダーをキッチンに伝えた。この店はキッチンも無人化されているようでひとりの店員が法的責任の問題からいるだけだ。
「来た来た。いただきます、と」
東雲ができたての蕎麦を啜る。
「合成品だとしても美味いな。エビ天はいまいちだったが」
「合成品で肉や魚の類を作るのは難しいらしい。技術は進んでいるらしいが」
エビは何か乾燥したかのような食感でぷりぷりしていない。
「まあ、いいや。どうせ庶民の口に入るよりも先に金持ちの口に入るんだろうしな」
東雲はずずずっと蕎麦を啜る。
「蕎麦そのものは美味いな。当りだ」
「そうだな。悪くない」
「右腕はどうだい……」
「今のところは調子がいい。だが、刀を握るとなるとどうなるか分からない」
「合うといいな」
「そうだな。強くなった右腕だ。次は勝ちたい」
「好きにするといいさ。今は飯を食って腹いっぱいになろうぜ」
東雲はそう言って蕎麦を啜り続ける。
「あったかい飯を食うをメンタルは安定するっていうんだが」
「温かい飯は美味い。それは確かだ。だが、上手い飯を食ったところで事実が変わるわけではない」
そう言いながらふたりは蕎麦を平らげた。
「あれで5新円ってのは安くていいな。昔なら10新円ぐらいはしたぜ」
「合成品だからな」
価格が安いのが合成品の売りだと八重野は言う。
「せっかくだからベリアたちも誘えばよかった。向こうは向こうでもう済ませてたかもしれないが」
「いつも一緒に食事しているわけではないのか?」
「そりゃあ、同居してても同じ生活をしてるわけじゃないからな。向こうには向こうの生活がある。ハッカーのやってることは俺には分からないけどな」
ハッカーっていったい何やってるんだろうなと東雲がぼやいた。
「マトリクスについてまるで知識がないのか?」
「ないっ! BCI手術も受けてないし、俺には縁のないものさ。教えられたところで結局情報科学っていうのは物理と数学の世界だろ? 文系には辛いぜ」
「確かに学問としての情報科学は物理と数学が必要だろう。だが、使う分にはそこまでの学術的知識は必要ない。それこそBCI手術さえ受けていれば、マトリクス上でアイスブレイカーを拾って悪戯ができるだろう」
「俺がパソコンでインターネットをやってたときはそんなことはできなかったな。せいぜい検索エンジンでいろいろ探したりするぐらいだ」
「普通はそうだろう。マトリクスに繋いでいる人間が全員ハッカーというわけではない。ただ探し物のために使っている人間もいる」
「そういうもんだよな。俺は昔のマンガとゲームの情報が欲しいよ」
東雲は古いマンガとゲームを未だに楽しんでいる。
「どれぐらい昔のものだ?」
「2010年代から2020年代」
「クラシックな趣味だな」
八重野は少し呆れたようにそう言った。
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