トロント//緊急脱出

……………………


 ──トロント//緊急脱出



 八重野とベリアがメティス本社のネットワークからログアウトした。


「東雲。そっちはどう?」


『ベータ・セキュリティの緊急即応部隊QRFが来てる! 俺と“月光”で押さえつけてるが不味いぞ!』


 フロアには銃声が響いている。


「ちょっと待って。無人警備システムをジャックできないかやってみる」


『頼む! そっち行ったぞ、“月光”! ひとりも通すな!』


 東雲の叫ぶ声を聞きながらベリアがメティス本社のネットワークに再びログインする。向かう先は沈黙したメティス保安部の構造物。


「さてさて。ジャバウォック、システムをスキャンして修復。バンダースナッチはシステムにベータ・セキュリティを不法侵入者だと見做すように上書きオーバー・ライドして」


「了解なのだ」


 ジャバウォックがメティス保安部の構造物を解析し、ワームに浸食されたシステムを復旧する。それと同時にバンダースナッチがベータ・セキュリティへの攻撃を上書きオーバー・ライドしていく。


「東雲。どれぐらい持ちそう?」


『今にも蜂の巣にされそうだよ! 八重野を寄越してくれ! クソ、新手だ! 窓から突っ込んでくるぞ! アーマードスーツだ!』


「八重野君はそっちに向かってる。あと2分で無人警備システムをジャックできる」


『2分ね! 地獄の2分になりそうだ!』


 メティス保安部のシステム復旧と無人警備システムのジャックまで2分。


「しかし、ジャクソン・“ヘル”・ウォーカーの脳神経データか。ニューロチェイサーで採取したデータってことは完璧な彼の脳の復元図になるわけど、そんなものを盗んでどうするんだろう?」


 ベリアはそう言って検索エージェントにジャクソン・“ヘル”・ウォーカーの脳神経データを探させる。


「ヒット。……わあ、ジャクソン・“ヘル”・ウォーカーの生身の脳は脳幹しか残ってない。その脳幹もインプラントとナノマシン塗れ。ジャクソン・“ヘル”・ウォーカーはある意味では既に完全な機械だ」


「ご主人様! システム復旧なのだ!」


「オーキードーキー。じゃあ、ぶっぱなて!」


 場がフリップする。


「“月光”! そっちのドアから左手に回れ! 遮蔽物から機関銃を乱射している奴がいる! 背後から仕留めろ! 俺は窓から乱入してきたアーマードスーツを潰す!」


「了解じゃ!」


 成長した“月光”の少女が暴れまわり、東雲もベータ・セキュリティの緊急即応部隊を相手に大暴れしていた。


「東雲! 援軍だ!」


「来たか、八重野! アーマードスーツをぶっ潰すぞ!」


「任せろ!」


 東雲が“月光”を投射してアーマードスーツの制御系を破壊するのと同時に、別のアーマードスーツのガトリングガンによる銃撃を突破し八重野がアーマードスーツに肉薄すると超電磁抜刀でアーマードスーツを仕留めた。


「いいぞ。この調子だ。緊急即応部隊はどうにかなるかもしれない」


 そこでローター音が聞こえて来た。


「おい。まさか」


「攻撃ヘリだ! 窓際から逃げろ!」


 東雲が青ざめるのに八重野が叫んだ。


 アロー・ダイナミクス・アヴィエイション製のヴェノム無人攻撃ヘリはベータ・セキュリティのオペレーターの手によって遠隔操作され、東雲たちのいるフロアに向けて40ミリチェーンガンを叩き込んできた。


「クソ、クソ、クソ! 滅茶苦茶だぞ、クソ野郎!」


 東雲が“月光”に血を注いで無人攻撃ヘリに向けて投射する。


 “月光”は無人攻撃ヘリのセンサーを破壊し、外部からの情報が得られなくなった無人攻撃ヘリがAIによる自動操縦でその場を離れる。


「まだまだ来るぞ。無人警備システムは?」


「今だ」


 メティス本社の無人警備システムが再び稼働し、今度はベータ・セキュリティのコントラクターを銃撃して、追い込んでいく。


「やったぜ。ベリア、戻ってこい」


「もう来たよ。さあ、脱出しよう」


 ベリアがワイヤレスサイバーデッキを首に付けたまま合流した。


「呉! セイレム! 歩けるな!」


「なんとかな」


「じゃあ、脱出するぞ」


 呉とセイレムと八重野が護衛し、東雲が無人警備システムが撃ち漏らしたベータ・セキュリティの緊急即応部隊を蹴散らしながらメティス本社の出口に向かう。


『ユニコーン・ゼロ・ワンより本部HQ! 緊急即応部隊はどうなった!? 特殊執行部隊は!?』


本部HQよりユニコーン・ゼロ・ワン。どっちも全滅だ。だが、本社以外のテロの情報は全てデマだと判明。戦力をメティス本社に集結させている』


『クソ。ユニコーン・ゼロ・ワン、了解。メティス本社に押し入った侵入者の脱走を阻止する』


 ベリアが無線を傍受してベータ・セキュリティの動きを把握する。


「東雲。ベータ・セキュリティは全力で脱出を阻止するつもりだ。他のテロの情報がデマだとバレた。そこら中のベータ・セキュリティの部隊が飛んでくるよ」


「最悪だぜ」


 東雲がそう愚痴りながら“月光”と八重野とともに呉、セイレム、ベリアを護衛しながらメティス本社から出る。


『バジリスク・ゼロ・ワンより本部HQ。バジリスク小隊は配置についた。ゲートウェイ・ブリッジを封鎖。全装甲車両戦闘準備完了』


本部HQ、了解。封鎖を継続せよ』


 続いて無線が入ってくる。


「装甲車が来ている。戦車かも。規模1個小隊」


「勘弁してくれ。戦車相手なんてごめんだぞ」


 東雲が愚痴りながら、脱出のために駐車場に止めてあったメティス保安部職員のSUVに乗り込んだ。


「ベータ・セキュリティのドローンからの映像を盗んだ。不味いよ。橋の出口に戦車と装甲車、アーマードスーツもいる。橋に入ったと同時にミンチにされちゃう」


「おい。どうすりゃいいんだよ? 橋以外に脱出する方法はないんだろ? 湖の方は無人兵器がうようよしているって」


「どうしようもない。橋を突破する以外に他に方法はないよ。どのみちボートがあるわけでもないし」


「クソッタレ。どうにかなることを神様にお祈りするしかないな」


 ベリアが言うのに東雲がそう言ってSUVを出す。


「呉、セイレム、八重野。覚悟しろよ。これからスズメバチの巣に突っ込むぞ」


「ああ。死んだら死んだ時だ」


「なるべくなら死にたくはないね」


 呉が答えるのに東雲はSUVをメティス本社とを繋ぐ橋に向けて進んだ。


「ヤバイ。無人戦車に装甲車にアーマードスーツ。全部こっちに武器を向けている」


「ロスヴィータがベータ・セキュリティのネットワークをハックした! 1分だけは無人兵器をコントロールできる! 突破して!」


「オーケー!」


 東雲がアクセルを全開に踏み込む。


 一気に車が加速し、封鎖線を布いているベータ・セキュリティの隊列に突っ込む。


『バジリスク小隊! 何をしている! 撃て!』


『システムがハックされている! 無人戦車は行動不能! 現在、システムの奪還を行っている!』


 混乱したベータ・セキュリティの無線が傍受される。


「ふっ飛ばして進むぞ! 衝撃に気を付けろ!」


 東雲は戦闘用アンドロイドの群れを轢き、封鎖線を突破するとトロント・ピアソン国際航空宇宙港に向けて突き進んだ。


「このまま逃げ切れるか……」


「分からない。ベータ・セキュリティは少なくとも国際航空宇宙港は封鎖してない。でも、追手は来てるよ。ヘリボーン部隊が無人攻撃ヘリと一緒に追跡している」


「マジかよ。勘弁してくれ」


 東雲の運転する車はトロントの街を駆け抜けていく。


 そして、その背後から無人攻撃ヘリが姿を見せた。


「来たよ、東雲!」


「まさかこんな街中でぶっぱなつなんてことは」


「無人攻撃ヘリ、ミサイル・ロックオン!」


「畜生。運転代わってくれ!」


「オーキードーキー!」


 ベリアが運転を代わるのに東雲が“月光”を手にドアから身を乗り出す。


 迫りくるヴェノム無人攻撃ヘリが対戦車ミサイルを発射した。


「やらせるかよ!」


 東雲が“月光”で対戦車ミサイルを迎撃した。


 空中で対戦車ミサイルが炸裂する。


「どこまで追いかけてくると思う?」


「分からないよ。少なくともトロント・ピアソン国際航空宇宙港までついてこられたら困る。適当なところで追い払わないと」


「無茶言ってくれるぜ」


 東雲はそう愚痴りながら無人攻撃ヘリに向けて“月光”を投射する。“月光”が無人攻撃ヘリのハードポイントにぶら下げられていた対戦車ミサイルを暴発させた。


「ヘリボーン部隊は!?」


「先回りしている! トロント・ピアソン国際航空宇宙港に向かう道路に展開中! 迂回するよ!」


 運転しているベリアが角を急速に回り、ベータ・セキュリティのヘリボーン部隊が待ち構える道を避けてトロント・ピアソン国際航空宇宙港に向かう。


本部HQ本部HQ。こちらヒポグリフ・ゼロ・ワン。目標は迂回した模様。迎撃予定地点に到達せず。指示を求む』


本部HQよりヒポグリフ・ゼロ・ワン。ドローンの映像を確認した。逃走中の車両の迂回を確認。ドローン映像を元にただちに機動し、再展開せよ』


『ヒポグリフ・ゼロ・ワンより本部HQ、了解』


 再び無線が傍受される。


「迂回したのがバレた。ヘリボーン部隊が機動する。完全に行く手を塞がれる前にトロント・ピアソン国際航空宇宙港に到達しないと」


「頼むぞ。ここはメティスのお膝元だ。どうとでもできる」


 ベリアが言うのに東雲がそう言い周囲を見張る。


「行けそうだ。行ける。国際航空宇宙港に到達したら、チャーター機の窓口にまっしぐらだよ。呉とセイレムは動けるの?」


「歩けるとは言っていたが、どうだ?」


 東雲が呉とセイレムに話しかける。


「どうせこれが終わったらパーツの総入れ替えとメンテナンスだ。滅茶苦茶になるまで走ってやるよ」


「あたしもだ」


 呉とセイレムがそう答えた。


「結構。じゃあ、空港に突っ込もうぜ。もうチャーター機は来てる」


「レッツゴー!」


 ベリアの運転する車はトロント・ピアソン国際航空宇宙港に急行する。


『ヒポグリフ・ゼロ・ワンより本部HQ。目標の車両はトロント・ピアソン国際航空宇宙港に向かっている。トロント・ピアソン国際航空宇宙港への展開許可を求める』


本部HQよりヒポグリフ・ゼロ・ワン。トロント・ピアソン国際航空宇宙港への展開は許可できない。その前に阻止せよ』


『ヒポグリフ・ゼロ・ワンより本部HQ。了解』


 ベータ・セキュリティのヘリボーン部隊の無線が聞こえてくる。


「グッドニュース。ベータ・セキュリティのヘリボーン部隊はトロント・ピアソン国際航空宇宙港には突っ込んでこない」


「いいニュースだ。逃げられるぞ」


 ベリアが歌うように言うのに東雲が頷いた。


「その前に逃げ切らないとね。ヘリボーン部隊は私たちをどうやってもトロント・ピアソン国際航空宇宙港に向かわせないつもりだよ」


「最悪。どうにかして逃げ切るぞ。もう二度とトロントに来れないことになってもな」


「トロントどころかもうカナダにだって入国できないよ」


「さらば、カナダ。クソッタレな場所だったぜ」


 東雲たちはギリギリのところでトロント・ピアソン国際航空宇宙港に滑り込んだ。


「チャーター機が来てる。急げ、急げ。身体がぶっ壊れるまで走れ!」


「ああ。クソッタレ。畜生」


 東雲たちは必死になってチャーター機に向けて走り、チャーター機に乗り込んだ。


 チャーター機はそのまま離陸し、東雲たちは無事にカナダから脱出した。


「はあ。大変な仕事ビズだったぜ。もう二度とやりたくない」


「そうはいかないかもよ。六大多国籍企業ヘックスの本社はどれもTMCの外にあるんだからね」


 チャーター機の中で東雲とベリアがそう言葉を交わす。


「みたいだな。我らがジェーン・ドウが他の六大多国籍企業と喧嘩しないことを祈るばかりだ」


……………………

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