続いての仕事は

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 ──続いての仕事は



 ベイエリア・アーコロジーと大井ファイナンシャルに対する攻撃から半日と経たない間に、大井統合安全保障が裏切ったヤクザとチャイニーズマフィアの粛清に入った。


 TMCセクター13/6に大井統合安全保障の強襲制圧チームが派遣され、重武装のコントラクターたちがヤクザとチャイニーズマフィアの事務所を制圧した。


 死傷者のカウントは行われていないが、少なくとも3つのヤクザ・ファミリーとチャイニーズマフィア・ファミリーが潰され、新しく6つの別の犯罪組織が生まれた。


「騒がしくなるな」


 東雲は非常食を買い込み、アパートからセクター13/6の様子を見ていた。


「マトリクスも騒がしいよ。セクター13/6の掃除のことでトピックがいくつも立っている。案の定。情報がいろいろと漏れたようだ」


「何か変わった情報はあったかい?」


「今のところは特には。“インペラトル”に関わったヤクザとチャイニーズマフィアからもメティスとの直接関与を示す情報はなし。もっともストリートに流れている情報とマトリクスに流れている情報は違うだろうけど」


「ふうむ。しかし、街が荒れているからな。こういうときに迂闊に街に繰り出したら、大井統合安全保障か犯罪組織の残党か、あるいは死体漁りスカベンジャーに蜂の巣にされても文句は言えない」


「それもそうだ。今は大人しくしておくに限る」


 東雲たちはそう言葉を交わして、非常食の缶詰を開けた。


『東雲、アスタルト=バアル。八重野がアパートの外に出ようとしているよ』


「何だって? あいつ、また」


 ロスヴィータから連絡があり、東雲が部屋を出る。


「八重野! 何してるんだ!」


「情報を探す。今の状況なら新し情報が手に入るかもしれない」


「馬鹿。後でいいだろう。今のセクター13/6は肉挽き器だ。迂闊にうろついたらミンチにされるぞ。電子ドラッグジャンキーですらそれぐらい分かっている」


「だが!」


「だがもクソもなしだ。大井統合安全保障の強襲制圧チームが派遣されているんだ。連中は俺たちを呼び止めるのにも頭に銃弾を叩き込むんだぞ」


 八重野が唸るのに、東雲が宥めるようにそう言う。


「私なら大丈夫だ。荒事には慣れている」


「大丈夫じゃねーって。大井統合安全保障に喧嘩売ったら、もうTMCにはいられないだぞ。指名手配だ。あんたがくたばるまで大井統合安全保障は追い回してくる」


「そうかもしれないが」


「そうなんだよ。全部片付いて、街が静かになってから動けばいい。どうせ、この状態じゃ情報屋も動いてない。情報は手に入らない。分かるだろう、それぐらい」


「……分かった」


 八重野は力なく頷き、部屋に戻っていった。


「困ったものだ。焦る気持ちは分からんでもないが」


 東雲はそう言って部屋に戻った。


 それからセクター13/6が静かになったのは3日後のことだった。


 大井統合安全保障は犯罪者と一般人に鉛玉をたっぷりと浴びせてから撤収し、死体漁りスカベンジャーが情報と資産を盗み取り、犯罪組織間での亡命が相次いだ。


「さて、そろそろ大丈夫かね」


「一通り終わったみたいだよ。少なくとも大井統合安全保障は撤退した」


「じゃあ、そろそろ情報を漁ってみるか」


 東雲はそう言って部屋を出ると八重野の部屋に向かった。


「八重野。情報屋に会いに行くぞ。一緒に行かないか」


 すぐにドアが開いた。


「行く」


「オーケー。準備できてるみたいだな。行こう」


 八重野と東雲は街に繰り出す。


「やっぱり随分と荒れたみたいだな」


 銃痕の刻まれた繁華街のドラッグストアの壁を見て東雲が呟く。壁のコンクリートを抉ったのは12.7ミリの大口径ライフル弾のようだった。銃犯罪が横行しているセクター13/6でもここまでの銃火器は使用されない。


「結局どうなったんだ?」


「ヤクザとチャイニーズマフィアが大井統合安全保障の強襲制圧チームに襲われて、片っ端から鉛玉が叩き込まれた。そして、後釜に大井に従順な犯罪組織が据えられた」


「そして、情報が流れた」


「ああ。死体漁りスカベンジャーどもが大井統合安全保障が掃除する前に情報を盗み出したはずだ。ヤクザだろうがチャイニーズマフィアだろうが、大井統合安全保障を前にはただの的だしな」


 東雲はそう言って店先の血だまりをホースで流しているバーの前を通過した。


「死人がわんさか出たことだろう。セクター13/6の住民に人権はないようなものとはいえ、ひでえもんだぜ」


 大井統合安全保障の強襲制圧チームは民間人を巻き込むことを気にしない。


「さて、清水は今回の騒ぎで何か情報を手に入れたかね」


 東雲が路地の居酒屋に入る。


「やあ、東雲さん。今回は街が随分と荒れたね」


「清水。お前も大井に垂れ込んで儲けたんだろう? で、死体漁りスカベンジャーどもから情報を手に入れた。買ってやるから、情報を寄越せ。先の大井関係の襲撃事件と坂下の事件に金を払ってやる」


 清水がいつものように何が入っているか分からない酒のグラスを手に言うのに、東雲が席に座ってそう言った。


「情報あるよ。いくら出す?」


「7000新円。端末出せよ」


「毎度あり」


 東雲が差し出された清水の端末に7000新円をチャージする。


「先のベイエリア・アーコロジーと大井ファイナンシャルへの攻撃を仕組んだのは、メティスの白鯨派閥だよ。白鯨派閥が社内闘争で有利になるために理事会に自分たちの有用性をアピールしようとした」


「ふむ。白鯨派閥か。もしかして、ブリティッシュコロンビア州の研究所が関わっているのか?」


「おや。知っているのかい、東雲さん。そうだよ。ブリティッシュコロンビア州の研究所に立て籠もっている白鯨派閥の急先鋒が独自にフリーランスの非合法傭兵を雇って攻撃した。メティスの飼ってる非合法傭兵じゃない」


 どうやらメティスの白鯨派閥が独自に動いたようである。


「なるほどね。メティスとの戦争のようで、実際は白鯨派閥との戦争だったわけだ。そこまで白鯨派閥は追い込まれているのかね……」


「俺の掴んだ情報ではそのようだよ。だが、この襲撃で少しばかり持ち直した。メティスの理事会に対して白鯨由来のAI技術の有用性が証明できた」


「そんなもの白鯨をマトリクスに解き放った時点で分かっていただろうに」


「あれは制御されてなかった。無差別攻撃だ。しかし、今回はメティスの白鯨派閥は完璧に白鯨由来の技術を制御してベイエリア・アーコロジーと大井ファイナンシャルを攻撃した」


「マトリクスにおける電子戦兵器か」


 メティスの白鯨派閥は白鯨由来のAI技術を暴走させることなく使用した。


「まあ、俺が手に入れたのはそれぐらいだ。メティスの白鯨派閥はこれによって社内闘争に有利になろうとしている。社内闘争はまだまだ続きそうだよ。トロントの本社はだんまりだがな」


「理事会は何してるんだ? 黙ってみてるのか?」


「分からん。メティスの理事会の動きが読めた奴はいない。あそこは秘密結社染みているんだ。恐らくだが白鯨派閥にも、反白鯨派閥にも理事会に忠実な人間が忍び込んでいるんだろう」


「それで、その目的は不明、と。坂下の件はどうだ? 何か分かったか?」


 東雲がそう尋ねる。


「坂下の拉致スナッチ未遂事件はメティスである可能性が限りなく低くなった。ゼロとは言わないが、可能性としてはあり得ない」


「どういう情報だ?」


「今回の動いた金と人の流れに坂下の襲撃は全く一致しなかった。ひとつとして一致しなかった。メティスも六大多国籍企業ヘックスではあるが、内紛状態なのに既存のルートを全く使わないとは考えにくい」


「確かにな。だが、可能性としてはゼロではないと」


「まあ、今のところ、本当に仕掛けランをやった企業が分からないから断言はできないね」


 清水はそう言って肩をすくめた。


「また何か入ったら教えてくれ。暫くは情報屋は忙しいだろう……」


「ああ。金が必要だ。死体漁りスカベンジャーたちから情報を買い叩かないといけない。まだヤクザやチャイニーズマフィアのデバイスの類は出回っていないから、これからが勝負になる」


「そいつは結構。上手くやれよ。じゃあな」


 東雲はそう言って清水のいる居酒屋を出た。


「メティスの可能性は低い、か。どうだ、八重野……」


「どうだろうな。まだ確信があるわけじゃない」


「気長にやるしかない」


 2年以内にはジョン・ドウがどこの所属かは分かると東雲は語った。


「そうか」


「そんなに落ち込むなよ。きっと大丈夫だ」


 東雲が落胆した様子の八重野にいうのに、ARに通知が来た。


「ジェーン・ドウからの呼び出しだ。一緒に行くか?」


「そうしよう」


 東雲と八重野はセクター13/6から電車でジェーン・ドウに指定されたセクター4/2の高級喫茶店に向かった。


「遅いぞ」


 ジェーン・ドウはいつものように不機嫌に東雲たちを出迎え、いつものように個室で技術者がスキャンを行った。


「さて、次の仕事ビズだ」


 ジェーン・ドウが切り出す。


「今度は何なんだ? 化学兵器、核爆弾と来て次は?」


「反撃だ。メティスに仕掛けランをやり返す」


「メティスに?」


 東雲が眉を歪める。


「トロントにあるメティス・バイオテクノロジー本社を襲撃する。連中の狙いをはっきりさせておきたい。奴らがどういう情報を握っていて、これから先どうするつもりなのか。すなわち、メティスの理事会についての情報だ」


「そいつをメティス本社を襲って手に入れるのか? マトリクスからハッキングすればいいんじゃないのか?」


「面倒なことにメティスの理事会は自分たちにとって重要なデータをスタンドアローンのデバイスに保存していると分かった。クソ忌々しいことにマトリクスからは物理的に遮断されている」


「だから、トロントに殴り込まなければいけないってわけか。だが、俺たちにメティスのお膝元に突入して来いっていうのか? いくら何でも滅茶苦茶だぜ」


 東雲はそう言ってコーヒーに口をつけた。コーヒーは砂糖もミルクも当然コーヒー豆も全て天然ものだ。


「メティスの非合法傭兵どももTMCに乗り込んできやがったんだ。どうしてこっちができないということになる。まあ、援護はしてやる。トロントへの侵入と脱出は確実確保してやるよ」


「そいつは嬉しいね。泣けてくる。俺たちをトロントに放り投げる準備はもう万端って訳だ」


「黙ってやれ。HOWTechからの援軍は今回も貸してやる。メティスの本社と言っても、軍事要塞じゃない。民間軍事会社PMSCは死ぬほど必死に守るだろうがな」


「おいおい。最悪だぜ。民間軍事会社は大井統合安全保障のような連中だろ。強襲制圧チームのような連中がわんさかしているわけじゃないか」


 東雲は心底嫌そうにそう愚痴った。


「五月蠅い。やれと言ったらやれ。お前らはトロントのメティス・バイオテクノロジー本社に殴り込み、スタンドアローンの端末から根こそぎ情報を持ち出す。そして、それを俺様のところまで持ち帰る」


「畜生。分かったよ。だが、準備する時間をくれ」


「ああ。3日くれてやる。トロントに飛ぶ準備をしておけ。トロントでの本社への突入から、脱出までは2日だ。2日で終わらせて帰ってこい」


「あいよ。準備しましょう。幸い、海外旅行は初めてじゃない」


 ジェーン・ドウの言葉に東雲はそう言って頷いた。


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