トロント//事前準備

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 ──トロント//事前準備



 トロントにあるメティス・バイオテクノロジー本社襲撃がベリアたちに伝えられた。


 作戦会議の場である東雲の自宅にはベリアとロスヴィータのみならず作戦に参加することになる呉とセイレムも来ていた。


「メティス・バイオテクノロジー本社に乗り込んで、連中の理事会が後生大事に保管しているデータを盗み出す? 自殺にしては随分と回りくどいな」


「そういう仕事ビズだよ、セイレム。俺たちはトロントに突っ込んで、2日でメティスの理事会が何を考えているかを把握するために情報を奪取スナッチする」


 セイレムが愚痴るのに東雲が肩をすくめたそう言った。


「トロントは、というよりもカナダ全体はほぼメティスの息のかかった民間軍事会社PMSCであるベータ・セキュリティが警察業務に当たっている。王立カナダ騎馬警察なんかも業務を外注している」


「向こうでも質問は撃ってからで、死体に手錠をかけるってわけだ。泣けてくる」


「今日日そうでないのはよほど治安がいい場所だけだ」


 カナダ政府はメティスの傀儡であり、彼らは政府のほとんどの業務をメティスの関連企業に外注していた。


「東雲。私たちは前にメティスの本社に仕掛けランをやったけど、目的の端末はスタンドアローンなんだよね?」


「らしい。ジェーン・ドウはそう言っていた。だから、現実リアル仕掛けランをやらないといけいとさ」


「ふうむ。となると、私かロスヴィータのいずれかがトロントに同行しないといけないね。マトリクスからアクセスできないなら」


 端末に直接接続ハード・ワイヤードしなければならないとベリアが言う。


「どっちが同行する?」


「ロスヴィータはメティスの元職員だ。警戒されるだろう。私が行くよ」


「頼んだ」


 ロスヴィータはカナダ全体で警戒される対象だ。何せ、白鯨の件でメティスの喧嘩を売ったのだから。


「で、トロントというメティスの根城で障害になる連中は?」


「ベータ・セキュリティ。治安維持のために戦車まで持っている。カナダ議会選挙不正疑惑のデモやトロントで起きたストライキを銃弾と砲弾で粉砕した連中だ」


「控え目に言ってクソ野郎どもだな」


 呉が答えるのに東雲が呆れたようにそう言う。


「ベータ・セキュリティでも特にヤバイのが特殊執行部隊SEUだ。大井統合安全保障の強襲制圧チーム並みの倫理観で、それでいてサイバーサムライ並みに機械化されたコントラクターが所属している」


「生体改造はメティスの十八番だ。連中がほとんど元の体が残っていないような連中を飼っている。非合法な仕事ビズには動員できないが、あたしたちがメティス本社に仕掛けランをやるなら出てくるだろうな」


 呉とセイレムがそう語った。


「最悪だぜ。規模はどれくらいなんだ?」


「メキシコなどにも駐留しているが、トロントに駐留しているのは1個小隊規模のはずだ。そこまで大きくはないが、連中ひとりでも殺すのは厄介だぞ。ほとんどアーマードスーツに人間の脳みそを乗せたようなものだ」


「どこまでやってんだよ。会社辞めたらどうするんだ……」


「脳みそを民生モデルのボディに移して契約解除さ。もっともほぼ脳みそだけ生身で、その脳みそのナノマシンによって老化及び劣化が防がれているから、ずっと戦い続けられるがね」


「生涯現役ってか。笑えねえ」


 セイレムが語るのに東雲が呆れ果てた。


「ヤバイ連中はこの特殊執行部隊と緊急即応部隊QRFぐらいだ。ベータ・セキュリティは確かに戦車の類も所持しているが、戒厳令も出ない限りその手の重武装部隊は出て来ない」


「軽装備でありながら火力が高く、即応性と機動力に優れた連中を混乱が拡大する前に投入して叩き潰すってわけだ。スマートにピンポイントでトラブルシューティング」


「そういうこった」


 呉が補足し、セイレムが手を振った。


「じゃあ、そのクソ不味い連中は警報が発された速攻で飛んでくるわけだ。メティスの本社に突っ込んだらそいつらはすっ飛んでくる」


「ベータ・セキュリティはメティスの親衛隊だ。メティスの利益を最優先する。そしてトロントは連中の縄張りってことだよ」


 東雲がうんざりしたように言うのに、呉がそう言って返す。


「だが、そこまで機械化しているならば、マトリクスにも接続しているだろう。ベリアたちが脳を焼き切れるんじゃないか?」


「東雲。人間をハックするのは簡単じゃないよ。それも民間軍事会社のコントラクターのような連中は。連中は軍用アイスを使用しているし、警備システムに繋がれた警備ボットなんかと違って接続を制限している」


「そうか。まあ、白鯨も呉たちをハックはできなかったし、そういうものなのかね」


 ベリアが指摘し、東雲がよく分からないもののなんとなく理解した。


「いいのは特殊執行部隊や緊急即応部隊が出張ってくる前にさっさとメティス本社に侵入し、情報を盗んでとんずらすることだな。大騒動になったら脱出が難しくなる」


「そうだね。今回はTMCじゃなくて、トロントだ。つまりは敵地。トロントはもとよりカナダから逃げ出すだけでも一苦労。いざって時は空港は封鎖される」


「その時はアメリカに逃げ込むしかない」


「国境線のハイウェイも全て封鎖されると思うけど」


「はあ。じゃあ、どうするんだ? 一応ジェーン・ドウが脱出の手配はしてくれるらしいが」


「それに乗るしかないね」


 ベリアは諦め気味にそう言った。


「トロントについては呉とセイレムが詳しいだろう。メティスの本社ってのはどういう場所にあるんだ?」


「オンタリオ湖の湖上にある人工島にビルがある。人工島に通じる道路は全てベータ・セキュリティは警備していて、メティス関係者と認定された訪問者ビジターしか通さないようになっている」


「絶望的だな。道路以外の侵入方法は?」


「オンタリオ湖も汚染されている。グレート・レイクス浄化施設が稼働しているが、汚染が増える方が早くて間に合ってない。東京湾の浄化施設も同じでな」


 呉がメティス本社周辺について語る。


「それにメティス本社の周辺には鯱の脳神経要素をバイオミメティクスした自律型無人潜水機AUVがうようよしている。水上、水中からアプローチすればミンチされるだろうな」


「つまり、どうにかしてメティス本社に続く道路を潜り抜けなければいけないというわけだ。どうする?」


 東雲が困り果てた様子で周りにそう尋ねた。


「IDの偽装? 六大多国籍企業の従業員のIDが偽装出来たらだけど」


「難しいのか、やっぱり」


「メティスの従業員IDが偽造出来たらびっくりだね。それだけでマトリクスに大きく名が残るよ」


「畜生。じゃあ、どうするんだ? 弁当屋やラーメンの宅配の振りして忍び込むか?」


「メティスには社員食堂があるし、トロントに六大多国籍企業を相手にしている弁当屋やラーメン屋はないね」


 東雲が自棄になったように言うのに、ベリアがそう指摘した。


「待てよ。メティスの従業員に偽装する必要はないのかもしれん」


「どういうことだ、セイレム……」


「ベータ・セキュリティの特殊執行部隊も緊急即応部隊も、連中が展開するときには通常部隊も総動員される。あちこちにベータ・セキュリティのコントラクターが溢れることになる。メティスの本社にも」


「なるほど。ベータ・セキュリティのコントラクターに偽装にするのか」


「その必要さえないかもしれない。本社に繋がる橋の生体認証スキャナーさえ黙らせれば、同じ制服を着ている人間を連中は同じ企業のコントラクターだと誤認する」


「橋の生体認証スキャナーを黙らせる、か。どうだ、ベリア?」


 そこで東雲がベリアに尋ねる。


「うーん。潜って確かめてみないことには分からない。それにその計画だとメティス本社には到達できても、そこから先が問題にならない? メティス本社は六大多国籍企業の本社だよ? 警備は洒落にならない」


「確かにな。これまでTMCで仕掛けランをやった連中も、大井の本社に対して現実リアル仕掛けランをやった奴はいない」


「そんなことをすれば即座に蜂の巣ってわけだ」


 ベリアが指で鉄砲を撃つジェスチャーをする。


「そこは押し切るしかないな。六大多国籍企業の本社の警備システムをハックできるとは到底思えん。無茶すぎる。メティス本社に踏み込んだら、一気に駆け抜けて情報を奪取スナッチしささっと逃げ出す」


「陽動が必要だな。特殊執行部隊と緊急即応部隊を引き出すのに。それからベータ・セキュリティの予備を拘束しないと」


「俺たちも核爆弾でも持っていくか?」


 セイレムが提案するのに呉がおどけた様子でそう言う。


「それもいいかもな。大井に準備してもらおうか?」


「おい。止めろよ。冗談でもねえ。俺は大量虐殺をやるつもりはないぞ。別の方法だ、別の方法。何かあるだろ、核爆弾とか化学兵器以外に」


 セイレムが言うのに、東雲が心底嫌そうにそう苦言を呈した。


「陽動はどうにでもなるよ。核爆弾や化学兵器を使わなくてもね。ボクとベリアでどうにかする。それから重要なのは脱出ルートだよ。ジェーン・ドウから詳しい脱出手段は教えてもらってないの?」


「待ってくれ。まだメッセージが来てない」


 東雲がそう言ったとき、東雲のARにジェーン・ドウから通知が来た。


「来た。トロント・ピアソン国際航空宇宙港から全日本航空宇宙輸送ANASのチャーター機で離脱する手はずになってるとさ」


「航空宇宙港、か。テロ対策で封鎖されないといいけれど。テロが起きたら交通機関は封鎖される。恐らくはカナダの領空を飛行中の全ての航空機にも着陸命令が出る。9/11の直後に作られた対テロマニュアルが生きてるから」


「ならどうするんだよ。俺たちがやろうとしていることはある意味じゃテロだ」


「テロじゃなくすればいいんだよ」


「はあ?」


 ベリアがこともなげに言うのに東雲が眉を歪めた。


「やりようはあるってことさ。大井統合安全保障だってこれまで一度も非合法傭兵による襲撃をテロだと認めたことはないだろう?」


「そりゃそうだが。だが、それは大井統合安全保障が攻撃をジェーン・ドウから知らされてないだけだろう」


「知られなければいいのさ。非合法傭兵に天下のメティス本社を襲撃されたとはメティスも報告できない。面子丸つぶれだからね。テロはなかったことになる。仮にベータ・セキュリティが動いても」


 六大多国籍企業はどこも隠蔽が得意だとベリアが語る。


「テロは起こさない。となると、陽動は?」


「それはボクにアイディアがある。任せておいて」


 ロスヴィータが呉の疑問に答える。


「オーケー。じゃあ、任せた。必要な準備をそっちも済ませておいてくれ。俺たちも準備しておく。トロント行きの便は3日後の正午ジャストだ。ジェーン・ドウからチケットが来た。羽振りがいいぞ。全員ビジネスクラスだ」


「わお。流石はジェーン・ドウ。嬉しいね」


 東雲がARから各自に航空便のチケットを配る。


「ロスヴィータ。留守中は現実リアルの脅威に気を付けてくれよ。あいにく、八重野も呉もセイレムもトロントに連れて行くからな」


「分かった。気を付けておくよ」


 ロスヴィータがサムズアップして返した。


「私はワイヤレスサイバーデッキの準備と情報収集をしておくよ。メティス本社についての情報を探ってみる」


「任せた。俺たちは装備を輸送する手はずを整える。呉とセイレムは超高周波振動刀を持って飛行機には乗れないし、俺もいくつかの便利アイテムを輸送しておきたい」


「へえ。便利アイテムね。君がそういうものに頼るとは思ってなかったよ」


「どうせ今回も血を流さない連中を相手にするんだ。少しでも楽がしたい。スモークグレネード一発だけでも楽ができるってものだ」


「それじゃあ、そっちの方も準備しておいて。現地調達ってのは難しいと思うから。トロントに伝手はないし」


「ああ。セクター13/6で準備しておくよ」


 東雲はそう言って呉とセイレムと部屋を出ていった。


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