コンフリクト//AI研究者

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 ──コンフリクト//AI研究者



 東雲とセイレムが旧東京湾浄化施設跡地下施設に突入し、ベリアとロスヴィータが大井ファイナンシャルを攻撃する双面の自律AIとハッカーを相手にしていたとき。


 八重野と呉はベイエリア・アーコロジーの中をメティスから企業亡命したダレン・I・グリーンに会いに向かっていた。


「このフロアだ」


「こっちだな。まだ大井統合安全保障は踏み込んできてない。急いでダレンに会わなければ。何が起きているかを知りたい」


 呉と八重野はダレンの居住するフロアに踏み込み、ダレンの部屋を目指す。


「隔壁が開いているな。だが、研究者たちは外に出ている様子はない」


「警報があったんだろう。大井統合安全保障が安全を宣言するまでは安全だと思っている部屋の中に留まるはずだ」


「危うく核爆弾で吹き飛ばされそうになっていたのにな」


 呉と八重野はそう言葉を交わすと『ダレン・I・グリーン』と扉に名前が書かれた部屋の前に立った。


「ここだ」


「急げよ。大井統合安全保障が踏み込んできたら、疑われるのは俺たちだ」


「分かっている」


 八重野がダレンの部屋に入った。


「だ、誰だ!?」


「ダレン・I・グリーン。覚えているな。お前の企業亡命を助けた人間だ」


「あ、ああ。君か。どうしてここにいる?」


 ダレンは動揺した様子で八重野を見た。


「聞きたいことがある。お前は軌道衛星都市からの亡命だったが、ブリティッシュコロンビア州の研究所では何が行われている?」


「マトリクスで作用する事象改変現象の研究だ。だから、言っただろう。魔術の研究だ。主に白鯨由来の技術を研究していた。白鯨の中から規則性を見出し、体系化し、我々がそれを技術として利用できるようにしていた」


「それで、新しい魔術を生み出せたのか?」


「いや。そんなことは不可能だった。我々は白鯨由来の技術を解析するだけで精一杯だった。軌道衛星都市でも同じような研究が進んでいたが、白鯨のバックアップからそこに使われているコードを解析するだけだ」


「では、聞くが。マトリクスの魔導書について知っているか?」


「マトリクスの魔導書……。ああ。あの新しいデータのことだろうか。確かに奇妙なデータをメティスは手に入れた。いや、メティスではなく白鯨派閥が手に入れたというべきか。もう誰が、どんな情報を握っているのかすら分からない」


「それはいい。マトリクスの魔導書をどうした?」


「あれも白鯨由来の技術だと思われていたが、どうにも規則性が異なるということが分かった。そもそも、そのマトリクスの魔導書というデータはそれそのもので意味を成すものではなく、断片だった」


「白鯨派閥が手に入れた情報が、断片だったか? 完全なデータはどこにある?」


「知らない。白鯨派閥が手に入れたのは少なくとも完全なデータではなかった。だが、我々の中のある研究グループが白鯨の技術とそのコードを組み合わせることを思いついた。そして、新しい自律AIが生まれた」


「ふむ。それはどういうものだ?」


「白鯨由来でありながら不要なものは削ぎ落され、新しく手に入ったコードを効率的に組み込んだ電子戦特化の自律AIだ。これを白鯨派閥はメティスにおける内紛で利用しようとした」


 ダレンは淡々とそう語る。


「利用できたのか?」


「分からない。それが分かる前に私は企業亡命した。軌道衛星都市の研究所にも反白鯨派閥の内通者が忍び込んでいた。もうあそこには未来がなかった」


「では、今になってメティスに狙われる理由は分かるか?」


「メティスに狙われる……」


「そうだ。メティスの非合法傭兵はさっきここをスーツケース核爆弾で爆破するところだった。狙いの中にはお前も含まれていた。そのことに心当たりはないのか?」


 八重野はそう言ってダレンを見る。


「思い当たる節があると言えば、白鯨由来の技術の解析結果だろう。私は大井に白鯨の技術について伝えた。彼らが白鯨について研究することを助けている。メティスの白鯨派閥、反白鯨派閥の両方にとって目障りなはずだ」


「なるほど。これからは大井が白鯨の技術を手にする。それがメティス全体にとって不都合であるというわけだ」


「そうなるな。私以外にも大井に企業亡命したメティスのAI研究者はいる。このベイエリア・アーコロジーに暮らしている。狙ったのは私だけではないのかもしれない」


 ベイエリア・アーコロジーにはこれまでメティスから企業亡命したAI研究者が匿われているとダレンは語った。


「こいつはメティスの白鯨派閥、反白鯨派閥の両方にとって不都合な情報だな。白鯨派閥は自分たちが内紛で利用するつもりの情報が漏れて不利になるのを嫌い、反白鯨派閥はメティスの白鯨への関与を知られたくない」


「そういうことだよ。メティスは自社から白鯨に関する情報がこれ以上漏洩することをよく思っていない。理事会がどう思っているかまでは知らないがね」


 呉がそう言い、ダレンが頷く。


「マトリクスの魔導書のデータはどこから回って来た? その情報すらないのか? メティスはどこでマトリクスの魔導書のデータを手に入れた?」


「聞くところによれば、だが。どこか他の六大多国籍企業ヘックスから盗み出したという話だった。マトリクスの魔導書の完全なデータが保証されているとすれば、その六大多国籍企業なのだろう」


「その六大多国籍企業に手がかりはないのか?」


「あいにくだが思い当たる節がない。私はそもそも白鯨由来の技術の解析がメインだった。マトリクスの魔導書を利用しようとしたのは他の研究グループだ。私は伝聞で聞いただけに過ぎない」


「クソ」


 八重野が悪態をつく。


「八重野。そろそろ時間だ。大井統合安全保障が踏み込んでくる。お喋りは終わりにしろ。逃げるぞ」


「分かった」


 呉が指摘するのに八重野がダレンの部屋を出る。


「で、聞きたいんだが、どうしてマトリクスの魔導書とやらに拘るんだ……」


「それが私にかけられた呪いに関わっているかもしれないからだ」


「呪い?」


「ああ。2年以内に死ぬ呪いだ。その呪いの出所がマトリクスの魔導書だと私は考えている」


 八重野はそう言って非常階段を駆け下りていく。


「ふうむ。白鯨を作っていたのは魔術だと聞いていたが、あんたも白鯨に使われているような魔術による呪いを?」


「いや。東雲たちが言うには違うらしい。別系統の魔術だと。ダレンが言っていたようにマトリクスの魔導書は白鯨由来の技術とは異なる技術で構成されている」


「メティスではない魔術か」


 マトリクスのおける魔術の存在を知っているのは、東雲たちとメティスぐらいだろうと呉は考えていた。


 だが、ここで謎の第三勢力が現れる。


「メティスはその技術を盗んだと言っていたが、東雲たちが知らない魔術となると本当にどこが出所なのか不明だな。メティスに魔術というものを与えたのは、オリバー・オールドリッジとロスヴィータだ」


「それについてはベリアたちも調べてくれている。私もマトリクスに潜っては、マトリクスの魔導書に関する情報を収集してるが」


「進展は?」


「さっきのダレンの言葉が今のところ、一番の収穫だ」


 そう言って八重野はため息を吐く。


「情報は少ないか。だが、魔術のことなら東雲たちに任せておけば問題ない。何かしら情報を掴んでくれるだろう。東雲たちはあの白鯨を撃破したんだ」


「あなたも白鯨討伐には参加していたのだろう? 違うのか?」


「俺は物理フィジカルで切り合っていただけだ。魔術についてはさっぱりだよ。東雲は魔術が使える。見たこともある」


「私もだ」


 東雲の魔術は呉も八重野も見ている。


「なら、連中に任せておけ。素人が首を突っ込んでも意味がない」


「そうかもしれない。だが、私は私を使い捨てディスポーザブルにしたジョン・ドウを許すつもりはない」


「あんたも随分と難儀だな」


 八重野と呉は非常階段を降り切って、ベイエリア・アーコロジーの1階到達した。


「大井統合安全保障の人員が増えている。エレベーターで核爆弾のところに向かっているな。これで一安心」


「しかし、脱出が難しくなった。どうする? 強行突破するか?」


「ふうむ。それしか手はなさそうだな」


 八重野と呉がそう話し合っていたときだった。


「ジェーン・ドウだ」


 大井統合安全保障の緊急即応部隊QRFとともに、ジェーン・ドウが姿を見せた。


「行くか」


「しらを切られたらどうする?」


「そのときはそのときだ」


 八重野と呉はそう言ってジェーン・ドウの前に姿を見せる。


「お前ら。よくやった。仕事ビズは果たしたようだな」


 八重野たちが姿を見せるとジェーン・ドウはそう言った。


「ああ。後は大井統合安全保障に任せていいだろう」


「当り前だ。この件を解決したのは大井統合安全保障。そういうことになる」


 呉が言うのにジェーン・ドウが肩をすくめた。


「で、次の仕事ビズは?」


「逃げた連中を追え。連中の正体が分かった。“インペラトル”と呼ばれる非合法傭兵集団だ。誰にでも雇われるが、今回はメティスに雇われたようだな」


「ふうむ。成田国際航空宇宙港は封鎖したのか?」


「できるわけないだろ。表向きはTMCでテロは起きていないんだ」


 呉の言葉にジェーン・ドウがそう返した。


「じゃあ、連中は成田からも、羽田からも、あるいは海路ででも逃げられるわけだ」


「まあ、相手が馬鹿じゃなければ生体認証を警戒して空港の類には近づかないと思うがな。こっちもその点では網を張っている」


「了解。追いかけてみよう」


 呉はそう言って八重野とともにベイエリア・アーコロジーを出た。


「当てはあるのか?」


「ジェーン・ドウが言っただろう。馬鹿じゃなければ生体認証を避けると。それでは生体認証に引っかかっても逃げられる手段を使う」


「メティスのロジスティクスか」


「そう。メティス・バイオテクノロジーの人工食料輸送船を使うはずだ」


 八重野が言うのに呉が頷いた。


「では、港か。メティスがTMCに有する食料ターミナル」


「ああ。そこに向かう。ここからは結構距離があるが、連中も安全面から成田や羽田は利用しないだろう」


「分かった。向かおう」


 八重野はそう言い、呉の軍用四輪駆動車に乗り込む。


「飛ばすぞ」


 呉が軍用四輪駆動車を発車させ、ベイエリア・アーコロジーを出る。


「しかし、あんたの呪いはいつそれに気づいたんだ?」


「ジョン・ドウに警告を受けていた。最初はフェイルデッドリーなバイオウェアという説明だった。だが、どうにも違うと分かった。自分でスキャンしたが、バイオウェアの類は検出されなかったんだ」


「で、呪いか」


「ああ。そこに行く着いた。最初はオカルトだと思ったが、調べているうちに外にも呪いで死んだ人間がいると分かった」


「他にもいた?」


「会社から逃げていた非合法傭兵を追えという仕事ビズで私の背中にある魔法陣と同じものが刻まれていた人間が死んでいるのを見た」


 八重野がそう説明する。


「そして、関係してくるのがマトリクスの魔導書、か。だが、話によればマトリクスの魔導書が現れたのは最近じゃないのか?」


「確かに最近だ。私が呪いで死んだ人間を見たのも最近だ。全ては最近の出来事なのだ。メティスが開発したのではないかと思っていたが、メティスではないとダレンだ言っていた。だが、メティスは未だ容疑者のひとつだ」


「まあ、ぼちぼちやろうぜ。まずは逃げた連中を追うことだ」


 呉はそう言い、メティス・バイオテクノロジーの食料ターミナルがある港へと軍用四輪駆動車を進ませていった。


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