コンフリクト//自律AI

……………………


 ──コンフリクト//自律AI



 マトリクス上でTMCセクター13/8──旧東京湾浄化施設跡からのトラフィックが増大していた。何かの大規模攻勢を行う前触れであるかのように、TMCのマトリクスのあちこちにアクセスしている。


仕掛けランの気配がしてきたね。目標はどこだと思う?」


「大井関係の構造物。核爆弾が一発だけならね」


 ベリアが尋ねるのにロスヴィータがなんとか旧東京湾浄化施設跡のトラフィックを辿ろうとしながらそう言った。


「核爆弾は一発だけだよ、多分ね。大井関係の構造物のうち、サイバーテロで狙われるとすればIT関係のインフラを支える大井データ&コミュニケーションシステムズか、それとも金融インフラを支える大井ファイナンシャルか」


 ベリアはそう言ってTMCのマトリクス上に表示される大井データ&コミュニケーションシステムズの構造物と大井ファイナンシャルの構造物を見つめた。


 いずれも軍用のそれに並ぶアイスで守られている。


「ふうむ。今のところ、どちらの構造物にも攻撃されるよう兆候はない。ただ、TMC全体のトラフィック量が増大しつつある。大井統合安全保障のトラフィックも増えている」


「核爆弾が見つかったからかもしれない。警戒態勢に入ったのかも」


「サイバーセキュリティチームは?」


「動いてない」


 ベリアの問いにロスヴィータが応える。


「どうにも不穏な傾向だ。東雲たちは敵の無人機に妨害されているし、敵には白鯨由来の技術を使ったであろう自律AIが存在する。大規模攻勢の前触れのようにトラフィック量は増えるばかり」


「おっと。旧東京湾浄化施設跡のトラフィックが一気に増大! そして──」


 ロスヴィータがマトリクス上の構造物に視線を走らせる。


「大井ファイナンシャルが攻撃を受けている。アイスが全面攻撃を受けて、表層から削られてるよ!」


「来たか。さて、敵のハッカーを今度こそ見定めよう」


 ロスヴィータとベリアは大井ファイナンシャルの構造物に向かう。


「大井ファイナンシャルのアイスを攻撃しているアバターが2体。1体は人間のようだけど、もう1体はAIだね。変わった構造をしている。人の顔? 白鯨のように巨大なものではないものの、どうにも奇妙だ」


「どうする? あれを止める? それとも大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームに任せる?」


「まずは様子見。今回は白鯨のときとは違って、あれについての情報収取は求められていない。もちろん、敵のハッカーを止めろって仕事ビズは引き受けたけどね」


 観測エージェントを大井ファイナンシャルの構造物に向けて飛ばしながら、ベリアはそう言った。


「大井ファイナンシャルのアイスが既に六層破られている。ベイエリア・アーコロジーを陥落させたと考えればそこまで驚くほどのものではないものの」


「大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが到着。ハッカーに攻撃を開始した。ハッカーの現在地は未だ旧東京湾浄化施設跡としか分からない」


「東雲たちに任せるしかない。旧東京湾浄化施設跡の構造物はマトリクス上でひとつの点としか表示されていない。現実リアルでは広大な旧東京湾浄化施設跡もマトリクス上では小さな点」


 敵のハッカーは賢いとベリアが愚痴る。


「大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが敵の自律AIを攻撃。自律AIが反撃に打って出た。攻撃エージェント、大量に放出。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームに被害」


「白鯨由来の自律AIだ。そう簡単にはいかないだろう。サイバーセキュリティチームが撤退したら、私たちも仕掛けランを行おう」


「了解。あれを見るからにアイスは十分に用意しておいた方がいいよ。白鯨と違って人に制御されている。的確に目標だけを焼いて、スマートに攻撃している」


「人にコントロールされた白鯨、か。また厄介なものを」


 白鯨よりも小型の自律AIだが、白鯨を洗練させたと言われればそうだと言える。


「サイバーセキュリティチームがアイスブレイカーを投入したものの、自律AIに効果なし。それから観測エージェントの数が増えている。大井統合安全保障だけじゃなくて、異変に気づいたハッカーたちが野次馬に来てる」


「全く。トラフィックの量が凄い増えているよ。迷惑なものだ」


「ボクたちも今のところ、野次馬以上のことはしてないよ」


「それもそうだ。そろそろ仕事ビズをしましょうか」


 ベリアがそう言い、自律AIを見つめる。


「白鯨由来の技術だろうけど、白鯨との最終決戦で使ったアイスブレイカーは学習していないはず。最初から飛ばしていくよ!」


 ベリアはディーがかつて作った対白鯨戦用のアイスブレイカーを含めた攻撃エージェントを謎の自律AIに向けて放った。


「自律AI、反応! アイスの一部を突破した! けど、ダメだ。アイスはまだ残っている。カウンター、来るよ!」


「ジャバウォック、バンダースナッチ! アイスを強化しながら展開! 同時に敵の自律AIの構造解析開始!」


 敵の自律AIからの大量の攻撃エージェントがベリアたちに押し寄せる。


「不味い。敵の攻撃エージェントの精度が思ったより高い。こいつは白鯨より洗練されている。攻撃の規模は落ちたけど、その分を精度でまかなっている」


アイスを容赦なく食い破ってくる。敵のアイスブレイカーを学習しながらアイスを展開しないとこっちが焼き切られるよ!」


「分かってる。無理して敵のハッカーと自律AIを焼き切る必要はない。東雲たちがいずれ現実リアルで仕留める。足止めしさえすればいい。敵の攻撃を遅らせて、大井ファイナンシャルの構造物の陥落を遅らせる」


「分かった。攻撃を引き付けよう。自律AIがこっちを向いていれば、大井ファイナンシャルへの攻撃も遅れるはず」


「そのはずだけど」


 どうも嫌な予感がするとベリアが呟く。


「攻撃エージェント、さらに増大。通信負荷が大きすぎるよ。敵のアバターにノイズが走っている。自律AIの放ってる攻撃エージェントは元より、観測エージェントを飛ばしている野次馬が多い」


「仕方ない。私たちでもこれは見学したくなるもの。けど、よくない兆候。今も大井ファイナンシャルのアイスが砕かれている。あれは」


 人間の顔のような自律AIのアバターがふたつの顔がくっついたかのようなものへと変わった。ふたつの顔を持った異形のアバターだ。


「本領発揮ってところかな。だけど、こっちだって伊達に白鯨を相手にしたわけじゃないんでね!」


 ベリアはアイスを多重出力しながら、自律AIの攻撃エージェントを凌ぎ、敵に向けてアイスブレイカーを放つ。


「白鯨戦で使えたアイスブレイカーでも完全に抜けないなんて。ジャバウォック、バンダースナッチ。敵の自律AIの構造解析はまだ!?」


「まだなのだ! 敵の自律AIは間違いなく白鯨由来の技術で作られているけど、以前の任務タスクにあったコードも含まれているのだ!」


「以前の任務タスク? それってマトリクスの魔導書のこと?」


「そうなのだ!」


 マトリクスの魔導書の構造解析を以前ベリアはジャバウォックとバンダースナッチに任せていた。それを分析していた彼女たちがそういうのだ。


「なら、マトリクスの魔導書はメティスの作ったものだった? 彼らはそこまで魔術を分析できていたってわけ?」


「あり得ないよ。マトリクスの魔導書の魔術はボクが彼らに教えた魔術とも、オリバー・オールドリッジが知っていた魔術とも異なる。系統が全く違うんだ。無から生み出したかのような魔術だよ」


「そうだけど。それなら、どうしてメティスの非合法傭兵がマトリクスの魔導書のコードが含まれる自律AIを使ってるの?」


「それは、分からない」


 ロスヴィータはそう言いながら、攻撃エージェントを生成する。


「うん。今は考えている場合じゃない。相手がマトリクスの魔導書の技術を使っているならば、それに応じるだけ。今を凌がないと、今やられたら考察は意味をなさない」


 ベリアはそう言って新しいアイスを組み込む。


「だけど、この一戦で持っていける限りの情報はいただいていこう。ジャバウォック、バンダースナッチ! 敵の自律AIの構造解析急いで!」


「分かったのにゃ、ご主人様!」


 ジャバウォックとバンダースナッチが敵の自律AIのデータを採取しようと試みる。


「私たちは引き続き敵のハッカーと自律AIの演算リソースをこちらに割かせるよ、ロンメル。敵による大井ファイナンシャルへの攻撃の足を少しでも引っ張る!」


「分かってるよ! 予定通り!」


 ベリアとロスヴィータが同時に攻撃エージェントを放つ。


 敵の双面の自律AIがアイスを展開し、攻撃エージェントから身を守りながらベリアたちに向けてカウンターの攻撃エージェントを放ってくる。


『ベリア。そっちはどうなってる。こっちはこれから旧東京湾浄化施設跡の地下施設に侵入した。敵の戦闘用アンドロイドやアーマードスーツがうようよしている。どうにかできないか?』


 そこで東雲から連絡が来た。


「あいにくだけど、そっちを助けている余裕はないんだ! 敵の自律AIが思ったより不味い相手で! むしろ、そっちから敵のハッカーを現実リアルで叩いてほしいところだよ!」


『マジかよ。分かった。努力してみる。幸いこっちにはセイレムもいる』


「よろしく頼むよ、東雲!」


 ベリアは東雲にそう言って、連絡を切る。


「東雲たちが旧東京湾浄化施設跡の地下に突入した。もしかすると、ハッカーごとあの厄介な自律AIを排除してくれるかもしれない」


「東雲たちに無理させてなければいいけど。ボクたちはは電子支援できないから」


「だね。こっちも頑張らなきゃ」


 ベリアたちは攻撃を加えてくる双面の自律AIを見る。


「どうにかして大井ファイナンシャルの構造物から連中を引き剥がしたい。自律AIへの攻撃が無力化されるなら、ハッカーを狙うってのはどうかな?」


「そう上手くいくかな」


「じゃあ、同時攻撃。ロンメルとバンダースナッチが自律AIの足止めをして、私がジャバウォックとハッカーに殴りかかる」


「それぐらいしか手はなさそうだね」


 ベリアの言葉にロスヴィータが頷く。


「じゃあ、自律AIの足止めは任せたよ」


「了解。可能な限り攻撃しておく」


 ロスヴィータが攻撃エージェントを新しく準備し、敵の自律AIに向ける。


「さて、こっちは敵のハッカーに殴り込みだ。いくよ、ジャバウォック!」


「了解なのだ!」


 ベリアとジャバウォックが大井ファイナンシャルの構造物に向けて突撃する。


 大井ファイナンシャルの構造物には双面の自律AIの他に、ローマ帝国時代の軍服姿をした執政官のアバターが食らいついていた。


「おっと。お客さんか? そのアバターだと大井統合安全保障のつまらないサイバーセキュリティチームじゃなくて大井の雇われハッカーみたいだな」


 執政官のアバターはそう言ってベリアを鼻で笑いながら、大井ファイナンシャルの構造物を攻撃していた。


「まあ、そんなところ。ここから他所に行ってくれたら嬉しいんだけど?」


「あいにく、そうはいかなくてね。こっちも仕事ビズだ。あんたと同じようにな。仕事ビズをしなければ命が危ない」


「そうかい。じゃあ、脳を焼き切るしかないね!」


 ベリアが執政官のアバターに向けてジャバウォックが生成した攻撃エージェントを叩き込む。


「ははっ! なかなかやるなあ! 面白くなってきたぜ! 大井ファイナンシャルのつまらない産業用アイスを相手にするよりずっとな!」


 執政官のアバターはそう叫ぶと攻撃エージェントをベリアに向けて叩き込んだ。


「ジャバウォック! 敵の攻撃エージェントのパターンを分析! アイスにフィードバックさせて!」


「分かったのだ!」


 少なくともこれで大井ファイナンシャルの構造物から攻撃の矛先を逸らせたとベリアは内心でほくそ笑んだ。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る