コンフリクト//セクター13/8

……………………


 ──コンフリクト//セクター13/8



 東雲とセイレムは軍用四輪駆動車でTMCセクター13/8──旧東京湾浄化施設跡に向かっている。TMCセクター13/6の廃棄物処理場を抜け、TMCセクター13/8へと向かっていた。


「ハッカーがベイエリア・アーコロジーを襲撃したらしい。ベリアとロスヴィータによれば白鯨由来の自律AIによる攻撃だったとか」


「マジか。クソッタレ。メティスはあの化け物をまだ飼ってやがったのか」


 東雲が言うのに、軍用四輪駆動車を運転しているセイレムが愚痴る。


「らしいな。あのクソ野郎がまた攻撃を仕掛けてくるとは。滅茶苦茶嫌な予感がする」


「ああ。一応車のナヴィゲーションはオフラインにしてある。マトリクスから攻撃されても大丈夫だろう」


「あんたのワイヤレスサイバーデッキは大丈夫なのか」


「白鯨に襲われたらやられるだろうが、それなりのアイスを積んである。数分ぐらいなら大丈夫だ」


 東雲が尋ねるのに、セイレムがそう返す。


「セクター13/8まではまだかかるな」


「お喋りでもするかい?」


「そうだな。あんたたちは俺たちとブラジルで別れてから、どうしたんだ?」


「逃げた。メティスは白鯨派閥があたしたちを殺そうとしていた。他の派閥にしたところで、白鯨がメティスの生み出した怪物だと知られるのは不味かったから、本格的にあたしたちを狙ってきた」


 セイレムが軍用四輪駆動車を運転しながらそう語る。


「まずはコロンビアまで逃げて、反グローバリストの地元麻薬カルテルに匿ってもらった。そうして暫くメティスの追手を撒いて、それからHOWTechに接触した」


「HOWTechに伝手があったのか?」


「まあな。あたしたちが仕事ビズで手にいれた白鯨のデータを手土産に、向こう側があたしたちを受け入れることを決定した。だが、マスターキーがマトリクスで偽造IDを作っているところをメティスに捕捉された」


「そして、殺された」


「そうだ。マスターキーは敵のハッカーに脳を焼かれた。あたしたちは辛うじて手に入れた偽造IDで逃げた。メティスの追跡部隊は撒けたよ。無事にシドニーまで逃げきれた」


 それだけさとセイレムは言った。


「メティスには今も命を狙われているってわけか?」


「そうなるな。とは言え、連中にもそこまで余裕があるわけじゃない。白鯨派閥は他の派閥と争い始めた。メティスは白鯨の件を関係者ごと隠蔽するつもりだ」


「ふうむ。だが、どういうわけか白鯨由来の技術を今回の攻撃に使用してきた。白鯨派閥は妥協点を見つけたのかもしれないぞ」


「どうかね。使えるものを使っただけなのか。それとも今回のTMCに対する攻撃を白鯨派閥に擦り付け、粛清の口実を作っているだけなのか」


「いずれにせよ、メティスは今も脅威だ。別に六大多国籍企業ヘックスの地位から転がり落ちたわけじゃない」


 東雲はそう言って肩をすくめた。


「そういうことだ。メティスはたとえ内紛を起こしても六大多国籍企業だ。こうしてTMCを攻撃できるくらいにはな。さて、そろそろセクター13/8だぞ」


「注意して運転してくれ。嫌な予感がする」


 東雲は周囲を見渡す。


「旧東京湾浄化施設跡には警備システムの類はないんだろう」


「かもしれないが、どうにもな。ハッカーが身を守るとすれば無人兵器の類は使うはずだ。位置を特定されることも計算の内のはず」


「ふむ。じゃあ、用心しよう。だが、旧東京湾浄化施設跡そのものはマトリクスに残骸を残すのみで、機能していない。旧東京湾浄化施設跡由来の警備システムはない」


 セイレムはそう言って『ここから先TMCセクター13/8。危険地域』と記された看板の下を軍用四輪駆動車で潜り抜けた。


「危険地域?」


「旧東京湾浄化施設跡は汚染物質が貯まり込んでいる。廃棄物処理場以上だ。今や海は突然変異した微生物が有害な毒素を吐き出し続けている。それによって魚も海洋哺乳類も全滅し、人体に有害な海だけが残された」


「クソッタレだな。ここまで問題を放置していたなんて」


「企業は動き続けないといけない。経済活動を止めるわけにはいかない。それで、市場は拡大を続け、企業の経済活動に伴う汚染は広がった」


「資本主義ってのも考え物だな」


「共産主義でも同じことさ。中国だって汚染を撒き散らした。人間の業ってものだ。一度手に入れた便利な生活をそう簡単には手放せない。個人としても便利な生活を望むし、政府としても経済成長率を維持したい」


 そして、六大多国籍企業は市場を拡大させたいとセイレムが言う。


「便利な生活、ね。人工食料しか食えなくなっても人は気にしないのか」


「気にしなかったんだろう。食い物がなくなったわけじゃない。海水浴をする自由と引き換えに人々は経済成長の方を取ったのさ」」


「なんともまあ。俺には考えられないほどいい加減な取引だぜ」


 東雲は呆れたようにそう言い、そしてまた周囲を見渡した。


『東雲! 戦術級中型ドローンがセクター13/8に向かっているよ! 対戦車ミサイルをぶら下げている! 空に注意して!』


「マジかよ。冗談じゃねえ」


 ベリアから連絡が入るのに東雲が唸る。


「セイレム。ドローンが飛んできてる。対戦車ミサイルを下げたドローンだ。どうすればいい?」


「ああ? どうしようもないね。神様にお祈りでもするしかない。この軍用四輪駆動車の装甲でも対戦車ミサイルを食らえばくたばる。そして、この車に対空レーダーはない」


「クソッタレ」


 東雲はそう愚痴って、上空を見つめた。


 大気汚染の激しいセクター13/8の空はどんよりとしている。


「畜生。敵からこっちは見えているのか」


「対戦車ミサイルを積んでいるようなドローンならレーダーで地上を走査できる。移動中のあたしらを捕捉するのはわけもないだろう」


 セイレムはそう言ってアクセルを踏み込む。


「今、旧東京湾浄化施設跡の構造物を洗っている。ハッカーがこの構造物のどこかからマトリクスにアクセスしている。ハッカーさえ特定すれば対戦車ミサイルは脅威じゃなくなる」


「遅いぜ。あれだろ、ドローン」


 東雲の目に小さな影が見えた。


 それが小さく光ったかと思うと、何かが東雲たちの乗る軍用四輪駆動車に向けて高速で飛行してくる。対戦車ミサイルだ。


「“月光”!」


 東雲が“月光”を展開し、飛来する対戦車ミサイルを迎撃する。


 空中で大きな爆発が起こり、対戦車ミサイルが撃ち落される。


「一発迎撃だな。戦術級中型ドローンならばもう一発ぐらい飛んでくるぞ」


「冗談じゃねえ」


 東雲がドローンを見つめ続ける。


 それが再び光った。


「来るぞ! どうにかしてミサイルの狙いを逸らせないのか!?」


「無茶言うな。このただの四輪駆動車にそんな立派な機能がついているわけないだろ」


「ああ。分かったよ!」


 東雲は再び高速で迫る対戦車ミサイルに向けて“月光”を投射する。


 空中で対戦車ミサイルが大爆発を起こした。


「それで、いつ旧東京湾浄化施設跡に着くんだ?」


「ここが旧東京湾浄化施設跡だ。人工島だよ。人工島ひとつが丸ごと旧東京湾浄化施設跡なんだ。ここの地下施設からナノマシンが東京湾を循環し、浄化する。そのはずだったのさ」


 九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアが起こるまでは機能していたとセイレムがいう。


「ってことはもうハッカーを探さなければならないのか」


「いいや。セクター13/8の地上施設は九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアで壊滅した。炎上し、津波で押し流され、復興の際に解体された。地下施設も壊滅的だったらしいが」


「ハッカーがいるとすればその地下施設か」


 東雲は納得した。


「地下施設への入り口はもう少し先だ。あんたの相棒に他にドローンやらなにやらが飛んでないか確認しておいてくれ」


「あいよ。ベリア。もうドローンのお替わりはなしか?」


 東雲がARからベリアに連絡を取る。


『今のところ、TMC上空のレーダーに所属不明機はなし。ただし、旧東京湾浄化施設跡からのトラフィックが増大している。何もないはずなのに。気を付けて。こっちも攻撃に備えておくから』


「了解。ドローンは飛んでないとさ」


 ベリアからのメッセージを東雲はセイレムに伝える。


「どうやら簡単に地下には入れてくれるわけじゃないらしい」


「おいおい。アーマードスーツかよ」


「装甲車もいる」


 旧東京湾浄化施設跡の地上施設である地下施設への入り口であることを示す小さな街が廃墟になったような場所からアーマードスーツと装甲車が現れ始めた。


「3カウントで車から飛び降りろ。蜂の巣にされるぞ」


「はいはい。クソッタレめ。3カウント!」


 セイレムはアクセルを踏み込み軍用四輪駆動車はどんどんアーマードスーツと装甲車に向かっていく。


「飛び降りろ!」


「よいしょっと!」


 セイレムと東雲が同時に軍用四輪駆動車から飛び降りる。


 そのままの勢いで直進した軍用四輪駆動車は装甲車のガトリングガンで蜂の巣にされ、大破炎上していった。


「さあ、パーティーの始まりだ」


「ぶち壊して進む」


 セイレムが“竜斬り”の柄を握り、東雲が“月光”を構える。


「いくぞ」


 東雲が“月光”を高速回転させて装甲車に突撃する。


 装甲車はガトリングガンと25ミリ機関砲で東雲を攻撃し、東雲は“月光”でそれらの攻撃を弾いて突き進む。


「くたばりやがれ!」


 東雲は装甲車に向けて“月光”を投射する。


 装甲車の制御系が“月光”によって切断され、装甲車の動きが止まる。


「まずは1台!」


 装甲車は全てで5台存在する。残り4台だ。


「アーマードスーツは任せておけ」


 セイレムが銃弾とグレネード弾の嵐の中を潜り抜け、アーマードスーツに肉薄し、超電磁抜刀でアーマードスーツを一刀両断する。


「残り11体」


 アーマードスーツは全てで12体。1体が撃破された。


「大井の! 装甲車は任せるぞ!」


「大井と決まったわけじゃないっての!」


 東雲は再び装甲車に肉薄する。


 装甲車は移動しながら攻撃を続け、スモークを展開する。


「ちっ。やりにくい」


 装甲車は各種センサーでスモーク越しに射撃するが東雲はそう言うわけにはいかない。彼はサイバーサムライと違って眼球を機械化してるわけではないのだ。


「突貫!」


 東雲は銃弾、砲弾を弾きながら突き進み、装甲車に一気に肉薄する。


「覚悟──」


 そこで装甲車から近接防衛用のサーモバリック弾は発射された。


「クソッタレ! この野郎!」


 東雲は片腕を吹き飛ばされ、内臓を潰されながらも、血を注ぎ込んだ“月光”を振るって装甲車の制御系を破壊する。


「残り3台!」


 次の装甲車に東雲が向かう。


「2体目」


 セイレムもアーマードスーツのグレネード弾と重機関銃の射撃を回避し、斬り落としながら、アーマードスーツに肉薄して超高周波振動刀でアーマードスーツを切り裂く。


 アーマードスーツが引き裂かれ、高圧電流が火花を散らしながらショートし、破壊された残骸が転がる。


「まだまだ暴れられるぞ。そっちはどうだ?」


「クソみたいに暴れてやるよ! 全部ぶち壊してやる!」


 セイレムが尋ねるのに、東雲が叫び返した。


「じゃあ、パーティーを続けようか?」


 セイレムは余裕の笑みを浮かべて、立ちふさがるアーマードスーツを見た。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る