調査//六大多国籍企業

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 ──調査//六大多国籍企業



 ベリアとロスヴィータがマトリクスに潜っている間、東雲と八重野は彼女たちを警護することになった。


 自宅への侵入は各種センサーとカメラでベリアにすぐに伝わることになっているが、東雲が恐れているのは外から対戦車ロケットなりなんなりを叩き込まれることだった。


 以前メティスは対戦車ミサイルどろこか、戦車まで持ち込んでいる。


「さて、と。ちいと情報収集に向かおうかね」


「む。どこかに行くのか?」


「ああ。情報屋に会ってくる」


 東雲はそう言って家を出る。


 アパートには万が一のためのリモートタレットも装備されている。


「私も同行していいか?」


「いいぞ。だが、暴れないと約束しろ」


「約束する」


「よろしい」


 東雲はそう言って、TMCセクター13/6の街を八重野と歩く。


「しかし、六大多国籍企業ってのもよく分からない連中だよな」


「何が分からない? 連中は金の飢えた鮫どもだ」


「そうことは分かっているんだよ。分からないのは、連中の中身だ。どいつがどういう企業で、どのようなことで利益を得ているか」


「ジェーン・ドウに雇われているのに知らなかったのか」


 八重野が少し呆れたようにそう言った。


「大井とメティスについては分かるぜ。大井は何でも屋だ。いろいろな業種の企業がくっついた企業複合体コングロマリット。確か、ロジスティクス系の業界から進出したんだよな?」


「そう。大井は大井海運から発展した。長らくロジスティクスと言えば大井だった。だが、大井はただ海運業だけをやっていたわけではない。大井海運は民間軍事会社PMSCとして日本海軍の補給任務を請け負っていた」


「そして、そこからいろいろな方向に広がった、と」」


「金融、IT、重工業、医療。何でもやるようになった。ただ、ナノテクと人工食料においてはシェアを握れていない」


「そして、そのシェアを担うのがメティス。メティスはナノマシンと食い物を作っている企業。だろ?」


「メティスは人工食料の流通も管理している。つまりはロジスティクスにおいても大井と一部競合している。ナノテクと人工食料についてはいうまでもなく。だが、大井はナノテクに関心があっても、人工食料についてはあまり関心がない」


「食い物作っても儲からないのかね……」


「握っているシェアの違いだ。メティスはもはや市場で確固たる基盤を握った。それを奪い取るのは面倒なことだ」


「昔は一般向けパソコンのオペレーティングOシステムSがどれも同じだったようなものか。人工食料と言えばメティスってわけだ」


 八重野と東雲はそういう会話をしつつ、セクター13/6の街を繁華街に向けて進む。


「で、他の企業はどうなんだ? 確か六大多国籍企業ヘックスってのは大井、メティス、アロー、アトランティス、トート、HOWTechの6つのグループだろう」


「そうだな。私も専門家ではないが一通は知っている」


「じゃあ、教えてくれよ」


 東雲がそう言って八重野の方を見る。


「アローは北米の重工業シェアを握っている企業から発展した。昔ながらの軍産複合体を成す企業だったが、アメリカが軍縮を始めると様々な業界に進出していった。資源開発系の企業からIT企業まで」


「こいつも何でも屋か」


「まあ、大抵のことはやっている。六大多国籍企業というのは何でも自分たちでやりたがる。いや、儲かる事業に手当たり次第に投資して、併合していくことでそうなっているだけか」


「政府はどんどん民営化して小さくなってるのに企業はデカくなる、か」


 とんでもないご時世だぜと東雲が愚痴る。


「そして、アトランティスは資源開発系企業とインフラ企業からスタートした企業だ。昔はアメリカに拠点を置いていたが、アフリカへの投資を巡ってアメリカ政府と揉めて、イギリスに本社を移した」


「アメリカ政府と仲が悪いのか?」


「今は改善しているそうだ。それでアメリカ大陸の重工業シャアを巡ってアローと揉めている。大井とはアフリカ開発を巡って競合し、メティスとはナノマシン開発を巡って競合。何かときな臭い企業だ」


「ふむ。確かにきな臭い感じの企業だな。大井との関係も悪いとなると、あんたのジョン・ドウの所属企業候補じゃないか?」


「それも考えたが、大井も大井で敵が多い。それにあなたのジェーン・ドウが必ずしも大井の所属とは限らないだろう?」


「まあ、そういうことになってるな」


 だが、間違いなく東雲のジェーン・ドウは大井の所属だろう。


「トートってのはあまり名前を聞かないけど、どんな企業なんだ?」


「ドイツに本社があるがフランス系資本も入っている資源開発系企業と重工業をベースにスタートした企業だ。冷戦終結後、フランスが一時期担っていたアフリカの憲兵の役割と引き継いだと広報は言っている」


「実際は……」


「軍事産業として兵器供給をコントロールしながら、アフリカの征服に野心を燃やす企業だ。その点ではアトランティスとも大井とも揉めている。最近では統一ロシアと手を組もうとしているという話だ」


「戦争屋と資源屋の組み合わせってのは最悪だな。性質が悪い。資源目当てに戦争っていう古典的な悪行もやってるのかね……」


「その話はよく聞くが、後進のアトランティスや大井と違ってトートには元からあった政治的基盤がある。揉め事を起こすよりも、地域が安定している方がトートにとっては利益であり、そうなるように兵器供給をコントロールしている」


 らしい、と八重野は語った。


「最後のHOWTechだが、これは産業用ナノマシンに関してはトップだが、他はぱっとしない企業だ。医療用ナノマシンのシェアを巡ってメティスを追いかけている点を除けば、他の六大多国籍企業とも友好的だったりする」


「それでも六大多国籍企業なのか」


「ああ。産業用ナノマシン関して言えばトップであり、今の産業においてナノマシンが必要ないものなどないぐらいだかな。様々な企業にナノマシンを供給している」


 それからかつての英連邦の国家に出資するのを好んでいると八重野は説明した。


「そういうのも前のジョン・ドウに教えてもらったのかい?」


「ああ。いろいろと教えてくれた。あれから状況が変わったところもあるだろうが、前のジョン・ドウは六大多国籍企業は巨大であるが故に、そう簡単に戦略方針を転換しないと言っていた」


「図体がデカくて動きが変えにくいってことか?」


「いや。それこそ投資額が桁違いだから、ひとつの市場やひとつの事業から回収すべき資産が多すぎて、撤退や方針転換するよりも今の状況のまま市場に留まる方がメリットがあるそうだ」


「そいつが図体がデカくて動きにくいってことじゃないのかね」


 経済はよく分からないけどと東雲は呟いた。


「それで、どこに向かっているのだろうか?」


「だから、情報屋に会うんだよ。これから行く飲み屋に情報屋がいる。お洒落なバーを想像するなよ。薄汚い場所だからな」


「ふむ。信頼できるのか?」


「情報の量は少ない時もあるが、概ね信頼できる情報だ。ベリアがマトリクスで情報を集めるのに、俺だけぼさっとしているのももったいなくてな」


 東雲はそう言ってセクター13/6の繁華街に入った。


 相変わらずネオンかけばけばしく“安価”“大衆”“歓迎”など要領を得ない文字が浮かんでいる。


 東雲は慣れたように人混みを抜け、路地に入るとそこにある小さくて小汚い居酒屋の扉を潜った。


「いらっしゃいませ、お客様」


「清水仁は来てるか?」


「清水様はいらしておられます」


「案内してくれ」


 東雲が接客ボットにそう頼む。


「こちらです」


「よう、東雲さん。また仕事ビズのための情報集めかい……」


 清水と呼ばれた男はテーブルのひとつにおり、年齢は30代ほどで、酒焼けしたガラガラ声の男だった。


 格好はセクター13/6定番のラフなスーツ。


「ああ。そんなところだ。仕事ビズの上での安全保障といったところか」


「そいつは結構。東雲さんも敵が多いからね」


「全く。難儀な仕事だよ」


 東雲がぼやくのに清水がニタニタと笑った。


「で、そっちが噂のサイバーサムライかい?」


「どういう噂かは知らないが、最近見つけたサイバーサムライはこいつだけだ」


「くだらない噂だよ。ただ、くだらない噂に値段を付けるのが俺の仕事でね」


「こいつの噂はどうでもいい」


 清水は情報屋だ。六大多国籍企業の末端から、ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングなどのセクター13/6に関係する情報を中心に集めている。


「何の情報をお求めで?」


「だから、仕事ビズの上での安全保障だ。最近、妙な動きはないか? 六大多国籍企業絡みで」


「いくら払える?」


「有力な情報には5000新円。分かってるよ、前払いだろ。端末出せ」


「悪いね」


 東雲が清水の端末に5000新円を送金する。


「まずヤクザはあんたらを恨んでないよ。王蘭玲のクリニックで暴れたようだけど、それは水に流してもらえてる。向こうもジェーン・ドウのお気に入りの駒に手出しして、六大多国籍企業に喧嘩は売りたくないらしい」


「だろうな。連中も馬鹿じゃない。ドラゴンの尻尾は踏まんだろう」


「そ。だが、六大多国籍企業となると話が違う。どうもメティスがTMCにまた仕掛けるんじゃないかって話になっている」


「クソ。またメティスか」


「あんただろ、メティスの技術者拉致スナッチしたの。メティスは相次ぐ企業亡命と研究者の事故死で苛立っている。理事会はだんまりみたいだがね」


 清水はそう言って八重野の方を見た。


「あんたも情報が欲しそうだな、若きサイバーサムライ……」


「前に私が関わった仕事ビズ。大井医療技研の技術者拉致スナッチする仕事ビズで裏にいるのは誰だ?」


「そいつについては料金を払わずとも教えてやるよ」


「誰だ?」


「分からないってことだよ」


 清水はそう言って肩をすくめた。


「あんたが全く情報を持ってないなんて珍しいな」


「あれついては俺を含めて多くの情報屋とハッカーが情報を探したさ。いい情報が見つかれば、あんたのジェーン・ドウみたいな筋に売ろうとね。だが、成果はさっぱりだ」


「六大多国籍企業の企業工作員は確認できなかった、と」


「恐らくはジョン・ドウかジェーン・ドウは最初から成果に期待してなかったんじゃないかね。最初から使い捨てディスポーザブルにするつもりだったとしか思えんような準備のなさだ」


 TMCからの脱出のための航空便は現場の人間のIDで取得されており、行先はインドだったと清水は言う。


「そりゃあ、また。行先のインドで乗り継ぎは?」


「準備されてなかった。少なくとも俺の知る限りではね。インドには確かに六大多国籍企業が進出してるし、インド政府もほぼ六大多国籍企業の傀儡政権だが、あそこには生物工学系で有名な研究所はほとんどない」


「だとさ、八重野」


 八重野は見るからに落胆した様子だった。


「まあ、何か情報が入ったら教えるよ。とは言え、今はメティスに注目しているがね」


「ああ。相手が完全に使い捨てディスポーザブルにしているなら、報復や制裁はないだろう。予定された損失だからな。今はメティスの方がやばい」


「身の回りに気を付けるんだな、東雲さん」


「そうするよ。情報、入ったらまた小遣いをやる。だが、酒は飲みすぎるなよ。ここの酒はただでさえ何が混じっているか分からないんだ」


「止められたらとっくに止めてるよ」


 余計なお世話だと言うように清水は酒のグラスを呷った。


「メティスか。どうも連中とは因縁があるな」


 東雲はそう呟いて居酒屋を出た。


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