トレーニング

……………………


 ──トレーニング



 前方から46式戦闘人形が突撃してくるのに、東雲が“月光”の刃を振るう。


「まずは1体!」


 戦闘用アンドロイドが撃破され、火花を撒き散らしながら倒れる。


 だが、そこに続いて次の戦闘用アンドロイドが押し寄せてくる。


「八重野! 背後を頼むぞ!」


「任された」


 東雲が暴れまわる背後を八重野が“鯱食い”で守る。


「ふんっ!」


 超電磁抜刀で放たれた刃が戦闘用アンドロイドを一刀両断にする。


「その調子だ。どんどんやっていこう」


 押し寄せる戦闘用アンドロイドの大群を前に東雲がそう言う。


 “月光”の刃が舞い、“鯱食い”が射出され、戦闘用アンドロイドを瞬く間に撃破していく。戦闘用アンドロイドは捻じれ、切られ、引き裂かれ、大破する。


 30体あまりの戦闘用アンドロイドが撃破されたときだ。


『演習修了』


 というアナウンスが東雲の耳に流れ、大破し、転がっていた戦闘用アンドロイドの慚愧がすっと消滅する。


「ふう。死亡回数ゼロ。いい成績じゃないか」


 そう、ARである。


 ARデバイスに訓練用の疑似体験アプリをインストールし、東雲と八重野は訓練を行っていたのである。これまで撃破されたように見えた戦闘用アンドロイドは全てホログラムに近いものである。


「切った手ごたえはするのだな」


「ああ。どういう仕組みかは分からんが切った感触はする。それでいて血を消耗しないからこいつはとんでもなく便利だ」


 実にいいと東雲は言う。


「しかし、敵の数をあまりにも多く設定しすぎではないか? 戦闘用アンドロイド30体に襲われる場面など想像できないのだが」


「いやいや。普通にあり得るからな。俺はそういう戦いを経験してkた。クソみたいに戦闘用アンドロイドが次々に現れるような戦いをな」


「ふうむ。そういうのであればそうなのだろうな」


「そうそう。そういうものだ」


 八重野が訝しげに頷くのに、東雲はこれまでの戦いを思い起こした。


 碌でもない記憶だなと東雲は思ったのであった。


「次は50体ぐらいに挑戦してみるか」


「正気か? たったふたりで50体の戦闘用アンドロイドを相手に?」


「いうだろう。こういうのでは常に悲観的に最悪を想定しろって。少なくともふたりで相手にしている時点で最悪じゃないがな。最悪はひとりで50体の戦闘用アンドロイドを相手にするような状況だ」


「そいうい状況に陥らないように行動することも大事だと思うが。だが、確かに常に最悪を想定して準備はするべきだろうな」


 東雲が肩をすくめてそう言うのに、八重野は少し考えてそう言った。


「その前にさっきの戦いの反省をしないか? 記録は残されているだろう」


「ああ。ARに記録されているな。再生ボタンは、と」


 東雲がAR上で先ほどの戦いを再生する。


「ふむふむ。なあ、八重野。お前、一撃必殺に頼り過ぎじゃないか? 超電磁抜刀が強力なことは認めるが、毎回そればかりってのは乱戦で向いてないぞ。攻撃を連続して放ち、切り抜けないと」


「そちらもだ。もっと防御に回している刃を攻撃に使うべきだ。そうすればもっと素早く、損耗する前に戦闘を終わらせられる」


「そういうものかね」


 東雲は敵を撃破するよりも、まずは身の安全を確保することの方が重要に思われた。死んでしまってはいくら敵を撃破しても意味がないのだ。


「しかし、あんたも本当に素早いし、よくあんな速度の居合抜きに耐えられるな……」


「そういう訓練を受けて来たからな」


 八重野はそう言って再生される先ほどの戦いの様子を注意深く見つめる。


「しかし、あなたも身体改造をしていないのにとんでもない反射速度ではないか。本当に身体改造をしていないのか。どこかにBCIポートがあるのではないか?」


「ねえよ。俺は筋肉を人工物に置き換えたりはしていないし、脳みそにコンピューターを接続するようにもなっていない。生まれたときから体はいじっちゃいない」


 異世界にも身体改造を行う魔術師や部族は存在したが、東雲はそういうものには頼ることはなかった。


「興味深い動きだ。反省を兼ねて一戦交えてみないか……」


「サイバーサムライって連中は常に血に飢えているのかね。どいつもこいつもむやみやたらに戦いたがって。俺は味方で殺し合うなんて不毛なことはしたくないの」


「だが、研鑽になる。決して無駄ではない」


「無駄、無駄。完全に無駄」


 八重野が反論するのに、東雲は聞く耳を持たなかった。


「むう。無駄ではないと思うのだが」


「どうしてもっていうなら、戦った後で俺とデートしてくれ」


「いいぞ」


「え? マジで?」


 冗談で言ったつもりが、八重野は本気で受け取っていた。


「それぐらいならば安いものだ。さあ、やろう」


「マジかよ。でも、待てよ。確かこのARアプリに」


 東雲はアプリの機能のひとつを起動させる。


 すると、東雲と八重野の姿がAR上に表示された。


「これでいいだろ。お互いの動きをAR上で再現して、AR上の相手と戦う。これなら危険がないし、血も消費しない」


「む。ARか。あまり気乗りしないが」


 八重野は渋々というように東雲の映像と向かい合う。


「では、いざ尋常に──」


「──勝負」


 東雲の前の八重野の映像が八重野の本体の動きをトレースして動き、八重野の前の東雲の映像がどうようの仕組みで動く。


 八重野は開戦と同時に一気に距離を詰め、超電磁抜刀を放った。


「そらよっと!」


 東雲が八重野の刃を受け止め、受け流す。


 流石の東雲ももう超電磁抜刀で怯むほどではなかった。


「いくぜ!」


 東雲が反撃に転じる。


 八重野に向けて八本の刃を向けて襲い掛かる。


「やらせん」


 八重野は巧みな剣術で東雲の“月光”の攻撃に応じ、再び攻撃を繰り出す。


 剣戟は激しく続き、アプリが攻撃を受けたかどうかの判定を行う。


「これが実戦だったら、俺は今ごろ貧血で死にかけてるぜ」


 東雲はそうぼやき、“月光”を振るい続ける。


「まだまだっ!」


 八重野は凄まじい速度で東雲の攻撃に応じ続け、攻撃を凌ぎ続けた。


「隙あり」


 東雲が一瞬に隙を突いて、八重野の首に“月光”を突き立てる。


 そこでアプリが演習修了を宣言した。


「俺の勝ちだな」


「やはりとは思ったが、勝てなかった」


 八重野は酷く落胆した様子だった。


「そう落ち込むなよ。あんたはよくやってる。俺もギリギリだった」


「勝てなければ意味はない」


「単純に勝ちたければ、それこそガトリングガンなり、グレネード弾なりを使えばいいじゃないか。どうして刀に拘るんだい……」


 東雲はふと疑問に思ってそう尋ねた。


「サイバーサムライはその名と誇りを力とする。刀で戦い、銃を持った相手に勝てれば、それだけで評価されるものだ。そして、その名声と誇りは生き残るための道具となる。私はずっと生き残るためにこの流儀を貫いて来た」


「名声も、誇りも、全ては道具か」


「そうだ。前にジョン・ドウが言うには私はストリートサムライ的なのだと。ストリートの流儀で生きる。そのため全てを道具としか思わない。そういう人間なのだと」


 だが、生き残ろうとすることは人間や他の生物の本能だと八重野は言う。


「ああ。確かに自己保存の本能はあるな。どんな生き物にも。生物は本能的に生き残ろうとする。あるいは自分の情報を残そうとする」


「情報を残す?」


「人間も他の生き物も、所詮はDNAにコードされた生き物なんだぜ。アデニン、グアニン、シトシン、チミン。これらが組み合わさって生物の構造を描く設計図になる。そして、俺たちは子孫を残すことでこの情報を残す」


「ふん。そんなことは考えたこともない。あなたは意外にインテリなのだな……」


「インテリつーか。高校で生物取ったからな。物理とかは苦手だ」


 数学も苦手だったと東雲は白状する。


「私は数学や物理を学んだこともない。学校など通っていない」


「俺だって本当は大学に進むはずだったのに、進めなかったんだぜ。まあ、とは言っても文系の大学だけどさ」


 東雲が後頭部を掻く。


「で、だ。生物は情報を残す。ある学者はDNAこそが生物の本質であり、重要なものであり、肉体というのは所詮はDNAを運ぶための道具だとか言っていたな」


「とんだ馬鹿だな、その学者は。DNAなど生きている人間は考えない。ただ腹が空けば飢えに苦しみ、寒ければ寒さに苦しみ、痛めつけられれば痛みに苦しむ。それが情報を残すための道具だと?」


 くだらないと八重野は吐き捨てる。


「あんたがストリートで生き残ろうとしたのは苦しみから逃れるためかね……」


「ある意味ではそうだ。苦しみから逃れようと藻掻き、そして何とか抜け出せた。そう思っていたら、今度はジョン・ドウに使い捨てディスポーザブルにされた。私は苦しみから逃れるために、また藻掻かなければならない」


「人生ってのは苦しみの連続だからな」


 東雲はふと異世界で死にかけていたころの自分を思い出す。


 思えばあのときの自分の心情は実にストリート的だったのではないかと思う。やみくもに生き残ろうとし、殺しも何も厭わなかった。


「情報を残すことなんてくだらないことをストリートでは考えていられない。ただ、ひたすらに苦しみから逃れようとするだけだ。飢えから、寒さから、痛みから、ただただ逃れようとする」


「そして、ひとつの苦しみを乗り越えたと思えば次の苦しみが来る」


「ああ。その通りだ。苦しみは終わらない。生きている限り。だが、死ぬというのは最大の苦しみであり、屈辱だ。私はそう簡単には死ぬつもりはない」


 八重野の表情はストリートを生き抜いて来た人間のそれであった。


「あんた、生まれはどこなんだい……」


「ロサンジェルス。もっとも、そう伝えられているだけだ。前のジョン・ドウから。本当の年齢も、出身地も、両親の名前も、私は知らない」


「いつからストリートに?」


「話すと長くなる。今日をお喋りで終えるのであれば、私のくだらない人生について語ってもいい。どうする?」


「そうだな。まずは家に帰ろう。それから茶でも飲みながらのんびり話そうぜ」


 東雲はそう言ってセーフハウスである倉庫から自宅に戻り始めた。


 東雲の後について八重野が進む。


 荒れているTMCセクター13/6。


 建物は無許可で乱造され、壁に落書きが記された建物も数多ある。


 多くの落書きはここが誰の縄張りであるのかを示すもので、東雲はここはどのヤクザの下っ端が縄張りにしているんだっけと思いながら進む。


「さて。俺の部屋で話そう。合成品だけど紅茶がある」


「紅茶も好きだ」


「苦手なものは?」


「好き嫌いが言える立場ではない」


「そうかい」


 自宅に帰った東雲は電気ポッドでお湯を沸かし、紅茶を淹れた。


「さて。話を聞かせてもらおう」


……………………

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