スナッチ//フィナーレ
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──スナッチ//フィナーレ
ベータ・セキュリティ側の追跡は完全に撒けたらしく、追手が来る様子はない。
「とりあえずは一安心だ」
東雲は追手がこないことからそう言った。
「あんた、AI研究に携わっていたんだって? AIと結婚するような人間だしな」
「C-REAは世間で言われているほど、劣ったAIではない。C-REAには知能がある。確かに彼女は限定AIとしての機能しか持っていない。ELIZAと似たような存在だ。だが、その言葉には、魂が籠っている」
「魂ってのは生得的言語獲得能力がないと得られないものなんじゃないか……」
「比喩表現だ。私は彼女から自我を感じることができるし、彼女は私とのコミュニケーションを続けていく間に、段々とボキャブラリーが増え、成長していっている。彼女は今や立派なレディだよ」
「あんたは本当に変人だぜ」
自律AIならともかく、限定AIと結婚するだなんてと東雲が言う。
「限定AIって結局は接客ボットに積んであるAIと同じようなものだろ? あんたは接客ボットと結婚するのか?」
「本物の女性よりもそっちの方が魅力的ならばね。実際C-REAはそこらの無学な女性たちよりも遥かに博識で、話が会うんだ。それに彼女は私を束縛するようなことはしない。とてもいいパートナーじゃないか」
セオドアはそう誇らしげに語った。
「変人だな。だが、それより気になるのはあんたの経歴だ。あんた、白鯨に関わっちゃいなかったか……」
「ERISのことか。ああ。少しだけ関わった。あの狂えるオリバー・オールドリッジが主導権を握るようになるまでは、ね」
「狂えるオリバー・オールドリッジか。確かにあいつは狂人だった。AIを神にしようなんてどうかしていた。だが、あんたはどの段階まで計画に関わったんだい……。ホムンクルスを蟲毒の儀式に使うところまで……」
「ああ。その段階に私もいた。だが、もう完全にオリバー・オールドリッジが狂っていると分かってから、研究から降りて、それからはまた脳神経系ナノマシンの開発に戻ったよ。あの男はどうかしていた」
苦々しくセオドアが語る。
「白鯨に、魔術に関わっていたのか?」
「あ、ああ。少しばかりだが。魔術なんてこの世には存在しないものだとばかり思っていたよ。あの時までは」
「これに見覚えはあるか?」
そういうと八重野が突然上着を脱ぎ始め、背中の魔法陣を露にする。
「いや。どうだろうか。私が見たことのある魔法陣とは異なる気がする。だが、確かにこのような感じの魔法陣は見たことがあるような」
「どうなんだ?」
「分からない。私はそこまで詳しく魔術に首を突っ込んだわけではないし、今のメティスは白鯨事件のせいで内部粛清と企業亡命が相次いでいる」
だから、私の警護もあれだけ厳重だったのだとセオドアが言う。
「メティスが……」
「ああ。白鯨事件の責任問題となって、かつてのプロジェクトリーダーや関係者が内部粛清で殺されるか、殺される前に企業亡命している。私も危ういところだった。幸い、私は脳神経系ナノマシンの開発に移ったから無事だったが」
「そりゃ大変だな」
メティスは思った以上の混乱状態らしい。
確かに白鯨事件の件で世界が滅びかけたのだ。その責任を誰かが取らされるのは当然のことと言えた。
だが、全ての元凶であるオリバー・オールドリッジが既に自殺し、ロスヴィータは企業亡命済みである。ついでに言うならば、セイレムたちもメティスから去った。
今のメティスの混乱のしようは、そういう責任を巡ってのものだろうかと東雲は考えた。誰が腹を斬るのか。
「本当に私のこの背中の魔法陣を見たことはないのか?」
「魔法陣というものを多く見てきたが、私には区別がつかない。規則性はあるようなのだが、その規則性を理解する前に私は研究から離脱している」
「クソ。やはり、メティスが」
八重野が悪態をつく。
「落ち着け、八重野。その魔法陣は白鯨のものとは違う。俺とベリア、ロスヴィータが断言できるんだ。そいつは別系統の技術で作られたものだ」
「しかし、分からないだろう? メティスには魔術を研究していたという点において、他の
「だがな。根本から違うんだ。メティスとお前にかけられた呪いでは」
数学の成績を上げても、現国の成績は上がらないだろうと東雲は言う。
「だが、メティスは第一容疑者だ。私のジョン・ドウの所属していた企業かもしれない。一番可能性があるのはメティスだ」
学問という点では数学も現国も同じだろうと八重野は言い、上着を戻した。
「おっと。不味いぞ。今になって送りオオカミがやって来やがった」
後方から軍用四輪駆動車が接近していることに東雲が気づいた。
大井統合安全保障ではない。ベータ・セキュリティだ。
「ベリア。連中の兵器は全て制御を奪ったんじゃないのか?」
『スタンドアローンにしていた奴があったみたい。こっちからはどうにもできない。けど、監視システムを調べたところ、追って来ているのは2台だけ。どうにかして!』
「あいよ」
東雲が運転をベリアに完全に任せて、“月光”を手に軍用四輪駆動車の上部ハッチから顔を出す。
「だ、大丈夫なのか? 連中は恐らく私を他の六大多国籍企業に渡すぐらいなら殺せという命令が出ているはずだ」
「そのことはこの前身に染みて分かったよ。あんたは守る。安心しろ」
セオドアが怯えるのに東雲がそう言う。
「私も手伝う」
「おいおい。あんたは俺のような飛道具を持ってないだろう?」
「それでもできることはある」
八重野はそう言うと当然扉を開き、隣を走行中だったトラックの荷台に飛び乗った。
「な、何やってるんだ、お前!?」
「こっちはこっちでできることをする! 伊達にサイバーサムライをやっていたわけではない!」
「死ぬなよ!」
「もちろんだ!」
八重野は車から車に飛び移っていき、ベータ・セキュリティの軍用四輪駆動車に迫る。ベータ・セキュリティの軍用四輪駆動車は加速し、自動小銃で東雲たちの乗る軍用四輪駆動車を銃撃し始めた。
「やってくれるぜ」
東雲は月光を高速回転させてそれを防ぐ。
「敵のサイバーサムライが向かってきているぞ! 上だ!」
「なんだって!?」
そこでベータ・セキュリティのコントラクターたちが次々と車の上を飛び乗って向かって来る八重野に気づいた。
「対戦車ロケットを使え!」
「了解!」
対戦車ロケットが八重野の飛び乗ろうとしている車に向けられる。
「させるかよ!」
東雲の射出した“月光”が対戦車ロケットを構えたベータ・セキュリティのコントラクターの首を刎ね飛ばし、対戦車ロケットの狙いが逸れて上に向けてロケット弾が飛び、車内にバックブラストが撒き散らされる。
高熱のバックブラストが軍用四輪駆動車の車内にいる人間を焼き殺し、そのままベータ・セキュリティの軍用四輪駆動車は車道から外れて対向車に衝突する。
「気を付けろ! 敵の武器は遠距離攻撃可能だ!」
「どっちを先にやればいいんです!?」
「こっちに近い方だ!」
その時すでに八重野は2台目のベータ・セキュリティの軍用四輪駆動車に迫っていた。銃口が一斉に八重野に向けられる中、八重野が突っ込む。
「はあっ!」
上部ハッチから顔を出していたベータ・セキュリティのコントラクターの首が刎ね飛ばされ、それから運転席の男に向けてルーフからヒートソードが突き立てられる。
ベータ・セキュリティの軍用四輪駆動車は蛇行を始め、八重野は素早く別の車両に飛び移る。ベータ・セキュリティの軍用四輪駆動車はガードレールを突き破り、高架下に落下していった。
「ナイスだ、八重野。だが、無茶をするな」
車を伝って戻って来た八重野に東雲がそう言う。
「無茶はしていない。できることをやっただけだ」
そう言って八重野ははあとため息を吐く。
「生き延びるのに必要なのはその場で可能なことを常にやることだと教わった。──前のジョン・ドウからな」
「随分と面倒見のいいジョン・ドウだったんだな……」
「ああ。まさか私も今のジョン・ドウになって
そう言って八重野がセオドアを見る。
「奴ら、お前を殺すつもりだったぞ。あの爆発を見ただろう。私を狙っていなかったら、この車両を狙っていただろう」
「私も所詮は
セオドアはそう呟いて頭を抱えた。
「今度の雇い主はあんたに賭けてるらしいから、もう
「ああ。気を付けよう」
セオドアはそう言ってTMCの景色が変わっていく外の様子を眺めた。
セオドアは特に抵抗せず、そのままベリアのリモート運転する軍用四輪駆動車はセクター10/3にある工場跡地に入った。
「遅いぞ」
「悪うございました」
ジェーン・ドウがいつものように不機嫌そうなのに東雲がそう返す。
「ほら。
「チェックしろ。論理爆弾が仕組まれている可能性もある」
東雲はジェーン・ドウが言う論理爆弾が何のことかは分からなかったが、前に呉がメティスの技術者が
その時はBCI接続していたアトランティスの技術者全員が死亡したらしいから、そういうものなのかもしれない。
「論理爆弾確認できず」
「バイオウェアの類もありません」
セオドアのBCIポートに接続したモニターを見た技術者とスキャナーを持った技術者がそれぞれ報告する。
「メティスは完全に裏をかかれたというわけか。それはそれで困ったことになるな」
「どうしてだ? あんたらは技術者を手に入れられただろう?」
「向こうが奪わられると想定しなかった技術者をな。向こうはそれこそ必死になって奪還するか、殺害を試みるか、こちらへの報復を試みるだろう」
困ったものだとジェーン・ドウが呟く。
「流石にそいつは俺たちの
「いずれ、
「どうも」
東雲はこれから碌でもないことが起きそうだなと嫌な予感を感じた。
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