スナッチ//実行

……………………


 ──スナッチ//実行



「さて、準備はいいかい?」


『オーケーだ。配置についた』


 ベリアがマトリクス上のインペリアルホテルTMCの構造物を前にするのに、現地にいる東雲がそう言って返す。


「では、始めようか」


 ベリアは対限定AIのアイス用のアイスブレイカーを手にする。限定AIに効果的なパラドクストラップと相手のアイスの反応速度に合わせて、通信負荷を掛け、エラーを吐かせる機能のあるアイスブレイカーだ。


「それから管理者シスオペAI制圧用のワーム。準備万端。さてさて、始めるとしましょうかね!」


 ベリアはインペリアルホテルTMCの構造物に向かう。


「こっちも始めるよ」


 ロスヴィータも配置についていた。


 彼女の担当はベータ・セキュリティの保有する装備を暴走させること。


「アイスブレイカー浸透中……。よし、到達した。さあ、制御を握らせてもらうよ」


 ロスヴィータがベータ・セキュリティのアイスを抜き、戦闘用アンドロイドから、警備ドローンに至るまでの全ての装備の制御系を掌握した。


 そして、それらが一斉にベータ・セキュリティのコントラクターに牙を剥く。


「通信を傍受。彼ら、上手い具合に混乱してくれたみたいだよ。そっちはどう?」


「いける。ベータ・セキュリティのコントラクターがほぼ全員外に出た。中に残っているのは1個小隊規模。このままインペリアルホテルTMCへの物理的なアクセスを閉鎖してしまう、と!」


 ベリアが掌握したインペリアルホテルTMCの出入り口を封鎖する。


 既に東雲たちは中にいる。


「邪魔が来ないように閉鎖しながら東雲たちを誘導。インペリアルホテルTMCにリモートタレットの類はないからできるのはここまでだ」


「装備の制御系を電磁パルスガンで焼き切っている。急がないとベータ・セキュリティのコントラクターが突入してくるよ」


「東雲! なるべく急いで! 脱出のための準備も進めてるから!」


 ベリアが東雲にそう呼びかける。


『あいよ!』


 場がフリップする。


 東雲たちはインペリアルホテルTMC内の混乱を聞きながら、最上階を目指してエレベーターに乗り込んだ。


 ベリアたちは電子デジタル突入ブリーチが仕事。


 東雲たちは物理フィジカル突入ブリーチが仕事だ。


「ベリア。エレベーターに乗り込んだ」


『了解。今、プレジデンシャルスイートまでご案内するよ!』


 通常、最上階のプレジデンシャルスイートに向かうにはIDかカギが必要だ。それをベリアがハックして、最上階までの道を切り開いた。


『通信を傍受。ベータ・セキュリティ側は急いで目標パッケージ──セオドアのところに向かおうとしている。エレベーターは東雲が乗っている奴以外全て停止させたけど、非常階段はロックできない。急いで!』


「了解」


 エレベーターがプレジデンシャルスイートに到着する。


 プレジデンシャルスイートは階層丸ごとがひとつの部屋だ。


 当然、残された1個小隊のベータ・セキュリティの部隊もそこにいる。


 だが、部屋は暗闇に閉ざされている。


「ベリア。照明設備は破壊したのか?」


『回復させられるよ』


「身体能力強化より暗視装置の方が性能がいい。つけてくれ」


『オーキードーキー』


 照明が一斉に点灯する。


「八重野。目標パッケージは殺すなよ?」


「分かっている。それ以外はいいのだな」


「ああ。派手に殺せ!」


 東雲たちが一気にプレジデンシャルスイートを進む。


 早速銃撃での歓迎が行われる。


「“月光”!」


 東雲は“月光”を展開し、銃弾を弾きながらベータ・セキュリティの部隊に向けて突撃する。七本の月光の航続回転に守られて、東雲と八重野が敵に肉薄する。


「畜生! 相手はサイバーサムライが2名だ! 繰り返す、敵はサイバーサムライが2名! 応援を求める!」


『現在、ホテル正面の扉を解体中! それまで持ちこたえろ!』


 無線が飛び交い、東雲がベータ・セキュリティの部隊の眼前に迫った。


「ミンチにしてやるぜ」


 東雲は盾として回転させていた“月光”を武器として突っ込ませる。


 ベータ・セキュリティのコントラクターたちの首が刎ね飛ばされ、一瞬で4名の命が刈り取られる。


「一閃」


 八重野が“鯱食い”を超電磁抜刀し、ベータ・セキュリティのコントラクターたちを切り裂いていく。


「撃て! 撃て! 相手を近づかせるな!」


「サイバーサムライが相手なんて聞いてないぞ!」


 周囲は死体が積み重なり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していく。


『正面扉突破! 今、救援に向かう!』


『東雲。悪いニュース。外にいたベータ・セキュリティの部隊がホテルに突入した』


 ベリアがそう言って来る。


「ああ。幸い、こっちは片付いた」


 1個小隊のベータ・セキュリティの部隊は壊滅していた。


「さて、と。八重野、いい連携だったぜ」


 東雲が正面で駆け抜ける間、側面や背後を的確に八重野が押さえていた。


「役に立てて何よりだ」


 これぐらいで恩は返せないがと八重野が言う。


「さて、目標パッケージを掻っ攫ってさよならだ」


 東雲たちはプレジデンシャルスイートの豪華な内装の中を進む。


『東雲。目標パッケージは寝室にカギをかけて立て籠もっている。今、カギを開錠するから、待っててね』


「あいよ」


 東雲たちは施錠された寝室の前に立つ。


『開錠』


「オープンセサミ」


 東雲が扉を蹴り開ける。


「ひっ! な、なんだ、君たちはっ!?」


 ジェーン・ドウから渡された顔写真通りの男──セオドア・M・マクレガーがその寝室にはいた。


「あんたに用事にある人間だよ。一緒に来い」


「こ、断る! 私は企業移籍をするつもりはない!」


「そうかい。じゃあ、こいつを使わないといけないな」


 東雲がリュックから小型の電磁パルスガンを取り出す。


「脳みそに埋め込んだデバイスごと、あんたの嫁さんを焼き切るぞ」


「なっ! C-REAを傷つけるつもりか!?」


「そのC-REAって限定AIがあんたの嫁さんだろ。そいつを殺されたくなかったら、大人しくこっちの指示に従うのが得策だぜ」


「くうっ! 妻を殺させるわけにはいかない。だが、私がこんな形で企業移籍すれば、メティスが報復に出るぞ。そもそも君たちはどこの六大多国籍企業ヘックスに雇われている?」


「知らんよ。俺たちはただの使い走りだ」


 さあ、来いと東雲が促す。


「分かった。従う。その代わり私と妻の身の安全を保障してくれ」


「あんたが大人しくしてるなら害は与えないよ」


 東雲はそう言ってリュックに電磁パルスガンを仕舞い、セオドアの手を掴むと、脱兎のごとくエレベーターに向かった。


『東雲。いつでも戦闘可能なようにしておいて。エレベータ―ホールにベータ・セキュリティの部隊がいる』


「了解」


 東雲は“月光”を展開して、銃撃戦に備える。


『エレベーターがひとつだけ動いているぞ』


『友軍か? 発砲は警戒して行え』


 ベータ・セキュリティの部隊の無線が東雲にも聞こえてくる。ベリアがベータ・セキュリティの無線を盗み聞きしているのだ。


「さあ、パーティータイムだ」


 東雲はセオドアを後ろに下げ、エレベーターの扉が開く瞬間を待つ。


「扉が開くぞ!」


「射撃、待て! 射撃、待て!」


 エレベーターの扉が開いた瞬間、2個小隊規模のベータ・セキュリティのコントラクターが銃口を東雲たちに向けてくる。


「八重野! 突破だ!」


「ああ!」


 東雲たちは“月光”を盾にして突破を図る。


「警護対象が一緒にいる! 警護対象を連れて行かせるな!」


「警護対象に当たっても構わん! 撃て、撃て!」


 ベータ・セキュリティのコントラクターたちは非常事態の場合にはセオドアを殺害する許可も得ていたらしく、容赦なく銃弾を叩き込んでくる。


「どうやらメティスはあんたをこのまま使い捨てディスポーザブルにするつもりのようだぜ」


「なんてことだ!」


 セオドアが叫び、銃弾の嵐の中を東雲と八重野が暴れまわる。


「八重野! 側面を頼む!」


「了解した」


 東雲が裏口に向かって突き進むのに、八重野がその側面に回り込んだ敵を切り裂く。


 ふたりの連携は呉と一緒のときと同じくらいに相性がよかった。


 東雲たちはベータ・セキュリティのコントラクターを殲滅しつつ、脱出に向かう。


「ベリア。外に出る。裏口を開けてくれ。今のところは予定通りだ」


『了解。足も準備してあるよ』


 裏口の非常用のシャッターが開き、カギが開錠される。


 そこで裏口からベータ・セキュリティのコントラクターたちが現れた。


「おい! ベリア! 裏口にも敵がいるぞ!」


『やられた! 熱光学迷彩を使ってたんだ! 探知できなかった!』


 次の瞬間銃弾が東雲の肩と腹を貫く。


「やらせん」


 だが、八重野が前に出て、超人的な反射速度で銃弾を躱しながらベータ・セキュリティのコントラクターたちに近づき、切り捨てた。


「すげえな、あんた。あの銃弾の中を」


「まあ、やれないことはない」


 突入してきたベータ・セキュリティのコントラクターたちを切り捨てた八重野は、ヒートソードの血が蒸発する音を立てさせながら、刀を鞘に収めた。


「このままとんずらだ。送りオオカミが来るぞ」


 東雲は既に身体能力強化で傷を回復させており、八重野に続いてセオドアを連れてインペリアルホテルTMCの外に出る。


 ホテルの裏口には破壊された戦闘用アンドロイドや警備ドローンが散らばっており、そこからクラクションの音を響かせて軍用四輪駆動車が飛び出て来た。


『東雲! 足だよ! さあ、乗って! ベータ・セキュリティのティルトローター機が接近してるってロスヴィータが言っているから!』


「はいはい。八重野、こいつが逃げないようにしておいてくれ」


 東雲は後部座席の扉を開け、八重野がセオドアを放り込み、それから八重野が乗り込む。そして、東雲が運転席に乗り込んだ。


『飛ばすよ! 怖い、怖い、送りオオカミが来るからね!』


 軍用四輪駆動車が走り出し、物凄い速度で駆け抜けていく。


「このままセクター10/3までとんずらだ」


 東雲はそう言って後方でローター音がするのを聞いた。


 だが、既にインペリアルホテルTMCからは遠く離れている。


……………………

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