スナッチ//計画
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──スナッチ//計画
「
東雲が自宅のダイニングテーブルをベリア、ロスヴィータ、八重野と囲んでそういう。今回の
「まずは警備の制圧。警備の規模にもよるけど、何にせよ警備を制圧しないことには、メティスも技術者を差し出したりはしてくれないと思うよ」
「警備の制圧か。まずは敵の警備の規模について知らないとな」
「それなら私とロスヴィータで調べておく。このTMCで大井統合安全保障以外の
「頼んだ」
まずは敵の警備規模の把握。
「ホテルの電子的な制圧は?」
八重野がそう尋ねる。
「できると思うよ。だけど、TMCセクター4/1でしょ? ちょっと手こずるかもね。軍用並みと言わなくても、そこそこの
八重野の問いにロスヴィータがそう言う。
「いいや。行けるよ。今の私たちは白鯨と戦った経験と知識があるんだ。なんなら敵の民間軍事会社の装備をハックすることすらできると思う」
「マジかよ。それは是非ともお願いしたいな」
そうすればずっと仕事はやりやすくなる。
「とりあえず、マトリクスで情報収集。7日はあるんでしょう?」
「ああ。だが、逃がしたら不味い」
「オーキードーキー」
ベリアはマトリクスに潜る。
まず探すのは大井統合安全保障に提出された民間軍事会社の行動スケジュール表。これを探すのは簡単だった。
ちょっと潜れば誰にでも見れる場所にそれは置かれていたのだ。恐らくは大井統合安全保障が他の民間軍事会社の行動を快く思っていないことの表れだろう。
「担当はベータ・セキュリティ。人員は2個中隊規模。戦闘用アンドロイドと装甲車、警備ドローンを装備、と」
ベータ・セキュリティはアメリカの民間軍事会社で、主にメティスために働く人間たちだ。オービタルシティ・フリーダムに配置されていた警備ボットや警備ドローン、半生体兵器も元々はこの会社のもの。
「さて、次は目標のより詳細な
ベリアはマトリクス上に漂っていたジャバウォックとバンダースナッチを呼び出す。
「何の御用なのだ、ご主人様?」
「この人物の
「了解なのだ」
ジャバウォックとバンダースナッチが再びマトリクスを泳ぐ。
「さて、と。私は私で情報集めますか」
ベリアはBAR.三毛猫を訪れる。
最近は目立った事件もなく、流行りのアイスブレイカーやゲームの話で盛り上がっている。未だに白鯨事件のことを追及しようとする人間がいるが、
ベリアは真っすぐジュークボックスに向かい、技術者の名前で検索を行う。
「セオドア・M・マクレガー、と」
すると数件のログがヒットした。
「“人とAIの結婚について”。ふむ。変人であるとは聞いていたけれど」
ベリアはログを問題の位置で再生する。
『基本的に問題となるのは相手との合意の問題だ。性的マイノリティと呼ばれる人間でも、対象は成人し、対等な立場で合意が取れる関係にある。で、限定AIと人間との間で合意が取れるかだが』
ドット絵のゲームキャラのアバターがそう言う。
『とれねえんじゃねえの? 限定AIは所詮限定AIだ。メティスのAI技術者であるセオドア・M・マクレガーって男が限定AIと結婚するって話になったとき、裁判所は認めなかった。だから、勝手に挙式して、勝手に結婚したことにした』
スポーツマンガのキャラのアバターがそう返す。
これがセオドアの話題かとベリアは注目する。
『限定AIの思考力なんてたかが知れているだろう。幼稚園児の方がまだ賢いかもしれない。とてもじゃないが平等な立場で合意が取れる相手だとは』
『セオドアの裁判の争点もそこだったな。セオドアは奴の開発したAIには成人した人間並みの判断力があると主張した』
『それはもうチューリング条約違反だろ』
『確かにな』
ドット絵のアバターが頷く。
『それでもセオドアは奴の限定AIにはチューリング条約に違反する自律性はなく、それでいて価値判断や成熟性において成人した人間と同じだと主張している。限定AIが本当にそこまでのものを持てるのかは不思議だが』
『ひょっとして自律AIなんじゃないか?』
『だとしたら、こいつはAI法違反で刑務所行きだ。なんたって、その限定AIを
『マジかよ。世の中、とんでもない変人がいるもんだな』
『でも、自律AIに関する法律が緩められたら、俺たちも二次元の子と──』
そこで関係ない方向に議論が進み始めたのでベリアはログを終了した。
「ふむ。脳埋め込み式デバイスに限定AIを格納しているのか。それはちょっとした脅しには使えそうだな」
電磁パルスガンがあれば目標の愛する限定AIを消せると脅せる。
「それから目標のホテルについて」
ベリアはBAR.三毛猫をログアウトして、マトリクス上で目標のホテルを探る。
目標のホテルはすぐに分かった。TMCセクター4/1にある高級ホテル“インペリアルホテルTTMC”だ。
「
ベリアはインペリアルホテルTMCのマトリクス上での構造を把握していく。
追跡エージェントなし。ブラックアイスなし。限定AIによる
「ご主人様。セオドア・M・マクレガーについての情報を集めてきたのにゃ」
「こいつは相当な変人なのだ。限定AIに遺産贈与を決めていて、遺産の管理財団まで設立しているのだ。それも恐らく遺産は相当な金額になるのだ。どうかしているとしか思えないのだ」
「それから暗所恐怖症で常に明かりをつけていないとパニックを起こすそうなのにゃ」
ジャバウォックとバンダースナッチがそう報告する。
「宿泊先の部屋は分かった?」
「分かったのだ。インペリアルホテルTMCの最上階のプレジデンシャルスイート。そこに警備の人間と宿泊しているのだ」
「よくやったね」
ベリアはインペリアルホテルTMCの見取り図を検索エージェントに探させる。
そして、手に入った見取り図からどのように
「暗所恐怖症ということは照明設備破壊はありかな」
護衛対象がパニックを起こせば、警護部隊も混乱するだろう。
「東雲は身体能力強化で暗視ができるはずだけど、八重野の方はどうなのかな……」
まあ、一時的に暗くするだけでも効果は見込めるだろうがとベリアは呟く。
「さてさて、ジャバウォック、バンダースナッチ。外から見える範囲でいいから、インペリアルホテルTMCの構造を把握しておいて。特に限定AIの
「了解なのにゃ」
残りの仕事はジャバウォックとバンダースナッチに任せるとベリアはマトリクスから一時的にログアウトした。
「──だから、まだ決まったわけじゃないんだよ」
「それでも可能性はあるのだろう!?」
ベリアがログアウトすると東雲と八重野が言い合っている声が聞こえて来た。
「どうしたのさ?」
「八重野がメティスが自分のジョン・ドウが所属していた企業だと思い込んでる」
ベリアがダイニングに顔を出すのにロスヴィータが肩をすくめてそう言った。
「ベリア。メティスのジョン・ドウについて調べられるか?」
「無理だね。ジョン・ドウ、ジェーン・ドウの類はマトリクスに証拠を残さない。基本的にはそうだ。仮に何かしらの足跡を残したとしても六大多国籍企業のいずれかを特定する方法はないと思うよ」
白鯨があれだけ暴れたのに、白鯨がメティスの作ったものだと周知されていないぐらいだからとベリアは言う。
「だとさ。メティスを恨むのは少しばかり気が早いぞ」
「しかし、白鯨というのは魔術を使っていたのだろう?」
「魔術と言っても同じものじゃない。鍋に例えれば土鍋と中華鍋ほどの違いがある。魔術にもいろいろとあるんだよ」
「だが、現状六大多国籍企業の中で魔術に手を出しているのはメティスだけだ」
「本当にそう言い切れるか? 証拠はないだろう?」
「他にどの企業が──」
東雲が宥めようとしても反論する八重野に横で話を聞いていたベリアが深いため息を吐く。
「六大多国籍企業がいつまでも魔術に対して無知であると思う? 白鯨はあらゆる六大多国籍企業を攻撃したんだよ。それなら、魔術について学ぼうって連中が出てくるはずでしょ?」
「それは……確かに」
白鯨には魔術が使われていたし、白鯨は魔術を使っていた。
腕のいいハッカーが大井データ&コミュニケーションシステムズか、あるいはメティスのオービタルシティ・フリーダムのサーバーをハッキングしていたら、そのことに気づき、その情報は六大多国籍企業に売られる。
そして、マトリクスは魔術で溢れる。
「それにね。白鯨の魔術は確かにマトリクス上では効果があった。だけど、
マトリクスで人を呪えても、
「では、私を呪ったのは白鯨とはまた別のものだと?」
「可能性としては。もっとも確かにメティスを完全に除外できるわけじゃない。メティスは魔術に真っ先に目をつけた。それによって彼らは様々なメリットを得て──白鯨事件という不祥事を起こした」
だから、そういう意味ではメティスはこれから魔術の使用に慎重になるはずだとベリアは八重野にそう言った。
「八重野。現場で暴走するようなことがあれば、俺はあんたを
「分かっている。自制はできる。
そうでなければ受けた恩を返せないと八重野は言う。
「それじゃあ、ここでひとつセオドアの
ベリアはそう言って計画を話し始めた。
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