スナッチ//アナウンス

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 ──スナッチ//アナウンス



「もしもーし! いるのは分かってるんだぞ!」


 社会科見学から14日。東雲と八重野はフリーの仕事ビズを引き受けていた。


 今日は家賃滞納の取り立てで、東雲が扉を叩いている。


「パチンコ代があるなら家賃も払えるよなー! 本当に金がないわけじゃないだろ!」


 東雲が扉の前で叫ぶのに、薄い扉の向こうでごそごそと物音がする。


「八重野! 気を付けろ!」


 東雲がそう叫ぶ。


 家賃滞納の男は窓から飛び降りて逃げようとしていた。


 だが、それを見越して裏には八重野が待機している。


 男が飛び降りて来たところで八重野がヒートソードを抜く。


「動くな。斬るぞ」


「ひっ!」


 男はそう言われて腰を抜かした。


「八重野。押さえたか?」


「ああ。押さえた」


 東雲が裏に回るのに八重野が男を刀で指示した。


「さて、家賃を払ってもらおうか?」


「……はい」


 男が渋々とチップを差し出す。


「家賃滞納5か月で500新円だが、400新円にしておいてくれるそうだ。よかったな。だが、これからもまた家賃滞納するなら、今度はもっと怖い人間が来るからな?」


「わ、分かりました」


 東雲はチップから400新円を引き出すと、チップを男に返した。


「八重野。仕事ビズは終わりだ。依頼主のところに戻るぞ」


「ああ」


 依頼主に400新円を渡し、報酬として60新円を受け取る。


「ほら。あんたの報酬だ」


「ふたりでやったのだから分割すべきでは?」


「いいから受け取っとけ。今は蓄えが必要だろう?」


「それもそうなのだが」


 八重野はそう言って東雲からチップを押し付けられた。


「さて、今日の仕事ビズはこれでお終いだ。帰るぞ」


「分かった」


 東雲たちは今日の仕事ビズを終わりにして帰宅する。


 八重野に新しい刀“鯱食い”が出来て、八重野は少し上機嫌な様子だった。


「その刀代、別に無理して返さなくてもいいんだぞ」


「そういうわけにはいかない」


 だが、借りた金は返さなければならないと思っているらしく、今は食費などを節約して貯蓄を行っているようだった。


 東雲たちとしては別に返してもらわなくてもいい金なのだが、八重野が意地になっているし、彼女が東雲たちのいうことを聞かないのは周知の事実。


「帰りに何か食って帰るか。牛丼なんてどうだ?」


「いや。私は」


「いいから。俺の奢りだ」


 東雲は何かにつけて八重野にちゃんと食事させてやろうと奢っていた。


 東雲たちは外食チェーンの牛丼屋に入る。


「いらっしゃいませ。食券をご購入ください」


 案内ボットがそう説明する。


「今日も働いたし、特盛にするか」


「私は並盛で」


 食券を案内ボットに渡すと、オーダーがなされ、すぐに牛丼がやってくる。


 大豆とオキアミ、それから化学薬品を使った牛丼は少しばかりの化学薬品臭と、肉ではないものの臭いがする。


 とは言え、3新円で特盛の牛丼が食べられるのだから文句は言えない。


「ごちそさん」


「毎度ありがとうございます。次のお越しをお待ちしております」


「ああ。またな」


 案内ボットに挨拶してもしょうがないのだが、ワンオペどころか無人化されている店では店員に礼も言えない。


 東雲は案内ボットとは言っても、礼を言われたら返したくなる。


「ジェーン・ドウから連絡だ」


「何と?」


「喫茶店で待つと。俺に来いと言っている」


「ついていってもいいだろうか? 私に関することかもしれない」


「ああ。いいぞ。ついてこい」


 ジェーン・ドウは八重野がついてきても文句は言わないだろう。


 恐らくは次の仕事ビズに八重野も動員されるのだろうから。


 東雲たちは電車を乗り継ぎ、TMCセクター6/2を訪れる。


 賑やかな繁華街の片隅にその喫茶店はあった。


「遅いぞ」


 相変わらず不満そうにジェーン・ドウは東雲たちを待っていた。


「こっちだ。ついてこい」


 そして、奥の個室に向かう。


 やはりそこには技術者が待機していて、東雲と八重野をスキャンして、盗聴器の類がないかを確認すると帰っていった。


仕事ビズだ」


 ジェーン・ドウが話を切り出す。


「メティス・バイオテクノロジーのある技術者が訪日する。富士先端技術研究所との会議のためだ。そいつは新しいナノマシンについての知識があって、脳神経技術者でもある。そいつを拉致スナッチする」


「殺しじゃないのか……」


「今回は前回とは違う。俺様たちはこの技術者の知識を必要としている。こいつの知識と技術は俺様たちが脳神経系ナノマシン分野に進出するのに欠かせない。よって拉致スナッチだ。生け捕りにしろ」


「確かに俺たちは何でもやってきたが、拉致スナッチなんて初めてだぜ……」


「お前は生まれたときから殺し屋だったのか? 殺しだって初めてがあっただろう。今回は拉致スナッチの初めてだと思え」


「ううむ。確かにそうだが」


 東雲はそう言って運ばれてきた800新円の紅茶に口をつけた。本物の紅茶だ。


「この技術者の生み出した特許でメティスは大幅に躍進した。俺様たちもその技術と知識が欲しい。そして、こいつは以前AI研究に携わっていた、と言われている」


「おい。それってまさか」


「そういうことだ」


 つまり、白鯨絡みの仕事ビズというわけだ。白鯨はいなくなった後にも影響を残しているわけである。


「私のジョン・ドウについてはどうなっている?」


 そこで八重野が唐突に尋ねた。


「あの企業亡命を企てた人間のことはまだ何も分かっていない。現場チームで生き残っているのはお前だけだ。そして、お前は何も知らないという」


 手掛かりなしだとジェーン・ドウが肩をすくめる。


「まあ、あの企業亡命については調査はしている。だが、どいつのIDも偽造されたもので、DNAデータもどこにもヒットせず。六大多国籍企業ヘックスだということは確かだが、それ以上は何も言えん」


「そうか」


 八重野はまた落ち込んだ様子だった。


「今回の仕事ビズには八重野も?」


「ああ。使え。もしかすると、お前のジョン・ドウはメティスの人間かもしれないぞ。メティスは企業亡命した坂下を奪還しようとしたのかもしれない」


 その言葉に八重野が目を光らせる。


「おい。無思慮にそういうこと言うのはやめておけよ。まだ何も決まってないだろ」


 坂下がメティスから大井に企業亡命したのは3年前じゃないかと東雲は指摘する。


「ちょっとばかり希望があった方が仕事ビズも捗るだろう?」


「あんたは嫌なやつだぜ」


 東雲がじろりとジェーン・ドウを見る。


「いや。確かにメティスが私のジョン・ドウの所属していた企業であることは完全には否定できない。マトリクスの怪物──白鯨も魔術を使っていたと聞いている」


「あれはあんたのとは違う魔術だよ」


「分からないだろう? もしかしたら、技術を高めたのかもしれない」


 その実験体に自分が選ばれた可能性もあると八重野は言う。


「技術を高めたと言ってもなあ」


 魔術を知るオリバー・オールドリッジは自殺し、ロスヴィータは東雲たちの元にいる。メティスがこれ以上魔術を追及できるとは思えなかった。


「可能性は皆無じゃないな。まあ、とりあえず拉致スナッチを成功させろ。話はそれからだ。それからは俺様が少しばかり聞き出しておいてやる」


「あんた、根拠もないのに」


「否定できる根拠もないだろう?」


 ジェーン・ドウはそう言ってにやりと笑った。


「分かったよ。仕事ビズをしましょう。ターゲットに関する情報をくれ」


「ほらよ」


 ARデバイス上で情報がやり取りされる。


 東雲のARに目標の情報が表示される。


 セオドア・M・マグレガー。脳神経系ナノマシンの最先端を進む技術者。今は富士先端技術研究所と合同研究を行っており、マトリクス上での体験を現実リアルに反映させることについて熱心。


 法的な妻子はおらず、自身が開発した限定AIのひとつを妻として結婚式を挙げたという奇妙な性格の人物でもある。


「随分な変人だな」


「変人だが、技術と知識は確かだ。確実に拉致スナッチしろ。こいつはTMC滞在中はセクター4/1のホテルに宿泊している。そこを狙え」


 まあ、どこでやるかはお前らに任せてやるが、とジェーン・ドウは言う。


「分かった。期日は?」


「奴がTMCを出るまで。富士先端技術研究所との会議の予定は7日。それまでにこいつをとっ捕まえろ。決して逃がすな。白鯨の件について、メティスには多少なりと痛い目に遭ってもらう必要がある」


「あいよ」


 東雲はジェーン・ドウに頷いて返し、席を外した。


「アップルパイ、美味かったな」


「それよりも仕事ビズだ。メティスが私のジョン・ドウの所属していた企業かもしれないのだから」


「おいおい。だから、ジェーン・ドウにそこまで期待するなって」


 ジェーン・ドウはあいつに都合のいいことしか言わないんだと東雲が宥める。


「しかし」


「しかしもだけどもなしだ。ジェーン・ドウの情報を丸のみにするな。疑ってかかれ。あんたは正直、ジョン・ドウも信頼し過ぎていたから、裏切られたんじゃないかい……」


「それは。あるかもしれない」


 そして、八重野が再び落ち込んだ様子を見せた。


「ジョン・ドウもジェーン・ドウも信頼するな。だが、奴らの回してくる仕事ビズは受ける。いつ使い捨てディスポーザブルの駒にされてもいいように備えながら、な」


 俺たちはジェーン・ドウの知らないセーフハウスをいくつも確保していると東雲は語った。いざジェーン・ドウが裏切ったときに逃げられるように、と。


「さて、確かに仕事ビズは大事だ。俺は拉致スナッチから防衛する側に回ったことはあるが、逆はない。八重野、あんたはどうだい……」


「私の仕事は主に敵を斬ることだ。物理フィジカル強奪スナッチもあるが、殺しばかりだ。だが、拉致スナッチも似たようなものだろう?」


 警護を切り捨て、目標を奪って逃げると八重野は言う。


「そこまで単純なら、俺も苦労せずに済むんだが」


 東雲はそう言ってTMCセクター13/6に帰っていった。


……………………

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