エスケープ//サイバーサムライ

……………………


 ──エスケープ//サイバーサムライ



 東雲の乗る車に向けて発射される対戦車ロケット弾。


「させるかよ!」


 東雲は“月光”を投射して、対戦車ロケット弾を叩き切る。


 対戦車ロケット弾は空中で炸裂し、東雲の乗った車が揺さぶられながらも、坂下の乗った軍用四輪駆動車の追跡を続ける。


 相手はカーチェイスも本番とばかりに信号を無視して突き進む。


 東雲も追いすがり、カーチェイスは激しさを増す。


「ベリア! どうにか他の車で邪魔できないか!?」


『できないことはないけど、坂下が死亡する可能性がある。だから、君も車に“月光”を叩き込まないんでしょう?』


「そいつはそうだが」


 あくまで今回の仕事ビズは坂下の身柄の確保である。彼を死体にするわけにはいかないのだ。


「畜生。どこまでも逃げやがって」


 そこでヘリのローター音が聞こえ始めた。


「ベリア。例のヘリが近くにいるのか?」


『いる。近くのビルの屋上に着陸しようとしているみたい』


「落とせるか?」


『人口密集地だよ?』


「クソ」


『だけど、離陸を阻止することはできる。着陸したら、こっちから仕掛けランをやる。制御系を焼き切るか、致命的なダメージを負わせる』


「頼んだ」


 坂下を乗せた軍用四輪駆動車は大きくカーブし、無秩序に乱立したビル群の中を駆け抜けていく。かつてこの地域が繁栄していたときの名残だ。


 東雲は運転をベリアに任せ、目的のビルに向かう。


「坂下を確認。まだ生きてるな」


『ヘリがもうすぐ着陸する。こっちは準備万端』


「オーケー」


 東雲は坂下を追って、ビルを駆けあがる。


 ここまでくれば後は追い詰めるだけだ。ヘリという逃げ道はベリアが潰す。


 東雲は故障して停止したエレベーターを無視して階段を駆け上る。


「ベリア。ヘリは本当に潰せるよな?」


『今からやるよ。もうすぐ着陸。坂下たちは乗せてない。とりゃ!』


 次の瞬間鳴り響いていたローター音が止まり、ヘリが停止したのが分かった。


『ヘリの制御系にワームを流し込んだから、これで飛び立てない。さあ、獲物を追い詰めて、東雲!』


「あいよ!」


 じわじわと屋上に近づく。


 屋上からは困惑した男たちの声がする。


 東雲が屋上に顔を出した瞬間、銃弾の嵐が吹き荒れた。


「畜生。まだやるつもりかよ。こっちの血のことも考えろよな」


 東雲は“月光”を展開し、高速回転させて斬り込んだ。


「撃て、撃て! 敵のサイバーサムライだ!」


「おい。出番だ、サイバーサムライ!」


 男たちが銃撃を加える中、ゆらりと少女が姿を見せた。


 恐らく年齢は17、18歳。燃えるような赤毛をポニーテイルにして纏め、動きやすそうなパンツスーツ姿で、腰には刀を下げている。


「お前が大井のサイバーサムライか」


「大井と決まったわけじゃないけどな」


 少女が日本刀のようなフォルムをした刀の柄を握るのに東雲が警戒する。


「サイバーサムライの流儀としてサシでやらせてもらいたい」


「しくじるなよ」


「ああ」


 少女がそう言って銃を持った男たちを下げさせる。


「いくぞ、大井のサイバーサムライ」


「あいよ。やってやりましょう」


 東雲は月光を一本に格納して応じる。


「いざ尋常に──」


「──勝負!」


 東雲が超電磁抜刀してくるのを見越しで上段の構えで応じる。


 少女は予想通り、超電磁抜刀をし、東雲の首を狙ってきた。


 上段の構えでそれを受け止めた東雲が少女の刀を押し返す。


「くっ。ヒートソードでも切り裂けないとは……!」


「前に似たような武器を持った男と戦ったが、そいつには勝ってるんでね!」


 刀身から熱を感じる。間違いなく、高熱で相手を引き裂くヒートソードだ。


「やるな」


「お子様にしてはあんたもやるじゃないか」


「私はお子様ではない!」


 一度離脱した少女が叫ぶ。


「いや。お子様だろ。未成年だろ」


「それは、そうだが。だが、お子様と侮られるような立場ではない」


 少女が再び超電磁抜刀の態勢に入る。


「次こそ、その首貰うぞ」


「やれるものならやってみな」


 東雲は再び上段の構えで少女に応じる。


「一閃」


 少女が超電磁抜刀──だが、速度が恐ろしく速い──で東雲に斬りかかる。


 東雲の手が痺れるほどの衝撃が走り、それから“月光”が押される。


「ちいっ! 確かにやるな! だが、俺とて!」


 “月光”で無理やり少女の刀を押し返し、東雲は少女を退けた。


「このレベルの超電磁抜刀に耐えられるとは。相当な身体改造を受けているな」


「んなもん受けてねえよ。俺は生身だ、生身」


「嘘を吐くな。言い訳はみっともないぞ」


「事実なんだよ、クソッタレ!」


 今度は東雲の側から攻撃に打って出る。


 少女は“月光”の刃を受け止め、東雲の“月光”と鍔迫り合いを繰り広げる。


「このっ! 私とてこれまで研鑽を重ねてきたのだ! そう簡単には押しまけない!」


 そう言って少女はなんと東雲の“月光”を押し返した。


「畜生。本当にやりやがるな。洒落にならないぞ」


「そっちもな。なかなかの腕前だ」


 少女が再び刀を鞘に収める。


「ヘリはどうなっている!?」


「ナビゲーションシステムがワームに浸食されている! これじゃ飛べない!」


「手動で飛ばせ、手動で!」


「無茶を言うな! TMC上空をナビゲーションなしで飛べるわけがないだろう!」


 少女の後方では男たちがヘリのパイロットと揉めていた。


「お仲間、逃げようとしてるぜ?」


「お前を殺してから追いつくさ」


「そうかい。やれるものならやってみな!」


 超電磁抜刀と同時に東雲が攻撃を繰り出す。


 超電磁抜刀で放たれた刃を受け止め、東雲は少女の腕を狙う。


 だが、予想以上に超電磁抜刀の威力が強かった。呉の数倍の威力がある。


「畜生。また血が……」


 東雲の血液が“月光”に吸われて行く。


 長期戦になればなるほど、東雲は不利になる。短期決戦が望ましい。


「調子が悪いようだな……」


「まあな。持病って奴だ。だが、あんたとやり合う分には問題ない」


「そうか。ならば容赦なくいくぞ!」


 再び超電磁抜刀。


 だが、東雲にはもう読めているし、威力も分かっている。


 東雲は刃を受け止め、そして血と魔力を注いだ刃でヒートソードに食い込む。


「まさか……!?」


「どうやら勝負あり、みたいだな」


 少女の刀が切断され、刀身の破片が火花を散らして恥じ飛ばされていた。


「まだだ。刀折れようともまだ戦える」


「まだやる気かよ。諦めろよ」


「誰が……!」


 そこでヘリのローター音が響き始めた。


「ベリア! ヘリが飛ぶぞ!?」


『分かってる! ナヴィゲーションシステムなしで飛ぶ気だ! 制御系を焼き切る!』


 バチンと電気の弾ける音が響くとローター音は停止した。


「ゲームセットだ、サイバーサムライ」


「くっ。まだだ。まだ戦える」


 折れた刀を鞘に収めて少女が超電磁抜刀を試みる。


「プランBだ」


「了解」


 男たちの方はロープを屋上から地面に伸ばし、降下しようとしていた。


「あんたの相手はもう終わりだ! 俺は俺の仕事ビズをしなけりゃならんのでね! じゃあな!」


「待て!」


 東雲は降下しようとしていた男たちに“月光”を投射し、男たちを仕留める。


「坂下。企業亡命の試みは終わりだ」


「わ、私はそんなつもりは」


「で、どこに逃げようとしていたんだ?」


「し、知らない。ほ、本当に知らないんだ。ただ、高額の報酬が約束されていて」


 坂下は狼狽えた様子でそう言い訳する。


「あんた、いろんな人間を怒らせることをしてかしたって──」


 そこで東雲が殺気に気づいて月光を背後に展開する。


「くっ! 面妖な!」


「まだやる気かよ!? もう刀が折れちまっただろう!」


「それでもまだ戦える!」


「じゃあ、腕を斬り落とすしかなさそうだな!」


 東雲はそう言って折れた刀で戦おうとする少女を相手にしようとした。


 そこで3発の銃声が響く。


 1発は坂下の腹部を貫き、1発は東雲の足を貫き、1発は少女の胸を貫いた。


「ちっくしょう!」 てめえ!」


「ははっ。こういう命令だ。全ては使い捨てディスポーザブルだとな」


 東雲が足の傷を回復させるのに、東雲が刺殺したと思った男が銃を持ち、狙いを東雲の頭部に向けていた。男は間違いなく死ぬだろうが、道連れにするつもりだ。


「死ね」


 東雲は男が発砲する前にその首を刎ね飛ばした。


「畜生。畜生め。生きているか、坂下……」


「た、助けてくれ。死にたくない」


「お前が馬鹿なことをしなければこんなことにはならなかったんだよ、ボケ」


 坂下は腹部銃創を負っている。素早く手当てしなければ死ぬだろう。


「終わったようだな」


 そこでジェーン・ドウが姿を見せた。


「あんた、さっさと救急車なりなんなり呼ばないと、坂下がくたばっちまうぜ……」


「そいつはもういい。使い捨てディスポーザブルだ」


 そう言ってジェーン・ドウは45口径の自動拳銃で坂下の頭を吹き飛ばした。


「なんか、俺の守る目標ってのは毎回あんたに殺されてないか……」


「エルフ女は保護してやっただろう。こいつの研究は無事に他の研究者に引き継がれた。こいつを奪われるくらいなら、殺してしまった方がいい」


「そうですかい」


 またしても徒労である。骨折り損のくたびれ儲け。


「おい。そこのサイバーサムライ、まだ生きているぞ」


「マジかよ」


 ジェーン・ドウが指摘するのに胸を撃たれたはずの少女が半身を起こすのが見えた。


 少女は血をけほっと吐き、また倒れる。


「こいつも使い捨てディスポーザブルだったみたいだぜ」


「拾ってやるか?」


「さてね。あんたが調べたいだけなんじゃないか……」


「それはある。だが、用済みになったとき、また前のサイバーサムライのように逃がされては困るんだよ。ちゃんと首輪しておくなら飼っていいぞ」


「俺は人を飼う趣味はないの。まあ、行き場もなさそうだし、もう刀を向けて来ないなら、うちのアパートの一室に匿ってやるよ」


「そうしておけ。役に立つ駒になるかもしれん」


 ジェーン・ドウの後から、黒服の男たちが入ってきて、少女を運び出していった。


「さて、次の仕事ビズは?」


「暫くは休みだ。だが、次にやるとすれば──」


 ジェーン・ドウが言う。


「メティス相手だ。こいつの雇い主は関係ない。メティスに白鯨の際の賠償を請求することにする」


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