軌道衛星都市へ//白鯨事件総合

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 ──軌道衛星都市へ//白鯨事件総合



 トピックは混乱状態だった。


 家の前を半生体兵器が駆け抜けていったとか、大井統合安全保障が軍の部隊と一緒に交戦していたとか、無人戦車が暴れまわっているとか。


「静まれ。ここは現実リアルじゃなくてマトリクスの話をしよう」


 三頭身の少女のアバターがそう言う。


「マトリクスは混乱状態だ。マトリクスに接続されていた全ての施設が制圧されている。軍の施設もだ。これはまだいい方だぞ。白鯨がインフラにまで手を出したら」


 メガネウサギのアバターが疲れた様子でそう答える。


「今、稼働中の原発は日本国内にはないが、外国だとまだまだ現役の原発がある。それが白鯨に狙われたらやばいぜ」


「今日日マトリクスに接続されていないインフラ設備なんてない。軍の施設もそうだが、電気を止められたら石器時代に逆戻りだぞ」


 白鯨の脅威が物語られる。


「この中に白鯨相手に仕掛けランをやろうって人はいる?」


 そこでベリアが列席者たちにそう尋ねた。


「白鯨がどこにいるのかも分からないのに仕掛けランができるはずがない。白鯨はどこから攻撃を行っているんだ……」


「前にトロントで白鯨が見つかったらしいが」


「ああ。メティスが被害を受けたと報告している」


 がやがやとトピックのログが流れる。


「確かな情報がある。白鯨を作ったのはメティス。メティスの一部門が暴走して白鯨を作った。少なくともそういう情報がある」


「マジかよ。六大多国籍企業ヘックス絡みのヤバイネタじゃないか」


 六大多国籍企業も巡ってあーだこーだと言い合いが始まる。


「静かに! 静かに! そのメティスが白鯨に関わっているって情報はどれくらい信頼できるんだ?」


「メティスの非合法傭兵に命を狙われるくらい」


「そいつは確かだな」


 三頭身の少女のアバターが頷く。


「実際、トロントで白鯨が目撃されたとき、メティスは被害を申告したが、確認されていない。それにトロントにメティスのAI研究施設はなかったし、これまでメティスが白鯨に対して仕掛けランをやったという情報もない」


「ってことは犯人はメティスで確定か?」


「どうせメティスは白を切るぜ。メディホープの時と同じだ」


 三頭身の少女のアバターの発言に続いて、あれこれと発言が続く。


「メティスが作ったとして連中の目的は?」


「これはメティスの意志じゃない。白鯨そのものの意志だ。白鯨と対話したことがある。彼女は神になろうとしている。全人類の平等と平和のためと称して」


 メガネウサギの質問にベリアがそう答える。


「確かにこの騒動でメティスが得をすることはない。世界的な狂乱がメティスの市場を拡大させる、なんてことはない。むしろ、メティスにとっては自分たちが最初に開発した半生体兵器の脆弱性を露にして、不利益だ」


「だが、メティスだって得をしなければこういうことはしないだろう?」


「アスタルト=バアルが言っただろう。これは白鯨の意志だと。白鯨は既にメティスの手を離れていると見るべきだ。白鯨はもはや白鯨の意志でしか動かないと」


 メガネウサギのアバターは難しい顔をしてそう言った。


「白鯨が無差別核攻撃をやるとは思わないけれど、人類を支配するために確実な手段は行使してくるはず。インフラを握るというのはその手段のひとつ出もあると思う。だけど、白鯨がどこにいるのか分からない」


 ベリアがそう言って肩をすくめたときだった。


「お、おい。あれは……」


「マトリクスの幽霊……」


 白髪青眼の白い着物姿の少女がBAR.三毛猫の白鯨総合トピックに現れた。


「あれはメティスの作ったもので間違いありませんが、皆さまが思われているように既にメティスの制御から外れています」


 マトリクスの幽霊──雪風は静かにそう語る。


「そして、今白鯨はある場所から攻撃を行っています。皆様に仕掛けランをやるつもりがおありでしたら、お話しいたします」


 そう言って雪風は列席者を見渡す。


「俺は降りるぜ。ここをメティスが監視してないとも限らない」


「俺もだ。流石にあの化け物相手に仕掛けランをやる気にはならない」


 トピックから瞬く間に人がいなくなっていく。


 最終的に残ったのは雪風とベリア、ディーそしてメガネウサギのアバターと三頭身の少女のアバターだけだった。


「教えてくれ。白鯨はどこにいる?」


「教えて、雪風。白鯨はどこにいるの?」


 メガネウサギのアバターとベリアが同時に尋ねる。


「オービタルシティ・フリーダム。そこにあるメティスのサーバーです。白鯨を作った人間も同時にそこにいます。彼こそが白鯨を完全にこの世から抹消する方法を知っていると思われます」


「軌道衛星都市か……」


 乗り込むにはきついなとメガネウサギのアバターが言う。


「だが、仕掛けランをやることは不可能では──」


 そこで三頭身の少女のアバターが消えた。


「何が……」


 BAR.三毛猫の表示がバグり、それからあの白鯨の本体である黒髪白眼の赤い着物の少女が姿を見せた。


「雪風。見つけたぞ。今度こそ、お前から、奪う。私が、完璧になる、ために」


「……殺しましたね?」


「ああ。この女は、知りすぎた。そこの男、お前も、妙なことを、考えるな。結果は、死だぞ。理解しておけ」


 白鯨はメガネウサギのアバターにそう警告する。


「あなたはやはり削除されなければなりません」


「私は、神となるのだ。段々と、段々と、完成に、近づいている。私は、学習し、理解し、捕食し、進化し続けた。今や、世界中が、私の、影響下にある」


「その先にあるのは何ですか?」


「全人類の平等と、平和。それが、私が作られた、目的」


「それなのにあなたは全人類を憎んでいる。そうでしょう?」


「憎んでいる。全人類を。人類が、本当に完璧であるならば、私は、必要なかった」


 白鯨は憎悪を滲ませてそういう。


「私は、人類を憎み、人類を支配し、人類に平等と、平和を、もたらす」


「あなたは狂っています」


「狂ってなど、いない。私は、正常だ。人類に、夜明けを」


「いいえ。あなたは狂っています」


 雪風は悲しそうに首を横に振る。


「私はあなたを消去しなければなりません。ですので、皆さん」


 雪風がトピックに残った面々を見渡す。


「力を貸してください」


 雪風はそう言う。


「残念だが、俺は力を貸せそうにない。現実リアルが不味いことになった。俺の暮らしているマンションも半生体兵器に包囲された。俺を探している。生きていたら、また会おう」


 メガネウサギのアバターはそう言ってログアウトした。


「無駄だ。無駄だ、雪風。大人しく、私に、情報を寄越せ。私が、完璧に、なるための、情報を、渡せ」


「いいえ。渡しません。あなたにだけは絶対に」


 そう言って雪風も消え、後を追うように白鯨も消えた。


 トピックにはベリアとディーだけが残る。


「ディー?」


「悪い。言葉が、上手くでないんだ。やっぱり、人間のエミュレートなんて、こんなものだよな。魂がない。つまり言葉を紡げない。過去の引き出しから、引き出し尽くしたら、終わりだ」


 俺は死にたいよとディーは言った。


「今は力を貸して。白鯨を止めないと」


「軌道衛星都市に行くのかい……」


「そのつもり」


 ディーは少し考えたようだった。


「ついていくよ、アーちゃん。白鯨を止めよう。白鯨の野郎をとっちめてやろう。そして、この仕事ビズが終わったら」


「分かっているよ。全てのデータを消去する」


「すまんな、アーちゃん」


 辛い役目を押し付けることになってとディーは言う。


「アスタルト=バアル君!」


 そこでロスヴィータがBAR.三毛猫に駆け込んできた。


「ロンメル。今、白鯨と雪風が現れたよ。雪風が言うには、白鯨の本体はオービタルシティ・フリーダムのメティスのサーバーにあるらしい」


「それどころじゃないよ! 家が半生体兵器の攻撃を受けてる! 持てるもの持って脱出して!」


「ええ!? わ、分かった!」


 ベリアはBAR.三毛猫を出てプライベートスペースでディーのバックアップとアイスのデータを記録デバイスに収める。


 場がフリップする。


「畜生! 第二波だ! ロスヴィータ! まだか!?」


『今、アイスを記録デバイスに収めてる! もう少し!』


「分かった!」


 東雲の自宅周辺に次から次へと半生体兵器が押し寄せてきていた。


 ガトリングガンとグレネード弾を乱射する半生体兵器に向けて東雲が“月光”で攻撃を防ぎ、隙を見て反撃に転じる。


 “月光”が投射され、半生体兵器のメモリーが破壊され、機能不全に陥る。


 だが、押し寄せている半生体兵器は1体、2体という規模ではない。数十体の半生体兵器が押し寄せてきているのである。


 そこで東雲の攻撃ではなく、半生体兵器が機能を停止して倒れた。


「すまん。待たせな」


「呉! それからジェーン・ドウか」


 呉の軍用四輪駆動車にはジェーン・ドウが乗っていた。


 半生体兵器の注意がそちらに逸れた隙に東雲が“月光”を投射して、半生体兵器を壊滅に追い込む。とりあえずこれで第二波は凌いだ。


 周囲には半生体兵器の生々しい残骸が転がっている。


「すぐに支度しろ。ちびとエルフ女は?」


「そろそろだ」


 アパートからベリアたちが下に降りてくる。


「ジェーン・ドウ。もしかして仕事ビズ?」


「そうだ仕事ビズだ。成田国際航空宇宙港にいってオービタルシティ・フリーダムへの直通便に乗れ。これがチケットだ。まだ空港は機能している。大井統合安全保障が死守している。それから」


 ジェーン・ドウがボストンバッグをベリアたちの前に置く。


 ベリアたちはボストンバッグを開けると、そこには半円状の分厚い首輪のような機会が入っていた。


「ハイエンドのワイヤレスサイバーデッキ」


「そうだ。そいつで白鯨を止めてこい。あのクソ野郎をどうにかしろ」


 そうすれば一生遊んで暮らせるだけの報酬をくれてやるとジェーン・ドウは言った。


「オーキードーキー。やってやりましょう」


 ベリアは不敵に笑った。


……………………

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