軌道衛星都市へ//スタート
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──軌道衛星都市へ//スタート
それは日本陸軍最大の軍事演習場──矢臼別演習場にて日本陸軍第2師団が演習中のことであった。
日本陸軍は大井重工製半生体兵器を導入し、それを基盤にした機械化部隊を組織しようとしていた。
この動きは日本陸軍だけではなく、アメリカを始めとする欧米諸国から中国を始めとする東側諸国で同様の動きがあった。
日本陸軍に導入されているのは旧式の36式機械化生体と、新型の50式機械化生体の二種類で、どちらも非常時のバイオマス転換炉と自己増殖能力を有していた。
そのサイズは軍用四輪駆動車ほどで、武装は有機物で構築されたグレネードランチャーと対戦車ミサイル、ガトリングガンを装備。弾薬も通常の補給は元より、バイオマス転換炉にて補給可能。
兵器としての脆弱性と言えば多脚式の駆動系を採用しており、脚部装甲が脆弱であるという点。ここを対戦車ミサイルや無波動砲で狙われると大きなダメージを受ける。
「50式は桁違いだな」
演習をドローンで観閲している第2師団の師団長がそう言う。
丁度、50式が対戦車地雷を踏んだところで、脚部が吹き飛ばされていた。
だが、それすらもリソースを転換することで自己修復してしまう。
「36式では考えられなかった性能ですね」
「ああ。これが第二世代の半生体兵器か。しかし、周辺住民から苦情が来ている。どうも植物を勝手にバイオマス転換しているらしい」
「それは困りましたね」
「しかし、どういう仕組みで植物から弾薬や装甲を生み出しているのだろうか?」
「あれはナノマシンが分子レベルまで一度分解してから再構築しているそうです。流石に我々が職業軍人として知っておかねばと思いましたが、無機・有機化学を極めた先にあるものなので私も詳しくは」
副官が不勉強を恥じるようにそう返した。
「ううむ。しかし、戦場はますます無人化していくな。ドローン、無人戦車、半生体兵器。歩兵の任務は治安維持程度だ」
「正面戦争にも、非対称戦にも、無人化は効果がありますからね。一時期のアメリカ軍が非対称戦に注力して正面装備の調達を怠り、そして起きた軍事プレゼンスの低下、その結果として起きた第三次世界大戦の反省です」
「いかなる用途にも、か。二兎を追う者は一兎をも得ずと言ったものだが、その点で問題は本当にないのか?」
「装甲力の面で従来の兵器に劣る程度です。それでも電磁装甲も備えていますし、下手なアーマードスーツより頑丈です。これからの即応機動部隊の基盤を成せるかと」
半生体兵器はバイオマス転換炉のおかげで無補給でも大規模な発電が行える。無人戦車と違ってサイズも小さいため、消費する電力は小規模だ。
「それならばいいのだが。未だに極東情勢はきな臭い。朝鮮半島の南北対立は続ているし、統一ロシアは我々がどさくさに紛れて買収した樺太と北方領土を奪還しようとしている。それでいて中国も再軍備化を進めていると来た」
北も南も脅威だらけだと第2師団の師団長は愚痴る。
「水陸機動旅団でも50式の早期導入が始まっているようです。既に1個中隊規模と。南は南で脅威が存在しますからね」
「我々は基本的に北を守るがまた弾三次世界大戦のようなことが起きれば、南に機動しなければならない」
第三次世界大戦ではこの北海道の第2師団も南に機動し、戦線を受け持った。
その後、樺太、北方領土の反乱ロシア軍の鎮圧作戦に参加している。
その際のどさくさに紛れて、当時分離独立を目指して発足していた極東ロシア臨時政府と取引して、樺太と北方領土を買収したのだ。
統一ロシア政府は買収は無効だと訴えていて、両国間の係争事案になっている。
この北の地の軍事的緊張は未だ冷戦時代だ。
「第1機械化生体中隊に異常発生。当初の予定から外れました」
「ん。AIの自律行動か? 予定とのずれは?」
「大幅なずれです。反転しています。後方の友軍歩兵中隊に接近中」
「エラーか? 演習中止だ。停止させろ」
師団長がそう命じる。
「応答しません! 外部からのハッキングです! 師団の通信設備が制圧されました! 今、日本情報軍のサイバー戦部隊が応戦中!」
「なんだと」
そこで通信のためにBCI接続していた通信兵が脳を焼き切られて痙攣しながら死亡した。第2師団司令部が騒然となる。
「第2機械化生体中隊もハックされています!」
「第3機械化生体中隊応答しません!」
次々に半生体兵器が離反する。
「……実弾を配布しろ。全ての半生体兵器の破壊を許可する」
「……了解」
「それから北部方面総軍司令部に緊急連絡だ」
訓練弾しか持っていない歩兵中隊にドローンで即座に実弾が届けられ、第2戦車連隊の保有する45式無人戦車にも実弾が配布されるはずだった。
「兵站ドローンがハックされました! 操縦不能! 命令を受け付けません!」
「……だ、第2戦車連隊に実弾が届きましたが、第2戦車連隊の45式無人戦車も外部からハックされています」
司令部には次々に絶望的報告が入ってくる。
『……こちら第25歩兵連隊……受ける! 友軍半生体兵器からの攻撃を……──』
辛うじて機能していた無線機も停止した。
「北部方面総軍には連絡は取れたのか……」
「……いえ。ダメでした。師団の全ての通信設備が機能不能です」
「使える車両を使って口頭で報告しろ。『師団がハッキングを受けている。全半生体兵器と無人装備が暴走。ただちに有人部隊での鎮圧を求める』と」
「了解」
師団の将校と兵士が自動小銃を持ち、ただちに軍用四輪駆動車で北部方面総軍司令部を目指した。
その間にも半生体兵器と無人戦車の暴走は始まり、半生体兵器は訓練弾しか保有していなかった友軍歩兵部隊を殲滅し、バイオマス転換炉で燃料にし、自己増殖をスタートさせた。
半生体兵器は無差別な捕食を始め、演習場内の動植物を次々に分解し、自己増殖を続ける。そして、軍事施設の制圧を始めた。
第2師団司令部も襲撃を受け、陥落。
暴走した半生体兵器と無人戦車は演習場の外に出て、駆け付けた大井統合安全保障──彼らは北海道と樺太、北方領土を含めた北部自治政府とも契約している──がアーマードスーツと軽装攻撃ヘリで攻撃を仕掛ける。
だが、半生体兵器と無人戦車は容赦なく大井統合安全保障を攻撃し、その上大井統合安全保障の兵器もハックを受けた。
「第2師団がやられた」
「第7師団もだ。全ての兵器をオフラインにするように指示を出しているが、間に合わない。C4Iシステムを完全に敵の手に奪われた」
「どうしようもないではないか」
指揮通信能力を真っ先にハックされては、完全な無人化が進みつつあった軍隊は脆かった。即応できる兵力はほとんどなく、辛うじていくつかの歩兵部隊が対戦車ミサイルや無反動砲で攻撃を仕掛けるも圧倒的物量と火力差前に屈した。
同様のことは日本全国、いや世界中で起きていた。
「外部からのハッキングです! 特定できません!」
「核の制御システムをマトリクスから切り離せ! 今すぐにだ! 大統領にはホワイトハウスの地下に──」
アメリカ軍の保有する全ての半生体兵器が暴走。軍用の
欧州、アフリカ、アジアでも同様にそれぞれの国が保有する半生体兵器と無人装備が暴走し、有人装備もマトリクスに繋がれていたものはハックされた。
そして、混乱はTMCにも及んでいた。
『ただいま大井統合安全保障より緊急事態宣言が発令されました。外出は控えてください。大井統合安全保障のコントラクターの指示には必ず従ってください。繰り返しお伝えします──』
公共放送も民放も同じ放送を繰り返していた。
「何が起きた?」
「分からない。マトリクスに潜ってみる」
「頼んだ」
東雲たちもTMCセクター13/6のジャンクショップのテレビで放送を見ていた。
すぐさま自宅に帰る途中で、大井統合安全保障と彼らの保有する半生体兵器が交戦しているのを目撃する。
「なんか、物凄く不味い予感がするぞ」
「同感。絶対不味いことが起きてる」
東雲たちは大急ぎで自宅に戻り、ロスヴィータと合流する。
「あ。お昼買ってきてくれた?」
「買ってきた。急いで食ってマトリクスに潜ってくれ。不味いことになっている」
「何か起きたの?」
「それが分からないんだよ」
ロスヴィータが首を傾げるのに、東雲がテイクアウトの中華をテーブルに置いた。
『がおー。ジャバウォックなのだ。東雲! マトリクス全体が白鯨の攻撃を受けているのだ! ご主人様にすぐに伝えるのだ!』
「ベリア! 白鯨の攻撃だ! 気を付けろ!」
「オーキードーキー!」
ベリアはマトリクスに潜った途端、そこが大混乱に陥っていることを知った。
TMC上のマトリクスに繋がられた設備全てが白鯨と思しき攻撃エージェントの攻撃を受けている。大井統合安全保障も軍の設備も、
「ジャバウォック。ディーを」
「了解なのだ」
ディーのデータから彼をエミュレートした人格が現れる。
「あれからどうなった、アーちゃん……」
「白鯨が総攻撃を仕掛けて来た。これはTMCだけじゃないと思う」
「クソ。マジかよ。ひでえ状況だな、こいつは」
ディーがTMCのマトリクスを眺めてそう言う。
「BAR.三毛猫はまだ機能していると思う?」
「あそこならまだ大丈夫だろう。白鯨に攻撃されてから
「じゃあ、行ってみよう」
ベリアたちはBAR,三毛猫に飛ぶ。
「うちの前を戦車が通っていったんだよ!」
「国連チューリング条約執行機関のティルトローター機が撃墜されたらしい」
「もう滅茶苦茶だ。戦争が起きるぞ」
トピックは乱立し、その中で一番伸びているのは──。
「“白鯨事件総合”」
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