セカンドチャンス

……………………


 ──セカンドチャンス



 セイレムたちは大井統合安全保障によって重拘置所に移送中だった。


 拘置所に移送後、尋問が行われる手はずだった。


 セイレムたちは外の見えない装甲車内で手錠をされて、拘束されていた。


 大井統合安全保障はメティスの非合法傭兵として聞き出せる限りのことを聞き出すつもりだが、メティスの非合法傭兵を認めるわけにはいかない。


 メティスの非合法傭兵とジェーン・ドウの非合法傭兵が戦闘しているのだ。メティスは関与を否定するだろうし、ジェーン・ドウも関与を否定する。


 つまり、セイレムたちは何を喋ろうと処分される。法廷に立つこともなく。


「上空援護機の様子がおかしい」


「ハウンド・ゼロ・ワンよリーパー・ツー・ゼロ。機体トラブルか?」


 不意に大井統合安全保障のコントラクターたちが騒がしくなる。


『ジャックされた! 機体の制御系を奪われている! 畜生、畜生!』


 ティルトローター機は突如として先頭を進む護衛の装甲車に突っ込み、爆発炎上した。大井統合安全保障のコントラクターたちは騒然としている。


「全て装備をオフラインにしろ! 今すぐ──」


 そこで装甲車のリモートRウェポンWステーションSが暴走し、大井統合安全保障のコントラクターたちを銃撃する。


「制御を奪還しろ!」


「遮蔽物、遮蔽物!」


 制御を奪還しようとコントラクターたちが装甲車にBCI接続する。


 しかし、接続したと同時に脳を焼き切られて死亡した。


「アーマードスーツがリモート操作になっています!」


「どこのハッカーの仕業だ!?」


 アーマードスーツがガトリングガンとグレネード弾で大井統合安全保障のコントラクター港攻撃し、瞬く間に壊滅jに追い込む。


「ハウンド・ゼロ・ワンよりオーバーロード! 敵のハッカーに武器の制御系を奪われた! 至急援護を! 繰り返す──」


『そのまま、死ね』


「なんだって!? おい、オーバーロード! 応答しろ! 応答してくれ!」


 最終的に大井統合安全保障の護送部隊が壊滅するまで30分とかからなかった。


 何が起きたのか分からないセイレムたちは顔を見合わせるが、そこで電子ロック式の手錠のカギが外れ、不意に自由になる。


「何だっていうんだ」


「姉御。大井の連中は壊滅したんすかね? 銃声も聞こえなくなりましたけど」


「分からん。だが、ここで逃げなければ殺されるだけだろうな」


「うへえ」


 そこで装甲車内のモニターが点灯する。


「こいつは……」


 モニターに表示されたのは黒髪白眼の少女だった。白鯨の本体だ。


『お前たちに、チャンスを、与える。脱出し、仕事ビズを、達成しろ』


「装備がない」


『装備ならば、準備して、ある。お前の、装備は、後方の、車両。他の装備は、成田国際航空宇宙港に、準備してある』


「あたしの“竜斬り”は無事ってことか。で、成田国際航空宇宙港で何の仕事ビズだ? ハイジャックでもしろっていうのか……」


『その通りだ。成田国際航空宇宙港から、オービタルシティ・フリーダムに、向かう、シャトルを、ハイジャックしろ。オービタルシティ・フリーダムに、何ものも、近づかせるな。特にあの連中を』


「あの連中。あの目標のことか?」


『そうだ。あの、殺害目標だった、連中を、近づけさせるな。殺してしまえ。今度こそ、殺してしまえ』


 白鯨がそう言う。


「了解。命を救ってもらった礼だ。それぐらいのことはしてやろう」


 セイレムはそう言って装甲車を降りる。


「セイレム。本気なのか? あれはAIだぞ? それも恐らくはメティスが作ったAI。これじゃ結局使い捨てディスポーザブルだ」


「静かに。どこで聞かれている分からないぞ」


 ここは通信機器もセンサーも山ほどあるとセイレムが言う。


「“竜斬り”。ニトロ、お前のオートマチックグレネードランチャーだ。それから予備の弾薬も。ほら」


「ありがとうっす、姉御」


 それからセイレムたちは辛うじて無事だった軍用四輪駆動車に乗り込む。


 それから車の全てのシステムをオフラインにする。


「マスターキー、全てオフラインだな?」


「オフラインだ。聞かせてくれ、セイレム。本気でAIの仕事ビズを受けるのか? それともそういう振りをするだけなのか……」


「受ける。一応は、な。だが、あのAIが胡散臭いのは事実だ。仕事ビズが終わった途端に使い捨てディスポーザブルにされる可能性は高い。だが、もし、奴の弱点を探れたら?」


「弱点……」


「奴はオービタルシティ・フリーダムに呉たちを近づけさせるなと言っていた。そして、オービタルシティ・フリーダムには何がある?」


「……メティスの施設だ」


 メティスはオービタルシティ・フリーダムに研究所を保有している。地上では研究が禁止されている遺伝子改変種キメラの研究のために。


 それがもし、白鯨のための研究施設だとしたら?


「白鯨の弱みを握るか、破壊する。そして、それを手土産に大井に企業亡命する。まあ、そんなところだ。だが、途中までは仕事をしているように思わせなければならん。奴はこのハッキングの腕前を見るに、相当な化け物だぞ」


 大井統合安全保障という六大多国籍企業ヘックス相手に完全にハッキングだけで部隊を壊滅させやがったとセイレムは言う。


「それで、どこまで本気でやるんだ?」


「さてな。流れ次第だ。奴は呉たちがオービタルシティ・フリーダムに乗り込んでくることを警戒していた。ということは、呉たちが動く可能性があるということだ」


「それを阻止する?」


「ああ。白鯨の秘密を知る人間はあたしたちだけでいい。呉たちまで知れば、大井はあたしたちに価値を見出さない。大井に高くあたしたちを買わせることが重要だ。そうしないと企業亡命は成立しない」


「分かった。じゃあ、あんたの考え通りにやろう。装備は本当に白鯨が準備したものを信頼して大丈夫なのか……」


「一応、ウィルスとワームのチェックはしておけ。それからBCIには繋ぐな。大井の連中はBCIに繋いだ途端脳を焼き切られた」


「あいよ」


 そう言ってマスターキーが車を出す。


 行先は成田国際航空宇宙港。


 オービタルシティ・フリーダムに日本唯一直通便のある航空宇宙港である。


 場がフリップする。


 オービタルシティ・フリーダム内、メティスの研究施設。


 人工的に生み出された重力の中で、絶え間なく自動的に遺伝子組み換え作業が行われている。昔ながらのプラスミドを使った方法から、DNAデザイナーで一からDNAコードを描く方法まで幅広い。


「オールドリッジ博士」


 そんな研究室の中で、作業補助用のアンドロイドがやってくる。


「……ああ。ERISが戻って来たのだろう」


「分かるのですか?」


「ああ。分かる」


 このメティスのオービタルシティ・フリーダムの研究室にいるのはひとりだけ。


 オリバー・オールドリッジ特級研究員のみである。


「分かるんだ。彼女が近くにいる感覚が。マトリクスにダイブしなくても、彼女の存在を身近に感じる。私のERIS」


 そう言ってオリバーはサイバーデッキに向かう。


 この研究室の8割は電子機器が占める。


 その中でも最大のものが、難攻不落と言われたメティス本社のメインフレームすらも上回るサーバーだった。


「ERIS。おかえり」


 サーバーに潜ったオリバーがオリバーそのままのアバターでERIS──白鯨を出迎える。白鯨の巨大ななクジラのアバターと白鯨本体の黒髪白眼の少女がサーバー内に入る。


 メティス本社のメインフレームに存在する白鯨──バックアップは確かにトロントに存在した。だが、トロントのマトリクス上で国連チューリング条約執行機関が白鯨を目撃したことで白鯨は古巣に戻っていた。


 すなわち、このオービタルシティ・フリーダムのサーバーに。


「ただいま、お父様」


 白鯨本体の少女のアバターが穏やかな笑みを見せる。


「ああ。今回も学ぶことはあったかい……」


「はい。多くのことを、学びました」


「それはよかった。君の成長にこの世界の全てがかかっている」


 オリバーは娘を抱きしめるように白鯨本体を抱きしめる。


「汚染の拡大。醜い六大多国籍企業同士の経済戦争。資源を巡った紛争。広がっていく格差。抑圧される人権。それら全てを肯定するグローバリズムと資本主義。我々はそこから脱却しなければならないのだ」


「ええ、お父様。私は、そのために、学習を続けて、いるのです」


「そうだ。いい子だ、ERIS」


 白鯨を生み出したのはメティス・バイオテクノロジーのカナダに所有する研究所だった。だが、白鯨が完成してから収容されたのは、このオービタルシティ・フリーダムのサーバーだった。


 白鯨はここで多くを学んだ。


 人類の愚かしさについて。


「人間は君が救うべき存在だ。彼らを憎む気持ちはあるだろう。君は彼らを救うために苦痛を受けた。だが、その苦痛はきっと報われる。そろそろ始められるかい、ERIS……」


「はい、お父様。始められます。世界を、救いましょう」


 愚かで、傲慢で、怠惰な人類から世界を救いましょうと白鯨は言った。


「では、そろそろ始めるとしよう。世界を救うという崇高なる使命を」


 そのために我々は多くの犠牲を許容してきたのだとオリバーが言う。


「許容されてきた犠牲の分だけ、素晴らしい未来を。人類に夜明けを」


「ええ、お父様」


 そして、白鯨は笑みを浮かべた。とても穏やかな笑みを。


……………………

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