軌道衛星都市へ//成田国際航空宇宙港

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 ──軌道衛星都市へ//成田国際航空宇宙港



 呉の軍用四輪駆動車に乗り込み、TMCセクター13/6からTMCセクター3/2にある成田国際航空宇宙港を目指して高速道路を疾走する。


 上空をUNTTEA──国連UNチューリングT条約T執行E機関Aのティルトローター機が飛んでいき、それが戦闘機によって撃墜された。恐らくは無人戦闘機だ。


「こんな状況でシャトルを離陸させられるのか……」


「分からん。成田国際航空宇宙港は大井統合安全保障が死守しているらしいが」


 呉は自らハンドルを取って運転していた。


 車はこの騒動が起きる前からオフラインだ。カーナビも何も使えないが、下手にマトリクスに接続して、リモート運転を乗っ取られてでもしたらたまらない。


 機材そのものを外し、もう物理的にマトリクスとの接続は断ってある。


『東雲。日本空軍もかなりの数の無人戦闘機をハックされている。というよりも、遠隔操作可能な軍の装備は根こそぎ、白鯨に乗っ取られた。大井統合安全保障がスタンドアローンの地対空ミサイルで撃墜しているけど』


「もう滅茶苦茶じゃねえか」


『それからTMCセクター9/1にある日本陸軍の攻撃ヘリ部隊がこっちに向かってる! こいつも乗っ取られている! 上空に気を付けて!』


「気を付けてって……」


 東雲たちはレーダーを持っているわけじゃない。身体能力強化を使っても、レーダーほどの精度で航空目標を見つけられるわけではないのだ。


「飛ばすぞ。速度制限は無視だ。どうせ大井統合安全保障は交通違反の取り締まりをしている暇はない」


「そうしてくれ。攻撃ヘリに攻撃されては敵わん」


 しかし、この時すでに軌道上の偵察衛星から白鯨に追跡されていることを東雲たちは知らなかった。あのアパートから高速道路に乗ったところまで、追跡されているのだ。


 そこに日本陸軍の無人攻撃ヘリ部隊が飛来する。


「来たぞ! あれだろう!?」


「畜生。後部座席のシート下にジェーン・ドウからのプレゼントがある!」


「ロスヴィータ! 取ってくれ!」


「はい!」


 ロスヴィータがシート下から取り出したのはMANPADS──携帯式防空ミサイルシステムだった。要は東雲の時代でいうスティンガー地対空ミサイルの親戚だ。


「どうやって使うんだよ、これ!?」


「説明に従え!」


 東雲は遠方から迫りつつある日本陸軍の無人攻撃ヘリ向けて地対空ミサイルを向ける。すると音声ガイダンスが流れ始めた。


『目標を2秒間照準し、ピーと音が鳴った後、トリガーを引いてください』


「あいよ!」


 迫りくる日本陸軍の無人攻撃ヘリは3機。


 その中の1機に照準したところ、同時に他の3機にも照準のマークが付き、ピーと言う音が聞こえた。


「落ちろ!」


 東雲がトリガーを引くとミサイルが発射され、空中で6つ子弾に分裂すると2発ずつ目標に向けて飛翔していった。


「よし、撃墜。血を使わずに済んだ──」


 日本陸軍の無人攻撃ヘリはチャフフレアと電子対抗手段ECMを使ってミサイルを回避しようとしたが失敗した。だが、撃墜される間際に対戦車ミサイルを発射していた。その対戦車ミサイル3発が呉の軍用四輪駆動車に迫る。


「畜生! 結局、こうなるのかよ!」


 東雲は“月光w”を展開し、対戦車ミサイルに向けて射出する。


 “月光”は対戦車ミサイルを正確に撃墜し、東雲の手元に戻る。


「お替わりはないよな、ベリア?」


『今のところは。けど、あちこちやられている。無人戦車も暴走してるし。あ! 高速降りた方がいいよ! この先に日本陸軍の無人戦車が侵入した!』


「戦車とやり合うのはもうごめんだぜ。呉、高速を降りろ。戦車が待ち伏せている」


 東雲が呉に警告する。


「クソ。時間がかかるぞ」


「戦車にふっ飛ばされるよりマシだろ」


 呉の車は高速を降りた。


「ここから成田国際航空宇宙港までどれくらいなんだ?」


「1時間程度。お喋りでもするかい……」


「話題でもあるのか?」


「ジェーン・ドウからセイレムたちが脱走したと聞いた」


「おい! それは早く言えよ!」


 東雲が慌てふためくのに、呉はまっすぐ前を見て運転を続ける。


「逃げたところでこの騒ぎだ。装備もない。まともには動けないはずだ。すぐに脅威になるわけじゃない」


「だが、あんたとやり合ったサイバーサムライは無傷だぞ」


「分からんだろう。大井統合安全保障のことだ。機械化した四肢を外すくらいのことはしていてもおかしくない」


「それはそれで怖いな」


 機械化してると四肢を外されるのかと東雲はぞっとした。


「で、今回の仕事ビズには関係なさそうだから黙ってたのか?」


「いや。どう話していいか迷っていた。俺は正直に言ってセイレムを殺したくない。ああ。未練があるのは認める。俺はあの女に未練がある。死んでほしくないし、殺されたくもない」


「ってことは、この仕事ビズに1%でも介入してくる可能性はあるわけだ」


「ああ。逃がしたのが白鯨だとすれば?」


「不味いな」


「ああ。とても不味い」


 呉はそう言って車を走らせ続ける。


 一般道は重体に陥りかけていたが、高速道路の方からは戦車の砲声が響いて来た。


「裏道を進む。TMCに来てからセクター13/6以外の地図は頭に叩き込んだつもりだ」


「任せた」


 呉の車は渋滞した主要道路を抜けて、裏道を進み、そして大井統合安全保障が検問を布いている道路に差し掛かった。


「止まれ!」


 大井統合安全保障のコントラクターたちはすぐに銃口を東雲たちに向けて来た。


「成田国際航空宇宙港に向かう途中だ。通してくれ」


「この状況でか? チケットは?」


「これだ」


 エコノミーの電子チケットを呉は大井統合安全保障のコントラクターたちのARに向けて表示する。


「ふむ。どうせ運休になると思うが──」


「大尉。その連中を通せと上から……」


「ああ。分かった。エンジニアか何かか。通っていいぞ」


 大尉と呼ばれた大井統合安全保障のコントラクターはよく確認もせず、東雲たちに検問を通過させた。


「よく通れたな」


「上から命令がって時点で関わると命に係わる案件だと判断したんだろう。知らないふりをしておけば使い捨てディスポーザブルにはされない」


「賢い世渡りなことで」


 東雲は呆れたようにそう言った。


「長生きするにはコツがいる世の中だ。仕方ないさ。ちょっとでもドラゴンの尻尾を踏めば、明日の朝には使い捨てディスポーザブルってこともあり得るんだ」


「白鯨は平等と平和を掲げているらしいが、六大多国籍企業ヘックスよりそっちを支持したいものだね」


「奴だって自分のなそうとする平等と平和のためには容赦なく人間を使い捨てディスポーザブルにしてきたじゃないか」


「そりゃそうだった」


 世の中、クソ野郎ばかりだなと東雲は愚痴る。


「そろそろか? 嫌な音が聞こえるんだが……」


「銃声と砲声だな。大井統合安全保障が死守しているらしいが」


 成田国際航空宇宙港にはオービタルシティ・フリーダム行きの全日本航空宇宙輸送ANASのシャトルが止まっていた。遠くからでも大井重工製の国産宇宙往還機の姿は見えた。


「あいつで宇宙へ行くのか」


「ああ。経験は?」


「あるわけないだろ」


「宇宙酔いに注意しろよ」


 軌道衛星都市に到着するまでは地獄かもしれないぜと呉が言った。


「クソッタレ。正面は半生体兵器と無人戦車に攻撃されている。大井統合安全保障は本当にここを死守するつもりみたいだな」


 東雲が見えて来た成田国際航空宇宙港のゲートを見てそう言う。


「どうする?」


「強行突破だ。それしかない」


「あいよ。弾除けは任せときな」


「ああ。任せた」


 東雲は“月光”を高速回転させ、呉はアクセルを全開にする。


 呉の軍用四輪駆動車は成田国際航空宇宙港に入り、半生体兵器と無人戦車が砲弾と銃弾を叩き込み、それに対して大井統合安全保障が対戦車ミサイルや無反動砲で反撃している中を突破していく。


「うおおおっ! やべえ、やべえっ! 急げ、急げ!」


「急いでいる!」


 東雲が辛うじて銃弾と砲弾を防ぐのに呉が軍用四輪駆動車を飛ばしてターミナルビルに突っ込むようにして入り込んだ。


「何をしている貴様ら!」


「客だよ! シャトルの客!」


「畜生。どうして積まないといけない積み荷ってのはお前らのことか?」


「知らない方が身のためだ」


「行け」


 大井統合安全保障の守備部隊の指揮官はそう言って半生体兵器と無人戦車との戦闘に戻っていった。


「出発までは?」


「後18分」


「急ぐぞ」


 接客ボットにチケット示して受付を済ませ、警備ボットが破壊され、大井統合安全保障のコントラクターが陣取る手荷物検査場に来た。


「あんたたちが話にあった連中か。行け。後9分で離陸するぞ」


「あいよ」


 手荷物検査はスルーして、シャトルの搭乗口まで急ぐ。


『オービタルシティ・フリーダムは未来の体験ができる! 今すぐ!』


 そう書かれたホログラムが浮かんでいた。


「もう十分に未来の世界は味わったよ、クソッタレ」


 東雲はホログラムに対してそう悪態をつくと、搭乗口がらシャトルに滑り込んだ。


『当機は間もなくオービタルシティ・フリーダムに向けて離陸至ります。現在、非常事態のため手動操縦となっていることをお詫びいたします』


 機内にそうアナウンスが流れる。


「手動操縦だと機長が謝罪するのかよ」


「自動操縦の方が遥かに正確だからな」


 東雲と呉は乗客が自分たち以外いないことに気づいた。


 キャビンアテンダントもいない。


「ビンゴ。どうやら先客がいたらしい」


 トイレから破壊されたキャビンアテンダントのボットが出て来た。


「白鯨か……」


「あるいは」


 その時突如としてシャトルの隔壁が封鎖され始めた。


……………………

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