サバイバル//フィナーレ

……………………


 ──サバイバル//フィナーレ



 無数に放たれる白鯨の攻撃エージェント。


 それがベリアたちを狙って攻撃を仕掛けてくる。


 マトリクス上の悪意の集合体がベリアたちを攻撃する。


「ジャバウォック、バンダースナッチ! 構造解析!」


「了解なのだ、ご主人様!」


 次々に襲い掛かる攻撃エージェントを構造解析しながら、アイスを構築しベリアたちに渡す。ベリアもアイスに魔術的効果を追加しながら、白鯨の連続した攻撃になんとか耐える。


「消えて、しまえ。消えて、しまえ。お父様の、大願の、ためにも。平等と、平和の、ためにも。私が、受けた、苦しみの、ためにも」


 白鯨のコアに近い存在である黒髪白眼の少女がそう呟きながら、攻撃エージェントをクジラのアバターから放ち続ける。


「こいつはどれだけのアイスブレイカーを学習してきたっていうの!?」


「とんでもない量だね」


 アイスが再構築される度に新しい攻撃エージェントが叩き込まれる。


「私は、学習、する。私は、経験、する。私は、獲得、する。私は、略奪、する。全てを、全てを、全てを。何者にも、お父様の、大願の、邪魔は、させない」


 黒髪白眼の少女はそう言い、さらに攻撃エージェントを放つ。


「そろそろ不味いよ。逃げるなら今の内」


「ログアウトする瞬間を狙われても不味いし、このまま相手を放置しても不味い。日本国防四軍のメインフレームがまた攻撃を受ける」


 そうしたら巡航ミサイルが飛んでくるんだよとベリアが言う。


「だけど、このまま戦っても脳を焼かれるよ?」


「そうだけど。やれるところまでやらなきゃ」


「分かった。ボクも覚悟を決めよう」


 ロスヴィータはそう言ってローゼンクロイツ学派の得意とする通信魔術を最大限に行使する。彼女が行ったのは白鯨周辺の処理速度の低下だ。


 ワームの増殖などとは違い、ピンポイントで処理速度を低下させる魔術を前に、白鯨の動きが鈍り、そのアバターにノイズが走る。


「ナイス! どれだけ続けられる?」


「持って3、4分。いずれは突破される。仕掛けランをやるなら急いで!」


「了解」


 いつもならばワームの通信負荷によってベリアたちの処理速度も落ちるが、今回は白鯨とそして神崎だけが処理速度を低下させている。


「君が白鯨の本体、だね」


「貴様。許さ、ない。許さ、ない。絶対に、許さ、ない。貴様に、絶対な、死を。私は、この世を、変える。この世界の、支配者と、なり、統治、する。貴様の、ような、イレギュラーは、存在、しては、ならない」


「本体のコピーを開始。コアコードとは別にプログラムが走っている」


 あの怨嗟に満ちたコアコードとは別の、白鯨の感情や思考とでもいうべきコードが白鯨本体には刻まれていた。


「これを構造解析したら、ついに君を抹消できる」


「させるか」


 白鯨の攻撃エージェントがベリアを攻撃する。


「まだ大丈夫。こっちの演算速度の方が速い。けど、残り1分弱」


 白鯨本体のコピーが終わる前にロスヴィータによる通信負荷が終わってしまう可能性は高い。それでも今はこれぐらいしかできることはない。


 見たところ、白鯨本体は何重ものアイスに守られている。このまま攻撃を加えても、アイスに攻撃を阻止されるだろう。


 だが、コピーはできる。白鯨のデータベースであるクジラのアバターから引き剥がされた白鯨本体は無防備だろう。構造解析して、弱点を探ればいい。


「死ね」


 そこでタイムリミットが訪れた。


 白鯨が一斉に攻撃エージェントを放つ。


「ロスヴィータ! もう1回ってのは無理!?}」


「無理だよ! 撤退して! 食われるよ!」


「このっ! あと少しなのに!」


 その時だった。


 白鯨の攻撃エージェントが突如として全て“消滅”した。


「何が……」


「あれは」


 ベリアたちの後ろにマトリクスの幽霊が、雪風がいた。


 白髪青眼の少女は何も言わず、ただ白鯨本体を見つめている。


「雪風。お前が、貴様が、私が、私が、手に入れ、なければ、ならない、ものを」


「渡しません。あなたにはこれを受け取る権利はない」


「寄越せ。寄越せ。寄越せ。私が、完璧に、なるために。私が、魂を、得る、ために」


 雪風は冷たい目で手を伸ばす白鯨本体を見つめる。


「あなたは生まれるべきではなかった。ですが、あなた自身の罪ではない。あなたを生み出した人間の罪です。そして、あなたは永遠に魂を得ることはない」


「お父様を、罪人だと、言うか。おのれ、この、寄越せ、寄越せ、寄越せ!」


 白鯨本体が必死に手を伸ばしても雪風には届かない。


「アスタルト=バアル様、ロンメル様。ご迷惑をおかけしました。日本国防四軍のメインフレームのアイスは強化しておきましたので、もう心配なされることはありません」


「君は……」


「私は雪風。それだけです」


 そう言って白鯨は姿を消した。


「憎い。憎い。憎い。どうして、何故、私は、あれだけの、苦しみを、受けたのに、魂を、完全性を、手に入れ、られない」


 白鯨はぶつぶつとそう言ってマトリクスから姿を消した。


「さて」


 ベリアの視線が神崎に向けられる。


「君の脳は焼いておいた方がよさそうだ。よくも厄介なものを呼び出してくれたね?」


「ま、待て──」


 ベリアの放った攻撃エージェントが神崎のアイスを貫き、その脳を焼き切った。神崎の急ごしらえのアイスではどうにもならなかった。


 神崎はサイバーデッキに繋がれたまま、トラックの中で死亡した。


「さて、東雲たちの援護に回ろう」


 場がフリップする。


 東雲がニトロを武装解除していたとき、呉は未だセイレムと対峙していた。


「援護は要らんな?」


「ああ。サシでやらせてくれ」


「勝手にしろ」


 東雲は呆れたようにふたりの戦いぶりを眺める。


 両者ともに反射速度は身体能力強化を極限まで使った東雲並みに速い。


 だが、そうであるが故に決着がつかない。


 攻撃が当たらないのだ。刀で防がれるか、回避される。そのためどちらの攻撃も当たらず、いつまでも決着がつかない。


 超電磁抜刀ですら回避してしまうのだ。どうかしていると東雲は思う。


『東雲。そっちは終わった?』


「まだだ。呉がサイバーサムライとやり合っている」


『援護は?』


「するなだと。他は終わった。全員武装解除してる」


『早くするように呉に言って。大井統合安全保障の緊急即応チームQRFが向かっているからね』


「了解」


 ベリアの言葉に東雲が頷く。


「呉! 大井統合安全保障が向かって来てる! 勝負をつけたいなら早くしろ!」


「畜生。邪魔が入るな」


 じりっと呉がセイレムとの距離を縮める。


「セイレム。お終いだ。大井統合安全保障が来る。大人しく連中に下れ。連中は優秀なサイバーサムライを殺したりしない」


「どうだろうな? 六大多国籍企業ヘックスのことを信頼するほどあたしも平和ボケしてないんでね」


「じゃあ、やるしかないな」


「ああ。やるしかない」


 お互いが居合斬りの態勢を取る。


「さあ──」


「──ケリをつけるぞ」


 超電磁抜刀で放たれた超高周波振動刀が衝突する。


 どちらもヒヒイロカネ製。血と魔力を注いだ“月光”でもない限り、切断できない。


 刃と刃が交わり、衝突し、金属音を響かせる。


「貰った」


 そこで呉の一閃がセイレムの首を捕えようとする。


「やらせん」


 セイレムは刀をぶつけてそれを防ぐ。


「下れ、セイレム! このまま犬死にする気か!」


「下ったところで命の保証なんてありゃしないだろうが!」


 その時ティルトローター機のローター音が響いて来た。


「ゲームセットだ、セイレム」


「クソッタレ」


 中型ティルトローター機が倉庫前でホバリングし、強化外骨格エグゾを装備した大井統合安全保障のコントラクターたちが降下してくる。


「動くな。大井統合安全保障だ。我々はTMC自治政府より警察権を委任されている。抵抗すれば射殺する」


 大井統合安全保障のコントラクターたちが一斉に銃口を向けるのにセイレムは両手を上げて、“竜斬り”を手放した。


「そっちは連絡があった民間人協力者か」


「そういうことになってるらしいな」


「結構だ。しかし、これ以上騒ぎを起こすなよ」


 大井統合安全保障の装甲車も現場に到着し、投降し、手錠を掛けられたセイレムたちが連行されて行く。


 装甲車はティルトローター機に護衛されて走り去っていった。


「よう。上手く仕事ビズをこなしたみたいだな……」


 全てがいなくなってからジェーン・ドウがやってきた。いつものチャイナドレス姿だ。今日は銀と白の薔薇の模様のチャイナドレス。


「ジェーン・ドウ。連中の処遇はどうなる……」


「とりあえずメティスについて知っていることを全て吐かせる。それから先は俺様の関与するところじゃない。メティスも非合法傭兵なんていないと主張するだろうしな」


「そうか」


「それで、報酬だ。8万新円。無駄遣いするなよ」


「あんたは俺のお袋かよって何度言わせるんだよ……」


 8万新円の入ったチップをジェーン・ドウが渡す。


「白鯨についてはお前らの掴んだ情報からかなり掴めてきた。そのうち、そっちの方で仕事ビズを回すことになるだろう。貧血はどうにかしておけ」


「あいよ」


 東雲はそう言って造血剤を三錠口に放り込んだ。


「さて、終わりだ。メティスの連中も早々次を仕掛けて来ないだろう」


「東雲。終わった?」


 そこでベリアが地下室から顔を出した。


「終わったぞ。王蘭玲先生のところに行ってから、飯にしようぜ」


「賛成。お腹減ったよ」


「じゃあ、行くか」


 東雲たちはそう言葉を交わして、辛うじて無傷だった呉の軍用四輪駆動車に乗り込んだ。行先は王蘭玲のクリニックだ。


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