サバイバル//マトリクスの怪物

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 ──サバイバル//マトリクスの怪物



 東雲たちが地上で激闘を繰り広げている間、ベリアたちは地下でマトリクスにダイブしていた。


「白鯨だ」


「前より巨大になっている」


 白鯨は日本情報軍のサイバー戦部隊と交戦中だった。


仕掛けランをやるかい?」


「ちょっと待ってね。私のメインのサイバーデッキからアイスと──ディーの情報を持ってくる」


「友人だったんだよね」


「ああ。いい友人だった。だから、力を貸してもらう」


 ベリアはそう言った。


「ご主人様。持ってきたのだ」


「用意したのにゃー」


 ベリアの下にジャバウォックとバンダースナッチがデータを運んで来る。


アイス準備よし。ディー。頼むよ」


 ベリアはディーの記憶データを展開する。


「ああ。どこだ、ここは……。マトリクス……」


「ディー。君は死んだ。覚えている? メティス本社のメインフレームでブラックアイスを踏んで、脳を焼き切られた」


「アーちゃん。クソ。なら、どうして俺は」


「待って。アバターを形成して。このままじゃ、マトリクス遭難する」


「分かった」


 ディーは以前のアバターを形成した。


「説明するよ。君は確かに死んだ。だけど、それ以前の情報をマトリクスの幽霊──雪風が保管してて、私に渡した。君はその記憶をもとにエミュレートされている人格」


「ああ。そういうことか。畜生。ってことは、俺はプロジェクト“タナトス”の被験者と同じってことか」


「そう。不完全な脳のコピー。君は以前の君ではない。あくまで記憶から人格をエミュレートしているだけ。それも人間としての脳の機能などはないから、完全にマトリクスで生きるしかない」


「そうか。で、何の仕事ビズだい、アーちゃん……」


「白鯨が日本国防四軍のメインフレームを攻撃している。このままだとTMCセクター13/6に巡航ミサイルを撃ち込まれかねない。それを阻止するのが仕事ビズ


「また難儀な仕事ビズだな」


「だから、君を頼ったんだよ」


「そこまで言われちゃしかなたい。手を貸すぜ、アーちゃん」


「頼むよ、ディー」


 ベリアはディーにアイスを渡す。


「この前の白鯨戦からまた改良を加えたアイス。今度は三十重構造。そう簡単には抜かれないはずだよ」


「油断さえしなければな。さあ、仕掛けランを始めようぜ」


「うん」


 そして、ベリアたちは白鯨に近づく。


 日本情報軍のサイバー戦部隊は何とか白鯨の攻撃を凌いでいるように見えたが、どうも白鯨が本気で攻撃していないようにも見えた。


「来た、か」


 そして、突然ベリアたちの目の前に白鯨のエージェント──黒髪白眼の赤い着物の少女が姿を見せる。


「やっぱり陽動か」


「無差別に、殺す、つもりは、ない。必要が、ある、人間、だけを、殺す。お前たちは、知りすぎた。死ななくては、ならない」


「殺せるものならやってみなよ」


「ああ。そう、する。脳を焼き切ってやる」


 そして白鯨のエージェントの背後に巨大なクジラのアバターが出現する。


「な、なあ、本当に行けるんだろうな?」


「私を、疑う、のか。お前の、仕事ビズ、だぞ」


「う、疑っちゃいないが」


 神崎のアバターも姿を見せた。


「奴らに、死を。それが、お前の、仕事ビズ、だ。それを、果たせ」


「あ、ああ」


 神崎は死ぬほど怯えていた。


 目の前のチューリング条約違反の自律AIからは憎悪しか感じられない。それにあの日本情報軍のサイバー戦部隊を相手に手を抜いて余裕で戦い、神崎をここまで導いた。


 こいつは何だ? この化け物は何だ?


 マトリクスには魑魅魍魎がいることは知っていたが、こいつは正真正銘の化け物だ。


「ロスヴィータ、アスタルト=バアル。それから、死に、ぞこない。完全に、消え、去れ。この世、から」


「来るよ! ジャバウォック、バンダースナッチ! 防御を!」


 ベリアの合図でジャバウォックとバンダースナッチが反応する。


アイス展開なのだ! ご主人様には手出しさせないのだ!」


「お前の攻撃エージェントはもう見切ったのにゃ!」


 白鯨が放った無数の攻撃エージェントを前に2体のAIが立ち向かう。


「ロンメル。奴は不死身かもしれないって言ったよね?」


「ええ。その可能性はある」


「じゃあ、それが嘘だということを証明してやろう」


 ベリアがアイスブレイカーの代わりに攻撃魔術を放つ。


 それは白鯨を貫き、明白にダメージを与えた。


「やっぱりマトリクスは魔力が満ちている。だからこそ、魔術が効果を持つし、ホムンクルスの肉体としてアバターが機能する」


「魔術だ、なんだってのはよく分からないが、奴のアイスを溶かすならこれを使え。ExExtra。その改良版だ。俺はメティス本社のメインフレームを溶かすのにこいつを使ったか?」


「いいや。使ってない。別のアイスブレイカーだったよ」


 だから、とベリアは言う。


「これは白鯨は学習していないはず」


 ベリアがディーのアイスブレイカーに魔術的攻撃要素を加えたものを、白鯨に向けて放つ。白鯨のアイスが溶かされ、抜けるかと思われたが、流石はマトリクスの怪物だ。学習してしまった。


「無駄、だ。私を、前に、しては、全て、無意味。死んで、しまえ。死んで、しまえ。脳を、焼き切って、やる。そこの、哀れな、死に、ぞこないの、ように」


 そう言って白鯨のエージェントがディーの方を見る。


「その死にぞこないにお前は殺されるんだぜ?」


「なんだ、と?」


「今の俺は純粋なマトリクスの生き物だ。銃乱射型ブラックアイスで焼ける脳はないってことだ。ってなわけでな!」


 ディーが白鯨に向けて突撃する。


 銃乱射型ブラックアイスが反応するがディーはマトリクスに存在するのみで、体はない。銃乱射型ブラックアイスでも焼かれる脳はないのだ。


「貴様。おのれ。おのれ、おのれ。ならば、その存在を、食らって、くれる」


 白鯨のクジラとしてのアバターが巨大な口を開く。


「ひゃあ。おっかねえ。だが、今の俺の体には恐怖を感じる機能がねえ。もうアドレナリンもセロトニンも流れねえ。だから、怖くはない!」


 ディーは白鯨の捕食を回避すると、白鯨のエージェントの腹部を思いっきり殴った。白鯨のエージェントのアバターにノイズが走り、白鯨の動きが一時的に止まる。


「やはり、お前はただのエージェントシステムじゃないな? 白鯨のコアに近い」


「死ね」


 ディーに向けてワームが放たれる、


「おっと。こっちにだってアイスはあるんだぜ?」


「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね、死ね。死ね」


 白鯨のエージェントが次々にアイスブレイカーを放つ。


「やべえな。おい、アーちゃん。俺のバックアップは取ってあるよな?」


「もちろん。だけど」


「大丈夫だ。これで事実上残機無限だぜ?」


「君はそれでいいの?」


「他に道はないだろう?」


 もう死んでる人間の心配なんてするなとディーは言った。


「ただ、約束してくれないか、アーちゃん……」


「何を?」


「全ての仕事ビズが終わったら、バックアップを含めて俺を完全に消去してしまうことを。つまりは完全な死を与えることを」


「それは」


「頼むよ、アーちゃん」


「……分かった。約束する」


 ベリアはそう言って頷いた。


「何を、話して、いる。死に、ぞこない、め。今度は、死ね」


「あいにく、この仕事ビズが終わるまでは死ねないんでね」


 ディーは白鯨の放つ攻撃エージェントの情報をジャバウォックとバンダースナッチに送信する。


「分析させろ、アーちゃん! こいつの全ての攻撃エージェントを吐き出せれば、こいつは事実上無防備になる!」


「ジャバウォック、バンダースナッチ! 分析!」


 やはり生前のディーじゃない。生前のディーはあんなに自暴自棄じゃなかったとベリアは思う。だが、頼りになるところは変わらないとも。


「攻撃エージェント、解析なのだ!」


「にゃにゃっ! 次が来たのにゃ!」


 次々と吐き出される攻撃エージェントの攻撃をディーが必死に受け止め、ジャバウォックとバンダースナッチが解析して、アイスを構築する。


「こいつの本体はこのエージェントシステムに偽装したアバターだ。間違いない。クジラから派生したエージェントじゃない。クジラが吐き出した本体だ」


「死ね。死に、ぞこない」


「悪い、アーちゃん。一度、消えるぞ」


 白鯨のエージェント──と思われていたものが放った攻撃エージェントが直撃して、ディーが消え去る。


「ディー!」


「落ち着いて。彼のバックアップはある」


「だけど」


「彼はもう死んでるんだよ?」


 ロスヴィータがベリアに諭すようにそう言う。


「分かってるけど、やりきれないな」


「さて、次はボクたちを狙って来るよ。準備は?」


「やってやろう」


 ベリアはこれまでの白鯨の攻撃エージェントを構造解析して作られたアイスを展開する。


「完全に、消え、去れ。消え、去れ。この世から、消え、去れ。お父様の、大願の、ためにも。消えて、しまえ。消えて、しまえ」


 白鯨の攻撃エージェントが一斉に解き放たれる。


「これは……ちょっと不味いかな」


 ベリアはそう言って苦い笑みを浮かべた。


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