ローニン
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──ローニン
東雲は無性に脂っこいものが──たとえそれが化学薬品臭のするものでも──食べたかったので、中華のテイクアウトにすることにした。
王蘭玲先生のクリニックの1階にある中華料理屋ほどではないが、そこそこ美味い中華のテイクアウトを出してくれる店があるのでそこに向かう。
テイクアウトは昔の海外の刑事ドラマなどに出てくるあの紙箱に入っているもので、思っていたよりも美味しくはないが、不味くもない。
炒飯は油たっぷりで、ご飯がパラパラとは言わないものの、そこそこのボリュームがあるものが3新円程度。エビチリが4新円程度。青椒肉絲も4新円程度。
今日は炒飯を食べようという気分で東雲はセクター13/6を進んでいた。
だが、不意に孤独に襲われる。
「なあ、“月光”。話し相手になってくれないか……」
青緑色の粒子が煌めき、“月光”の化身が姿を見せる。
「主様は寂しがり屋じゃな」
「ああ。ベリアとロスヴィータが共通の話題で盛り上がっているのに、俺だけ蚊帳の外って感じで落ち着かない。俺はサイバーデッキの良し悪しだとか、AIの理屈だとかはさっぱりだからな」
「それもそうじゃな。主様が寂しく思うのも仕方ない」
そう言いつつも“月光”は嬉しそうだった。
「なあ、“月光”は自分に魂があると思うか?」
「もちろんじゃ。我は魂を持っている。そのことに疑いの余地はない」
「だよな。“月光”に宿った化身だものな。そういう意味ではお前もAIなのか?」
東雲はふと疑問に思う。
「吸血鬼たちは王位の象徴としてお前を作った。作られた存在だ。別に誰かを生贄にして生み出されたわけじゃないよな?」
「何を言っているのじゃ。確かに剣を鍛えるのに血を使ったが、我は作られる過程では誰の命も奪ってはおらん」
“月光”は憤慨した様子でそう返した。
「もし、我が作られるときに誰かの命を奪い、そのものの肉体を借りていたとしたら主様は嫌っておったか……?」
「お前はお前だ。どうあろうと俺の相棒だよ」
「そうか、そうか! 主様は懐が広いのじゃ!」
“月光”はまた嬉しそうに微笑む。
「しかし、2050年の世界は訳が分からないぜ。超知能だとか、魂を宿すAIだとか、マトリクスだとか。BCI手術すら受けていない俺には意味不明な世界だ」
東雲はそう言ってがっくりと肩を落とす。
「主様は主様なりに理解しておるのじゃろう?」
「まあ、少しはな。超知能は現在の常識を塗り替えるAI。人知を超えた存在。そして、その超知能に至るには生得的言語獲得能力、つまり魂が必要になる。これぐらいのことは文系の俺でも理解できた」
「うむ。全く理解できていないわけではないのじゃ。それでいいのじゃよ」
東雲は高校でも文系のコースに属していた。
将来は手堅く地方公務員でもやろうと思っていたら、あの召喚である。
「3年で38年経つとはなあ。世界はまるで別物。元の世界に帰ってきたつもりが、異世界に来たような気分だ」
「主様はホームシックかの?」
「ある意味では。3年って年月でも重いはずだったんだ。3年でもいろいろ変わる世の中だったからな。それが38年。昔に帰りたいよ」
スマホが最先端だった時代にと東雲はしみじみとそう語った。
「スマホというのはもう動かぬのか?」
「向こうでなくしちまった。まあ、持って帰っても動かないと思うけどな」
「それは残念だったのじゃ」
スマホのサービスは全て終わっている。今はARかワイヤレスBCIでコミュニケーションを取り合う時代である。
「ARも便利ではあるんだけど。やっぱり初めてガラケーからスマホに変えたときの喜びには及ばないな」
「そんなのにいいものじゃったのか、スマホというのは」
「ああ。仲間と連絡とったりゲームをしたり、目覚まし時計になったり……」
ん? そういえばスマホの機能は他にいろいろあったはずなのに自分はあまり活用していないな? ということに気づいた東雲であった。
「ま、まあ、スマホは便利な道具だったぞ。今じゃ用済みみたいだけどな」
「魔術も剣技も時代に応じて変化するものじゃからのう。しかし、主様は変わらぬようで安心ているのじゃ。主様はいつまでも我の主様じゃ」
“月光”は東雲の横に並んでそういう。
「ああ。いつまでもお前の主であるさ」
東雲はそう言って小さく笑った。
「本当にいつまでも主様は我の主様でいてくれるな? 我は主様以上の主を見つけられるとは思えんのじゃ。主様がずっと主様でいてくれればそれがいい」
「ああ。俺以外の奴には俺がくたばるまで扱わせない」
「主様が死ぬならば我も一緒に死んでしまいたい」
“月光”は真剣な表情でそう言った。
「縁起でもないこというなよ。お前が言ってたんだろ。言霊の力を甘く見るな、って」
「そうじゃった。だが、主様はそれぐらい大事なのじゃ」
「ありがとよ。俺もお前のことが大事だ」
東雲は“月光”にそう言ったとき、視線に気づいた。
「……この前のサイバーサムラか」
「よう。流石に気づくか」
物陰から以前戦ったサイバーサムライ──呉が姿を見せた。
今日は腰に刀を帯びていない。
「あんた、新しい刀は調達しないのかい」
「今はジェーン・ドウにお願いしているところだ。
「次の
「刀そのものは注文してあることをジェーン・ドウも知っている。次は確実に相手を叩き切れるものだ」
「そうかい。リターンマッチはごめん被るぞ」
東雲は念のために釘を刺しておいた。
「ちぇっ。釣れないな。せっかく好敵手と出会えたと思ったんだが」
「こっちは道楽でこの商売をしてるんじゃないんでな。どっちかがジェーン・ドウを裏切って消されるまで戦うことはない」
「残念だぜ」
呉は本当に残念そうにそういう。
「おぬしの腕では主様には勝てぬぞ。断言していいのじゃ」
「おっ。言うな。って、あんたの娘か?」
呉が“月光”と東雲を相互に見て、そう尋ねる。
「違う。俺に娘はいない」
「じゃあ、妹か?」
「それも違う。こいつはあの剣の化身だよ」
「ヒューマノイドインターフェイスか?」
「なんだよそれ……」
ヒューマノイドインターフェイスなど東雲は聞いたこともない。
「主様は強いのじゃぞ。おぬしはサイバーサムライというものらしいが、主様が本気を出せば、簡単にやっつけられるのじゃ」
「へえ。まだまだ実力を隠しているってことか。面白い」
“月光”の話に呉が口角を釣り上げて笑う。
「なあ、本当にリターンマッチはなしかい……」
「道楽じゃないと言っただろう。下手に内輪で殺し合うと、それこそジェーン・ドウの機嫌を損ねることになるぞ」
「そいつは困ったな」
「ああ。困ったままにしておけ。こっち側についた以上、どっちかがジェーン・ドウを裏切るまではお仲間だ」
東雲はそう言って肩をすくめた。
「他のこの業界で名の売れたサイバーサムライがいないわけじゃないだろう」
「いるにはいる。ちょっとした俺との因縁もある女だ」
「女でもサイバーサムライになれるのか」
「ああ。この職種はジェンダーフリーだ」
男だろうが、女だろうが、サイバーサムライにはなれると呉は語った。
「で、そのサイバーサムライとはやり合わないのか」
「どこかに消えちまったんだ。俺としても決着はつけたいが、サイバーサムライの美学と企業の
「美学、ねえ」
人殺しに美学もクソもあるものだろうかと東雲は思った。
「まあ、お互いにジェーン・ドウの忠実な駒でいよう。下手にジェーン・ドウを裏切っても碌な結果にはならない。俺は一度ジョン・ドウを裏切っているからなおのことだ。
「そうだな。お互いに忠実なジェーン・ドウの駒でいよう」
「あんたとの決着はまあ、いつか」
「諦めろよ」
東雲は渋い顔でそう言った。
「じゃあな。俺は新しい刀の調子を見てくる」
「ああ。またな」
そう言葉を交わし合って呉と東雲は分かれた。
「主様ならばあの男にだって勝てるじゃろう?」
「分からん。この前はギリギリだった。流石の俺も首を斬り落とされたらどうしようもない。そして、奴は俺の首を狙えた。あの時はお前の切れ味で押し切れたが、それがなかったらどうしようもなかっただろう」
「我の切れ味を含めて主様の実力じゃ」
主様が魔力と血を注いでいるのだからなと“月光”は語った。
「まあ、そういうことにしておこう。だが、奴の動きは本当にやばかったぜ。向こうの世界にいた剣聖以上の実力だ。サイバーサムライがどうして恐れられるか、その理由が分かったような気がする」
サイバーサムライは確かにヤバイ相手だと東雲は呟いた。
「願わくば、もうサイバーサムライの相手はしたくないな。連中の身体能力とその身体能力で扱う得物は狂気の沙汰だ。今回はまだ向こうに美学とやらがあって、ある意味では手抜きだったからこそどうにあなったが」
「主様ならば勝てるよ。我が最大限力を貸す」
「ありがとよ、“月光”。俺の相棒。これからも頼りにしてるぜ?」
「もちろんじゃ!」
“月光”はそう言って嬉しそうに微笑んだ。
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