クラッシュ//アナウンス

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 ──クラッシュ//アナウンス



 ジェーン・ドウが仕事ビズの話をしに訪れたのはロスヴィータが腰を落ち着けてからすぐのことであった。


 ジェーン・ドウは白に赤のチャイナドレス姿でベリアたちの居所を訪れた。


仕事ビズだ。白鯨の仕事ビズの続き」


「白鯨を次はどうしたいのさ」


 ジェーン・ドウが言うのに、ベリアが肩をすくめる。


「最終的には抹消したい。あれは危険だ」


 ジェーン・ドウがそう言う。


「だが、物事には段階ってものがある。まずはそこのエルフ女が知っている以上の白鯨についての情報が欲しい。ちなみにコアコードは解析できた。あれはイカれちゃいるがちゃんとコアコードとして機能する、とさ」


 ジェーン・ドウ本人の意見ではないのか伝聞調の表現だった。


「じゃあ、次はメティス本社にでも仕掛けランをやれってでも言うの?」


「その通りだ。メティスに仕掛けランをやれ。目標はメティス本社のメインフレームだ」


「ちょっと! まずこれまでメティス本社に仕掛けランをして成功した人間はいないって知ってる?」


「知っている。その上で、やれと依頼する。言っておくが依頼とは言えお前らに拒否権はないからな」


「どうかしてるよ」


 ベリアはそう言ってロスヴィータを見る。


「元メティス職員としてはメティス本社のメインフレームに仕掛けランをやるのは無謀じゃないと思う?」


「完全に無謀だとは言えない。だけど、確かにメティスのこれまで仕掛けランをやって成功した人間はいない。一種の都市伝説染みているけど恐らくは事実。もしかしたら、サーバーそのものがスタンドアローンなのかもしれない」


 ボクが勤務していたときはメティスの社内ネットワークを使っていたけれどとロスヴィータが言う。


「メインフレームがスタンドアローンなわけがあるか。全くマトリクスに繋いでいないシステムなんて今の世に存在しない。システムに冗長性を持たせるにはマトリクスに繋ぐ必要がある」


 マトリクスに繋いでいないものなんて核戦争後の世界を想定した生物ゲノム記録データベースぐらいだとジェーン・ドウは言った。


「とにかく、白鯨についての情報が欲しい。大金を払ってやるから集めろ。それにメティス本社のメインフレームこそが白鯨の隠れ家なんじゃないかとの憶測もある」


「白鯨は非活動時にどこかに隠れている。それがメティス本社のメインフレームである可能性があると……」


「そうだ。奴が本体をどこに置いているかを確かめなければならん。奴のバックアップも存在するはずだ。それらを含めて撃破したい」


「じゃあ、メティス本社に仕掛けランをやるのは絶対になるね」


 ベリアはそう言って頷いた。


「ハッカーって奴は覗き魔だろう。何でも知りたがる生き物だ。なら、白鯨のことにも興味があるだろう?」


 ジェーン・ドウはそう言ってにやりと笑った。


「そう言われると言い返せないね。受けよう」


「白鯨の新規データに20万新円払う。せいぜい頑張れよ」


「はいはい」


 ベリアが頷いたとき、外出していた東雲が帰って来た。


「ジェーン・ドウ? 仕事ビズの話か?」


「お前にも仕事ビズがあるぞ、ローテク野郎」


 ジェーン・ドウが東雲を見てそう言う。


「メティスの非合法傭兵がTMCで活動している気配がある。そいつらの目的は十中八九そこのエルフ女だ。お前はそいつらからエルフ女どもを守れ。そして、メティスの非合法傭兵を消せ。詳細は追って知らせる」


「あいよ。じゃあ、俺は今回も物理担当か」


 東雲が頷く。


「東雲。メティスは君自身のことも狙っていると思うよ。ボクから白鯨のことを知らされたことは恐らくメティスに伝わっている。十分に注意して」


「分かった。とは言え、気を付けてもどうしようもないこともあるけどな」


 戦車に襲われるとかと東雲は言う。


「戦車はそう簡単に襲ってこない。前回の大規模な侵入の後、大井統合安全保障が出入りをチェックしている。来るとしたら小規模なヒットチーム暗殺部隊だ。それこそサイバーサムライだったりな」


「うげ」


「お前もサイバーサムライみたいなものだろ。この前は本当にサイバーサムライを仕留めただろうが。今さらサイバーサムライのひとりふたりでビビるな」


 ジェーン・ドウはそう言う。


「しかしな。サイバーサムライはマジでやばい相手だぜ。正直、寿命が数年縮んだ。できることならまた相手にするようなことは避けたい」


「できれば、な。だが、敵がサイバーサムライを動員してくるだろうことはほぼ確実だ。俺様がお前たちに獲物を消させたときのように小規模のヒットチーム暗殺部隊仕事ビズを任せるならサイバーサムライだ」


「まあ、あんたにはいいように使われてきたのも確かだが」


 だが、俺はサイバーサムライじゃねえと東雲は言い返した。


「サイバーサムライみたいなものだろ。剣と刀で肉体を阿呆みたいに強化して、敵を殺す。これでサイバーサムライじゃねければなんだよ」


「ただのサムライ……?」


「ただのサムライって言うほどサムライしてるか?」


 忠義もクソもないだろうとジェーン・ドウが指摘した。


「なら、サイバーサムライには忠義があるのかよ」


「ないから頭にサイバーって付くんだろ」


「どういう意味だよ……」


 サイバーが付くとどうして忠義がなくなるのか、東雲にはさっぱりだった。


「とにかく、お前はメティスの非合法傭兵を消せ。連中がどういう手段か、本当にサイバーサムライかも分からないが、連中は仕掛けてくる。応戦しろ」


「分かったよ。それだけか?」


「今はな」


 ジェーン・ドウはそう言って出ていった。


「そっちは何の仕事ビズを受けたんだ?」


「メティス本社のメインフレームを攻撃しろってさ」


「大丈夫なのか?」


「少なくとも成功したら私たちが世界初になるだろうね」


 ベリアはそう言って肩をすくめた。


「まあ、そっちが潜っている間はこっちで守るから安心してくれ。ただ、そっちはそっちで用心しろよ。メティスってことは白鯨の本丸だろ。白鯨と出くわしたとしてどうにかできる見込みはあるのか?」


「今のところはないね」


「ないのかよ」


 東雲はぐったりとうなだれた。


「大丈夫。ヘマはしないから。白鯨の本丸だけど陽動のひとつふたつはするつもり。ロスヴィータ、君とも作戦について話し合わないとね」


「うん。作戦は重要だ。相手はあの白鯨だよー。政策に関わったボクが言うのもなんだけど、あれは本当にマトリクスの怪物だ」


 マトリクスを我が物顔で闊歩しているとロスヴィータは言う。


「しかし、俺の方はどうしたものかね。メティスの非合法傭兵と言ったって、向こうから名乗りを上げてくれるわけでもないし。この前みたいに強襲されたらまた造血剤のお世話になることになる」


「ごめんね。ボクのせいで迷惑かけちゃって」


「いや。気にしないで。これも仕事ビズだ。ただの仕事ビズだ」


 仕事ビズなしには食っていけないからなと東雲は言う。


「東雲。用心しなよ。君は頑丈ではあるけど不死身ではないんだ。激しい攻撃に晒されたら命を落とすこともある」


「今さらだぜ。こちとら戦車の相手だったやったんだ。ただ、白鯨が不気味だな。あいつ、この前の襲撃の時も俺の前に現れやがった」


「本当? 聞いてないけど」


「ああ。お前との連絡が途絶えた直後だな。あれはどうなってたんだ?」


「こっちはマトリクス上でメティスの非合法傭兵のシステムをジャックしていたら、白鯨が現れて慌てて逃げたってところ。もしかして、マトリクス上の私を経由して白鯨は現れたのかな……」


 でも、前はそうじゃなかったと思うけどとベリアは言う。


「何にせよ、白鯨はあまり見たくない。マトリクスの幽霊もあれだったが、ARだけに現れるとは言え気味が悪い。ぞっとさせられる。白鯨の生い立ちを考えるならば当然と言えば当然かもしれないが」


「白鯨は人間全てを恨んでもおかしくないね」


 ベリアはロスヴィータがロンメルであったことを既に知っている。


「白鯨は人間を恨みつつも人間の言うことに従っているってことだよな。よく分からん代物だな、白鯨っていうのも。確かにホムンクルスはどんな扱いされても文句を言わない存在だったが」


「そう、ホムンクルスは基本的に従順である。ボクが思うに白鯨は命令者に対して忠誠心を抱くと同時に恨みを抱いていると思うな。ただ、それがホムンクルス本来の性質で抑えられているだけで」


 東雲の言葉にロスヴィータがそう返した。


「何にせよ、白鯨をとっちめてみないことには憶測に憶測を重ねるだけに終わるよ。白鯨は確かに恨みを持っている。そのことはコアコードから分かる。だけれど、本当に命令者に対して従順かどうかは」


 案外、既にオリバーは脳を焼き切られているかもしれないとベリアは冗談めかして言った。


「あり得なくもないのが白鯨の怖いところ。自分の使命のためならば、恐らくは命令者ですら犠牲にするだろうね。白鯨の目的は支配そのものであって、命令者の生命財産の保護と利益ではないから」


「つくづく碌でもないAIだって思わされるぜ」


 東雲は呆れ果ててそう言ったのだった。


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