薔薇の十字//サイバーサムライ
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──薔薇の十字//サイバーサムライ
腰に刀を下げた長身の男。
東雲は彼と対峙していた。
「あんたがサイバーサムライ、って奴か?」
「あんたもサイバーサムライなんだろう?」
男が不思議そうに尋ね返す。
「俺はサイバーサムライじゃない。ごく普通の人間だ。ほら、見てみろ」
東雲はBCI手術跡のない首の裏を示して、とんとんと叩いた。
「驚いた。あんた、まさか生身でこれを……。いや、ありえない」
男が目を見開き、周囲を見渡す。
破壊された戦車、アーマードスーツ、装甲車。
確かに生身で出来る所業ではない。
「変則的BCI手術なんだろう? 中国のクリニックがそういうことをやっていると聞いたことがある」
「だから、俺はBCI手術なんて受けてねえつーの! 俺はローテク殺し屋だ。サイバーサムライってそもそもなんだよ?」
「サイバーサムライを知らないのか?」
「ああ。やばい奴だとしか」
どいつこいつも俺を見るとサイバーサムライだと言いやがると東雲は言う。
「サイバーサムライはサイバネティクス技術で己の肉体を極限まで高め、それでいて銃や爆薬などに頼らず、己の刀のみで戦う人間のことだ。一種の信念を持ち、戦う。かくいう俺もサイバーサムライでね」
「そりゃあ大したことで。具体的に何をしてるんだ?」
「身体の機械化。脳の高速化。そして、得物とのリンク」
とんとんと男が刀の柄を叩く。
「極限まで研ぎ澄まされたサイバーサムライの刃は戦車の装甲を引き裂き、機関銃の弾幕を迎撃し、確実に獲物を仕留める」
「そいつは凄い。だが、俺はできればそんな化け物とは戦いたくないんだが?」
「あいにく依頼主はターゲットと護衛の排除をご所望だ。あんたが護衛している人間を渡さない限り、死んでもらうことになる。いや、ここまで来ると口封じにあんたには絶対に死んでもらうことになる」
「あーあ。そういうことかい」
東雲がうんざりした表情で“月光”を揺らす。
「その剣はエネルギーウェポンか? 最近、そういうものが開発されたと聞いたが」
レーザーブレードとかそういうものかと男は言う。
「こいつは魔剣“月光”。使用者の血と魔力を消費する代わりにそれこそ戦車の装甲を引き裂き、機関銃の銃弾を弾き返し、獲物を確実に仕留める俺の相棒さ」
「そいつはいいなロマンだ」
「このロマンが分かるか。あんた、殺すには惜しい男だな」
「それはお互い様だな。あんたほどのサイバーサムライを失うのは惜しい」
「だから、俺はサイバーサムライじゃねえーっての」
東雲はむかっとしてそう返した。
「あんたは剣を使って、その剣だけを使って、ここまでの破壊を成し遂げたんだろう? そいつはもうサイバーサムライと同義さ。後は信念のみ、だ」
男がそう言いながら東雲との距離を窺う。
「俺は相手が複数だろうとサシで戦う。味方がいてもいいが、俺の獲物には手を出させない。それから銃弾や爆薬で援護されるのはごめんだ」
「俺はそれをやってくれる人間がいてくれたらなって心から思うよ」
「美学を持ちな。己の剣と刀を信じて、己で道を切り開く。それが美しく、気高い」
「けっ。人殺しに美しさや気高さがあるものか」
「それを求めるのがサイバーサムライだ」
そして、男が刀の柄を握った。
「やるか?」
「やるしかないんだろ。来いよ。ぶち殺してやる」
東雲は“月光”を一本に格納し、下段に構える。
「名乗りがまだだったな。俺は
「東雲龍人」
ふたりの距離が小銃ならば十分に当たる距離まで近づく。
「では、いざ尋常に──」
「──勝負」
男──呉は目にも留まらぬ速度で加速した。
銃弾並みの速度で加速し、バチリと音がしたと思うと東雲は鋭い殺気を感じ取って素早く身を引く。
東雲の喉にうっすらと傷が浮かび、そこから血が滲み出る。
「どういう玩具だ……」
「レールガンと同じだ。電磁力で加速して抜刀する。下手な弾丸より速いぜ」
「レールガンとはまた」
確かにサイバーサムライはやばい奴だと東雲は認識した。
全ての速度が今まで戦ってきた連中とは違う。異世界の剣聖と呼ばれる人間でも、ここまで人間離れした動きはできなかった。
全てはテクノロジーの恩恵か、と東雲は思った。
「次は確実にその首を叩き切ってやる」
「やってみろ。そっちの胴体を真っ二つにしてやる」
クソッタレ。俺だって異世界の剣聖に鍛えられたが、超えるのは無理だったんだぞと東雲は思う。
だが、相手はそれ以上。
それでもやるしかない。
やらなければ、やられる。
「はあっ!」
呉が加速する。だが、その動きは見破った。
東雲は身体能力強化を極限まで行使して横に飛び、呉の側面に回り込む。
そして、“月光”を一閃。横薙ぎに振るう。
「やらせん!」
呉は超電磁抜刀した刀で東雲の“月光”を弾き返す。
「ちっ! 速い!」
「そっちもな!」
東雲は再び超電磁抜刀をさせまいと追撃する。
“月光”と刀が金属音を立てて交わり、火花が散る。
「やるな」
「まあな」
そして、再び距離を取る。
血液の消耗が激しい。相手を全く切れていない。
造血剤を飲みたいが、造血剤を飲むタイミングがない。この状態で“月光”を八本全て展開するのは無謀だ。
手に握った“月光”だけで何としてでも相手を仕留める。
「いくぞ」
「来い」
再び呉が加速する。さっきよりも速い。
バチリと音がして殺気が東雲の首を狙う。
東雲は正面から呉の刀を受け止め、そのまま身体能力強化で押し込んだ。
「俺の速度についてこられる奴がいるとは驚きだ!」
「言ってろ! ぶち殺してやる!」
東雲と呉の刃が交錯したまま押し合が続き、徐々に東雲が押していく。
「クソ。俺が押されているだと……! 機械化もしてない人間相手に……?」
「機械化はしてないが、魔術は使ってるんでねっ!」
東雲がギリギリとは音立ててながら呉の刀を押していく。
「畜生」
呉が素早く後方に飛び下がり、東雲も攻撃を予期して同時に後ろに下がる。
そこで砲身を破壊されただけの無人戦車が動き出し、東雲に向けて突撃しようとする。恐らくは“白鯨”によるハッキングだ。
「邪魔をするなっ!」
東雲に向かおうとした戦車を呉が真っ二つに引き裂く。
制御系を完全に切断された戦車は数メートル進んだところで止まった。
「サシだ。サシで楽しい勝負をしてるんだ。邪魔してくれるなよ」
「あんた、それがサイバーサムライの美学って奴かい……」
「そうだ。これが俺なりの美学だ」
そして、再び呉が攻撃姿勢を取る。
東雲は上段で迎撃を狙う。
超電磁抜刀は下から上に向けて放たれるか、中段から中段に向けて放たれる。
東雲は今の状況では血を失うわけにはいかないが、多少腹を斬られようが身体能力強化で押し切れる。
敵が中段で腹を狙ったならば上から振り下ろす。下から上に来たら受け止める。
「次は押し負けん」
「どうだかな?」
そして、呉が動いた。
さらに速度が増している。音が遅れている。
そして、超電磁抜刀。
東雲はそれを“月光”で迎え撃った。
衝撃に手がしびれそうになるが、東雲は身体能力強化を全力で行使し続け、再び鍔迫り合いが始まる。今度は本当に呉も本気であり、東雲の方に刀を押してくる。
「やられるかよ! こっちだってなあ! 勇者やってたんだよ!」
だが、東雲が一気に押し返す。
「なっ……! ヒヒロイカネ製の俺の“虎斬り”に食い込んできた、だと!?」
東雲が魔力と血液を注ぎ込んだ月光の刃がじわじわと呉の刀の刃を切り裂いていき、そして次の瞬間──。
金属音が響いた。
刀の刃が回転して飛んでいき、ジュと音を立てて地面に突き刺さる。
ヒヒロイカネ製のヒートソードは切断され、呉は“月光”に胸を僅かに引き裂かれて、膝を突いた。
「ま、負けた……。信じられない……。俺が負けるなんて……」
「ああ。クソッタレ。あんたの負けだよ。まだ
「
「俺はあんたをどうもしない。殺してもいいんだぜ? だが、久しぶりに滾っちまった。柄でもないのに。それにどうやらあんたの運命を決めるのは俺ではなくなりそうだ」
ティルトローター機のローター音が響き、大井統合安全保障のティルトローター機が通りに着陸した。
そこからジェーン・ドウが下りてくる。
「保護対象はどこだ?」
今日は白と金と黒のチャイナドレス姿のジェーン・ドウが東雲に尋ねる。
「あそこの装甲車の中。言っておくが、俺はあんたにわざと連絡しなかったわけじゃないからな」
「どうでもいい。白鯨の情報を持っているのは確かなんだな?」
「そうらしい。作ったのはメティスだ、と」
「分かった。こっちで保護する。安心しろ。殺しはしない」
ジェーン・ドウは連れて来た大井統合安全保障のコントラクターたちに装甲車からロスヴィータを救助させると、呉に視線を向けた。
「お前。“虎斬り”の男だな? 拾ってやってもいいぞ」
「じゃあ、拾ってくれ。このヘマで俺はメティスから追われる身だ」
呉は力なくそう言った。
「ローテク野郎。いい仕事だ。報酬をやる。5万新円だ」
「ありがたいね」
「その代わり、あの女から取り立てるのは諦めろ。メティスがどこに網を張っているか分からないからな」
「ちっ。大損だぜ」
東雲はそう言って緊急時用の造血剤を飲み下した。
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