薔薇の十字//エンカウント

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 ──薔薇の十字//エンカウント



 東雲はベリアがマトリクスにダイブしていったのを見るとすることがなくなったことを悟った。


 東雲は無趣味ではない。昔──2012年に連載していたマンガの続きを読むのを楽しみにいしていた。だが、38年前の代物だ。古本屋に足しげく通い、マンガ喫茶を梯子し、なんとかお宝を見つけた。


 中には打ち切られていたりして悲しい思いをしたマンガもあったが、多くのマンガを一気に楽しむことができた。


仕事ビズもないし、マンガでも漁りに行くか」


 そんなわけだったので東雲は今日も古本屋とマンガ喫茶を巡ることにした。


 このTMCセクター13/6にも古本屋とマンガ喫茶はある。


 本当に古いマンガがそのまま残っている場所もあり、実にいいのだが、東雲はこの辺りの古本屋とマンガ喫茶を全て見て回ってしまい、新しい場所を探っていた。


 そこでTMC12/1まで出かけて見ることにした。


「よりによって秋葉原からマンガ文化が消えているんだもんなあ」


 青少年なんとかかんとか法によって、過去の多くの作品がセクター一桁代の本屋やマンガ喫茶から消えていた。古本屋にもない。


 現実がこれだけクソッタレなのに青少年の健全もクソもないだろうにと東雲は思ったが、時代が進み、そうなってしまったのなら仕方ないとも思っていた。


 まあ、セクター一桁代から消えた分、セクター二桁には逆にそういう品が回ってくるようになり、東雲のような胡散臭いIDでも会員登録ができるマンガ喫茶で読めるようになったのは塞翁が馬かもしれない。


「“月光”。ひとりじゃ寂しいから出てきてくれないか……」


 東雲がそういうと青緑色の光の粒子が広がり、“月光”の化身の姿となった。


「主様も寂しがり屋じゃの」


「まあな。ひとりは寂しいものだぜ」


 特にこの都市の形をした砂漠のようなTMCという場所ではと東雲は言う。


「人々は他人に無関心。関心があるときは大抵碌なことがない。『兄ちゃん、金持っているだろ』とか『臓器いらんかね』とかそういうのだ」


「だが、主様はあの獣耳の治療師に関心を抱いているのじゃろう」


「ん。そうだな。ある意味では王蘭玲先生にも俺は碌でもない人間に映っているのかもしれないなあ」


 だとしたら嫌だなと東雲は悩む。


「大丈夫じゃ。まだ脈がないと決まったわけではない。この間も熱心に話しておったではないか。白鯨が魂を得るには言葉が必要だとか」


「ああ。患者の無駄話にも付き合ってくれるのが先生のいいところだ。それに見た目が好みだしな」


「主様は細い女子が好きじゃのう。女はふくよかなぐらいがいいというが」


「俺は断然細い子が好みだ。そう意味じゃジェーン・ドウは外れる。そもそもあいつ性格悪いしな」


 ジェーン・ドウは高身長なのは許容するとしても女性的過ぎる体型だ。


 東雲の好みは細い女性だった。


「ベリアはどうなのじゃ?」


「あいつの年齢は恐らく長命種としてそれなりなんだろうが、外見がロリすぎてな……。俺は大人のお姉さんかつスレンダーな女性が好みなんだ」


 東雲は複雑な性癖の持ち主だった。


「我も論外か?」


「相棒としては好きだぜ。だが、女性としてはちょっと」


「むう。魔力と血を注いでくれれば、大人の体にもなれるのじゃぞ?」


「マジかよ。初耳なんだけど」


「うむ。主様に無理はさせたくなかったからなるべく魔力と血を使わぬ童の姿をしておるのじゃ。これだと実体化しても主様の血や魔力を消費せぬ」


「となると、大人の姿になったら維持するにも血をと魔力が?」


「必要になるのう」


「そっかー」


 今は血は重要だからなあと東雲は愚痴る。


「一度、大人になった我の姿を見てみぬか?」


「気になる。気になるが、どれだけ血を消耗するか分からないからな」


「まあ、我──“月光”は本来は吸血鬼たちの扱うものだったからの」


 他者から魔力とともに血を食らう吸血鬼の血ならばそこまで大量に消費することはなかったのじゃがと“月光”は言った。


「そう、吸血鬼たちの武器だった。吸血鬼たちが滅亡したに残されたのはお前だったな。魔剣として残っていたお前を俺は吸血鬼の遺跡で発見して、手に入れた」


「そして、主様は誓った」


「かつての吸血鬼たちは己の眷属を守るために“月光”を握り、その眷属たちを魔族と人類から守ったそうだな」


 だから、弱きものを助けると誓うのかと東雲は呟いた。


「懐かしい思い出なのじゃ。主様は緊張しておったな」


「そりゃあな。お前の正体を知る前だったし、あの世界でも輝く剣なんて初めて見たし。あの世界、錬金術とか付呪とかいろいろあったのに、どうして魔剣と呼ばれるのはお前ぐらいだったんだろうな?」


「我は吸血鬼たちが何世代に渡って血を与え、魔力を与え、鍛え続けたのじゃ。吸血鬼の王の剣として。そして、その技術は吸血鬼たちの滅亡とともに失われてしまった」


「ロストテクノロジーってわけか。現代では戦艦大和の主砲は作れない、みたいな」


「戦艦やまと? というのは知らぬが、この世界にもそういうものがあるのじゃな」


「ああ。どれだけ技術が進歩しても男のロマンって奴は不滅だと思ったんだけどな」


 今じゃ何もかもナノマシンだのBCIだのでと東雲は老人のように愚痴る。


「主様が求める男のロマンとはどういうものじゃ?」


「そりゃあ、男たちが固い絆で結ばれ、ともに戦場を家族や恋人のために戦い抜くって熱い話だ。だが、俺のやって来たことと言ったら、金のために仕事ビズをやるってだけだ。昔ながらの軍隊も今や民間軍事会社PMSC


 企業が幅を利かせているのは百歩譲るとして、何の意味もない戦いのために死んでいった連中がどれだけ無念なものかと東雲は以前のギルマン・セキュリティとともに戦った戦いを思い出していう。


「お前には『力なきものたちのために、その剣を振るうことを誓う』と誓ったのに、本当にすまないな。俺はどこまでも自己中な人間だ」


「構わぬよ。主様が生きておることがなにより大事じゃ」


 我を置いてはいかないでくれと少し暗い表情で“月光”は言った。


「悪いが俺は吸血鬼たちと違って不老不死じゃない。いつかはお前を置いていくことにいなるだろう」


「そうじゃなあ。主様と別れる時が来ると思うと寂しいのじゃ」


「お前も縁起でもないこというなよ。俺はまだまだくたばる気はないぜ?」


「すまぬ。我としたことが」


「俺の生ある限りはお前を手放したりはしないから安心しろ」


 東雲はそう言って"月光”の肩を叩いた。


「ん。何の音だ……」


 何やら金属音が聞こえてくる。


「──どりゃあ! 有り金寄越せば許してやるよ!」


「ダメ! これはボクの大事な軍資金なんだから!」


「ふざけな! てめえのおかげで肩の骨が折れちまったんだぞ、ああ!?」


 それからドスの効いた男の声とハスキーな女性の声が聞こえてくる。


「どうやらトラブル臭いな」


「主様。たまには人助けもいいと思うぞ?」


仕事ビズ抜きで、か。それもそうだな」


 東雲はそう言って頷く。


「じゃあ、"月光”。荒事になるかもしれないから戻ってくれ」


「分かったのじゃ」


 “月光”が青緑色の粒子になって消える。


「さて、と。人助けと行きますか」


 東雲が前方に踏み出すと無人コンビニエンスストアが見えて来た。


 普段は東雲でも利用しない店だ。理由は簡単。電子ドラッグジャンキーがたむろしていて面倒だから。


 案の定、問題を起こしているのは電子ドラッグジャンキーだった。BCIポートにウェアを刺したまま女性を取り囲んでいる。


 この手の電子ドラッグジャンキーは本当に面倒だ。端金欲しさに殺人だって躊躇しない。東雲も何度か絡まれ、何度かは“月光”の贄にしてやった。


「おい。あんたら。何をしてるんだ?」


「ああ!? 俺たちの勝手だろうがよ! ぶつくさいうならてめえもぶち殺すぞ!」


「穏便じゃあないな」


 東雲も“月光”に弱者を助けると誓ったことのある身だ。


 いつもなら電子ドラッグジャンキーなど放っておくが、こういう場面に直接出くわしてしまったら、放置というわけにもいかない。


「いいぜ。俺に勝てたら、5万新円やるぞ」


「マジかよ。こいつ、金持ってるぜ! ぶち殺そうや!」


 電子ドラッグジャンキー6名が一斉に東雲に襲い掛かってくる。


 電子ドラッグジャンキーが銃を持っていたら"月光”を抜くつもりだったが、どうやら向こうは素手とナイフのようだ。それならばわざわざ“月光”を抜くまでもないと東雲は判断した。


「ほらよ」


 東雲は襲い掛かってくる電子ドラッグジャンキーに拳を叩き込む。首の骨がへし折れる音がして電子ドラッグジャンキーのひとりが痙攣しながら崩れ落ちる。


「て、てめえ!」


「騒いでる場合かよ、と」


 東雲が回し蹴りを繰り出し、ナイフを持った電子ドラッグジャンキーの肋骨がバキバキと折れる音が響き、そのまま男は口から血を吐いて崩れ落ちた。


「舐めんなよ、クソが!」


「はいはい」


 東雲はナイフを向けて来た男の突きをひらりと躱すと、その男の首をへし折った。


「ひっ! やばい! こいつやばい!」


「てめえら逃げるな! クソが!」


 電子ドラッグジャンキーのうち2名が走って逃走し、ひとりがそのまま襲い掛かってくる。東雲は垂直に足をけり上げると男の股間をそのまま粉砕した。


「逃げた奴は、まあいいか」


 どうせ電子ドラッグジャンキーだ。大井統合安全保障に駆け込むはずがないし、電子ドラッグジャンキーは顔を覚えるということすらできない。


「無事かい、あんた……──!」


 東雲は電子ドラッグジャンキーに先ほどまで貌まれていた女性を見て驚いた。


 その若い女性は長い笹状の耳──つまりエルフ耳をしていたのだ。


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