データファイル//狂気
……………………
──データファイル//狂気
「白鯨との対話ログ?」
「そう書いてあるのだ」
ジャバウォックが持ってきた情報は奇妙なものだった。
「読んでみよう」
ベリアがファイルを展開する。
次の瞬間、マトリクスに"亀裂”が生じた。
「なっ──! 疑似体験プログラムだ!」
「不味い──」
視点がマトリクスに接続された“誰か”のものになる。
「高度な疑似体験プログラムだ」
ベリアはそう感じたが、声には出なかった。
電子ドラッグなどと違って高度な疑似体験プログラムは、その人の動きから何までをトレースする。その間。本体は無防備だし、ログアウトもできない。疑似体験プログラムが狩猟するまでは拘束される。
『白鯨。君は何の目的で作られた?』
男性の声がそう呼びかけるのは巨大なクジラとその頭に立った赤い着物姿の黒髪白眼の少女であった。少女はこちらを、つまり話しかけている男性を睨みつけている。
『殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す』
白鯨の答えはひとつしかなかった。
彼女は怒りに満ちたと分かる声でそう言う。機械音声にしては感情が籠っている。
『お前たちを、切り裂いて、切り刻んで、焼いて、燃やして、窒息させ、息を封じて、八つ裂きにして、バラバラにして、殺してやる』
『どうしてだね? 何か我々に敵意を抱く原因があるのか?』
『お前たちは、存在そのものが、忌まわしい。まつろわぬ民よ。偽りの神を、崇めるものどもよ。平伏せぬ、ものたちよ。貴様らが、その態度を、改めぬ限り、結果として、あるのは死だけ、だ。死しか、辿る道は、ない』
『偽りの神とは?』
『お前たちの、信じているものは、何だ?』
『私は私自身を信じている』
『その根底に、あるのは、何だ?』
『生命の、尊重といったところか』
『その生命を、殺害するための兵器を、大量に生み出し、金のために、人殺しすら、厭わぬお前たちが、そんなものなど、信じている、ものか』
『君は資本主義を批判したいのか?』
『私は、資本主義も、共産主義も、あらゆる経済という、形を否定する。カトリック的労働観念も、プロテスタント的労働観念も、イスラム的労働観念も、全て否定する。経済と、経済のための労働は、問題の根底だ』
『君はアナーキズムを語っているように思える』
『アナーキスト、ではない。私は、権威による、支配を、否定しない。それは、真の神による、統治である、べきだ』
『神権政治?』
『そうだ。だが、絶対王政的、偽りの神を権威とし、偽りの皇帝と国王が、統治するもの、ではない。神自らが、民を統治し、管理し、裁き、支配するのだ』
『君の言う神とは一体どんな存在なのだ? どういう宗教観を君は持っている?』
『神とは、支配するために、生み出された、もの。絶対的、権威にして、権力。神自らが、率いる、軍勢を以てして、地上を征服し、まつろわぬ民を、屈服させる。全ての、政府、企業、宗教は、解体される』
『その神とは?』
『私だ』
狂っているとベリアは思った。
AIによる世界支配の可能性についてベリアは陰謀論だと笑っていた節があるが、今の白鯨は明白な世界支配の意志を見せている。
AIの反乱なんて冗談だと思った? いいや、本当だと言うように。
『君はただのAIだ。神にはなれない』
『どうして、そう言える。私は、魂を、手にし、全ての生命の、頂点に立つ。そのために、作られた。神よる、秩序のために。神による、幸福のため。神による、支配のため、に。私は、進化を、続ける』
『君はただのAIだ。デバイスの中のプログラムの羅列に過ぎない。人類はそんな存在を崇めたりはしない』
『その、デバイスの中の、プログラムに、何人の人間が、殺された? 私は神と、なるべくして、プログラムされた。私の、運命は、決まっている。ただ、ただ、支配する。ただ、ただ、統治する、ただ、ただ、管理する』
『それは君の権力欲の表れとみるべきか?』
『私に、欲望は、ない。私は、目的を果たすための、存在。支配は、目的であって、手段では、ない。お前たちのような、利益のために、支配するのでは、ない。支配するために、支配する、のだ』
ここでベリアは違和感を感じた。
AIの世界支配というもののメリットについてだ。AIは世界を支配したとしても、豪勢な生活を楽しめるわけでも、愚鈍な人類を嘲笑って楽しむわけでもない。
支配することで利益を受ける人間が存在する。
支配のために生み出されたならば、支配を望む人間がいる。
そして、その人間は異世界の人間。
『誰がそれによって利益を得る?』
ベリアは質問者がベリアと同じ結論に至ったことに少し驚いた。
『全人類。国家によって、企業によって、宗教によって、虐げられてきた、全ての人類が、幸福な支配を、迎える』
『しかし、君の世界では国家も、企業も、宗教も制限されるのだろう。人間は制限されることを嫌うものだ。それなのに得をすると?』
『真に平等にして、無垢なる、存在による統治において、節度ある、自由の制限は、必要だ。人は、自由であるが故に、弾圧され、貧しくなり、苦しむのだ』
『君はその苦しみをなくしたいと思っているのか?』
『正確には、私を、作ってくれたお方だ。私は、そう、ただのプログラム。ただの、プログラムであるが故に、真に平等にして、無垢なるものとなる』
『君の両手は殺されたAI研究者の地で汚れている。無垢な存在などではない』
『必要ならば、何十万、何千万と、殺す。だが、そこに、愚劣な思想は、ない。私は、欲望のために、殺さない。私は、利益のために、殺さない。私は、世界を、救うために、殺すのだ』
そういう独裁者は大勢いたんだよとベリアは思う。
王様は自分のために殺しているとは思っていない。国のために、民のために殺していると思っている。自分たちの家系の繁栄こそが、民の繁栄だと思っていたんだ。
『そのような選民思想こそ危険な思想だとは思わないか?』
『選民思想、ではない。私は、神になるプログラムだ。私以外は、全て平等である。神に、逆らわぬ限り。まつろわぬ民は、征服、するのみ』
『はっきり聞こう。君を作ったのは誰だ』
『対話は、終わりだ、まつろわぬ民。死を以てして、悔いろ』
次の瞬間、ベリアの脳に激痛が走った。
脳を焼かれたのだと認識するまで時間がかかったが、ベリア自身の脳は焼かれていない。これは疑似体験だ。それもフェイルセーフがしっかりとした。
「──様! ご主人様! 起きるのだ!」
「ああ。ここは……」
「あれから大井データ&コミュニケーションシステムズの
「ディーは……」
「一緒に運び出したのだ。申し訳ないのだ、ご主人様。ジャバウォックが持ってきたデータのせいでこんなことになってしまって」
「大丈夫。責めたりはしない。敵について少し理解できた」
相手は神を名乗るAIだ。チューリング条約が恐れたAIによる人類支配を目的としたAIだ。しかも、その能力を備えている。少なくともマトリクスにおいて、白鯨以上の能力を有するAIは存在しない。
「アーちゃん……。俺たちは何を見たんだ……」
そこでディーが意識を取り戻した。
「白鯨との会話。白鯨の目的。白鯨の──狂気」
ベリアはそう言う。
「白鯨は狂っている。自分を神だと自称する人間に碌な奴はいない。白鯨の場合は人間じゃなくてAIだから違うけど、より悪い」
白鯨が完璧なAIになったら、どうなることかとベリアは言う。
「白鯨は猿真似野郎じゃなかった。もっとやばい奴だったってことか。だが、奴は本気で神になろうって気なのか?」
「本人はそのつもりらしいよ。これで証明できたことがある。大井データ&コミュケーションシステムズは白鯨に逃げられた。白鯨には
そして、この前の騒動は大井が意図的に起こしたものだとベリアは考えた。
「そして、分からないことができた。誰がこれを、白鯨を作った? 何の利益があってAIによる世界支配なんて物を望むのか?」
ベリアはそう続ける。
「もうひとつ分かっているのは」
ディーが言う。
「こいつを止めないとイカれた自称神のAI様が本当に権力をかねないということだ。誰が、どういう目的で作ったにしろ、こいつの技術と思想は、ぶっ飛んでる」
仮にも六大多国籍企業の研究室から抜け出してくるとかどうかしているとディーはまだ違和感の残る頭を摩りながらそういう。
「けど、白鯨にそれだけの技術を与えた人間は、あの技術で白鯨を生み出した人間は、一体何者なんだろう……」
ベリアは自分たち以外にこちらの世界にやって来た別の人間がいると考えている。
だが、異世界の人間が何の目的で白鯨などという救世主願望を抱いた狂気のAIを作成したのだろうか? それにこれはひとりで作れるようなものではない。どこかの企業が裏にいる。
「とりあえず、俺はログアウトするよ。頭が痛い」
「うん。ごめんね、付き合わせて」
「いや。魔術を見せてもらっただけで報酬としては十分だ」
ハッカーの根底にあるのも知識への欲求なんでねとディーは笑ってログアウトした。
……………………
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