データファイル//白鯨

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 ──データファイル//白鯨



 ジャバウォックとバンダースナッチが目標のサーバーに近づくとすぐさま追跡エージェントが接近してくる。これに捕まると嗅ぎまわっていたことがバレる。


 ジャバウォックとバンダースナッチが欺瞞データをばら撒きながら、追跡エージェントを躱し、大井データ&コミュニケーションシステムズのサーバーに取り付く。


 アイスブレイカーは完全に機能した。


 大井データ&コミュニケーションシステムズのアイスに穴が開き、そこにジャバウォックとバンダースナッチがワームを放り込む。


「どう、ジャバウォック、バンダースナッチ? 上手く動いたかい?」


「検索エージェントを放ってみたけど問題ないのにゃ。無事に働いたみたいだにゃ」


「結構。じゃあ、お邪魔しますか」


 ベリアたちはサーバーの外から内部を見渡す。


 ブラックアイスが見える。ガーゴイル型ブラックアイス。指定されたエリアを守り、侵入者だけを焼き殺すガーゴイル守護像


 今は沈黙しているように見えるが、いきなり動き出すかもしれない。


「穴が開いた。行こうか」


「ああ」


 だが、時間が有限であり、いつまでもアイスを開けておくわけにはいかない。ベリアは意を決して大井データ&コミュニケーションシステムズのメインフレームに踏み込んだ。


 ブラックアイスは機能しなかった。


、マトリクス上で視覚化された黒い立方体のガーゴイルは微動だにせず、ベリアたちの侵入を許した。


「ははあ。ようやく読めて来たぞ。白鯨が妙に迷宮回路を破るのは早かったり、ブラックアイスをものともせず大井統合安全保障のメインフレームにしけたりできたのは、奴も同じ技術を使っているからか」


「多分、そうだね。でも、奴がこの手の技術を使い始めたのは最近だよ」


 Mr.AKの改変種ミュータントが使われ始めたのは最近のことで、TMCで大井統合安全保障と国連チューリング条約執行機関を巻き込んだアンドロイドの大騒ぎが起きたと来た時からだ。


「そうだな。そこからだ。おかしくなり始めたのは」


「それまでは異常だったのは白鯨そのものだけだ」


 大井のアンドロイド工場をハックしてアンドロイドを暴走させてTMCサイバー・ワン占拠事件を引き起こしたときには確認されなかった。


 富士先端技術研究所のAI研究者やアトランティス・サイバーソリューションズのAI研究者、カリフォルニア工科大学のAI研究者を襲って殺害したときも、この手の技術は確認されていない。


「何が白鯨のその方針を変換させたのか……」


 ロンメルの言ったように敗北と同種との遭遇?


 ジャバウォックとバンダースナッチが原因なのか?


 いや、東雲は言っていた白鯨が明白な敵意を持って接触してきたと。


 原因は同じような存在ではなく、同じような存在を“生み出した”ものなのかもしれない。つまりは、ベリア。彼女自身が原因である可能性。


「根拠もなしに考えていても始まらない。奪えるデータを奪ってから考えよう」


「そうだな。まずはデータだ」


 ベリアはそう割り切って、大井データ&コミュニケーションシステムズのメインフレーム内を目標のデータに向かって進む。


 迷宮回路やパラドクストラップを回避しつつ、目標のデータを目指して進む。


「本当にブラックアイスが全く反応しやしない。これだと管理者シスオペAIに気づかれるんじゃないか……」


「その管理者シスオペAIも眠っているよ。少なくとも私たちに対してはね」


 すいすいと大井データ&コミュニケーションシステムズのメインフレーム内を泳ぐようにして進み、データの奥に潜る、潜る。


「データベースだ」


「ジャックポット。ここに目標のデータがあるはず。ジャバウォック、バンダースナッチ。検索して。白鯨についての情報に関して」


 巨大な本棚とでもいうべきマトリクスで視覚化されたデータベースが前夫に現れるのにベリアがジャバウォックとバンダースナッチに命じる。


 ジャバウォックとバンダースナッチはAIらしい演算速度で巨大なデータベースを瞬時に閲覧する。白鯨かあるいは敵対的自律AIに関する情報を探し出し、リストアップしてはデータベースから抽出していく。


「白鯨に関する第一次レポート」


「白鯨がマトリクスでそう呼ばれ始めてからの資料だな。大井のアンドロイド工場をハックしたときの資料はないのか?」


「欲しいのは白鯨の構造解析結果だよ。それが残っていれば、の話だけどね」


「いや。前の情報があればいつから白鯨がMr.AKの改変種を使い始めたのかが分かる」


 恐らくはその原因も、とディーは言う。


「私の子供たちのこと疑っている? それとも私自身を?」


「可能性の話だ。それに別に奴が改変種を使い始めたのが、アーちゃんに遭遇する以前であろうと、それからであろうとアーちゃんに責任はない」


 ディーはそう言って次のデータに目を通す。


「あった。白鯨とマトリクス上で呼称される以前の白鯨のデータだ。大井のアンドロイド工場をハックしたときの資料がある」


「Mr.AK?」


「違うウィルスだ。FatMamyって奴だ。これも一時期流行ったな。しかし、資料によればウィルスそのものは単純──ではあるが、よくできたアイスブレイカーだとしか記されていない。異常性はない」


「FatMamyの開発者は?」


「カナダのアングラハッカーが自称している。つい先月王立カナダ騎馬警察にサイバーテロ容疑で逮捕されている」


「つまり、これは猿真似か」


「使えるツールを使っただけとも言える。FatMamyが流行したのは、大井のアンドロイド工場がハックされてからだ。それまではさほどアイスブレイカーとして注目されていなかった」


 ディーがそう語る。


「白鯨は誰よりも早く目を付け、構造解析して利用した。もちろん、ただのアイスブレイカーに過ぎないから、ハックした後の作業は自分で行わなければならない」


「そして白鯨は0.00000005秒でそれをやってのけた」


「そう、白鯨はこの時点で十二分な脅威だった」


 魔術なんて使わなくても脅威だったんだとディーは言う。


「白鯨に関する第二次レポート。記されているのは富士先端技術研究所の事件?」


「大井が金を出していた研究だとは聞いていないが」


「どうもTMCサイバー・ワン占拠事件から大井は白鯨をマークしていたらしい。それで白鯨が富士先端技術研究所で事件を起こしたことも真っ先に知ったみたいだ」


 これはちなみに第一次レポートの時点で触れられているとベリアは言う。


「しかし、白鯨って奴が呼ばれるようになったのは富士先端技術研究所の事件の後からだぞ。もしかして。BAR.三毛猫に大井の人間がいるってのか?」


「考えられなくはないね」


 だから、マトリクス上で安全な場所なんてないんだとベリアが言う。


「そうみたいだな。それで白鯨に関する第三次レポート、第四次レポート。どうも大井はアトランティスに産業スパイを潜り込ませているらしい。アトランティス・サイバーソリューションズに関する情報がある」


「どれどれ。本当だ。アトランティス・サイバーソリューションズの情報がある。ここでもオリジナルのMr.AKが使われてるね」


「改変種を使い始めたのはいつからだ?」


「白鯨に関する第五次レポート。カリフォルニア工科大学の事件。この時点でもオリジナルのMr.AKだ」


「他のレポートも見たが、改変種が使われたのは例のアンドロイド大暴走事件のときからだ。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが検出している」


「大井統合安全保障のメインフレームのアイスを溶かすのに必要だった?」


「分からねえ。白鯨にとっては失敗できない案件だったのかもしれない」


「……どうしても殺したい相手がいた、とか?」


「心当たり、あるのか?」


「私の友達が白鯨のエージェントにAR上であったらしい」


「そいつ、マトリクスの幽霊に会ったっていうサイバーサムライか?」


「そう、彼」


 ベリアが頷く。


「よっぽどの脅威と見られたようだな。目を付けられたのはTMCサイバー・ワン占拠事件のときと見るべきか」


「その辺りだろうね。彼個人への攻撃もそれ以降だから」


「TMCセクター6/2のバーでも揉め事か?」


「その後も襲撃はあったよ」


 何故か私個人は狙われなかったけれどとベリアは言う。


「マトリクスに繋いでいる人間の脳を簡単に焼き切れる白鯨が、何故かアーちゃんの相棒にだけ目を付け、アーちゃん個人は襲わなかった。脅威ではないと思われたか?」


「だとしたら腹が立つね」


 ぎゃふんって言わせてやらなきゃとベリアは述べる。


「ご主人様。白鯨の構造解析データがあったのにゃ」


「よしよし。いい子だ。さて、何と記されているかな?」


 ベリアはデータを展開する。


「こいつはまた」


「カルネアデス学派、ゼノン学派、ローゼンクロイツ学派、アヴェスター学派、フィロン学派。ホムンクルスを作る能力がある学派を総動員ってところか。そして相変わらずのフランケンシュタインの怪物」


 浮かび上がった魔法陣の秘匿暗号文字の羅列を前にベリアがそう言う。


「これがプログラムだっていうのか? あり得ねえ。こんなのプログラムじゃない。曼荼羅の類だ」


「プログラムとして成立しないはずのものがプログラムとして機能しAIとなっている。やはり、誰かが……」


 異世界の人間がベリアたち以外にもいる。


 そいつが白鯨を作った。


「ご主人様。白鯨との対話のログがあるのだ」


 そして、ジャバウォックがとあるデータを運んできた。


……………………

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