データファイル//アナウンス
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──データファイル//アナウンス
あの事件の後、東雲たちはジェーン・ドウから報酬を受け取った10万新円。
恐らくは口止め料も含まれているのだろう。
もはや、ジェーン・ドウが大井コンツェルンに所属しているのは明白だ。今回の騒動も全ては白鯨の奪われたデータを再び取得するため。
そうでなければ無人の研究所をどうして東雲たちに守らせるというのだ。
ベリアの推測ではジェーン・ドウ──大井はデータを再取得するために、フルスキャントラップというものをセットした大井統合安全保障のメインフレームに白鯨を誘い込むつもりだった。
だが、白鯨は今回は大井統合安全保障のメインフレームに侵入していないという。
つまり、大井の目論見は失敗したわけだ。
ジェーン・ドウはいらだった様子だった。
「また近いうちに
ジェーン・ドウはそう言って去っていっていた。
そんなことがあってベリアは考えていた。
BAR.三毛猫のカウンター席で消えては増えるトピック──発言者がゼロになって暫く経つとログとして保管される──を眺めながら、白鯨について考える。
「白鯨というAIを作ったのは何者か……」
白鯨には異世界の技術が使われている。それは間違いない。
魔術はこの地球には存在しなかった。
ベリアはマトリクスで様々な文献を調べたが、魔術は実在しないとの結論に至った。
神話の物語や宗教の物語の中には魔術と思えるような現象も記されていたが、今この現代──2050年においてはそれらはフィクションだと分かっている。
現にどうして過去に起きた奇跡が今起きないのかという問題に、誰も明確な答えは返さない。幾人かの熱心な活動家たちは奇跡や魔術を訴えているが、どれも科学によって証明されてしまった手品だ。
「もちろん、科学で魔術が解明できるときは来るだろうけど。現にこうしてマトリクスという科学の世界で魔術が使えるんだ。証明されるときは遠くはない」
ベリアはひとりそう愚痴る。
「アーちゃん。どうしたんだい、ひとりで黄昏て……」
「少し考え事」
「白鯨か?」
「そう、白鯨」
白鯨関係のトピックは乱立している。
一番盛り上がっているトピックは、連続AI研究者殺人事件だ。
大井データ&コミュニケーションシステムズの研究者が殺されたことで、そのトピックは──言っては悪いが──盛り上がっていた。
議論の中心はMr.AKと白鯨に使われていた謎のプログラミング言語──魔術の痕跡の解明だ。メガネウサギのアバターと三頭身の少女のアバター、アニメキャラのアバター、アラブ系のアバターを中心に議論が進んでいる。
だが、結論は出ない。
出るはずがないのだ。魔術なんてものはこの世界に存在しないのだから。
「白鯨の技術は魔術って言ったが、あれは比喩表現じゃなくて本当に魔術なのか? ほら、いうだろう。十分に発達した科学技術はなんとらやって」
「そうだね。ある意味ではその通り。今は魔術という言葉でしか表せないけど、いずれ科学で証明できる日がやってくる。魔術にも規則性があるわけだからね。だけど、今は魔術は魔術のままだ」
マトリクスでも魔術は使えたんだからねとベリアは言う。
「いまいち、現実味がない。確かにジャバウォックとバンダースナッチは凄いAIだと思うが、それだけだ。何か魔術らしい魔術を見せてくれないか……」
「この映像。前に起きた日本陸軍の戦車暴走事件の際に戦車の車載カメラが記録していたデータ。見てみて」
「ふむ」
映像はふたつあった。
ひとつは東雲が──やはり顔にノイズが走っているが──“月光”で45式無人戦車のセンサーを潰し、主砲を切断し、さらには制御系の収まった砲塔を破壊したもの。
もうひとつは東雲が
どちらも日本陸軍の公式の映像であることを示す電子署名がある。
「フェイク、じゃないよな」
「軍の電子署名を私が偽装できるぐらいの腕前になったと思う?」
「マジかよ。こいつはすげえ。確かに魔術だ」
ディーは何度も映像をリピートする。
「ちょっと魔術体験しに行く?」
「マトリクス上で使えるのか?」
「現に使えるから白鯨が存在するんじゃないか」
「それもそうだ。そう言えばロンメルを見かけたか?」
「いいや。彼女に何か用事?」
ベリアが怪訝そうにディーを見た。
「今、あの魔法陣の解読に挑んでいてな。知識のある人間がいればと思ったんだが」
「あれの解析は諦めた方がいいよ。この世界にはまだ魔術の基礎すらないんだ」
中世の技術でスパコンは作れないだろうとベリアは言う。
「何事も一からコツコツと、か」
「そういうこと。私やロンメルなら確かに説明できるかもしれない。だけど、中世に暮らす人間にナノマシンについて説明したって理解されないでしょ」
「それもそうだ」
あっちは無駄な議論になりそうだとディーは言った。
「ところで、白鯨は何を目的としていると思う?」
「それを探りに行こう。大井に
「本気か?
「そう。魔術の体験ツアーも兼ねて」
大井は自分たちよりも確実に情報を持っているとベリアは言う。
「大井が何を握っているか興味はない?」
「ハッカー相手にそれはないだろ。もちろん、興味はある」
大井は白鯨の構造解析を行っていたはずだ。その断片を持っているだろう。
断片だ。完全な構造解析ができていれば、わざわざこの前のような騒ぎを起こす必要はなかったのだ。恐らくは大井のAI研究者は断片から答えを手にしようとして、白鯨によって殺され、データを破棄されたと見るべきだろう。
「大井のどこに
大井コンツェルンは巨大な
大井海運から始まるロジスティクス事業を手堅く進めつつ、重工業から金融、ITサービスまで行ってる。そのどこに仕掛けるのか。
「大井データ&コミュニケーションシステムズ。あそこが白鯨のデータの断片を持っている可能性がある。そして、彼らが白鯨について何を掴んだか知ろうじゃないか」
「オーケー。やってやろうぜ」
BAR.三毛猫をログアウトして、大井データ&コミュニケーションシステムズのサーバーを探す。TMCのネットワークがマトリクス上で視覚化される。
市ヶ谷に聳え立つのは日本情報軍のサーバーだ。事実上突破不可能な
TMCに拠点を置く六大多国籍企業のサーバーがそれに並び立ち、あれはアロー・グループ、あっちはアトランティス・グループで、向こうに見えるが大井コンツェルンの本社だと分かる。
大井データ&コミュニケーションシステムズのメインフレームも見つかった。
TMCではブラックアイスの使用が許可されている。下手を打てば、脳を焼き切られても文句は言えない。そして、大井データ&コミュニケーションシステムズはブラックアイスを使用していた。
「どう
「
「ううん? さっぱり分からん。どういう言いのあるコードなんだ?」
「アイスブレイカーは結界破りの魔術。結界にもいろいろと種類があるけれど、どれでも破壊できるオールマイティな汎用結界破り。これが
ベリアが説明する。
「そしてこっちは宝物の守護者を攻撃する攻撃魔術。宝物の守護者と限定しているのはそうしないと自分たちまで被害を受けるから。ブラックアイスを宝物の守護者と認識しれくれるかは試してみないと」
一応、他のワームも準備しているけれどとベリアは言う。
「信じられんな。まさに剣と魔法のファンタジーの話だ」
「言っただろう。中世の人間にナノマシンについて説明するようなものだって」
まさに十分に進んだ科学はなんとやらだとベリアは言う。
「これからこのアイスブレイカーで大井データ&コミュニケーションシステムズの
「どうやってそれを探るんだ?」
「こうするんだよ」
ベリアは手をかざす。
「“黒き影の使者に命ずる。我らが探し求めるものを探り当て、捕えよ”」
ベリアがそう詠唱すると、ベリアのアバターから黒い影が伸び、大井データ&コミュニケーションシステムズのメインフレーム内に入っていく。
「見つけた」
そして、ベリアが大井データ&コミュニケーションシステムズのサーバーに近づく。
「見つけた? 今の検索エージェントか?」
「それに似たもの。電子データじゃないから
文字通りの影とベリアは言う。
「最近、マトリクス上で魔法が使えるって分かったから何度か試してみたけど、検索エージェントより精度は劣るものの。使えるよ」
「はああ。魔術ってのはすげえな」
ディーはただただ感心するばかりだった。
「では、ジャバウォック、バンダースナッチ。アイスブレイカーを使って侵入準備」
「了解なのだ、ご主人様」
そしてジャバウォックとバンダースナッチが大井データ&コミュニケーションシステムズのサーバーに近づいていく。
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