標的A//暴挙

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 ──標的A//暴挙



 研究所の駐車場で戦闘が始まったのは19時過ぎだった。


 暗視装置を付けたギルマン・セキュリティのコントラクターたちが接近するアンドロイドの群れに警告を3回行った後、発砲を開始した。


 流石は自分たちに任せておけと言っていただけはあると東雲は研究所の中から戦闘の様子を見ながら思う。


 軍用装甲車の12.7ミリ重機関銃と20ミリ機関砲がアンドロイドを薙ぎ倒し、コントラクターたちは手慣れた仕草で電磁パルスガンや電磁パルスグレネード弾を使ってアンドロイドたちをスクラップに変えている。


「どうだい。あんたの役目なんてなさそうだろう?」


「そうだな。今回は慌ただしくしなくてよさそうだ」


 他人に戦ってもらって自分は楽をする。これほどいいものはない。


 ジェーン・ドウも自分たちに仕事ビズを回しながら、そんなことを思っているのだろうかと東雲は思った。


「残弾が心配だが、まあこの手の人海戦術には限界がある」


 アンドロイドたちが八つ裂きになり、屍を晒していくのにゲイリーがそういう。


「ベリア。今回は仕事は楽そうだ」


『そうみたいだね。こっちも不味い動きは掴んでいない。ハックされても向かって来るのはせいぜい戦闘用アンドロイド──民生用のそれぐらいだ』


「しかし、これだと王蘭玲先生に会いに行く口実がなくなるな」


『暢気なこと言って』


 ベリアは呆れたようにそう言った。


「しかし、これだけ派手にアンドロイドをスクラップにしているが、賠償は誰が行うんだろうな……」


「この騒動を起こした人間だろ」


「この騒動を起こした人間、ね」


 どうやらゲイリーたちは白鯨のことを知らないらしい。


 不味いかもしれないと東雲が思った時だった。


「警備ボットだ! 遮蔽物!」


 口径12.7ミリのガトリングガンを装備した大井統合安全保障の警備ボットが戦場に乱入してきた。警備ボットは大口径ライフル弾をばら撒き、ギルマン・セキュリティのコントラクターたちが装甲車やコンクリート製の建物に隠れる。


「警備ボット? 犯人はそんなものまでハックできるのか?」


「この調子だと警備ドローンまでハックされているぞ。準備はいいか?」


「ああ。なんとかしてやる」


 警備ボットは決死の覚悟で放り込まれた電磁パルスグレネード弾で無力化され、東雲が予想したように警備ドローンがハックされて飛んできた。


 それでも大井統合安全保障はひとりとしてコントラクターを送り込んでこない。


「畜生。警備ボットは予想外だった。大井統合安全保障のアイスを抜きやがったのか? 犯人は凄腕ってどころじゃないな」


「警備ボットと警備ドローンは大井統合安全保障のメインフレームじゃなくて、下請けのサーバーが運用している、らしい。だから、アイスとやらを抜くのは簡単なんだとさ」


 以前、この手の襲撃に会った際に東雲はベリアから説明を受けていた。


「なら、大井統合安全保障のアーマードスーツも……」


「そっちはきっちり大井統合安全保障のメインフレームの中だ」


「それならいいが」


 だが、相手は白鯨だぞ? 奴は軽装攻撃ヘリとアーマードスーツをハックして俺にけしかけてきたんだぞ? そのことはデータにはなかったのかと東雲は思う。


 だが、よくよく考えれば六大多国籍企業ヘックスのサイバーセキュリティが陥落したなどという不祥事を公開するはずもないかと思う。


 マトリクスでは随分と噂になっただろうが、東雲には分からないことだ。


『東雲。警備ボットと警備ドローンの第二陣くるよ』


「今のところ、楽させてもらっている。警備ボットも警備ドローンも電磁パルス対策はしていないらしいし、連中の装甲は民間軍事会社PMSCのアーマードスーツと装甲車の機関砲で抜ける」


『ならいいけど。後でジェーン・ドウから査定を受けて報酬を減らされるかも』


「それは仕方ないな」


 東雲はベリアにそういうとゲイリーの方を向いた。


「警備ボットと警備ドローンのお替わりだ」


「了解。備えられればこっちのものだ」


 やれやれ。ここまで大騒ぎしてセクター6/4の皆さんは眠れないんじゃないかねと東雲がぼんやり考えていたときだった。


『東雲、東雲! 大変! 日本陸軍の無人戦車が乗っ取られた!』


「はあっ!? マジかよ!」


『日本情報軍のサイバー戦部隊が奪還しようとして暴走した6両のうち、4両は制御系を焼き切ったけど、2両が振り切って暴走している! 事前に用意したプログラムで動いているみたい!』


「マトリクスからどうにかできないのか?」


『システムが閉じてるし、近くには日本情報軍のサイバー戦部隊もいるから分からないけど、努力はしてみる』


「頼む」


 東雲は急いでゲイリーの下に向かった。


「どうした? 警備ボットなら──」


「戦車だ! 戦車が向かって来ている!」


「そんな馬鹿な! 軍のアイスをやったってのか!?」


「そういうことらしい。準備は?」


「無理に決まってるだろ。戦車なんて想定していたと思うか?」


「そりゃ流石に俺もびっくりだ。だが、逃げた場合ジェーン・ドウが怖いぞ」


 その東雲の言葉にゲイリーは表情を青くする。


「あ、あんたならやれるか……?」


「そこまで自信はないが、やらなきゃどの道いつかジェーン・ドウに後ろから撃たれる。あんたも同じだぜ?」


「畜生。軍の兵器は電磁パルス対策が厳重に施されている。戦車が相手なら装甲車の機関砲も豆鉄砲だ。どんな戦車か分かるか?」


「待て」


 東雲はベリアに連絡を取る。


「ベリア。戦車の種類は?」


『45式無人戦車! 今、忙しいから!』


「悪い」


 ベリアは本気で戦車をマトリクス上から止めるつもちだ。そうしてもらわわなければ、東雲たちが蜂の巣にされるだけだ。あるいはミンチか。


「45式無人戦車だと」


「おいおい。マジかよ。最新鋭兵器じゃないか」


 ゲイリーは余命宣告をされて落ち込んだようにそう言った。


『東雲! マトリクス上で今から仕掛けランをやるけど、保証はできない! そっちで対応する準備をしておいて! ──来るよ!』


「おいでなすった」


 東雲の想像していた戦車は砲塔ががっしりとあり、そこに大きな無限軌道と車体がついているものだったが、出て来た戦車は違った。


 砲塔は無人のため小さく、コンパクトになっており、縦に長細い。かつステルス性のためにのっぺりとしている。東雲の記憶にはアメリカ陸軍がこういう砲塔の装甲車を使っていたなと記憶している。


 車体ものっぺりとした低ポリゴンで作られたような作り。それでいて通電方式の電磁装甲が装着されているため、そのための発電ユニットと砲弾が搭載されおり、東雲が想像する戦車の車体そのものだった。


 砲塔部がぐるりと想像を上回る速度で回転し、ギルマン・セキュリティの装甲車をタンデム弾頭の多目的対戦車榴弾HEAT-MPで撃破する。


 ギルマン・セキュリティの装甲車には爆発反応装甲ERAが装備されていたが、タンデム弾頭の多目的対戦車榴弾を相手にするには分が悪かった。


 装甲車が爆発し、2両の戦車が駐車場に進入する。


「そこだ! やれっ!」


 電磁パルスグレネード弾の一斉発射。


 第五世代の熱光学迷彩で隠れていたアーマードスーツからも電磁パルスグレネード弾が2両の戦車に放たれる。


 戦車は一瞬止まったかに思われたが、すぐに動き出した。


「畜生! 畜生!」


「センサーすら潰せなかったのか!?」


「相手は第六世代主力戦車だ! 電磁パルス対策はばっちりだろうなあ!」


 残る装甲車とアーマードスーツに多目的対戦車榴弾を叩き込み、リモートRウェポンWステーションSに搭載された口径7.62ミリのガトリングガンでギルマン・セキュリティのコントラクターを銃撃する。


「よし。お仕事ビズしましょう」


「あんた、どうやって第六世代主力戦車を……」


「やれないことはないはずだ。センサーの位置を教えてくれ」


「ARデバイスは付けてるな。そっちにデータを送る」


 東雲はゲイリーから45式無人戦車のデータを受け取った。


「オーケー。目を潰せば後はなすがままよ」


 東雲は格納していた“月光”を取り出すと、魔力と血を注ぎ込んだ。


「いくぞ──」


 東雲は身体能力強化を極限まで行使して戦車に挑む。七本の“月光”の刃が東雲を狙うリモートウェポンステーションのガトリングガンからの攻撃を防いでいるが、主砲弾が使われた不味い。


「狙われているぞ! 気を付けろ!」


 砲塔が意外なほどスムーズかつ素早く回転し、東雲に一瞬で狙いを付けて砲弾を放ってくる。使われている砲弾は先ほどまでと同じ多目的対戦車榴弾。


 東雲は即座にそれを回避するも弾け飛んだ駐車場のコンクリートや砲弾の破片で皮膚を裂かれ、肉を裂かれる。


「その程度かい。戦車ってのは案外ダメな兵器だな」


 それでも東雲は苦痛に足を止めることはしない。今の彼は痛覚を遮断している。痛いと感じることはない。ただ、痛いという感触を体が受けたとだけ認識する。


 そのことによって負傷したことは把握し、治療するが、痛みに足を止めることは決してないのだ。


「まずは1両」


 戦車の多目的光学センサー及び多目的電磁波センサー、ミリ波レーダーを叩き潰す。固い装甲に覆われたセンサーを東雲の“月光”は真っ二つにしてしまった。


 これで戦車が戦闘不能になると思ったら大間違い。


 第六世代主力戦車は無人が当たり前だ。そのためセンサー類には冗長性を持たせてある。兵器とは常に万が一を考えなければならないのだ。


 ふたつのセンサーが潰されたら砲身の同軸機銃に装着されたカメラが外の状況を把握し、加えてリモートウェポンステーションのレーザーセンサーが作動する。


「まだまだやろうってか。いいぜ、へし折ってやる」


 東雲は戦車を前に獰猛な笑みを浮かべた。


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