魔術の断片

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 ──魔術の断片



 BAR.三毛猫の住民は連続AI研究者殺人事件からアンドロイド大暴動の方にすっかり移ってしまっていた。


 というのも、あの暴走事件に使われたウィルス──Mr.AKの改変種ミュータントに記された魔法陣に続いて、とあるハッカーが手に入れたという白鯨の構造解析の断片が公開されたからである。


「こいつがそうなのか?」


「イカれている。こんなコードが機能するのか?」


「俺見たことあるぜ、こういうの。ホラーゲームでな」


 狂ったように記された魔法陣と既存のプログラミング言語とは全く異なる暗号のような文章の羅列。見たものを震えさせるような寒気が漂っていた。


「こいつがあのMr.AKの改変種を生み出したとしたら、納得だな。白鯨はいかなる既存のプログラムとも違うプログラムで動いている」


 メガネウサギのアバターがそう言う。


「どうやってこいつを止めるんだ? こんなプログラムを相手にしては、国連チューリング条約執行機関だってお手上げだろうよ。アイスだって、こんなんじゃどうやって破ればいいのか」


 アラブ系のアバターの男が唸るようにそう言う。


「白鯨と勝負するには奴と同じ土俵に上らないといけない。そうじゃなければポーカーの勝負にブラックジャックのルールで挑むようなものだ」


 あるいは囲碁の勝負にチェスのルールを使うかと三頭身の少女のアバターが言う。


「どうやってこんなものと同じ土俵に立つか、だ。今、暗号解読用の限定AIに分析させているが、まだコードは読み解けていない。そもそもどのような意味のあるコードなのかが分からないから、推測のしようもない」


 メガネウサギのアバターが解析した情報を提示しながらそう言う。


 解析結果は混沌カオスそのものだった。


 意味不明な文章の羅列が延々と続き、これが解析結果なのか? と疑いたくなるぐらい意味を成していない。当然どの部位に相当するコードなのかも分からない。


「分かったのは」


 アニメキャラのアバターの女性が言う。


「こいつは猿真似野郎じゃないってこと。自分のコードに基づいて、プログラムを生み出している。しかし、オリジナルのMr.AKを作ったのはこいつじゃないのか?」


 オリジナルのMr.AKはこんな混沌カオスじゃなかったと女性は言う。


「だが、一時期はこいつはオリジナルのMr.AKを使っていた。それが突然発狂したようにこんな改変種を生み出し始めた。何か心当たりのある人間はいないか?」


 メガネウサギのアバターが列席者たちに尋ねる。


「恐らくは同じような存在と遭遇したか、敗北を経験した」


 そういうのはロンメルだった。魔女っ娘のアバターをした彼女が発言し、その視線がベリアの方に向けられる。


「連続AI研究者殺人事件は一定のところまで成功していた。だが、どうも大井統合安全保障の動きを見るに、今回は失敗した」


 大井統合安全保障は殺人の捜査をしてないとロンメルが言う。


「TMCサイバー・ワン占拠事件も大井のアンドロイド工場をハックして、あれだけの大騒ぎを起こしておきながら、盗み出したデータはたったの324メガバイト」


 いくらなんでも勝利とは呼べないとロンメルは語った。


「奴は敗北を知り、なりふり構わなくなりつつある。本来ならば秘匿するべき技術を使って、その痕跡を残してしまっている。そして、奴が頑なに構造解析を拒むのも、それが秘匿された技術だから」


 そう言ってロンメルはまたベリアの方を見る。


「奴を作った人間は知ってるんだ。これが公開するべき技術ではないことを。そして、それをしっかりと教育した。だが、狂える白鯨は敗北の気持ちから、本来ならば秘匿するべき技術を使い始めた」


「負けて悔しかったからチートで勝とうってか。発想がガキだな」


 ロンメルの言葉にアラブ系のアバターの男性がぼやく。


「そう。全くもって子供だよ。恐らく白鯨の精神はそこまで発達していない。危険な技術を持った14歳の子供ってところだ」


「これだけのハッカーでありながら精神は中二って訳か」


 手に負えねえとアラブ系のアバターが肩をすくめた。


「しかし、どうしてそう言い切れる? 秘匿されるべき技術だと。現にこうして我々の目の前に記されたが、我々は意味すら分からずに戸惑っているだけだぞ」


「秘匿されるべきなのは確かだよ。これは前にアスタルト=バアル君が言っていたように魔術カルトで使われていたお呪いだ。ただのお呪いが、マトリクス上で効果を及ぼします、なんて六大多国籍企業ヘックスに知られたいと思う?」


「そうか。そういう意味でか」


 それならば確かに知られたくはないなとメガネウサギのアバターが頷いた。


「だけど、似たような存在に遭遇したって例もあり得るかもね」


 ロンメルは挑発的な笑みをベリアに向けた。


「似たような例?」


「同じ技術で作られた自律AI。その存在を見て、白鯨は同じ存在がいることを知り、秘匿すべき技術鵜を秘匿しなくていいと認識した」


「あり得るのか、そんなAIが」


 三頭身の少女のアバターが唸る。


「マトリクスの幽霊。あれがそうなんじゃないか?」


「あれは幽霊って名前だが、AIじゃない。凄腕のハッカーだ」


「じゃあ、他に活動しているAIってなんだよ」


「だから、それを突き止めなければならないんだよ」


 場が混乱と憶測と噂で溢れるのにロンメルとベリアは申し合わせたようにトピックのテーブルから離れた。


「おい、アーちゃん。外すのか?」


「後でログを見ればいいから」


「議論に参加する気はないってか……」


 ディーが慌てたように追いかけて来た。


「アーちゃんだぜ。最初にあれが魔術カルトの代物だって指摘したのは。それからロンメルって女が加わった。何か共通点でもあるのか?」


「あるにはあるけど、多分信じてもらえないし、荒唐無稽だと思うだけだよ」


 ベリアはそう言って肩をすくめた。


「おいおい。ただでハッキングのやり方を教えてやった師匠にそれはないだろう」


「じゃあ、ひとつ教えてあげる。私のジャバウォックとバンダースナッチ。ディーも知ってるよね?」


「ああ。自律AIなんだろ。チューリング条約違反の。まさか」


「そう、そのまさか。あの子たちは白鯨と同じ技術で作られている」


 正確には似たような技術で、とベリアは付け加える。


「じゃあ、ロンメルが指摘していたことは……」


「恐らくはあの子たちのこと。ロンメルは知っているみたい。いつスキャンされたのか分からないけれど」


「一体魔術カルトってのは何なんだよ。マトリクス上で魔術が使えるのか? 確かに凄腕のハッカーのことを昔はウィザードって言ってたらしいが」


「マトリクス上では不思議なことが起きるものじゃない」


 マトリクスの幽霊といい、白鯨といいとベリアはそう言う。


「だが、こいつはぶっ飛んだネタだぜ。六大多国籍企業が知ったらとんでもないことになるだろうな」


「恐らくはもうなっているよ。六大多国籍企業のうち一社が白鯨の完全コピーを手に入れた。彼らは白鯨で使われた技術を解析しているはず」


「そいつはえらいことだぞ。これから何人のジェーン・ドウとジョン・ドウが動くことやら。手に入れたのはどこか見当は付くのか?」


「ディー。知らない方がいいこともあるよ」


「ハッカーの俺にそれをいうのか?」


「ごめん。でもお互いに知らない方がいい」


 マトリクス上のやり取りが絶対に安全だとは言えないしとベリアは言う。


「そいつはそうだな。知らぬが仏ともいうことだ。追及はしない」


「そうしてくれると助かる」


 ベリアはトピックに戻るディーに手を振って、カウンター席に向かった。


 BAR.三毛猫のカウンター席は雑談場所でログは一切残らない。主にトピックにはない話題の話するための場所だ。


「ロンメル。君が向こう側から来た人間なのは知った。だけど、秘匿すべき技術と自分て言っておきながら、ああやって話題を振りまくのは感心しないな」


「あの断片について情報があれば、無謀な行為を止められるでしょ? ボクは未知のものを恐れないけれど、普通の人間は未知のものに本能的恐怖を抱く」


「それはそうだ。これから無謀なハックをやろうって奴は減るだろう。それか用心深く仕掛けランをやるか。だけど、やはり感心しない」


 君はふたつの世界にあるそれぞれの境界線を破壊しようとしているとベリアは指摘した。決して越えることの許されない境界線を。


「AIをホムンクルスで作った君には言われたくないな」


「私は自分の技術を吹聴して回っていない」


 ベリアは睨みつけるようにうっすらと笑ったロンメルに言う。


「ボクも吹聴はしていない。ヒントを与えただけだ。賢いものは賢い結論に至るだろう。彼らの中の誰かが、今度は白鯨のフルスキャンデーターを手に入れたら、どうだい?」


「興味深い申し出だけど、あれを解読するのは不可能に近いよ。あれはホムンクルスの死体の寄せ集めだ。死体をバラバラに切り刻んででたらめに繋ぎ合わせている。そんなものどうやって構造解析を」


「死体を切り刻んで繋ぎ合わせた、か。それならどれだけよかったことか」


「どういう意味?」


「あれの攻撃性は、あれの行動原理は怨霊そのものだよ。怨霊については君も知っているだろう。人を呪い、人を苦しめ、人を死に至らしめる。恨みを持った怨霊について」


「あれは何を恨んでいるというの?」


 ベリアがそう尋ねるのに、ロンメルは肩をすくめた。


「言うなれば、人類全てを」


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