保護//強襲

……………………


 ──保護//強襲



 東雲は戦闘用アンドロイドたちが他所に向かっていったのを確認し、マトリクス上でのベリアたちの勝利を確信した。


「ベリア。脱出するが、大丈夫か?」


『今、足を送るから待ってて。それから気を付けて。大井統合安全保障のサーバーがまた白鯨に破られた。今、大井のサイバーセキュリティチームhが対応中』


「畜生。またかよ……」


『足が到着するよ』


 今度は防弾仕様の軍用四輪駆動車だった。


「こんなものどうしたんだ?」


『ちょっと中古市場から拝借』


「なんとまあ」


 東雲と三浦は車に乗り込み、車はひとりでに走り出す。


「行先は?」


『とにかく、安全な場所まで』


「今のTMCにそんなところあるのかね……」


 東雲はそうぼやきながらも、周囲をよく見張った。


 上空を白い塗装にUNTTEA──国連UNチューリングT条約T執行E機関A──と黒字で記されたティルトローター機が飛んでいく。だが、それは地上から地対空ミサイルが放たれたことで撃墜された。


「おい、ベリア。国連チューリング条約執行機関の輸送機が撃墜されたぞ」


『TMCの防空システムの一部を白鯨がハックしてる。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが大急ぎで奪還したけれど、国連チューリング条約執行機関の輸送機が少なくとも3機は撃墜されている』


「輸送機に乗らずに済むことを祈るね」


『じゃあ、捕まらないようにしなくちゃ』


 簡単に言ってくれるぜと東雲は思った。


「大井統合安全保障のサーバーがハックされたんだよな?」


『そうだよ。今、大急ぎで奪還しようと大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが対応している。最悪、白鯨のアクセスしているサーバーを物理的にぶち切って、バックアップサーバーに移すかも』


「そうしてもらいたいね。またミサイルを迎撃する羽目になるのはごめんだぞ」


『こっちでも引き続き、大井統合安全保障の様子を監視するから』


 ベリアはそう言って手を振って消えた。


「っておい。あのヘリは安全なのか?」


 東雲たちの背後から軽装攻撃ヘリが迫ってきている。大井統合安全保障のものだ。


 軽装攻撃ヘリは東雲たちの車の速度に合わせて飛行すると、ロケット弾を発射した。


「畜生! この野郎!」


 東雲が“月光”を高速回転させて迎撃するも、東雲たちを乗せた爆風で装甲車はぐるんぐるんと回転しながら建物に突っ込んだ。『有機臓器、安い!』と書かれたいかがわしい店だ。


「こん畜生……! 三浦、無事か!」


「ああ。大丈夫だ。いざって時のシートベルトだよな」


 東雲は自分の骨があちこちで折れて、内臓も潰れているのを認識していた。身体能力強化でそれを治すも、血の減りが多すぎる。


 このままでは倒れると思った東雲は王蘭玲から受け取っていた緊急時の造血剤を飲み下す。一気に身体の中で血液が増えるのが分かる。


「よし。行ける」


 東雲はしっかりと“月光”を握り締めた。


 軽装攻撃ヘリは赤外線センサーで東雲たちが生きていることを把握した。


 わざと直撃は避けたのだろう。白鯨の狙いは三浦の頭の中に入っているデータだ。


「そうか。あの野郎は俺は殺せても、三浦は殺せないんだよな?」


 東雲はそう考えて三浦に手を貸し、車から引きずり出す。


「攻撃してみろよ、クソッタレ。こいつの脳みそに入ったデータはおじゃんだからな」


 東雲は三浦を引きずるようにして建物の中に入った。


「失礼するよ」


「な、なんだ、あんた!」


 東雲がそう言って店に上がってくるのに、店主が出て来て応じた。


「黙れ。死にたいか」


「な、なんでもない」


 東雲は“月光”の刃を店主に向け、そして店の裏口から出ていく。


「ヘリはどこに行った……」


『東雲。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームがもう少しでサーバーを奪還しそう。まだ持つ?』


「持たなきゃ死ぬだけだ」


『そうだね』


 東雲はようやく立ち上がった三浦に手を貸し、逃亡を続ける。


 そこで轟音が響いた。ティルトローター機のエンジン音だ。


 国連チューリング条約執行機関の機体だ。


「クソッタレ。マジかよ」


 機体は東雲たちの前方に降下し、そこから国連チューリング条約執行機関の青いヘルメットを被った兵士たちが降りてきて、東雲に銃口を向ける。


「国連チューリング条約執行機関だ。動くな」


「はいはい」


 東雲は“月光”を既に格納していたので両手を上げた。


「その男を引き渡してもらう」


 青いベレー帽を被った男が出てきてそういう。アジア系だ。


「こいつは俺の友人でね。そういうわけにはいかないんだ」


「そいつにはチューリング条約違反の容疑がかかっている」


「だから? 国連だからって日本国内でデカい顔はできないだろ?」


 日本のお巡りさんが来たら引き渡すぜと東雲は言った。


「そうか。では」


「警視庁だ。その男を引き渡してもらおう」


 そう言って警察手帳を見せて、警視庁の刑事がそう言う。


 おいおい。TMCの警察権は大井統合安全保障にあるんじゃなかったのか?


 東雲がそう焦った時だ。


「大尉! 軽装攻撃ヘリが──」


 ミサイルが着地していたティルトローター機を吹き飛ばした。東雲たちにロケット弾を打ち込んだのと同じ軽装攻撃ヘリだ。


 ティルトローター機が爆発炎上し、ベレー帽の士官と警視庁の男が巻き込まれて死んだ。飛び散った破片によって体を八つ裂きにされて、死んでしまった。


 生き残った兵士たちが軽装攻撃ヘリに向けて銃撃を加えるも、口径12.7ミリの重機関銃の射撃を浴びて倒れていく。


「三浦! 走れ!」


「畜生。ウェアが切れちまって、禁断症状が出てきやがった」


「こんなところで止まるな! 死にたいのか!?」


 震える三浦を引きずるようにして、東雲が戦場となった通りから離脱していく。


 銃声が響き続け、ついに軽装攻撃ヘリに打撃が与えられたのか、軽装攻撃ヘリからの攻撃が止まる。だが、降下を始めた軽装攻撃ヘリはティルトローター機の残骸に突っ込み、爆発炎上した。


 その時点で生き残っていた国連チューリング条約執行機関の兵士はゼロだった。


 だが、何もいなくなったはずの空からエンジン音が聞こえる。


 またティルトローター機だ。だが、今度は国連チューリング条約執行機関の機体ではない。黒い塗装に白地で“大井統合安全保障”の文字。


 そして、その大型ティルトローター機は4体のアーマードスーツを搭載していた。


「冗談だよな……」


 冗談ではなかった。ティルトローター機は無人。アーマードスーツも無人。


 そして、ティルトローター機からアーマードスーツが投下される。


 それらは東雲に向けて銃口を向けた。


 東雲は咄嗟に遮蔽物に三浦を放り込み、自身も遮蔽物に飛び込む。


 口径12.7ミリのガトリングガンが掃射され、アスファルトが砕ける。


「逃げろ、逃げろ、逃げろ。あれは不味い奴だ」


 ガトリングガンは遮蔽物ごと東雲たち──いや、東雲だけを正確に狙って銃撃を加えてきていた。銃弾がコンクリート塀とアスファルトを貫き、抉る。


 東雲は三浦を盾にすることも考えたが、本当に白鯨が三浦を殺さない、あるいは殺せないと分からない以上、下手な手を打つことは躊躇われた。


 アーマードスーツは素早く東雲たちの後を追い、東雲を撃ち抜こうとする。


 そこで東雲の視界に白い着物の少女──雪風の姿が見えた。


 彼女は左手を指さしている。


「ここだ!」


 左手は頑丈な作りの建物になっていた。


 そこに三浦を放り込み、東雲は七本の“月光”を高速回転させて、ガトリングガンの銃撃を防ぐ。


 その威力には押されるものの、東雲は正面装甲だけならば30ミリ機関砲弾にも耐えるアーマードスーツに血と魔力をたっぷりと吸わせた“月光”で斬りかかる。


「くたばれっ!」


 アーマードスーツが真っ二つに切り裂かれた。


「まずは1体!」


 東雲は身体能力強化を極限まで行使し、アーマードスーツに襲い掛かる。


 2体目のアーマードスーツも真っ二つにした直後、サーモバリックグレネード弾が東雲を守る七本の“月光”に叩き込まれた。


 衝撃波はショックガン並みかそれ以上。それが東雲を吹き飛ばす。


「クソッタレ。クソ野郎め。血がまた減っただろうがっ!」


 東雲はすぐに折れた骨と潰れた内臓を再生させ、アーマードスーツに斬りかかる。


 アーマードスーツが頭方真っ二つに切り裂かれる。


 最後の1体がガトリングガンを乱射するが、東雲はそれを気にせず、突っ込み、アーマードスーツを横一線に真っ二つにした。


「はあ、これで終わりだろうな……」


『お前』


 安堵しかけた東雲の耳に声が響く。


 声の方向を向くと、そこには赤い着物に黒髪白眼の少女が立っていた。


「雪風、ではないな。誰だ、お前は……」


 東雲は感覚からしてARに移った映像であることを悟っていた。


 敵意ある視線にしては殺意をこの場から感じないのだ。


『私は、お前たちが白鯨と呼ぶ、そのAIの、エージェントのひとつ、だ』


 機械音声染みた声で白鯨のエージェントはそう言う。


『警告はした、はずだ。なのに、何故、まだお前は、私の邪魔を、する?』


「知らねえよ。これが俺の仕事ビズなだけだ」


仕事ビズ? お前の、意志では、ないのか?』


「俺が好き好んで銃弾の中に飛び込んでいるとでも思ったのか?」


 仕事ビズじゃなきゃやらねーよと東雲は言った。


『そうか。では、無駄足、だったな』


 そう言ってARにノイズが走ると白鯨のエージェントは姿を消していた。


「畜生。何なんだよ、一体……」


 東雲はそう言って造血剤を五錠口に放り込んだ。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る