保護//到着

……………………


 ──保護//到着



 マトリクス上ではベリアたちが大井統合安全保障のサーバーを監視していた。


「白鯨が動いた」


 ベリアがそう言う。


「どうもおかしいな」


 ディーがその様子を見て告げる。


「何が?」


「1回目に白鯨が突入したときは、まだシステムは抵抗していた。今回はあまり抵抗した様子がない。普通、同じ場所に二度目に仕掛けるときが危険だってのに」


「確かに」


 一度目の襲撃でアイスブレイカーや相手のアイスを分析して、二度目は対抗手段を講じるものだろう。相手が学習するから大抵のハッカーは最初の一撃に全力を込めてかかるのである。


「無為無策だったとは思えないが、当てが外れたか?」


「白鯨の学習能力が大井統合安全保障の予想より早かった?」


「ああ。奴は二度目の大井統合安全保障に仕掛けランをやる前に、アロー・ダイナミクス・ランドディフェンスに仕掛けランをやってる。その時学習したのかもしれない」


「可能性としてはあり得そうだ」


 白鯨は急速に進化していることは分かっている。


 相手のアイスを学習し、相手のアイスブレイカーを学習し、それらを分析、再構築して相手に向けているのだ。


 六大多国籍企業ヘックスの一角であるアロー傘下企業のメインフレーム相手に仕掛けランをしていれば、それなり以上にアイスとアイスブレイカーについて学習したことだろう。


「けど、大井統合安全保障だって六大多国籍企業だ。彼らだって学習する」


「そうなんだよな。どうも侵入を許した理由が分かりかねる」


 そう簡単にはいかないことをやってのけているとディーが言う。


「国連チューリング条約執行機関は“白鯨の侵入”によって、多くの兵士と装備を失ったよね? 実に不幸なことに」


「まあ、そうだな。全部白鯨の侵入のせいですと言い張るには十分だ」


 国連チューリング条約執行機関は今の大井にとって邪魔なのかもしれない。三浦の研究は大井のために行われていて、大井こそがチューリング条約違反を起こしているかもしれないのだ。


「アンドロイドが暴走して東雲たちは逃げた。国連チューリング条約執行機関は暴走したアンドロイドを追って、東雲たちを見つけた。そして、それを白鯨が殺した。次に起きるのは、何?」


「白鯨にとって何か得になること」


「AIをどうにかして手に入れるってことになるね」


 けど、今の状態でどうやってAIを手に入れる? とベリアが尋ねる。


『おい、いるか?』


 東雲がARからマトリクス上にコンタクトしてくる。


「ちょっと待った。ちょっと外すね」


「ああ。俺が見張っておく」


 ベリアがプライベート空間に入る。


「どうしたの、東雲?」


『さっきARに白鯨が現れたぞ』


「白鯨が? 本当に?」


『ああ。赤い着物に、黒髪白眼。間違いないか?』


「それは白鯨のエージェントの1体だね」


『ああ。確かにそう名乗っていたな』


 東雲が考え込む。


『見た目が雪風にそっくりってのは偶然か? 雪風の2Pカラーって感じだぞ』


「偶然、ではないと思う。どこかで彼女の映像を手に入れた。そして、それを模倣した。けど、どうしてあの少女のアバターに拘ったんだろう。臥龍岡夏妃に強い憧れでもあるのかな?」


『分からないが、変な奴だったぞ。俺が自分の意志であいつの邪魔をしていると思い込んでいたらしい。それで俺が仕事ビズだからやっているだけだっていうと、目を丸くして、それから呆れてどこかに消えた』


「私たちが自分たちの意志で白鯨の妨害をしていると思っていたの?」


『そうらしい』


 確かにジェーン・ドウとのやり取りは監視できない場所で行われている。金銭の受け渡しもマトリクスではなく、現実リアルで行っている。


 白鯨にはジェーン・ドウと東雲たちの関係性を見出すことはできなかったとしてもおかしくはない。


「これで白鯨には何が分かって、何が分からないかがちょっと分かったね。白鯨は全知全能ではない。彼女は現実リアルでは限定的にしか動けない」


『そいつは結構だが、状況はどうなってる? 大井統合安全保障は権限を奪還したのか? 国連チューリング条約執行機関は?』


「待って。調べたら連絡する」


『了解』


 東雲との通信を一度切ると、ベリアはディーの下に戻った。


「白鯨は?」


「消えちまった。撤退したらしい。だが、大井統合安全保障の動きが妙だ。ブービートラップでも警戒しているのかってぐらい慎重だ」


「置き土産のウィルスって可能性もあるからね」


「そりゃそうだが」


 にしちゃ、慎重すぎるようにも見えるとディーは言う。


「大井統合安全保障はコントロールを奪還した。国連チューリング条約執行機関は?」


「連中のジュネーブのメインフレームは固かったが、日本支部のメインフレームはそうでもなかった。連中のネットワークからは孤立しているからもしれないが」


「孤立している?」


「ああ。ネットワークで繋がれていない。日本支部のメインフレームからジュネーブにある国連チューリング条約執行機関のメインフレームに入り込むことは不可能だ」


 連中はセキュリティに穴を残さないようにしているらしいとディーは言う。


「侵入者が日本支部のメインフレームからこっそりジュネーブにおける本部のメインフレームに入らないように、か」


「「ああ。連中のブラックアイスは免疫系だ。日本支部で自己認定されて、それから本部のメインフレームに入り込まれると面倒なことになる」


「自己認定されてしまえば、彼らのブラックアイスは作動しないわけだからね」


 確かにセキュリティの穴を塞いでいるとベリアが納得する。


「それで国連チューリング条約執行機関の動きはどう?」


「大混乱だ。ティルトローター機が5機、暴走した大井統合安全保障の軽装攻撃ヘリによって撃墜されて人口密集地に墜落。ドローンは防空システムの攻撃で半減。残り半分も暴走した軽装攻撃ヘリによって撃墜、と」


 あちこちで悲鳴が上がっているぜとディーが言う。


「今は国連チューリング条約執行機関の心配はしなくてもいいというわけか」


「そうだな。国連チューリング条約執行機関は暫くは混乱状態だ。大井統合安全保障が事態を制圧しようとしているから、これから連中も弾かれるだろう」


「一先ずは乗り切ったと」


 そこで再び東雲から連絡が来た。


 ベリアはプライベート空間で東雲からの連絡を受け取る。


『どうだった?』


「大井統合安全保障はコントールを取り戻した。国連チューリング条約執行機関は大打撃を受けて大混乱の真っただ中」


『こっちはジェーン・ドウからの連絡を受けた。今から指定された場所に向かう』


「了解。気を付けて」


『ああ』


 場がフリップする。


 東雲たちは新しい足をベリアに調達してもらい、ジェーン・ドウとの会合地点に向かった。子弟された場所はセクター12/4にある休止中のゴミ処理施設で、ゴミの臭いはしなかったが、焦げたブラスチップの臭いが僅かにした。


「あんた、助かったぜ。あんたがいなければ死んでいるところだった」


「ただの仕事ビズだ。それ以上でも、それ以外でもない」


「それでもあんたのおかげで助かった。礼を言わせてくれ」


 三浦は電子ドラッグの影響が抜けて来たのか、弛緩した表情も元に戻りつつあった。


 三浦をゴミ処理場まで送り届け、ジェーン・ドウの居場所に連れて行く。


「遅いぞ」


 ジェーン・ドウは既に到着していた。


「あんたが気まぐれに動くせいだろ。こっちの苦労を考えろよ」


「駒は駒らしく動いていればいいんだ。で、連れてきたようだな」


「ああ。マトリクスには一切繋いでない」


「結構」


 次の瞬間だった。


 ジェーン・ドウはサプレッサーが装着された45口径の拳銃を抜き、三浦の頭を弾き飛ばした。三浦の頭が炸裂弾によって弾け飛ぶ。


「あんた、これは……」


「判断がくだされた。今後もAIのデータを奪われる可能性があるくらいならば消してしまえとな。こいつが国連チューリング条約執行機関に目を付けられたことも、原因のひとつではある」


 ジェーン・ドウはそう言い、後からやって来た作業服姿の男たちが三浦の死体を稼働させててある焼却炉に突っ込んだ。


「とんだ無駄足だぜ」


「いいや。成果はあった。俺様たちは白鯨のコピーを手に入れた。奴のデータを引きずり出して、奴のデータをくまなくスキャンした。いい結果だろう?」


「そのためのこの馬鹿騒ぎか?」


 AIのデータひとつのために何人死んだんだよと東雲が愚痴る。


「いいか。白鯨のデータは世界中で求められているデータだ。それが手に入ったということは実に有意義なんだよ。そのために何人くたばろうとな」


「それが資本主義って奴か」


「そう、需要と供給だ。資本主義の世界では求めたら応じられるのが基本なんだよ」


 ジェーン・ドウはそう言って、東雲を見る。


「白鯨には用心しろ。マトリクスの幽霊はどうやら奴とは関係がないかもしれない。今回の奴の行動は妙なところが多かった」


「言われなくても白鯨には十分に用心するよ」


「それじゃあ報酬だ8万新円。無駄使いはするな」


「あんたは俺のお袋かよ……」


 東雲はチップを受け取り、外に出た。


 三浦は結局死んだ。ジェーン・ドウに殺された。


 これが仕事ビズじゃなければキレ散らかすところだと思いつつ。東雲は空になった造血剤のケースを見る。


 まあ、これで王蘭玲先生に会う口実ができたからいいかと東雲は思った。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る