保護//分析
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──保護//分析
東京大学でも同様の事件が起きた。
自律AIの研究を行っていた研究室が封鎖され、博士研究員3名と教授1名が殺害された。そして、AIのデータがマトリクスに消えた。
このころになるとトピックは騒然としており、海外でも同じことが起きたのではないかとハッカーたちが血眼になって同様に事件を探し、中国でも同様の事件が起きていたことが突き止められた。
それからドイツの人工知能研究所が同様の襲撃を受けた。
そして、ジェーン・ドウがやって来た。
東雲が買い物から帰宅するとジェーン・ドウが家の中にベリアと一緒にいた。
「
「
「結局マトリクスの幽霊が言ったままになったな」
「ふん」
ジェーン・ドウは心底気に入らないというように鼻を鳴らした。
「男の
「あんたが優しい、ね」
東雲はARに展開される保護対象の男の
三浦・E・ノア。
京都大学を優秀な成績で卒業するも、ハッカーの方に嵌り込み、
その後、私営刑務所での再更生プログラムでAI技術者として育成される。すっかりAIに入れ込み、いくつもの限定AIを開発して起業するも、会社はライバル企業の敵対的買収を受け、また全てを失う。
その後は小さな会社をひとりで営み、そこでAI開発を行っていた。
「酷い人生だな」
「同情するなら助けてやれ。どうもこいつも狙われているらしい」
「白鯨に、か?」
「そう、白鯨に、だ」
ジェーン・ドウは言い切った。
「一連のAI研究者殺しは白鯨と呼ばれる自律AIの犯行だとほぼ確定した。どこかの馬鹿がチューリング条約違反のAIを開発して、マトリクスに流し、やりたい放題にさせている。そのせいでうちの資産にも」
そこまで言ってジェーン・ドウは口をつぐんだ。
「とにかく、この男を保護しろ。いつまでかは、後で伝える。現段階では話し合いの最中だ。この男を最終的にどうするかの話し合いはな」
六大多国籍企業がこの三浦というAI研究者を生かすも殺すもコスト次第というところなのだろう。
「それから
「なんだって?」
「一種の記憶デバイスが脳みそに組み込んであるのさ。だから、こいつを間違ってもマトリクスに繋げさせるな。こいつ自身もマトリクスには繋がないように用心しているようだが、こいつは電子ドラッグジャンキーだ」
ウェア欲しさにマトリクスに潜るかもしれないという。
「そんなことまで面倒見てやらなきゃいけないのか?」
「そうだ。必要とあればこいつのおむつも替えてやれ。だが、こいつを絶対にマトリクスに繋がせるな。それから国連チューリング条約執行機関にも接触させるな」
「頭の中に何が入ってるんだよ……」
「お前らの知る必要のないものだ」
こいつの
「おお。とんでもねえ脳みそだな。それでいて電子ドラッグジャンキーか。やりきれない野郎だな」
「中度の電子ドラッグジャンキーだ。AIに関することには頭が働く。こいつが繋いでいいのは仕事用のスタンドアローンのコンピューターと電子ドラッグのウェアだけだ。それ以外のものには絶対に繋がせるな」
コンピューターは持ち運び可能なサイズだから、奴が希望したら運んでやれとジェーン・ドウは言う。どうもこの男は自分で電子ドラッグを自作してるらしいとも言った。
「電子ドラッグは作れるものなのか? オーバードーズで死んだ人間の体験をコピーしているって話だったが……」
「作れる。精神疾患治療用の技術の悪用だ。LSDやコカイン、マリファナ、ヘロイン、メタンフェタミン。そういうのと同じような作用のある電子ドラッグが自作できる。もちろん、法律違反だ」
こいつは自作して自分で楽しんでるだけだから害はないがとジェーン・ドウは言う。
「こいつが言うにいは電子ドラッグをキメてると、天啓のようにAIのアイディアが浮かぶらしい。やりたがっていればやらせておけ。無理やり取り上げて、マトリクスに潜るようなことだけはさせるな」
「了解。ブリーフィングはこれぐらいか? そいつの家は?」
「ここだ。TMCセクター11/8。ここと同じくらいのゴミ溜めだ。だが、最近の事件を受けて大井統合安全保障が展開している。だが、連中に頼るな」
連中は型通りのやり方で電子ドラッグジャンキーとして軽犯罪者収容所にこの三浦を叩き込みかねないと。
「それじゃあ、
「オーキードーキー」
そして、東雲たちが動き出す。
ベリアは余計な詮索はするなと言われたものの、そう言われたら逆に探りたくなるハッカー魂を持っていた。
すぐに三浦がアークというハンドルネームで活動していたことを突き止め、ジャバウォックとバンダースナッチに対して、アークの活動について検索させる。
すると出て来た、出て来た。電子ドラッグジャンキーとしてのアークの乱れた生活と天才的なAI開発者としての頭脳が。
「ご主人様。こいつなかなかの天才なのだ。限定AIを対象にしたプログラマーの賞を何度も受賞しているのだ」
「そうなのにゃ。こいつの書いたコードの
ジャバウォックとバンダースナッチが解析した情報からそう言う。
「ふむ。で、今はマトリクス上では行方不明、と」
アークこと三浦の姿はマトリクス上からぱたりと消えていた。白鯨がAI研究者を殺し始めてから、ぱたりと。
「少なくとも危険を認識できる程度には賢い。マトリクス上でのどんちゃん騒ぎは置いておいて」
電子ドラッグジャンキーとしての三浦は酷いものだった。
マトリクス上でイカれている様子を度々目撃されている。
イカれてクソ下らないハッキング未遂事件──三流芸能人のアバターを信楽焼のタヌキにしようとした──をやらかす。未成年も使用する
「こりゃ困ったちゃんだ。東雲に電子ドラッグを減らさせるよう言っておこう」
それからベリアは興味深いやり取りをマトリクス上のある電子掲示板のログから発見した。自称六大多国籍企業の下で仕事をしていると名乗る男──アークこと三浦の発言だ。彼は自分は六大多国籍企業の下でAI研究を行っていると言っていた。
発言のログは以下の通り。
『超知能。あり得ない。チューリング条約が縛ったからじゃない。技術としてあり得ないんだよ。
『どうしてあり得ないと言える? 六大多国籍企業はチューリング条約の裏を突いてビジネスを進めている。連中の自律AIが世界を支配するようになったら、お前らはご主人様であるAIの上司に尻尾を振る羽目になる』
前者が電子掲示板の元の住民の書き込みで後者が三浦の書き込み。三浦は禁酒法時代のマフィアの格好をしたアバターを使っている。
『六大多国籍企業勤めの奴が言っていいセリフか?』
『確かに俺たちは従順に企業の言うことを信じる方じゃないが』
六大多国籍企業の言うことをそのまま聞いていたら、それこそAI以前に六大多国籍企業様の奴隷だと誰かが言う。
『2045年問題。収穫加速の法則が限界を迎えるかどうかが問題だった。結果としては、とうとう2045年に
『最初にマトリクスにダイブした人間が、それをいつやり遂げたか、お前は覚えているか? 2035年だ。2045年問題で収穫加速も法則が議論されていたとき、それがあったか? 脳というハードをAIが学習するチャンスが?』
三浦が言う。
『様々な科学技術の進歩が
『環境工学? それが何の関係が──』
『ナノテクが環境工学の観点から研究されているのをお前は知らないのか? いいか。六大多国籍企業はひっそりとソフトを開発するだけでいい。後はチューリング条約に縛られないものが推し進めてくれる』
ここまでの会話を聞いてベリアは違和感を覚えた。
「バンダースナッチ。文法解析。他の三浦──アークの発言との比較」
「了解ですにゃ」
バンダースナッチが集めた膨大なデータを分析していく。
「にゃ? これまでの文章と75%の一致ですにゃ。これまでのデータ同士を比較するとどうも三浦以外の人間が発言したようなログが……」
「そういうことか」
ベリアは納得したように手を叩く。
「三浦は既に自律AIを開発して、マトリクスに流していた。完全なチューリング条約違反をやらかしていた。こいつは自分で文章を、言葉を、作り出している。ELIZAのような代物じゃない。本物の自律AIだ」
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