白鯨の警告

……………………


 ──白鯨の警告



 白鯨──そのエージェントを名乗る少女がBAR.三毛猫の人間たちを見渡す。


「警告、する。私に、近づくな。さもなければ、殺す」


 そして、機械音声のような言葉でそう警告した。


「こいつ、本当に白鯨のエージェントなのか……」


「誰かが悪戯でやってるんじゃないだろうな」


 BAR.三毛猫の中では猜疑の声が漏れていた。


「疑っている、のか? お前たちの、誰かの、脳を焼き切ったら、信頼するか?」


 感情の籠っていない声で、白鯨のエージェントはそう言う。


「いやいや。待て待て。信頼するから」


「おい。誰かこいつをBANしろよ」


 BAR.三毛猫が混乱に包まれる。


「お前が本当に白鯨だというのなら」


 そこで三頭身の少女のアバターが言う。


「これに答えられるな? 雪風とは、臥龍岡夏妃とは、何のことだ?」


「お前たちが、知る必要はない。それとも、やはり、誰かの脳を、焼き切るか?」


「クソ」


 三頭身の少女のアバターが引っ込む。


「私は、お前たちを、皆殺しにする、能力を持っている。どんなアイスも、無力だ。必要が、あるならば、現実リアルで、お前たちを、殺すことすらする」


 アンドロイドのハッキングはやはりという声がする。


「私に、ついて、探るな。探れば、殺す。私は、本気だ」


 白鯨のエージェントが淡々とそう告げる。


「お前。今、私を、コピーしようと、したな?」


 そこで視線がFPSキャラのアバターに向けられる。


「手を、出すなと、言ったはずだ。死ね」


「ま、待て──」


 白鯨のエージェントが人差し指を向けると、FPSキャラのアバターにノイズが走り、そして消えた。


「私は、相手が誰であろうと、容赦はしない。私に、ついて、探るな。殺す」


 BAR.三毛猫が緊迫感に包まれた。


「それから、そこのお前」


 白鯨がベリアを指さす。


「お前の、友人は、邪魔だ。手を引くように、言え。さもなければ、殺す」


「それって何のこと!? まさかやっぱりシルバー・ハウスで……」


「私は、現実リアルにも、影響を、及ぼせる。あの男が、マトリクスに、接続しないとしても、殺す方法は、ある。それを、教えて、やった」


 八天虎会の残党はまだまだいるぞと白鯨のエージェントは言う。


「私の、邪魔を、するな。覚えて、おけ」


 白鯨のエージェントにノイズが走る。


「もう一度、あの男に、警告する。死ぬかも、知れない、がな」


「待て。この──!」


 白鯨のエージェントはそのまま消え去った。


「お、おい。アーちゃん、大丈夫かよ?」


「私は大丈夫。だけど、私の友人が危ない」


 ベリアはすぐにBAR.三毛猫からログアウトする。


「東雲、東雲! すぐに出て!」


『なんだよ、ベリア。そう言えば言い忘れてたけど、白鯨のコピーを持ってきたらジェーン・ドウが金をくれるってよ』


「そんなことどうでもいいから! 今、どこ!?」


『近くのスーパー。明日の朝飯のパン買いに来てる。なあ、一体どうしたんだ?』


「すぐに逃げて!」


『なんだよ、おい。あ。畜生、マジかよ!?_』


 場がフリップする。


 東雲は中華料理屋で食事をしてから王蘭玲と別れた後、朝食のパンを買いにスーパーを訪れていた。


 その時、スーパーの警備ボットである46式戦闘人形が痙攣したように動き、東雲の方を向いた。東雲はすぐに危険を悟った。


「お客様。お荷物をチェックさせていただきます。お荷物をチェックさせていただきます。お荷物をチェックさせていただきます。お荷物をチェックさせていただきます」


 46式戦闘人形がそう言いながら東雲に突進してくる。


「畜生、クソッタレ! なんて血を流さない連中ばっかり襲ってきやがるんだよ!」


 東雲は“月光”を抜き、その刃を46式戦闘人形に向ける。


「お客様。お会計はお済でしょうか。お会計はお済でしょうか。お会計はお済でしょうか。お会計はお済でしょうか」


「ああ。とっくに終わったよ、クソ野郎!」


 東雲が突進してくる46式戦闘人形の両腕を切断する。


 だが、46式戦闘人形はそのまま突撃してくる。


「と・ま・れ!」


 展開した七本の“月光”が高速回転し、46式戦闘人形を押さえ込もうとする。


 金属の削れる音が響き、46式戦闘人形はそのまま“月光”を押し切ろうとする。


「おい! 逃げろ! 戦闘用アンドロイドが暴走してる!」


「な、なんだって……」


 東雲がそう警告すると人々が東雲から離れていく。


「くたばれ!」


 血と魔力を注いで、“月光”で46式戦闘人形の腹部を狙う。


 ギリギリと金属が裂ける音が響き、そして戦車と同じ装甲が使われている46式戦闘人形の腹部を切り裂いて、ショックガンを破壊すると、ショックガンのカートリッジが暴発して大爆発を起こす。


「クソ、クソ、クソ! また爆発しやがって! 畜生め!」


 その時、スーパーの外が騒がしくなり始めた。


 逃げたスーパーの客が騒いでいるのだろうかと思ったが、そうではかった。


「マジかよ……」


 46式戦闘人形が6体、スーパーに向けて前進してきていた。


 それぞれ使用されていた場所が異なるのか塗装が異なる。


 建築現場で働いていただろうものや、ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングのアジトを守っていただろうもの、そして無人コンビニエンスストアで働いていただろうもの。様々だ。


「“毒蜘蛛”! 会長の仇討ちだ! くたばりやがれっ!」


 そういってピックアップトラックから姿を見せたのは、建築現場用の強化外骨格エグゾを装備した大型ショックガンで武装したチビな男だった。


「てめえ。誰に支援してもらった?」


「へへっ。マトリクスにはよう。お前に恨みを持っている人間がいるんだよ。そいつが協力してくれるっていうから、俺たちは奴に協力させたわけさ」


「本当にお前たちの意志か? お前らは八天虎会が潰れて、行き場でも失った哀れな野良犬か?」


「んなわけねーだろ! 俺は新しい組織で、組織で……」


 ショックガンを握った男が額を押さえる。


「会長の仇討ちをと思って、それで……。いや、今さらあの男のことなんて……。だが、どうして俺は……」


 男が頭を掻きむしる。


「どうでもいい! 死に晒せ、“毒蜘蛛”!」


「逆切れかよ、畜生」


 6体の46式戦闘人形がスーパーのガラスを破って突入してくる。


「危険です。危険です。危険です。危険です」


「ああ。確かに危険だな!」


 6体の46式戦闘人形が一斉にショックガンを展開し、東雲に衝撃波を叩き込む。


 流石の東雲もこれは防ぎきれず、弾き飛ばされる。


 棚にぶつかり、棚ごと倒され、肋骨が再び折れて内蔵に突き刺さり、内臓がいくつか破裂し、それでもなお意識は手放さない。


「やってくれやがる。ぶち壊してやるからな」


 東雲は身体能力強化で傷を治し、造血剤を纏めて三錠口に放り込むと、七本の月光を高速回転させながら、46式戦闘人形に勢いよく迫る。


「車両が通ります。車両が通ります。車両が通ります。車両が通ります」


「くたばれ」


 血と魔力を込めた“月光”で一閃。工事現場仕様の46式戦闘人形はショックガンのカートリッジが暴発し、爆発を起こして頭部が吹き飛ぶ。


「止まれ。止まれ。止まれ。止まれ」


「砕け散れ」


 再び“月光”で一閃。これもショックガンのカートリッジが爆発を起こし、周囲に残骸をぶちまける。


「なにやってんだっ! あいつを殺せ! ぶち殺せ、畜生め!」


「あいつが指揮権を持っているというわけじゃないな」


 どうやら八天虎会の残党を助けたどこかの誰かさんは八天虎会に46式戦闘人形を与えながらも、操作は自分で行っているようである。


『東雲。今、セクター13/6で4体の戦闘用アンドロイドが暴走しているけど、君のところに向かっているってことで間違いない?』


「ああ。正確には6体だ。2体はぶち壊した」


『残りはこっちで片付ける。それから近くにいる違法改造強化外骨格エグゾの男は警備員じゃないよね?』


「ああ。八天虎会の野郎だ」


『了解。待ってて』


 そこで残り4体の46式戦闘人形が急に動きを止めた。


「なっ。何やってる! そいつを殺せ!」


「さて、どうなるか……」


 東雲が様子を窺う中、46式戦闘人形が一斉に強化外骨格エグゾを纏った男の方を向いた。そして、ショックガンを展開する。


「や、やめろー!」


 一斉にショックガンが放たれ、男はピックアップトラックごと吹き飛ばされ、ガンガンと地面に叩きつけられながら転がっていった。


「あーあ」


 4体の46式戦闘人形はショックガンを放った直後に火花を散らせて、ダウンした。


「こっちは片付いたぞ。マトリクスで何があった?」


『白鯨からの宣戦布告。私たちが白鯨の邪魔をしたって』


「もう白鯨をコピーしようとしたわけか?」


『いいや。恐らくはTMCサイバー・ワン占拠事件のことだと思う。東雲が白鯨に関わったのってそれぐらいでしょう?』


「確かに俺は白鯨なんてものに関わり合いになろうとは思っていないが」


 東雲はどこで自分が白鯨に捕捉されたか考えるが、確かにTMCサイバー・ワン占拠事件のときぐらいしか思い当たる節はなかった。


「しかし、白鯨って奴は何をした? 八天虎会の残党の記憶も操作されている感じだったぞ。こいつ、本気で報復しに来たんじゃない。白鯨にけしかけられたんだ」


『白鯨はよく分からない存在だよ』


「そうかい」


 東雲は不穏なものを感じつつ、しっかりと朝食のパンを抱えて破壊されたスーパーから去った。


……………………

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