賞金首

……………………


 ──賞金首



「白鯨に懸賞金が出る?」


 ベリアはBAR.三毛猫の雑談場所でそんな話を耳にした。


「ああ。白鯨の完全コピーを手に入れたら500万新円だと。ここにいるハッカーたちも血眼になって白鯨を追いかけてるぜ」


 ベリアの質問にディーがそう答える。


「ふうん」


「アーちゃんは興味ないのかい……」


「ないわけじゃないけど、500万新円のために脳を焼かれるかもしれないってのはね」


 それに国連チューリング条約執行機関のエリート部隊のタスクフォース・エコー・ゼロも返り討ちに遭ったのを見た後じゃとベリアは語る。


「連中は真面目にやりすぎたのさ。要はデータだけいただきゃいいんだろ? こっそりコピーするぐらいのことは簡単だと思うぜ」


「そのコピーをしようとしたタスクフォース・エコー・ゼロがどうなったか思い出しなよ。脳を焼き切られてお陀仏だ。だから、あの場からさっさと逃げ出したんじゃないか」


「アーちゃんはやる気なしか」


「今のところはね。今は連続AI研究者殺害事件の方を追いかけたい」


「あっちもヤバイネタみたいだぞ」


 国連チューリング条約執行機関とアトランティスが揉めて、雇われハッカーが両方に攻撃を仕掛けあっているとディーは語る。


「抗争か。仮にも国連チューリング条約執行機関を相手によくやるよ」


「アトランティスは昔からチューリング条約反対派だった。AIが超知能なんて宿すはずがないってな。だから、もしかすると連中は合法とみた研究室で非合法なAI研究をしていたのかもしれない」


「そして、それが国連チューリング条約執行機関にバレると不味い」


「そういうことだ」


 おかげでマトリクス上が酷く騒がしいとディーが言う。


「向こうに首を突っ込むなら、顔を出した途端蜂の巣にされないようにな」


「うへえ。けど、興味はあるな。ちょっとした情報を掴んだんだ」


「なんだ?」


「富士先端技術研究所で暴走したアンドロイドとアトランティス・サイバーソリューションズの研究室で暴走したアンドロイドの共通点」


 ベリアのアバターがにやりと笑う。


「聞いて不味いネタなら聞かない」


「興味もない?」


「ある」


 ディーはそう言った。


「どっちのアンドロイドもオペレーティングOシステムSのアップデート後に暴走しているってこと。恐らくはその時にMr.AKでアイスを抜かれて、乗っ取られた」


「ちょっと待てよ」


 ディーが何かを調べる。


「どんぴしゃり。シルバー・ハウス襲撃事件で暴走した戦闘用アンドロイドもアップデート後に暴走している。正確にはアップデートしてから2時間後」


「そっちもMr.AKでアイスを抜かれてる。これって無関係だと思う?」


「アップデートの瞬間を狙うのは昔なら通用した手段だが、今は相当難しいはずだ。企業側も対策を講じている。だが、マトリクスに普段繋がない作業補助用のアンドロイドがマトリクスに接続する瞬間を狙うならば……」


「戦闘用アンドロイドも保安上の問題で滅多なことではマトリクスに繋がない。だけど、アップデートの時は別」


「抜け穴か」


 どんなアンドロイドもマトリクスに接続しなければアップデートはできないし、アップデートは自動で行われる。研究室を開けた数分のスリープモードのうちにアップデートは終わってしまう。


 そして、マトリクスに接続したことで白鯨にMr.AKでアイスを破られ、侵入され、AIの情報を奪われる。


「こいつはやばいぜ。バレたら企業のサイバーセキュリティシステムに穴がありますっていうようなものだ。六大多国籍企業ヘックスだったら、間違いなく潰される」


「富士先端技術研究所で暴走したアンドロイドは大井重工製。アトランティス・サイバーソリューションズで暴走したアンドロイドはアトランティス・バイオメカニクス製。そして、シルバー・ハウスで暴れたのは大井重工の戦闘用アンドロイド」


 報告されてないだけでまだまだ穴はあるかもしれないとベリアは言う。


「とりあえず、俺は聞かなかったことにしておくよ。六大多国籍企業相手の仕事ビズをするぐらいなら白鯨の相手をする」


「白鯨相手の仕事ビズもシビアじゃない……」


「そうかもな。だが、六大多国籍企業は白鯨以上の化け物だ。何が起きても不思議じゃない。俺の首がサイバーサムライに切り落とされるかもしれない。それより、白鯨を追いかけていた方が無事さ」


「そうかもね。六大多国籍企業は技術を重ね続け、それによって富と権力を手に入れ、今や世界の富を独占している。彼らにできないことはない」


 にしては、白鯨を捕まえるのは諦めたようだけどとベリアが言う。


「六大多国籍企業側のホワイトハッカーも動員されているようだぞ。どうやら白鯨は六大多国籍企業製じゃないのかもしれない」


「捨てられた結果、手の負えなくなったニューヨークの下水道に住む白い巨大ワニ」


「都市伝説だ。企業はそこまで無計画じゃない。特に六大多国籍企業と言われている連中はな。どこまでも冷徹で、計画的」


 ディーは続ける。


「それに自律AIを密かに開発していたら、それをマトリクスに放出するような真似をするか? おかげで国連チューリング条約執行機関まで出張ってきたんだ」


「確かにね。だけど、それも自律AIを完成させるためのものだとすれば? 現に白鯨は富士先端技術研究所とアトランティス・サイバーソリューションズで働いていた研究者を殺し、データを奪った」


「餌を食わせるために放牧、か。仮にそうだとして行き着く先は?」


「超知能」


「あり得ない」


 ディーはすぐさま否定した。


「超知能なんてマジであり得ないよ。高度なAIがより高度なAIを生み出し、人類を越えた超知能を得る。その結果何が作られる? 人間にはとても理解できない魔法としか思えない代物か?」


「十分に発達した科学技術は、魔法となんとやら。確かに私たちにとっては魔法の品のように見えるだろう。だが、AIにはちゃんと仕組みが分かっている」


「俺たちにはとても理解できない理屈でな」


 ファンタジーの世界だと、そういうディーにベリアは複雑な表情を浮かべた。


 ジャバウォックとバンダースナッチも、両方今の科学では証明できない技術だ。発達した科学技術が魔法を区別がつかないなら、魔法そのものも発達した科学と見分けがつかないということである。


 だが、いずれジャバウォックとバンダースナッチを科学的に再現できる日が来るに違いないとベリアは思った。


「俺はAI研究者連続殺人事件からは降りるぞ。六大多国籍企業と喧嘩しても勝てないからな。白鯨単独の方がまだ生還率が高い」


「本当にそう思う? 相手は銃乱射型ブラックアイスを備えた、ナメクジの群体がクジラの形をしているようなものだよ。気味が悪い」


「生物学的な嫌悪感はするが、だからと言って六大多国籍企業を相手にする恐怖感と比べれば、白鯨の方がマシさ」


「私はAI研究者連即殺人事件を追うよ。次の襲撃が起きて、またアンドロイドのアップデート後だったとしたら、匿名エージェントを使って、アップデートのセキュリティホールについて警告する」


「六大多国籍企業を敵に回すぞ」


「それでもだよ」


 私はどうしてもこのことが気になるとベリアは言う。


「それはマトリクスの幽霊に、雪風にそう言われたからか……」


「それもある。私は彼女に興味があるんだ。何としても彼女の正体を暴きたい。そのためには彼女のために従順に仕事をすることだってあるさ」


 ベリアはそう言って物憂げな表情を浮かべた。


「分かった。好きにするといいさ。だが、白鯨捕獲作戦には顔を出してみろよ。有名無名のハッカーが集まっている。面白い話題が聞けるぞ」


「そうする」


 それからふたりは白鯨捕獲作戦“ピークォド号”が立案されているトピックへと移動した。そこでは有名無名のハッカーたちが大論争を繰り広げていた。


「だから、タスクフォース・エコー・ゼロと同じ轍を踏まないようにするためには、気づかれないようにコピーをするしかない」


「相手はコピーされていることにすぐに気づく」


「分からないだろう。相手が仕掛けランの最中だったらなのこと」


 白鯨をこっそりコピーすることは可能かという意見だった。


「昔、有名人のアバターを盗んだ奴がいたが、連邦捜査局FBIに速攻で捕まった。相手はコピーされていることが分かるんだ。なんなら、お前のデータをコピーしてみようか? コピーされたと分かるぞ」


 メガネウサギのアバターはそう言う。


「じゃあ、どうするんだ。タスクフォース・エコー・ゼロは正攻法で挑んで失敗した。俺たちが同じ事すればもっと被害が出る」


「奴が奴の情報を残さざるを得ない状況を作り出す。そう、確かに仕掛けランの最中は狙えるかもしれない。ただ、盗み撮りするのは無理だ。奴が情報を残していかなければならない状況を作り出す」


「というと? 昔ながらのフルデータスキャントラップでも作って、奴が仕掛けランをしそうな場所に組み込む?」


「俺としてはそれが理想的だと思うね」


 そこで突然BAR.三毛猫の表示がバグった。


 トピックを示すテーブルがヌラリとした青色の液体で覆われ、そのテーブルの上に着物姿の少女がいた。


 赤みがかった黒髪をシニヨンにして纏め、DNAの二重螺旋を象った飾りのついた簪を刺し、赤い着物に真っ白な目をした少女だった。


「マトリクスの幽霊……?」


「いや。違う」


 目撃情報と違うと誰か言う。


「私は、お前たちが、白鯨と呼ぶ、その自律AIの、エージェントの、ひとつ、だ」


 どこか機械染みた音声で黒髪白眼の少女はそう宣言した。


……………………

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