そしてまたひとり

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 ──そしてまたひとり



 ベリアは起きてペットボトルのミネラルウォーターを飲み干し、軽く食事をしてから再びマトリクスにダイブした。


「アーちゃん。ナイトタウンでひと悶着あったらしいぞ」


「へえ? どんな?」


「戦闘用アンドロイドが暴走して人間を襲ったらしい」


 トピックになってるとディーは言う。


「ナイトタウン“シルバー・ハウス”襲撃事件」


「ああ。八天虎会の残党も確認されたらしい」


「八天虎会?」


「前に潰れた犯罪組織だよ。他のヤクザとチャイニーズマフィアとコリアンギャングに食い散らかされた組織だ」


「ああ」


 そこでようやくベリアは思い出した。


 すっかり八天虎会のことなど忘れてしまっていた。


「まあ、民間のバーぐらいならハックできるんじゃない?」


「ハックされたのは大井重工の46式戦闘人形だ。こいつは軍・警察用なだけあってアイスはそれなりだ。そして、噂によれば富士先端技術研究所で暴走を起こしたアンドロイドと同じウィルスが見つかったとか」


「へえ。それは気になる」


 ディーとベリアはトピックに集まってログを眺める。


「Mr.AKって最近検出されるようになったウィルスだよな。主にアイスブレイカーの役割を果たして、こいつそのものは無害っていう」


「そう聞いてる。富士先端技術研究所のアンドロイドからもMr.AKが検出されたらしい。それを踏まえた上でこのふたつを見てほしい」


 三頭身の少女のアバターがあるプログラムのコードを見せる。


「先に白鯨とタスクフォース・エコー・ゼロが戦ったのは覚えているよな? その時に検出された攻撃エージェントが使用したウィルスのコードとMr.AKのコードを比較したものだ。どう思う?」


「そっくりだな。構造そのものがまるで同じだ。白鯨の攻撃エージェントには攻撃プログラムがついているが、アイスブレイカーとしての機能はMr.AKと同じだ」


 メガネウサギのアバターが頷く。


「Mr.AKは白鯨製ってことか?」


「いや待てよ。白鯨がリアルタイムでアイスとアイスブレイカーを更新していたのは見たよな? どこかの誰か──国連チューリング条約執行機関とか──が白鯨に対して使ったアイスブレイカーがMr.AKの可能性もあるぞ」


 そもそもMr.AKが確認され始めたのはいつだという話になる。


「Mr.AKがサイバーセキュリティ企業に認識されたのは今から4週間前。TMCサイバー・ワン占拠事件が起きる前だ」


「ってことはやっぱりMr.AKは白鯨製じゃない」


「結論を急ぐな。白鯨がTMCサイバー・ワン占拠事件前から存在していたら?」


「白鯨が注目されたのはTMCサイバー・ワン占拠事件からだが、それ以前から白鯨はマトリクスを彷徨っていた?」


「可能性としては否定できない」


 そこでログが一度止まる。


「白鯨がマトリクス上に以前からいたとして、奴は何をしていた?」


「知識を貪欲に貪っていた?」


「あるいは人殺し」


 ちらほらと発言が出始める。


「なあ、あれだけのデカブツを隠せる場所ってどこだ? マトリクス上のどこにあの化け物を隠しておける? 国連チューリング条約執行機関にも、野次馬のハッカー──つまりは俺ら──にも見つからないようにだぞ?」


「それなりのアイスがあってデカいサーバー。それもマトリクス上からは白鯨しかアクセスできないようなもの」


 三頭身の少女のアバターが言う。


「そんなことができるのが六大多国籍企業ヘックス以外にいるか?」


 三頭身の少女のアバターはそう列席者たちに尋ねた。


「やっぱり白鯨はどっかの六大多国籍企業が開発した自律AIってわけか」


「大井は除外していいだろう。連中は被害を受けてる」


「自分で自分を焼いちまっただけかもよ」


「六大多国籍企業がそんな間抜けなことするかよ」


 ここの住民は六大多国籍企業嫌いであり、同時に畏怖している。


 そのためあーだこーだと六大多国籍企業批判や擁護の議論が繰り広げられた。


「もう六大多国籍企業の善悪の話はどうでもいい。連中は俺たちが嫌おうが、好もうが、存在し続ける。よほどのことがない限りはな」


 メガネウサギのアバターがうんざりしたようにそう言う。


「それより白鯨だ。Mr.AKのオリジナルの作者が白鯨なのか。それとも白鯨に挑んだ誰かのアイスブレイカーを白鯨がコピーしたのか」


「自律AIっていっても物真似野郎だろう? そいつに一からウィルスが組み立てられるのか? それも大井の戦闘人形のアイスを抜くぐらいの」


 メガネウサギのアバターが言うのに、FPSのキャラのアバターの男が尋ねる。


「あれは単なる物真似野郎じゃない。奴はリアルタイムで相手のアイスを把握し、独自にアイスブレイカーを開発していた。Mr.AKはアイスブレイカーの傑作だとまでは言わないが、素人が組めるとも思えない」


 あのAIなら、あの白鯨なら組めるかもしれないとメガネウサギのアバターが言う。


「じゃあ、やっぱり六大多国籍企業のどいつかが白鯨を匿っている。あるいは企業テロに利用している」


「クソ六大多国籍企業」


「もうそれはやめろ」


 また六大多国籍企業論争に戻りかけるのを誰かが止める。


「けど、富士先端技術研究所が白鯨に襲われる理由が企業テロという理由であるか? あそこは比較的オープンだし、今回の研究も六大多国籍企業の秘密プロジェクトってわけじゃなかっただろ」


「ライバル潰し?」


「今日日、その手の理由でここまで手の込んだテロをする奴なんていないよ。六大多国籍企業ならばなおのことだ。連中はただ研究を買い上げればいいんだからな」


 ベリアは今後の論争がどのような方向に向かうのかを興味深く見守っていた。


『ベリア。今、話せるか?』


「ちょっと待って」


 ベリアはBAR.三毛猫を出る。


「どうかしたの、東雲?」


『そっちで話題になってないか、ナイトタウンで戦闘用アンドロイドが暴れた件』


「丁度、そのトピックを見てたところ」


『どうも八天虎会の連中の報復みたいなんだが、ジェーン・ドウは黒幕の存在を臭わせている。そっちで調べてくれないか?』


「分かった」


 ベリアは東雲との会話を終えると再びBAR.三毛猫にログインした。


「だから、六大多国籍企業に富士先端技術研究所の研究者を殺る意味はないんだよ」


「分からねえだろ。連中は陰謀屋だ。何かしらの特許のために人殺しぐらいする」


 ログは六大多国籍企業と富士先端技術研究所の悶着で埋まっていた。


「ねえねえ。今回のシルバー・ハウス襲撃事件そのものは八天虎会の残党の仕業と思っていいの?」


 そこでベリアが発言する。


「ああ。そうだったな。そういうトピックだった。脱線し過ぎた」


「八天虎会の残党にMr.AKなんて扱えるか?」


「ただのアイスブレイカーだ。よくできたただのアイスブレイカーだ。ちょっとした知識があれば使える。問題はMr.AKだけじゃ、戦闘用アンドロイドに人殺しはさせられないってことだ」


 メガネウサギのアバターがそう言う。


「八天虎会の残党の犯行だったとしても、Mr.AKで戦闘用アンドロイドのアイスを片付けた後、戦闘用アンドロイドそのものをハックする技術が必要になる。それがあるかどうかは謎だな」


「なら、誰かが技術的な支援をした」


「それが白鯨……?」


 ぞっとするような空気が流れた。


 人々は自律AIによる人類支配を恐れてチューリング条約を締結した。


 だが、仮に八天虎会の残党に白鯨が技術的支援を行い、襲撃を行わせたのだとすれば、それはAIによる人類支配の始まりではないのかと。


「いや。まだ決まったわけじゃない。八天虎会の残党だってAIのいいなりになるような連中じゃないだろう。仮にも犯罪組織だったんだ。それがAIのいいように動かされるなんてことは」


「本当にあり得ない? Mr.AKが白鯨製のものである可能性もあるんだよ。それにもうどの六大多国籍企業も、犯罪組織も、八天虎会の残党なんて支援しない」


 メガネウサギのアバターが否定するのに、ベリアがそう食い込む。


「全員。新しいトピックを立てる」


 そこで三頭身の少女のアバターが言った。


「何が起きた?」


「アトランティス・サイバーソリューションズのAI研究者が殺害された。富士先端技術研究所の時と似ている。研究者が部屋に入ったと同時に部屋がロックされ、作業補助用のアンドロイドが暴走した」


 そして、アトランティスで研究中の自律AIがマトリクスに解き放たれたと三頭身の少女のアバターが言った。


「クソ。こいつはマジでやばいぜ。これで富士先端技術研究所と六大多国籍企業の単なる争いって線は消えた。相手は六大多国籍企業相手にやりやがった」


「六大多国籍企業同士の争いか?」


「新しいトピックが立った。話す奴はそっちに移動しろ」


 そうやってほとんどがアトランティス・サイバーソリューションズのAI研究者殺害事件の方に移動していった。


 数名がシルバー・ハウス襲撃事件のトピックに残る。


「なあ、本当に白鯨が八天虎会の残党を技術的に支援したと思うのか……」


 残っていたメガネウサギのアバターが尋ねる。


「可能性としてはゼロじゃない」


「ああ。ゼロではない。だが、それは」


 メガネウサギのアバターは黙り込む。


「畜生。俺も実を言えばAI研究者なんだ。これまでそれなりの実績もあった。準六大多国籍企業勤めだから六大多国籍企業ほどの代物は作れないが、研究を進めてきていた」


 だが、白鯨なんてものが生まれるのはあり得ないか、もっと先だと思っていたとメガネウサギのアバター言う。


「白鯨はどうやって生まれたのか」


「そうだ。あの病的なプログラムは自己アップデートの証拠か? どんなデータを食えばあんな歪な形になる」


 メガネウサギのアバターはそう言ってからアトランティス・サイバーソリューションズのAI研究者殺害事件のトピックの方に移動していった。


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