タスクフォース・エコー・ゼロ
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──タスクフォース・エコー・ゼロ
タスクフォース・エコー・ゼロが白鯨を捕捉し、迷宮回路に閉じ込め、戦闘が始まった。人間対AIの戦いである。
「思ったけどさ」
その様子を観測エージェントで見ながらベリアが言う。
「彼らはわざと戦いを見せようとしていると思う?」
「どうして? 連中にとっては自分たちのサイバー戦能力を晒したくはないだろう」
「過去にこういう事例はあった?」
「あった。中国のAI研究者が自律AIを作ったと発表して、それをマトリクスに放ったと宣言したときだ。その時がこんな騒ぎだった」
ディーが語る。
「お祭り騒ぎになるかと思いきやタスクフォース・エコー・ゼロは呆気なくAIを鎮圧し、開発者は中国当局に逮捕された」
「そして、今再び人間とAIの戦いが見世物にされている」
「だが今度は犯行声明はない」
「そう。どういうわけかこの広いマトリクスの中で、密かに動いていた白鯨と国連チューリング条約執行機関の戦いが見世物になっている」
おかしいよねとベリアは言う。
「確かに妙と言えば妙だ。まるで誰かが宣伝したみたいな……」
「宣伝か。そもそも国連チューリング条約執行機関と白鯨が交戦するという情報はどこから回ってきたの?」
「BAR.三毛猫でトピックが立ってからあっという間に、だ」
ディーもこの事態に不信感をいただき始めていたようだ。
「BAR.三毛猫なら匿名エージェントが侵入する余地はないと思うけど、他の
「その電子掲示板に匿名エージェントの書き込み、か」
だが、その目的はなんだとディーが尋ねる。
「目的は謎。白鯨にしたところで自分の能力を誇示してもメリットはない。タスクフォース・エコー・ゼロについても同様。戦っている当人たち以外の誰かが、どういうわけか宣伝しようと思った」
「野次馬仲間が欲しかっただけかもな」
「そうかも」
ディーとベリアは肩をすくめた。
「さて、本格的に始まったぞ」
観測エージェントが現地の情報を伝えてくる。
タスクフォース・エコー・ゼロは銃乱射型ブラックアイスをものともせず白鯨に突撃する。白鯨は迷宮回路を展開しつつ、
国連チューリング条約執行機関お手製AIキラーのアイスブレイカーは白鯨の
白鯨の
攻撃エージェントに捕捉されたタスクフォース・エコー・ゼロの隊員が、
『畜生。キティーホークの脳が焼かれた!』
『狼狽えるな! 新しい
それでもタスクフォース・エコー・ゼロは諦めず攻撃を続ける。
別のアイスブレイカーが投入され、白鯨の
白鯨の
だが、白鯨の設計はベリアが説明したように病的であった。
『なんだこれは……』
『怖気が走るぞ……』
タスクフォース・エコー・ゼロは新しいアイスブレイカーを試さなければならず、その時間がかかっている間に、白鯨は容赦なく攻撃エージェントで隊員たちを攻撃する。
隊員の
「新型のアイスブレイカーを使ってるな」
「この間のAIキラーとはまた別?」
「別だ。もっと強力だ。だが、白鯨の迎撃能力が僅かに勝っている。まさにマトリクスの怪物、だな」
マトリクスの怪物は国連チューリング条約執行機関が誇るサイバー戦部隊タスクフォース・エコー・ゼロを翻弄していた。
「不味いぞ。このままじゃタスクフォース・エコー・ゼロは壊滅だ」
「国連チューリング条約執行機関にも白鯨は止められず、か」
「ああ。止められないだろう。あの白鯨、アイスブレイカーを学習して新しい
「単純な演算能力において人間はAIに敵わない」
「ああ。このまま勝負してたら、白鯨が勝つ」
タスクフォース・エコー・ゼロはあらゆるアイスブレイカーを投入して、白鯨の
「攻撃エージェントもタスクフォース・エコー・ゼロの
「ここのまま放置していれば、戦えば戦うほど倒せなくなる敵にならない?」
「可能性としては否定できないな」
アイスブレイカーを学習し、
国連チューリング条約執行機関の精鋭サイバー戦部隊であるタスクフォース・エコー・ゼロの使えるリソースがゼロになってしまえば、文字通り人類のAIに対する敗北を意味するのである。
もちろん、人類の
だが、急速に学習を続けるAI──それもリアルタイムで対抗手段を生み出してくる──に対しては人類は分が悪い。敵を一撃で葬り去るような攻撃ができなければ、あの自律AIは学習をし続けて、やがては本物のマトリクスの怪物になる。
「増援が来た。タスクフォース・エコー・ゼロ側に増援。何か手があるといいんだが」
「どっちを応援してる?」
「皮肉だが、タスクフォース・エコー・ゼロの方。普段は国連チューリング条約執行機関なんてクソくらえなんだが、この戦いは人類とAIの関係を決定的なものにするかもしれないからな」
「AIによる人類の支配」
「あり得ると思うか……」
「どうだろうね。AIに大人しく支配されるほど人間は従順じゃないと思うけど」
「それもそうだ」
そう言いながらベリアとディーはタスクフォース・エコー・ゼロ対白鯨の戦いに注目する。
「うお。通信負荷増大。観測エージェントからの報告にラグが入り始めた。タスクフォース・エコー・ゼロの連中。ワームによる通信負荷に打って出たな」
マトリクス上でワームが増殖を続け、それが通信にラグを生み出す。もちろん、タスクフォース・エコー・ゼロも影響を受けるが、影響を受けるのは白鯨も同じだ。
「白鯨の反応速度が低下した。ワームによる影響を受けてる。だけど」
「そう、奴はワームだらけのTMCサイバー・ワンで迷宮回路を一瞬で突破し、逃げおおせた。今回も、恐らくは」
タスクフォース・エコー・ゼロは一時的に撤退し、遠巻きに白鯨を包囲する形を取った。彼らが何をしているのか、最初ベリアには分からなかった。
「まさか、彼らは白鯨をコピーしようとしてる?」
「どんぴしゃりだな。白鯨を外部の
危険な病原菌に対するワクチンを作るように、危険なマトリクスの怪物を研究するために安全な研究室に持ち帰り、分析する。
それが上手くいけば、白鯨を丸裸にできるかもしれない。
「タスクフォース・エコー・ゼロの連中が周辺に迷宮回路を展開し始めた。コピー完了まで閉じ込めようってことか」
「だけど」
「ああ。奴はこの程度の通信負荷は物ともしない」
白鯨は突破を試み、迷宮回路のひとつを攻撃した。厳重なパラドクストラップ付きの対AI用迷宮回路だったが、みるみるうちに白鯨に突破されて行く。
「ああ。畜生。コピーできてるのか?」
「今60%」
「見えてるのかい、アーちゃん……」
「へへっ。私の観測エージェントは特製でね」
ベリアの観測エージェントは白鯨のコピー速度まで観測していた。
通信負荷は白鯨を閉じ込めることはできたが、同時に白鯨のコピー速度も低下させていた。かなり高度なデバイスを使用しているとしても、これだけの負荷がかかった状態では、コピー速度は低下する。
白鯨はその間にも迷宮回路を突破しつつあり、タスクフォース・エコー・ゼロは新しい迷宮経路を大急ぎで展開して、逃がすまいとしている。
「今75%」
「もう少しだ。粘れ。もうちょっとであの化け物を解析できる」
周囲に野次馬の観測エージェントが飛んでいることも通信速度を低下させていた。
だが、その状況で白鯨が大きく動いた。
一瞬でタスクフォース・エコー・ゼロの
そして、悠々と白鯨は逃げ去っていった。
「逃げられた……」
「これじゃ解析はできないね。78%しかコピーできてない」
「追跡エージェントは?」
「ダメ。振り切られている」
「畜生」
人類対白鯨の戦いは白鯨の勝利で終わった。
……………………
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