良心の呵責
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──良心の呵責
ベリアが東雲の
「どうした……」
「少し、話したいことがある。私たちのこれからについて」
そう言われて東雲は時計を見た。ナノマシンとやらの設定が終わるまであと2時間。
「分かった」
東雲は棺桶を出て、どこで話そうかと迷った。
「今、共同スペース誰もいないから」
「ああ」
共同スペースには本当に誰もいなかった。
「人払いの結界か?」
「そう。盗聴には念のため気を付けておくべきだろうからね」
見事な結界だと東雲は感心する。本当に誰も寄り付かない。
「それで、これからってなんだ……」
「これからも
「そりゃあ、当然続けるだろう。そうしないと飯も寝床もIDもなしだ」
俺たちの生命線はジェーン・ドウに握られてるんだぜと東雲が言う。
「彼女、私と似たような存在だよ」
「魔王? 企業工作員が?」
「悪魔。企業工作員なのは企業と取引しているのかもしれない」
悪魔がBCI手術を普通に受けたのかと東雲は少し驚いた。
「君は勇者だっただろう。仮にもだ。良心の呵責とかはないのかい?」
「別に正義感で勇者をやっていたわけじゃないからな」
東雲は語る。
「最初は勇者様、勇者様ってもてはやされていい気になって、いっちょやったるかと思っただけで、それから冒険が楽しくて。魔族は殺したけど、あいつらが俺たちを殺そうとしてくるから殺してただけだ」
それに、と東雲は続ける。
「例の体の衰弱が顕著になってきてから、冒険心も萎えた。魔王を倒せばよくなるかと思って我武者羅に殺しまわったけど、魔族にだって家族がいたんだろう? 俺は常に利己的な人間だった。自分さえよければ他はどうでもいい」
最初は名誉欲、次に冒険心、そして最後に生存欲求。
正義なんて欠片もありやしないと東雲は語る。
「だから、今の状況を受け入れるのは平気だ。ちょっと戸惑いはしたけれど、これも結局は生きていくために必要なことだ。俺は利己的な人間で、利己的に生きてる」
東雲はそう言ってベリアを見た。
「平田を殺したときも何も感じなかったよ。
ベリアは東雲の独白を聞いて頷いた。
「なら、問題はないね。君が良心の呵責に苛まれていたらどうしようかと思ったけれど。そうじゃないなら何よりだ」
ベリアはそう言って笑みを浮かべた。
「しかし、長年敵対していた人類の希望の星が君のような人間だったとはね。人類側も予想できなかっただろう」
「あいつらは臭かった。平田の口臭も酷かった。裏切ったり、殺したりする理由なんてそれぐらいで十分だろ」
それにあの電子ドラッグジャンキーは近いうちにどうせ死んでたと東雲は言う。
「君は本当に利己的な男なんだね。気に入ったよ。だけど、誓おう。私たちは裏切らない。お互いに。これからはマトリクスでの仕事を私がする。君は殺しを」
「ああ。持ちつ持たれつは重要だ」
お互いに徳をするからこそこういう取引は成り立つんだと東雲は語る。
「BCIが必要な仕事は任せて。君は勇者のときのように剣を振るえばいい」
だけれど、とベリアが紙袋を手渡す。
「貧血は困る。“月光”のせいでしょう?」
「ああ。あれが魔剣と呼ばれる由縁だ。持ち主か、斬った人間の血を吸う。最近は鉛玉ばかり弾かせていたから、俺の血を多く吸っている。八本展開すると負担がデカい」
東雲が常に八本の剣を展開させていないのは、その分血を吸われるからだ。
身体能力強化で造血速度を早くすることはできるが、こうも
「猫耳先生に貧血気味って話したら、造血剤を処方してくれた。毎食後に一錠。水で飲んで。暫くは
「大丈夫だ。身体能力強化で血を巡らせてる。鉄分は必要だろうけどな」
東雲はそう言って造血剤を炭酸飲料で飲み下した。
「合成品じゃ栄養は取れないって言ってたよね」
「天然ものも怪しいところだ。結局のところ、こういうサプリが一番安心できるんだろうさ。食い物はこれまで通り、合成品で十分だ。金もけちけち使わないと、いつまでも儲かる仕事が回ってくるわけじゃない」
東雲は造血剤の製造メーカーを見た。メティス・メディカルという会社だった。
「まあ、何とかやっていけるだろう。
「君は本当に良心の呵責はない?」
「ない。感じる必要があるか? 罪もない女子供を殺せと言われたらそれは焦るだろうが、所詮は
勇者をやっていたときはいろいろと期待されてたけど、こっちではローテク殺し屋としてしか期待されてないと東雲は言う。
「あまり」
東雲が言う
「あまり、真剣になって考えない方がいいんだろう。こういうの」
「まあ、それはそうだね。君が勇者だったから気になっただけ」
「なら、別に心配しなくていい。俺は勇者だったからと言って正義感があったわけじゃないからな。話した通りだ」
「そうみたいだね」
ベリアが安堵したように息を吐く。
「君は殺し、私はサポートする。持ちつ持たれつの関係。これでこの世界を生きていこう。生き延びることが、何よりも大事だ」
「ああ」
それには異論はないと東雲は炭酸飲料を飲み干した。
「問題は、だ。ジェーン・ドウを頼るしかないってことだ。あいつは俺たちが別の人間に雇われることを嫌うだろうが、あいつに生命線を握られているのもどうかと思う」
「だけど、下手に他のジェーン・ドウやジョン・ドウに接触して、彼女を怒らせない方がいい。彼女も悪魔としての能力は持っているわけだからね」
「犯罪組織と関わらるとややこしいことになる。個人の依頼、なんてのは期待できないだろうしな。探偵業とは違うんだ。表に看板が出せる仕事じゃない」
「殺しやりますなんて書いたら、流石にセクター13/6でも通報されるでしょ」
「そうだよな」
それに大井統合安全保障が応じるかどうかは別としてと東雲が言う。
「まあ、ぼちぼちだ。まずはこの街に慣れよう。この街の何が不味くて、何が平気なのかのラインを確かめておきたい。ジェーン・ドウは下手なことはするなと行ったが、俺たちにはその下手なことの意味が分かってない」
何に手を出すと不味いのかを知っておくべきだと東雲は言う。
余計なトラブルを避けて通るには、それ相応の知識が必要だとも。
「そのためにはマトリクスに潜らなきゃならないんだろう。頼むぜ、ベリア」
「任せて。そろそろ時間だ。行こう」
「ああ」
ここから歩いていけば、丁度時間だろう。
変わり果てた海宮市の街を進む。
ネオン、ホログラム、ARにも広告が映る。
ARコントタクトレンズは付けていた。いつジェーン・ドウが接触してくるか分からないし、ARでしか見られないものもある。
ARもネットに接続できるようだが、そのためにはやはりBCIが必要。ワイヤレスBCIがなければARをネット接続はできない。
それでも店のレビューや安全性の保障具合などはみることができ、それなりに便利だった。とは言え、ネットに繋ぐにはやはりBCIかと思う。
本屋もあった。紙媒体の本があったことは東雲にとって幸いなことだった。
主なセールは電子書籍のようだが、紙媒体の昔ながらの本もあった。
それもそうだろう。BCI手術は成人してから受けるものだ。それ以前の人間に本を読むなとは言えない。
タブレット端末で読むという方法もあるようだが、東雲は紙媒体のマンガ本を数冊買った。棺桶ホテルで読む楽しみにしておく。
「このネットカフェが評判いいみたいだな」
「へえ。じゃあ、ここにしておこうかな」
衛生面、サービス面、価格面でこのネットカフェは高い評価を得ている。
衛生面は重要だろうと東雲は思った。
何せBCIでは脳にカビが入る可能性があるのだから、と。
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