ローテク殺し屋
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──ローテク殺し屋
東雲たちの拠点は暫くの間、
それでもシャワーはあるし、共同スペースにはテレビもある。
もっともテレビ文化というのは廃れたらしく、首都圏だというのに放送してるのは昔ながらの公共放送と民放が一局だけだった。
東雲は熱いシャワーをゆっくり浴びて、自販機で炭酸飲料を買うと、久しぶりに喉を突き抜ける炭酸の爽快さを味わった。
異世界にはいくつかの場所では天然の炭酸水はあったが、温くて飲めたものじゃなかったし、味もしなかった。
「生き返るーっ!」
我ながら久しぶりに日本に帰って来たという気分になった東雲であった。
「東雲、BCI手術だけど」
「俺は絶対に受けないぞ」
「君は受けなくてもいいよ。私が受けるから。そのためにお金を貯めよう」
「ああ。そうだな」
これからのことを考えると金は貯めるべきだし、ベリアはBCI手術を受けるべきだ。東雲はいくつかのインターネットカフェを巡ったが、昔ながらのマウスとキーボードで操作する店はひとつもなかった。
全てBCI必須であったのだ。
今日日インターネットで情報を集めないと不味いと言うことは分かる。新聞は見当たらないし、テレビは辛うじて公共放送がうっすいニュースをやっているだけだ。
ジェーン・ドウについても調べておきたかった。
彼女が何の目的があって、東雲たちを使ったのか。そして、これから使うのか。
少しでもヒントが欲しかった。
「とりあえず、貯蓄な。BCI手術っていくらくらいするんだ?」
「私が知るわけないじゃん」
そう、こういうことを調べるためにもネットが必要なのだ。
「BCI手術なら安全なクリニックで7000新円ってところだ」
そこでいきなりジェーン・ドウが現れたものだから、東雲は驚いた。
「クリニックは紹介してやる。金を稼げ。
「もうか?」
「溜まっている仕事は多いんだよ」
東雲は肩をすくめて外していたARコンタクトレンズを付けて、ジェーン・ドウからの資料を受け取る。
「2日以内に消せ。高跳びされる可能性がある」
次は電子ドラッグの売人だった。
電子ドラッグ製造技術は専門学校の技術の悪用とハッキングで手に入れた企業機密データからによるもの。
用心深さは不足しているが、手を引くべきタイミングは理解している。
そう、記されていた。
「了解。報酬は?」
「しけた売人だ。2000新円。せいぜい頑張れよ、ローテク野郎」
ジェーン・ドウはそう言って姿を消した。
「ベリア。すぐに仕事に入るぞ」
「ええー。もうシャワー浴びたから寝たいのに」
「すぐにやれって言われただろ」
「分かったよ、もう」
東雲とベリアは外に出る。
雨が降っていたが小雨なので無視した。
「“黒き影の使者に命ずる。我らが探し求めるものを探り当て、捕えよ”」
ベリアの影から使い魔たちが飛び出す。
「……どうだ?」
「……いた。おそらくは、こいつ。20キロ先」
「やはり近場で殺させてるな」
「この国の官憲は気にしなくていいの?」
そこでベリアが魔王らしからぬ、だがもっともなことを言った。
警察はどうなっている? 銃声がしてもパトカーの一台も来ないなんてどうかしてるとしか思えない。
「今は気にしないでおこう。見つかったら警察も殺す」
「わお。君、本当に勇者だったの?」
「かつてはな。今はただの時代遅れのローテク殺し屋さ」
東雲がベリアの案内でネオンとホログラムが輝く街中を駆け抜ける。
“大衆”“美味”“寿司”などの相変わらず胡散臭げなホログラムが浮かんでいる。
「今日の飯、これが終わったら食おうな」
「あまり食欲湧かないな」
「それでも食えるうちに食っとかないと」
金がいつまであるのか。次の
今のうちにこの街に慣れておく必要があった。
確かに異臭はするし、奇怪な生き物が徘徊しているが、ベリアは魔王だし、東雲は勇者だ。毒耐性ぐらいは前提条件として持っている。
悪いものを食ってもせいぜい腹を壊す程度には抑えられる。
「いたよ。次の角を右に行って4キロ」
「ここで待ってろ。仕留めてくる」
東雲は“月光”を取り出す。
そして、身体能力を極限まで引き上げる。
目標の男は捉えていた。酩酊状態にあるのか、ふらついている。東雲はが背後から首を狙って一撃を喰らわせ、そのまま駆け抜けた。
東雲の背後では男が頸動脈から噴水のように血液を鼓動に合わせて吹き上げていた。
東雲は“月光”を格納し、人混みに紛れる。
東雲が“月光”を手にしたとき問われたのは『力なきものたちのために、その剣を振るうことを誓うか?』とそれだけであった。東雲は力を求めていた。力なきものたちのため魔王軍と戦うために。
そして、今も力を求めている。
「終わった」
「ジェーン・ドウが来てる」
呆れたようにベリアが背後を親指で指さした。
「仕事が早い奴は信頼できる。2000新円。中抜きなしだ。棺桶ホテルで次の
ジェーン・ドウは同じようにチップを渡すと消えていった。
「ホテル代がひとり一泊20新円。それから着替えが欲しいな」
「私も。私たち、なんていうか遅れてる感じ」
「実際に遅れている」
それから24時間営業のドラッグストアという名の何でも屋で東雲とベリアはポリなんとかかんとか繊維の撥水加工が施されたジャケットを買い、下着や簡単な衣服を揃えると棺桶ホテルに戻った。
棺桶ホテルで着替え、それから飯を食いに行く。
近場にあった寿司屋で寿司を食った。“加工”と書いてあったから“天然”ではないのだろうが、素直に“加工”と書いてある点が逆に信頼できた。
「食事代が10新円。衣服代が35新円」
「この調子ならすぐに貯まるね」
「いや。IDの偽造が必要になってくるはずだ」
それから、再び棺桶ホテルに戻った。
もう一度シャワーを浴びて、それから棺桶の中で眠る。
安宿なだけあって騒音はするし、時々異臭もしたが、今日はいろいろありすぎて疲れから眠ってしまった。
翌朝、目覚ましのアラームで目を覚ました。
「うるせえぞ!」
となりの棺桶から苦情が来るのに舌打ちしてアラームを止める。
「ベリア。起きてるか……」
東雲が隣の棺桶を叩く。
「今起きた」
「顔洗ってこい。俺は先にシャワー浴びてくる」
ベリアが小さな棺桶の中で伸びをし、這い出ると眠たげに目をこすって顔を洗いに向かった。その間に東雲はシャワーを浴びる。
異世界では冷たい水を浴びるのがせいぜいだったが、異世界の住民はそれすらしないのでうんざりしていた。
だが、地球に帰ってまで異臭に悩まされるとはと東雲は思う。
シャワーを浴び終えて、カロリーフリーの炭酸飲料を買い、共同スペースに来たところジェーン・ドウが来ていた。
彼女は昨日はバラの柄をしたチャイナドレスだったが、今日は白と赤の東洋の龍が描かれたチャイナドレスを纏っていた。
「あんた、その格好で目立たないのかい……」
「お前たちこそ、お上りさん丸出しだぞ」
そして、ベリアが後ろからやって来た。
「コーヒーを奢ってやる。本物だ。そんな安物のソフトドリンクは捨てちまいな」
ジェーン・ドウの言葉に東雲は肩をすくめると、ソフトドリンクを一口も飲まないまま、ゴミ箱に投げ捨てた。
「着替えはまともなところで買え。街に溶け込め。この薄汚いTMC
ジェーン・ドウはその格好はジャケットを除いて田舎者丸出しだと指摘する。
東雲は合成繊維の白いシャツに長ズボン。ベリアは同じく合成繊維の白いシャツに黒いスカート。そういう格好だった。
「目立たないことも殺し屋の仕事だ」
ジェーン・ドウはそう言って待たせていた車に乗り込んだ。
車はエンジン音も立てず、するすると進んでいく。
運転手はにこやかな笑みを浮かべた男だった。
あの同じことを繰り返す海宮市シティビルにいた男と同じような笑みを浮かべた男。
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