変わり果てた日本

……………………


 ──変わり果てた日本



 魔剣“月光”は一本だけが東雲の手に握られ、他は宙に浮く形で展開している。


 どれもが青緑色に輝き、最初にこの魔剣“月光”を握った時、東雲は思わず『覚醒してしまったのかっ!?』と某SF大作映画を思い浮かべて叫んだのを覚えている。


 今思えばそれぐらいのときが一番幸せだったのかもしれない。


 冒険心に溢れ、体の衰弱もそこまで深刻ではなかった頃。


 ようやく故郷の地球に帰ったと思ったら銃刀法違反ばっちりの拳銃を持った男たちに絡まれている。故郷の街は変わり果て、かつての面影は欠片として残っていない。


 どうなっているんだとしか言いようのない状況だった。


「くたばれ」


 男たちが引き金を引く。


 東雲は七本の刃を目にもとまらぬ速度で回転させ、銃弾を全て弾いた。


「おい。やべえぞ。本物のサイバーサムライだぜっ!?」


「知るかよ! やっちまえ!」


「────!」


 外国語を喋っている男が機関銃を取り出して銃弾を叩き込んできた。


 けたたましい銃声が響き渡るが一発として銃弾は東雲に達さない。


「クソッタレ! 冗談だろう!?」


「やべえぞ! 弾がねえ!?」


「────!?」


 男たちは必死に引き金を絞るがもう銃弾は出て来ない。


「死ね」


 東雲が刃を振るうと、七本の刃が男たちを切り刻む。


 首を刎ね、胴体の胸を突き、肝臓のある位置を突き、膵臓のある位置を突く。


 人体の急所を確実に貫き、東雲は男たちを葬り去った。


「……って、やべえ!? ここ日本だった! 殺人じゃんっ!? 死刑じゃんっ!?」


「大丈夫だよ。正当防衛、正当防衛」


 狼狽える東雲の肩をベリアがポンポンと叩く。


「さあ、君の街を案内しておくれよ」


「ここは俺の知っている街じゃない」


 異臭を放つ屋台。怪しげな中国語の看板。ホログラム。


 そして、何より公衆の面前で拳銃から機関銃までの銃火器が銃声を鳴り響かせたのに一台も来ないパトカー。通報する素振りすら見せない目の淀んだ住民たち。


「これは何?」


「ああ? あ、なんだこれ」


 死んだ男たちの首の後ろにフラッシュメモリのような装置が付いていた。


 引っ張ると、何と抜けた。


「うげええ……」


「わあ。人体改造って奴かい? 魔術師は体に呪文を刻んで詠唱時間を短縮すると聞いたことはあるけれど」


「知らない。少なくとも俺の知っている日本にこんなものはなかった」


 そう言えばさっきウェアがどのこうのと言っていたが、それがこれか? と東雲はしげしげとフラッシュドライブに似たデバイスを眺める。


「お兄さん」


 そこでよれよれのドレスを着た女性が寄ってきた。


「それ、使わないなら私にくれない……。もうどんなウェアでいいの……」


「どうぞ」


 どうやらこれがヤバイ品であることだけは女性のドラッグ中毒者に似た生気ない濁った瞳から分かった。


「これ、少ないけど……」


 女性は小さなマイクロSDカードに似たものを渡して去っていった。


「なにこれ?」


「俺が聞きたい」


 少ないって何が少ないんだ? 空き容量か? と東雲は首を傾げた。


「あそこに大きなタワーがあるよ。あそこから街を見渡してみよう」


「ああ。あれは……!」


 間違いない。ベリアが指さすのは海宮市のシティシンボルである海宮市シティビルだ。こんなに変わり果てた世界でも見知ったものが残っていることに東雲は安堵した。


「よし。行くぞ」


 東雲はもう脇目も振らずに海宮市シティビルを目指した。


 途中で『天然移植手術』とだか『有機臓器あります』だとか『BCI施術、安い!』などという看板が目に入った気もしたが、今の東雲には懐かしい海宮市シティビルしか目に入っていなかった。


 そして、海宮市シティビルに到着した。


「相変わらずの幽霊ビルだなあ」


 海宮市シティビルは多目的アミューズメントビルとして会館したが、空きテナントだらけで開館してから7日目には事業見直しが行われたいわくつきのビルだった。


 だが、今は洒落たホテルのような案内係までいるではないか!


「すいません」


「ようこそ。海宮市シティビルへ。私は皆さんの快適なご利用を助ける案内ボットです。ご用件がありましたら番号でどうぞ。1、海宮市シティビルのテナントを借りたい。2、海宮市シティビルのテナントについて知りたい。3、海宮市シティビルの──」


「ちょっと待った、待った」


 だが、にこやかに微笑んだ男性が台本のようにセリフを読み上げ続ける。


 ファンタジーの世界にもいなかったぞ。こういう『ここは〇〇村です』って繰り返すような人間! と東雲は慌てる。


「ねえ。タワーに上っていいの?」


 ベリアがそう尋ねる。


「タワー。タワーで検索。最寄りのタワーはTMCサイバー・ワン・タワー。住所はTMCセクター7/3──」


「ここのタワー! 私はこのタワーに上っていいかって聞いてるの!」


「タワー。タワーで検索。最寄りのタワーはTMCサイバー・ワン・タワー。住所はTMCセクター7/3──」


 また男はにこやかに笑って繰り返すだけになった。


「この人、何かに頭をやられたの?」


「ちょっと待て。今年は何年だ?」


 東雲がそう尋ねる。


「今年は2050年。令和32年です」


「ね、ね、年号が変わってるっ!」


 東雲が異世界に飛ばされたのは2012年。平成24年のことであった。


「ってか、2050年!? どうなってるんだよ、ベリア、おい! 俺が召喚されたの2012年だぞ! そ、それが2050年!?」


「うーん。恐らくは君の魂の座標はここで間違いないんだけど、あの世界とこの世界の間で時間の進み方が違ったみたいだね。君の向こうでの3年はこの世界における38年だったってわけだ」


「……マジかよ」


 東雲は絶句した。


「おい。TMCってなんだ?」


「TMC。TMCで検索。東京TメトロMコンプレックスCです。TMCは首都圏の拡大とアーコロジー超巨大都市施設などの独立施設への行政対応から設置された行政区分のひとつです」


「……ここは? この海宮市は?」


「海宮市。海宮市で検索。海宮市はTMCセクター13/6を指すかつての名称です」


「そっか……」


 かつての故郷は名前すらもなくなってしまった。


「ねえ。タワー、上ろう?」


「ひとりで上れよ」


「君を置いていくと不味いことになりそうだからヤダ」


 ほら、というようにベリアが手を差し出す。


「……分かった」


 ふたりはにこやかに微笑む男性を無視して海宮市シティビルに入った。


 そして、エレベーターに乗って、最上階を目指す。


 最上階は展望台になっていたはずだ。


「わあ! 凄い光景! いろんな光景を見て来たけれど、ここまでのは壮観!」


「変わっちまったな……」


 東京湾の色が虹色をしている。酷い汚染だと東雲は思った。


 海宮市は乱雑な建造物が無秩序に立ち並ぶ、かつて写真で見た九龍城砦のようだった。実家を見つけることなど不可能だろう。


 神奈川県沿岸部だった場所──今はTMC──は海宮市シティビルが低く見えるくらいの高層ビルが立ち並び、派手なネオンとホログラムが浮かんでいる。


 また『大井統合安全保障』と黒の機体に白い文字で書かれたティルトローター機が飛んでき、周囲を旋回し始める。市街地をあんな低高度で飛んで苦情は来ないのだろうかと東雲はぼんやりと思った。


 あれがTMCサイバー・ワン・タワーだろうというタワーも見つけた。東雲が異世界に転移する最後のニュースで見た立派な東京スカイツリーより高いんじゃないだろうかという高さだった。


「喉、渇かない?」


「ああ。吐いたから何か飲みたい」


 ベリアと東雲はそう言葉を交わして展望台にあった自動販売機の前に立つ。


 だが、硬貨を投入する場所も、紙幣を入れる場所も見当たらない。


『ご利用には市民IDが必要です』


 そして、自動販売機がそう案内してくる。


「……市民IDってなんだ?」


「……さっきのおじさんに聞いてみる?」


「……いや、いい」


 そうだよな。38年も経てば個人認証が必要になったり、貨幣が使えなくなるよな、こん畜生! くたばれ、未来世界! と東雲は力なくうなだれた。


……………………

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