異世界帰りの勇者ですが殺し屋始めました。 ~サイバーパンク世界を脳筋ビルドで生き延びる方法~

第616特別情報大隊

白鯨事件

勇者、帰郷する

……………………


 ──勇者、帰郷する



 沢山の戦いを戦い抜いて来た。


 沢山の敵を倒して来た。


 沢山の血を流して来た。


 そして、ここまで来た。


「魔王ベリア」


 魔王軍による侵略が始まって大陸歴で10年。


 世界は魔王軍に容赦ない侵略によって陥落しようとしていた。


 そんな魔王軍の侵略を前に滅びの道を進みつつあった人類の最後の希望として3年前に召喚された勇者。


 勇者──東雲しののめ龍人りゅうとは青緑色に光る剣を魔王に向けた。


 魔剣“月光”。


 彼の21歳にしては鍛え上げられた体で支えられた巨大な剣が向けられる。


「やあ、勇者東雲。よくここまで来たね。褒めてあげよう」


 魔王ベリアは14歳ほどの子供の姿をしていて、真っ赤な瞳と濡れ羽色の長い黒髪が印象的だった。そのとても細い肉体を黒いローブに身を包んでいる。


 計り知れないものを感じるのに、東雲は“月光”を強く握りしめる。


「“月光”展開」


 一本の刃──その横の何もない空間から扇子を開くように同じ形と色の七本の刃が現れた。「新月」「三日月」「上弦」「十三夜」「満月」「十六夜」「下弦」「月光」──これが魔剣“月光”の真の姿だ。


「はっきり言おう、勇者東雲。私は君と戦うつもりはない」


「なんだと?」


 目に殺気を宿したままの東雲に愉快そうな口調でベリアが言う。


「君、このままだと死ぬよ? 自覚してるでしょう?」


「……ああ」


 勇者として召喚されてから3年。


 合わない食事や飲むと腹を壊す水、保存できてない保存食のおかげで何度も死にかけた。だが、それに比べれば今の状況はもっと不味い。


 東雲は今、心臓が動いているのが不思議なくらい衰弱しているのだ。


 魔剣“月光”と身体能力強化のおかげで隠せているが、東雲の体は異世界に召喚されてからずっと疲弊していくばかりで、いくら休養を取ろうと、食事をしようと、衰弱していく一方だった。


 だが、どんな高名な魔術師に聞いても原因は分からない。最後に異世界から勇者が召喚されたのは1000年以上昔で、その時も勇者は役割を終えたのちに果てたということしか分かっていなかった。


 東雲は勇者が政治的な発言力を持たなくするための謀殺を疑ったが、魔王も倒さないうちからそんなことをしているような余裕は人間側にはなかった。


「原因を教えてあげよう」


 ベリアが立ち上がる。


「君の魂の座標は未だに君の世界を示している。ここにいることは“間違っている”と体が拒絶しているんだ。そのせいで君の体は衰弱を続けている。このままこの世界にいれば魂はやがて消滅してしまう」


 そして、とベリアは続ける。


「君が私を倒してもこの世界の住民は君を元の世界に帰す術を知らない」


「ああ。そう言われたよ」


 人類連合の議長から『勇者様、申し訳ありませんがあなた様を元の世界に戻すことはできません。ただし、魔王を倒してくだされば何不自由ない生活を保証いたしますので、何卒』と言われていたのだ。


「だったらさ。私を倒したことにして、私と一緒に君の世界に向かわない?」


「……俺を惑わそうと考えているのか?」


「いいや。至って真剣に提案している。勇者としての能力と、身体能力強化、その魔剣“月光”の力で辛うじて君は生きている。けど、持って残り3ヶ月というところだ」


 君は死ぬよ、私を倒してもとベリアは言う。


「けどね、だけれどね。私なら君を助けられるんだ。君と私の魂を融合させて、君の世界の飛ぶ。私は退屈な魔王という役割から解放され、世界は魔王の脅威から解放され、君は死の恐怖から解放される」


「可能、なのか?」


「可能だとも。私を信じて」


 ベリアはそう言って優し気に微笑んだ。


「だが、お前を連れて行く意味とは?」


「だから言っただろう。私は魔王という役割にうんざりしていたんだ。やりたくもないのに任されてしまっていて。けど、契約は私がこの世界にいるときまで、だったから、この世界からいなくなってしまえば問題解決さ」


 私は君と同じで雇われ魔王なんだとベリアは語る。


「どうだい? このまま私を殺して魔王殺しの栄誉を得て、そして死ぬか。それとも世界の人々を騙して私と一緒に雲隠れするか。好きな方を選びなよ」


「そんなの決まってるだろ」


 東雲は魔剣“月光”を格納状態にする。


「俺は帰る! 日本に! 俺の故郷に! こんなところで死ぬだなんてごめんだ! ラーメンはないし、おにぎりすらないし、味噌汁もないし! それに何より──」


 なわなわと怒りを込めて東雲が宣言する。


「ここの連中、滅多に風呂に入らないから臭いんだよっ!」


 そう、人類側は追い詰められていることもあったのだろうが、ほとんど風呂に入ろうとせず、体臭が凄いことになっていたのだ。


「決まりだね。さあ、おいで。ともに向かおう、君のいるべき場所へ」


 ベリアそう言って背伸びすると東雲の頬を包んだ。


 そして、誘われるままに東雲がその身を屈めると、ベリアは東雲の唇に自分の唇を重ねた。その瞬間、ぐらりと世界が歪んだ。


 数秒の眩暈ののち、東雲の頬からベリアの手が外された。


「さあ、戻ってきたよ! ここが君の故郷だ! 凄いところだね!」


「え? あれ? え?」


 場所はどこだか分からない。


 だが、懐かしい日本語が見える。


 しかし、それはけばけばしいネオンサインであったり、あるいは浮かぶ上がるホログラムであったりした。


 東雲の故郷神奈川県海宮市は繁華街ではなく、閑静な住宅地だったはずだ。


 それにホログラム? そんなの映画でしか見たことがない。


 それに異臭が鼻を突く。化学薬品の臭いだ。


 それがよりにもよって“美味しいラーメン”と書かれた屋台から流れてきていることに東雲は絶望に近い感触を抱いた。


 看板はよく見れば日本語だが、“安値”“天然”“安全”だとかそういう短い日本語の羅列があるだけで、恐らくは中国語らしき言語が混じっていた。


「ここ、本当に日本なのか? おい、ベリア?」


「凄い、凄い! 見てみて! あの空を飛んでるの何っ!?」


 ベリアは興奮した様子で空を飛行する明らかに軍用のヘリコプターを見ていた。よく見ればそれはヘリコプターではなく、ティルトローター機だったのだが、そこには『大井統合安全保障』という文字が刻まれていた。


 軍用機を民間企業が? どうなってるんだ? それともあれは実は民間機なのか?


 そして東雲が吐き気を覚えて俯くと頭の2つある成猫ほどの大きさがあるネズミが下水道から顔を出して走り去っていった。


 吐いた。


 体の調子は良くなっているはずなのに、気持ちが悪い。


 いや。待て。ここは日本ではないのかもしれない。中国は汚染が酷いとニュースになっていたし、もしかしたら──。


 東雲が視線を上げると電線のない古びた電信柱が目に入った。


 そこには『神奈川県海宮市中央区XX町666-13』と記されていた。


 その住所は東雲の実家がある住所だった。


 今そこには6階建ての中国語の看板が大量に突き出た建物になっていた。


 また吐いた。


 ここは日本だ。しかし、日本はどうなってしまったんだ?


 段々と異臭が気にならなくなってきたころ、通りの向こうから目の据わった男たちが東雲の方に近づいてくるのが分かった。


 瞬時に殺気を感じ取って“何もない空間”から魔剣“月光”を取り出す。


「ああん? 兄ちゃん、サイバーサムライ気取りか?」


「サイバーサムライならパーツ切り取って売れるなあ!」


「──────!」


 最後の男が何と言っていたかは分からなかったが、恐らく外国語とだけ。


「いいか。今、俺は滅茶苦茶気分が悪いんだ。失せろ」


 寄ってきた10名ほどの男たちに向けて東雲がそう宣言する。


「舐めやがって、クソガキが。脳天吹っ飛ばした後、バラして売り捌いてやる」


 男たちはそう言って拳銃を構えた。


 日本の銃規制はこんなに緩かっただろうかと思いながら、東雲は魔剣“月光”を展開させた。八本の刃が広がり、男たちに向けられる。


「ワイヤーか?」


「いいからバラしちまおうぜ。もうこのウェアじゃハイになれねえよ。新しいウェアを仕入れねえとさ」


 男たちはそう言って引き金を引いた。


……………………

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