第33話 告白、そして……
「お迎えに上がりました」
「ありがとうグレン」
デート当日。グレンが私服で王宮に現れた。
元々の恵まれた体格の良さに加えて鍛え上げた筋肉もあって、白いシャツにジーンズというシンプルな服装なのにゴージャスに見える。
「夕方までには帰れよ」
「了解致しました」
仏頂面な父に見送られ王宮を出る。
私は人生の初デート、しかも相手はずっと好きだったグレンである。
汚れやすいので普段着ることもあまりない、白の細かいレースの使われたワンピースにかかとの低いパンプス、気合を入れたメメが編み込んでくれた髪もメイクも、大人し気に見える淑女風である。ただどうしても気をつけていないと歩く足が大股になりがちなので、それさえなければバッチリです、とメメが指で丸を作って笑顔を見せていた。
「ところで、どこに行くのかしら?」
馬車で町に向かいながら私は尋ねる。デートの言葉に浮かれて場所すらも聞いていなかったのについさっき気がついた。グレンが少し緊張したように答える。
「──エヴリン姫に相応しくはありませんが、私が贔屓にしているビストロで昼食をしてから、ホテルのカフェの個室を予約しております。そちらでお話ししたいことがあるのです」
「ねえグレン、別に今は仕事中でも王宮でもないのだし、一応デートなのよ? そんな堅苦しい口調は止めて欲しいわ。それに、『私』より『俺』の方が馴染みがあるのよね私。前みたいに普通に話してくれない? その方が私も気が楽なのだけど」
「分かり──分かった。それじゃエヴリン、済まないが今日は子供の時と同じようにさせてくれ」
「ええ、もちろんよ」
町で馬車を降りると、五時頃にまたこの場所にお迎えに上がります、と御者が告げ馬車溜まりの方へ向かって馬を向けた。
五時って、どれだけ子供扱いなのよ父様。私も年が明けたら十八歳、れっきとした成人なのに。……まあ良いわ。今はデートを楽しまないと。
「ほら」
心の中で父に悪態をついていたら、グレンが手を差し出して来た。
「エヴリンは足元を見てなくてよくつまずいていたからな」
「……」
これはやはり、手を繋いでくれるという恋人同士のアレよね? 妄想していたことはあるけれど、ようやく自分もかなう日が! ……まあ緊張でやたらと手汗が出そうな不安はあるけれど、昨夜指も手入れをしておいて良かった。ガサガサな手では興ざめだし。
私は内心のドキドキを押さえてそっとグレンの手に自分の手を乗せた。
彼のよく行くビストロで食べたキノコのパスタも美味しかったし、近くの公園を歩きながら昔の話をするのも楽しかったが、私の喜びに反してグレンの顔はどんどん暗くなり、口数も少なくなるばかりだった。
……いざとなったら私との結婚に気乗りしなくなったのかしら。
それとも、私がうるさいと思っていたり? どうしよう、余りに嬉しくて沢山喋っていたから、鬱陶しくなったのかも知れないわ。
だが、私が悪いことばかり考え出して気落ちしていると、グレンが気づいて頭を撫でた。昔から彼は人の感情を読み取るのが早い。
「ごめんエヴリン。すごく待ち望んでいたデートなのに、俺はこれからの話を考えて落ち込んでしまっていた。本当に申し訳ない」
「──落ち込むような話をするの?」
「いや、エヴリンが落ち込むってことじゃなくて……何と言えばいいか……」
少し立ち止まって考えていたグレンは、私の手を引いて歩き始めた。
「少し早いが予約しているホテルのカフェに行こう。俺は最初に告白しなくてはならないことがあるんだ」
「告白……」
デートで聞くと普通なら嬉しい言葉だろうが、眉間にシワが寄っているのを見ると良い告白というのではなさそうで、私は足が震えそうになるのを必死に堪えていた。
だけど私を好きでないのなら、今までずっと気を失うほど苦い丸薬を飲んでまで体質改善に勤しんでいた理由が分からない。
頭の中を色々な何故がぐるぐると回っているうちに、この町で一番大きく高級なホテルに到着した。外国の要人などが滞在するところで、私が入るのは初めてだ。
「ここで少し待っててくれるか」
ホテルのソファーが並ぶエントランスでグレンがそう告げると、ホテル内にあるカフェに早足で向かって行く。
(いったいどんな告白をされるのだろうか……)
ソファーに腰掛けながら私は考えた。
既にほかに恋人がいるというのは考えにくい。仕事と父との座学などでそんなに自由な時間はないはずだし、そもそも他の恋人がいるのに単に権力が欲しいからと私と結婚しようと考えられる性格ではない。
となると、学ぶことが多すぎて辛いから無理とか、先日のモーモー狩りの際に、私の見た目の大人しさに反比例するアクティブさを見て、妻にする気持ちが冷めてしまったとか、そのぐらいしか思いつくことがない。
──どちらにせよ、グレンの話を聞いてみないと何とも言えないわね。
どうにか出来ることならどうにかすれば良いし、ダメなら諦めねばならない。
せめて、悪い結果が出ても、泣いてすがるような真似はしないようにしよう。そうよ、少しでもグレンと結婚出来る可能性があっただけで幸せだったじゃない私。
自分がやれるだけのことはしたつもりだ。理由はどうあれ受け止めよう。
覚悟を決めるとすうっと気持ちは楽になった。
グレンが戻って来て、私に声を掛けた。
「エヴリン、大丈夫だって。行こう」
「分かったわ」
カフェに入り案内されたのは、密談などに使われる防音設備された個室である。
飲み物を頼んで運ばれて来てから、グレンは言いにくそうに話しかけては黙り、あの、とかその、と呟いている。
「──やあね、グレンらしくないわよ。私は何を言われても冷静に受け止めるから話してちょうだい」
「……そうだな。分かった」
頷いたグレンは、何故か話し出すより先に自分のバッグを開いた。
出て来たのは、リボンに手紙、ハンカチ、髪留めである。
サッパリ分からない。
「あの……これは?」
「昔、エヴリンからもらった手紙とハンカチ、それと遊んでいた時に落ちてたリボンと髪留めだ。後者は返さずに自分で保管していた。本当に申し訳ない」
「え?」
改めて良く見ると、そういえば昔使っていた記憶があるものだ。ただ私は野生児のように野山を駆け回っていたので、しょっちゅうリボンやら髪留めを気づかないまま無くしていたので、正直そこまで思い入れはない。
ハンカチは、前に私がケガをしてグレンのハンカチを汚してしまったので、お詫びの手紙と新しいハンカチを渡したものだろう。
「ええと、話ってまさか返さなかった髪留めやリボンの謝罪なの?」
「いやもちろん謝罪もあるのだが、実は包装して長年ベッドの下に入れて眠っていた。キアルに相談したら、それは子供の頃の話とは言え現在も続く変態行為だから誠意を持って謝罪するべきだと言われた」
「変態行為……」
「だって気持ち悪いだろう? 幼馴染みが勝手に自分の物を拾って着服して、毎日夢に出て来ないかと思ってベッドで保管して眠っていたとか、確実に変態だという自覚はあるんだ俺だって。だが止められなかった」
確かに言葉にするとアレな気はする。だけど……。
「……それは、私にこ、好意があったということなの?」
「好きな女性以外にそんなことをしたら人としてダメだろう」
そんな真顔で諭されても困る。
「例の丸薬を飲んで、何とか昼間起きられるようになって、仮の婚約者から本物の婚約者になれそうだと思った時に、自分でちゃんと伝えなくてはと思ったんだ。こんな変態行為を隠したまま結婚したら、きっとこの先後悔すると」
「そうだったの……」
思っていた方向とは違う告白に、少し気が抜けた。
「子供の頃からずっと好きだった。だけど君は王女だし、俺はたまたま母親が友人同士だったからと幼馴染みになっただけの関係だ。いずれ一緒にも遊べなくなるし、エヴリンは上級魔族と結婚するんだろうと思っていたから、せめて思い出の品として持っておきたかった。──それでも万が一のことを考えて、勉強を頑張ったり体を鍛えたりしていたお陰なのか、婚約者の話が現実味を帯びた。奇跡だと思った」
グレンは苦笑した。
「エヴリン、俺はそんな立派な人間じゃない。こそこそ好きな女性の持ち物をベッドに隠して眠る変態だし、丸薬がなければ昼間も起きていられなかった男だ。だから、こんな男と結婚するのは嫌だと婚約を破棄されても仕方ないと思う。それでも、もし許してくれるのであれば──エヴリン?」
「ちょっと待って……私も変態だったのかと今ショックを受けているところなの」
「……どういう意味だ?」
「実は、グレンに子供の時にケガして使わせてしまったハンカチ、血で汚れて使い物にならないって新しいのを渡したけど、実は洗って綺麗な状態で持っているのよ」
「そう、なのか?」
「ええ。それと、グレンのシャツから取れたボタンも見つからなかったって嘘ついて、自分の宝箱に入れてあるの。ベッドの下にしまうなんて手を思いついてなかったけれど、時々眺めてて……どうしよう、まさか私も変態だったなんて……」
私はさっきから嫌な汗が背中から流れるのを感じていた。グレンの告白で自分の罪を自覚してしまうことになるとは。野性味あふれる上に変態で淑女らしさがない。女として流石に終わっている気がする。
「聞きたいんだけど」
「ごめんなさい。でももう他に隠し持っているものはないわ」
「いやそうじゃなくてさ、何で俺の物を持ってたの?」
「──そりゃずっと好きだったからに決まってるじゃないの」
グレンの顔がぱあっと明るくなる。
「本当に? 友人としてじゃなく?」
「嘘ついてどうするのよ。好きじゃなきゃモーモー狩りにだって行かないわよ」
「死にそうなほど嬉しい。──これから一生大切にするから俺と結婚して下さい。エヴリン。愛してる!」
ぎゅうっと抱きしめられ、私は顔が熱くなった。
「……変態でもいいの?」
「俺も変態だからおあいこだ」
「──そうね。あと、私も愛してるわグレン」
私はこの日、初めてのキスをした。
□■□■□■□■□■□
「ほーらルナ、じいじと遊ぼうか? 新しい積み木を買って来たぞ」
「あい」
グレンと無事に結婚まで済み、三年が過ぎた。一年後、私たちに娘のルナが生まれた。グレンゆずりの黒髪と私のエメラルドグリーンの瞳を受け継いだ可愛い娘で、もう二歳になる。父はすっかりメロメロだ。
更に今年、金髪で私に良く似た息子のクリスも生まれて、現在六カ月。王宮は跡継ぎフィーバー真っ盛りである。メメも今まで以上に鍛錬に励み、ルナ様とクリス様が成人するまでは引退しないと宣言した。
正直、種族が違うと子供が出来にくいと言われていたので、一人でも出来れば御の字ではと思っていたが、二人も生まれてくれて、グレンと一緒に喜んでいる。
ゾアもキアルと結婚して昨年息子が生まれた。年齢も近いので将来遊び友だちになると良いわね、と話し合っている。
グレンは父の指導のもといまも政務について学ぶ日々だが、父からは
「いい加減私も引退して孫たちと遊びたい。さっさと覚えろ」
と尻を叩かれているらしい。たまたま厳しく指導していたところをルナが見てしまい、
「じいじ、パパいじめるのメッ!」
と泣いて叱られたそうで、ものすごく凹んでいた。この数年で見事に娘バカから孫バカにチェンジしたようだ。親孝行な娘である。
クリスはやんちゃで六カ月で既にハイハイのスピードがやたらと速くて、油断しているとすぐ離れた位置まで進んでいるので気が気じゃないのだが、二人とも健康で風邪一つ引かないので母としては安心だ。
「……グレン」
グレンの体質は昼型生活になったものの、たまには眠くなるそうで、週に二、三日は一時間ぐらいお昼寝をしていたりする。でも前ほど深い眠りではないとのことで、私の声や子供たちの声ですぐに目を覚ます。
「おっと、俺はまた寝ていたみたいだな」
「ごめんなさいね起こしてしまって。実は、祖父母から手紙が来て、そろそろひ孫たちも大きくなっただろうから顔見せに来いって」
「そうか。どうせ肉もついでに頼む、だろ?」
「あら良く分かったわね! ふふふっ」
『パラディに行くならワシも一緒に行くぞー』
手紙を運んで来たネイサンが念話で語り掛けて来た。
どうもここ数年パラディを行き来している間に祖父母や町の人たちと交流が出来たようで、懐かしい昔の話も出来るから楽しいようだ。
子供たちはネイサンが大好きなのだが、羽根を思いっきり引っ張られたり、まだ力加減が分からずに強く掴まれるので苦手らしい。
『あやつらがもう少し大人になったら遊んでやるわい』
と最近では姿を見るたび逃げ出している。
そういえば、双方が隠匿している品々に関してだが、今さら返されても仕方ないからと未だに各自が保管している。
私は自分が変態であるという念押しをされているようで返したいのだが、グレンは昔の自分の物を大事にしてくれているという事実が嬉しいらしい。
ただ本人が隣で寝ているのに、ダブルで嬉しいからとしぶとく私の昔のリボンやらをベッドにしのばせるのはそろそろ止めて欲しいものである。
ワルダード王国は、本日も平和である。
DOTING WAR~パパと彼との溺愛戦争~ 来栖もよもよ @moyozou777
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