第32話 デートのお誘い

 私とメメはグレンの仕事中、そして父からの交易や税収の振り分け、毎年の必要経費など様々な把握すべき事柄を学んでいる様子をなるべく陰ながら見守っていた。

 相変わらず夜に丸薬を飲むとあまりの衝撃的な味に気を失うらしいが、昼間起きていられる時間が徐々に増えていた。睡魔は定期的に襲って来るものの、何とか堪えられていると彼が教えてくれた。

 そして一カ月。

 彼は完全とは言い難いものの、概ね夜一時頃には眠り、朝七時頃に目覚めるという昼型の生活が何とか送れるまでになった。

 ただ、あの肝まで入れた丸薬からは卒業したが、どうしても昼間の時間に抗いがたい睡魔がやって来ることがあるそうで、ミラークのみの丸薬も継続して使わせて欲しいと言い出した。あれが我慢出来たのならミラークの丸薬でもいけるはず、眠気に襲われそうになったらそれを飲めば覚醒するはずだ、と力説するグレンにはマゾヒズムの傾向があるのかも知れない。

 しかし以前採取して来たミラークは殆ど調合に使ってしまったし、ミラークのみの丸薬も肝と混ぜるのに使ってしまったので在庫はたいしてない。

 ちょうど祖父母からも「そろそろ遊びに来ないか(意訳:肉持って来てくれると嬉しい)」と手紙が届いていたので、メメとゾアを連れて狩りついでにミラークをまた採取に行くことにした。

 パラディで二日ほど滞在している間に、ゾアが耳寄りな情報を仕入れて来た。


「エヴリン、大変よ。初めて知ったのだけど、ミラークを水ですごーく薄めて香油と混ぜたものを寝る前に使うと、髪質が良くなって、つやつやサラサラになるらしいのよ! お祖母様のお友だちの女性が教えてくれたわ。だから薬の分以外に沢山採って帰って、保湿性の高いリンス作りましょう!」

「素敵! 最近日光を浴びまくって野山を荒くれ者みたいに動き回っていたから、どうも髪がパサついて来て気になっていたのよ」

「素晴らしいお話ですわね。……ですが、あの匂いは大丈夫なのでしょうか?」

「かなり薄めるし、香油も使うから問題ないみたいよ。もし作ってみて匂いが気になるようなら、香水とかもちょっと足してしまえば良いし。私も結婚式もうすぐなのに、髪に枝毛が出来たりしてて気になってたのよ。干して乾燥させたのを粉末にして合わせたりって結構手間が掛かるから、最近は作る人も少ないらしいのだけど」


 女性に肌や髪のトラブルが全く気にならない人はいない。グレンのためにもなって私たちにもメリットがあると知り、ミラークを採取するモチベーションが高まった。

 まあ浮かれたゾアがまたうっかり葉っぱをむしっている時に、飛んで来た虫を飲み込みそうになって、慌てて口から虫を取り出すという暴挙に走ってしまい、またしばらく嘔吐しながらうがいを繰り返すという事件はあったものの、無事に大量のミラークを集めて戻ることが出来た。


 ミラークの丸薬を作ってグレンに渡してから、私たちのリンス作りに取り掛かったが、確かに教わったレシピ通りに出来上がったリンスからは、あの嗅いだだけで苦みを感じるような嫌な匂いはなかった。粉末にしてるのも臭みが出にくいのかも知れない。

 試しに夜眠る前に使ってみたが、翌日起きてびっくりするほど髪通りも滑らかで艶やかになっている。香油の良い香りも微かに感じてご機嫌である。

 朝食の際にメメに報告すると、メメも髪の調子も良いらしい。


「睡眠時間まで変えるほどの体質改善の効能があるぐらいですもの、下手したら髪だけでなく、肌とかも改善出来るかも知れませんね」

「そうね。使う量も少なくて済むし、商売にもなるんじゃないかしら」

「楽しそうだが、パパにも話して欲しいな」


 父そっちのけで話していたので少し拗ねてしまったようだ。

 私がミラークの用途について話すと、父がパンをちぎりながら、それは興味深いと呟いた。


「我が国の特産品が増えるのはけっこうなことだ。これから何年かして代替わりしたら若僧は舐められやすいし、国の強みが増えるのは良い話だ。研究開発させて商品化をするべきだな」

「商品が売れたらグレンのお陰でもあるわよね。……ところで、彼の様子は最近どうなのパパ?」

「うむ。まあ、眠そうなことはあるが前ほどひどくもないし、仕事もこなせている。割とぼんやりしてるように見えて飲み込みも早くてな、教えるのも楽だ」

「それじゃ……」

「……まあ認めざるを得ないだろうな、後継者として」

「まあっ! ありがとうおと、じゃないパパ!」


 私はメメと手を合わせて喜びを分かち合った。


「しかし、グレンがお前に伝えたいことがあるので、それまで公表は待ってくれと言われているのだ」

「……え?」


 そう言えば何か言いたいことがあると言っていたけれど、単に自分からプロポーズをしてくれると言う意味ではなかったのかしら?


「それで先日のことだが、明日、奴がエヴリンをデートに誘いたいと偉そうなことを言い出してな。以前なら百年早いと突っぱねたが、一応彼の努力も見ているしな。デートしたいか? もし気が向かないなら断ってやっても良いが」

「したいに決まってるじゃないの! ちょっと大変よメメ、生まれて初めてのデートよ! でもどうしよう、新しい洋服なんてここ一年ほど買った記憶もないわ……」

「これからすぐ支度して町まで出ましょうエヴリンお嬢様。今から仕立てる時間などございませんから、もう既製品しかありませんわ。少しでも淑女風に見えるものを探せば、まだ何とかならないこともないかも知れませんし。急ぎましょう」

「何とかしてもらわないと困るのよ、ガッカリされてやっぱり婚約はなしに、ってことになったらこれまでの荒ぶる努力が水の泡じゃないの。メメだけが頼りよ」

「荒ぶる方向にしか努力してないご自身をまず反省して下さいませ」


 私は立ち上がり、メメを連れて食堂を出た。

 急いで外出の支度をして馬車に乗り込んで出発してから、父に一言も言わずに出て来てしまったと気づいたが、まあいい。

 だってデート! デートするのよグレンと!

 私のテンションは天にものぼるほどだった。




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