第13話 少し光が見えた
父から私が候補者の七人とダンスを踊る話は事前に聞いていた。
一人三分ほどの短いダンスタイムだ。
他の男女も踊るけれど、一応これでも私は王女なので注目はされる。ダンスだけは小さな頃から真面目にレッスンを受けていたし、前から体を動かすのは好きだったから、かなり上手い方だと思っている。
そして子供の頃の記憶では、多くの美点を持つグレンはリズム感だけは驚くほどなかった。というか自分のテンポで歌ったりダンスをしてはいたのだが、何故か人とズレるので苦手だと言っていた。
彼は基本的に剣の鍛錬と筋力をつけるトレーニング、あとは学校での勉強が将来の騎士団で生活する上で重要だと思っていたようで、それ以外のことは余り熱心ではなかったように思う。
野山を一緒に駆け回って遊んでくれていたのも、面倒見が良くて優しいのもあったが、半分は体が鍛えられると思っていたからだと今考えれば想像出来る。何故そこまで騎士団に熱意を持っていたのかは分からないけれど、それだけ騎士団で働くのは彼の目標だったのだ。
念願かなって騎士団に入れたのも、ひとえに彼のたゆまぬ努力の賜物である。
(あれから上手くなったのかしら……? まあ数年前のことだしね)
私は若干の不安を覚えつつも、一人目の候補者がダンスを誘いに現れたので手を取った。幸いにもグレンは最後だったはずなので、酔いも少しは覚めていると思いたい。
二人目、三人目とそつなくこなせる男性ばかりで、何故か父の眉間にシワが寄っている。ケチを付けられないからなのだろうか。父の考えは良く分からないわ。
まあ他の人はどうでも良いのよ。グレンさえ合格点を貰えれば。
ただ私も長時間履き慣れない靴で爪先もかかとも痛い。六人と踊り終えた頃には体力の消耗がかなりのものであった。でも次はようやくグレンだわ。抑えきれない喜びで笑みが浮かぶ。
彼が近くに来て膝をついた。差し出された手に自分の手を乗せると、彼は立ち上がった。
……ちょっと。全然酔いが覚めてないじゃないのよ。
目はとろんとしており、少し頬も赤い。顔は洗ったのか前髪も乾いてない状態なのが分かる。
「大丈夫? グレン」
「ええ……はい、大丈夫です」
そう返すが油断すると足元がふらつきそうになる。全然大丈夫じゃない。体重を掛けられて私もよろめきそうになるが、ここは踏ん張りどころだ。彼のせいでしくじろうものなら、『娘に恥をかかせた』とか因縁つけそうだものね父は。
「──私の言うテンポで動いてね。はいワンツースリーワンツースリー」
私はグレンに囁きながらリードする。彼も必死に私の伝えるテンポで動いており、何とか不自然でないような動きが出来ている。
よし、これならいけるわ、と思った途端安心したのか私自身がドレスの裾に足を引っ掛けた。
「っっ!」
危うく後ろに尻もちをつきそうになった時に、どこにそんな敏捷性が残っていたのかと思うほどの速度で回り込んだグレンが、私を演出の一部のように支え、すっと抱き上げてくれた。
周りから歓声と拍手が湧いた。
(……ありがとう)
(いえ、私こそ無様なところをお見せして申し訳ありませんでした)
小声で返事をしてくれるグレンの声がまたバリトンボイスの好ましい音色だ。抱き上げてくれた腕の逞しさも胸板の厚さも、何もかもが私の動悸を激しくしてしまう。
そっと優しく下ろしてくれたグレンは一礼すると、少しだけ体をふらつかせながらもホールを出て行った。多分また顔を洗うか水をがぶ飲みするのだろう。
「……思った以上にまともに踊れていたな」
気がつけば父が背後に立っていた。
「父様がワインを勧めたんですって? 彼はお酒弱いのよ。ひどいじゃないの」
「国王ともなれば、外交などで飲まざるを得ないこともある。酒の勧め一つまともに受けられなければ、他国の重臣にも舐められる。周囲は自分の味方ばかりではないのだ」
「……少しはグレンのこと認めてくれたの?」
「まあ、最低限のラインはクリアしているな」
父はまた無駄に整った顔立ちに少しだけ笑みを浮かべると、そのまま大臣の方へ歩いて行った。
王の風格と言うか、常にオーラが放たれているような圧倒的存在感のある父は、周囲の人間からしてみれば越えられない壁のような存在だろう。
そんな父にしてみれば、娘を任せられる婿は、親目線よりもまず治政者目線を優先せざるを得ない。
昼間起きれないとか酒が弱いとか、頼りない部分があるグレンは、不甲斐なさを感じてしまうのかも知れない。
でも愛する人と結婚して子供を産み育てるのが私の夢なのよ。
最悪、昼間の外交は私がサポートしても良いのだし。
……あら、考えてみればそうよね。そしたら昼は私、夜はグレンとどちらのタイミングでも外交がこなせて、かえって今より楽にならないかしらね? やだ私ったら頭良くない?
これはメメにも相談してみるべき案件ね。
爪先の痛みがジンジンと耐え難くなって来たので、父に断りを入れて会場を後にすると、ぎこちない足取りで王宮の奥の自室へ戻るのだった。
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