第14話 婚約者(仮)
元々のグレンの資質の高さと……ついでに私のサポートの甲斐もあったのかは分からないが、ディナーパーティーから数日後の夕食時に、何と父が彼を婚約者として認めてやっても良いと言ってきた。
「本当? 本当なの父様……じゃなかった、パパ?」
「ああ。──ただし仮だ。三カ月の猶予期間の後に正式に認めるかどうかを決めることにした」
「……え? どういうこと?」
「エヴリン、彼は悪い男ではない。それは分かる。だが、彼は吸血鬼族だ。言いたいことは分かるな?」
「えーと……」
「昼間、頑張って執務がこなせるのかと言えば正直厳しい。だが人間の国では基本的なやり取りは昼間がメインだ」
「それなのですが、メメとも相談をしたのだけれど、私が昼間に外交や折衝などを代行するのはどうかしら?」
「最初から妻におんぶする形にするのか? 一緒に行動するならまだしも、主な決定事項を全部王妃が決めるというのは彼のプライドだって傷がつくし、種族の問題に疎い人間に『国王は昼間の活動が出来ない』という弱点をさらけ出すのは政治的に大問題だ。今は平和だが、今後いざこざが起きた時に、昼間攻めて来られたらどうするつもりだ? エヴリンがかなり剣を使えるのも私は知っているが、多くの人間は知らない。上に立つ人間が頼りになるかどうかの不安を持ったままで全力を出せる人間は多くないし、例えお前が強いことが分かったとしても、やはり王妃だけ働かせて国王はお飾りかとバカにされるだろう」
「それは……」
彼の弱みをフォローするつもりで、そこまでは考えていなかった。私も浅慮だ。グレンがバカにされるのは耐えられない。
「だから、この三カ月で彼が昼間も何とか起きて執務に耐えられるように、徐々に鍛えてみようかと思う」
「どうやって?」
「最初のうちは夕方から夜にかけて仕事を学ばせ、毎週一時間ずつ眠る時間を遅らせて体を慣らさせる。いつも眠るのが午前九時前後、起きるのが午後四時頃と聞いているから、このサイクルを三カ月で十二時間ずらせないかと考えている」
「夜の九時に眠る人にするってこと? ただ元々の種族の体質なのだし、そんなに簡単に行くとは思えないのだけれど」
父は少し口角を上げた。それにしても我が父ながら、無駄に美丈夫のせいなのか、所作の一つ一つに気品と華がある。何故私のような大雑把な娘が産まれたのか不思議で仕方がない。
「これは私が出来る最大限の譲歩だ。大体夜の九時に眠るのだって幼子レベルだぞ? 最終的にはせめて深夜零時から朝七時ぐらいまでを睡眠時間にして欲しいぐらいだ。……まあ可愛い娘を妻にして国を治められるのだから、種族の縛りぐらいは自らぶち破るぐらいの気概でいて貰わないとな。──そうそう、グレンはこの話を受けたぞ? まあ可能性は低くても、受けなければ婚約者にはなれないのだから当然だがな」
「厳し過ぎるじゃないの! そんなに急には生活スタイルを変えるのは難しいじゃない。せめて数年かけてならまだしも……」
「呑気なことを言うな。数年もかけていたら、エヴリンの子供を産める期間がより狭まるだろう? 子を授かるのだって種族が違えば数年掛かるかも知れないのだし、お前も他人事ではないのだぞ?」
「あ……」
そうか。種族が違えば子供は出来にくいという話は以前から聞いていた。両親も種族が違うせいで、結婚してから私を授かるまで四年掛かったと教えてもらったのを失念していた。
せっかくグレンが婚約者(仮)となって喜んでいたけれど、崖っぷちなのは変わらない。彼が夜型生活を変えられなければ結婚は水に流れてしまうのだ。
「パパ、もしグレンが夜型生活から昼型生活に出来なかった際は……」
「んー? その際は二番目の候補が繰り上がる。ほら、虎族のロジャー」
「……ああ、あのお喋りな人」
口から産まれたのかと思うほどペラペラと私を褒め称えていた人だ。富裕な領主の次男坊だったか。軽薄な感じの男だったが、魔物討伐もそれなりにこなしていたのだろう。
「まあそういうことだ。ここは私に感謝してくれないか。エヴリンの願いも考慮しつつ、妥協点を出している懐の広さに」
さあ、と腕を広げて笑みを浮かべる父を放置して、私は考え込んだ。
確かに妥協点を出してくれたのは助かる。けれど、この試みが三カ月で成功する可能性がどれだけあるのだろうか。
「そうね、ありがとうパパ。私、ちょっとゾアのところに行って来るわ」
「あ、ああ分かった」
広げた手を下ろした父は、思ったほど私が喜んでないことに少しショックだったようだが、婚約者(確)ではなく婚約者(仮)である。まだ喜べる状態でも何でもないのだ。
(私の浅知恵だけでは手詰まりだわ。善後策をゾアと練らなくては)
グレンが何とか仮とは言え婚約者になったが、この地位を固めなければあの軽薄男と結婚しなくてはならない。それだけは絶対に嫌だ。
「……やだわあ……私ったら休む暇がないじゃないの」
ブツブツと文句を言いながら、私は早足で自室へ戻りつつ、ああでもないこうでもない、と頭を痛めていた。
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